特別話バレンタインデー
バレンタインデーの話です。
チョコが食べたい今日この頃。
「今日はなんの日かわかるか、世刻!」
登校してきて早々に質問してきた相澤。橋本も僕達の所に来た。
「なんの日か?平日だな」
当たり前のことを答えただけなのに何故か二人に呆けられる。なんか間違いを言ったか?
「世刻らしいっちゃ世刻らしいけどな。今日はバレンタインだよ」
橋本がやれやれと言った感じで教えてくれた。バレンタインか。そうか。心底どうでもよかった。
「なんだ。そんなことか。正直どうでもいいな」
「……橋本、これは強者の余裕と取ってもいいのか?」
「どっちでもいいと思うよ。ただ興味がないのは同感だけどね」
答えた後に相澤が変なことを橋本に呟き、それに対して橋本もあまり興味がないかのように答えてた。しかし強者の余裕とはどういうことなんだ?
「相澤、きっと世刻は自分に渡してくる物好きはいないとか考えてると思うぞ」
いきなり橋本が訳のわからんことを言ってきた。いや正直本気でどうでもいい。てか今日は休めばよかった。去年はやばかったのを思い出す。確かチョコの量が半端なく多すぎて胸焼けを起こした覚えがある。食い終わったのも確か二週間かかった。……なんか今から胸焼けしてきそう。
「橋本、相澤。今日もしもらったらわりぃけど食うの手伝ってくれないか?」
僕がそう言うと何故か二人は驚いて、
「え、ま、まぁ俺は構わないけど……」
と相澤が、
「去年のあの量を見れば納得できるな。いいよ」
と橋本が答えてくれた。嬉しい限りだ。そういや相澤は去年は違うクラスだったからどれくらいなのか知らないんだな。橋本は同じだったから知ってるけど。現に朝から橋本からの視線は同情の目をしてたからな。
「つかそんなにもらうの?お前は」
相澤が羨ましいと言わんばかりに牙を向けてくる。
「去年よりもひどくないと僕としてはありがたい。二週間もチョコを食い続ける身にもなってみろよ」
僕は願望と去年の地獄を伝えた。橋本は苦笑をして聞いてた。ちなみに去年僕に直接渡せなかった子はみんな橋本経由で渡してた。橋本が紙袋を手渡して来たときの顔は忘れない。ちなみにその時の顔は決して嫉妬の顔ではない。同情の顔だ。紙袋を五つ分だもんな。
「そ、それは確かに辛いな……」
と相澤が答えた矢先だった。一人の女子生徒が僕達に近付いてきた。目的はわかりきっている。顔を赤くさせて尚且つモジモジし、更には手に小さな箱があった。更になんか手紙もある。
「あ、あの!世刻君!よろしければこのチョコを受け取ってください!」
と頭を下げて差し出してきた。今年の第一号はクラスの篠宮と言う子だった。
「ああ、いいぞ」
流石に受け取らないわけにもいかないから僕は彼女から箱と手紙を受けとる。はぁ……。
「て、手紙の方は読んだ後に返事をください!」
「ん、わかった」
そう言って彼女は自分の席へ戻った。そして周りの女子からなんか言われてた。見てたら篠宮の顔が真っ赤になっていた。何を言ったんだろ。
「今年は遅かったな」
橋本が僕にそう言ってきた。僕は篠宮から視線を外して橋本に向き直る。
「誰にも会わないように裏道で来たしな。去年のことを考えて」
僕がそう言うと橋本は笑った。相澤は頭に?マークをいくつも浮かべていた。それに気付いた橋本が説明をした。
「いつも通りの道を歩いていたら他校の子にも囲まれてね。それで三十分近く身動きが取れなかったんだ。俺もその巻き添えを食らったしな」
「その事は本気ですまなかったと思っている」
「あれは仕方ないさ」
「なんかよくわからんが大変だったんだな……」
相澤が同情の目を向けてきた。確か去年はざっと百人くらいに囲まんたな。逃げようと思えば逃げれたがそうなっても意味はない。そうなると放課後に待ち伏せしている可能性が高いからな。
とか話していたらちょんちょんと背中を突っついてきた。これは間違いない。
「どうした、星華?」
こんな控え目にこんな行動をしてくるのは僕が知ってる中では星華しかいない。恋華なら名前で呼んでくるし、愛奈なら抱き付いて来るだろう。冬美は多分この時間は忙しい。何よりも卒業を控えているからな。とと、んなこと考えてないで星華だ。僕は星華へと向き直る。その手にはやはりと言うべきか小さな箱がある。
「……これ、秋渡にあげる」
「ん、サンキュ、星華」
チョコを渡され、そのお礼ってわけじゃないが星華の頭を撫でる。星華は恥ずかしそうにしていたが振り払おうとはしなかった。
「世刻、そろっと一気に来るぞ」
その言葉に冷や汗をかいた。そして、
「世刻君、チョコを受け取って!」
「わ、私のも!」
「私のも!」
一気に僕の所になだれ込んできた。橋本は安全な場所に他の男子の所に逃げていた。助けろよ。と目で橋本に訴える。しかし橋本は無理だ。諦めろと目で訴えてきた。ならば相澤はと思ったが相澤は呆然としてた。僕と目が合うと何故か両手を合わせてきた。小声で御愁傷様と聞こえた気がした。この野郎……。
結局この騒動はホームルーム開始まで続いた。すでに僕はもうヘトヘトだった。教師の言葉も入ってこなかった。ホームルームが終わった後。
「秋渡さーん♪」
と愛奈が抱き付いてくる。いつもなら振り払えるのだがさっきので体力が限界に近くてそれごできなかった。愛奈はそれをいいことにギューっと抱きしめてくる。相澤と橋本は他の男子とくっちゃべっていた。あ、あれは橋本に惚れてる女子だ。おお!あの男子の輪に入っていくか!凄い度胸だ。僕も見習おう。あ、チョコを渡した。橋本は驚いていた。そして周りは冷やかしていた。その女子は渡すと直ぐ様離れた。ほぉ。なんか微笑ましいな。
「秋渡さん?反応がないですね。ではキスでも……」
と言って顔を近付けてきた愛奈。もちろんそんなことはさせない。愛奈の頭は即座に押さえる。
「痛いです!秋渡さん、ひどいです!」
「酷くて結構だ」
寧ろそれで諦めてくれ。
「ですがそんな秋渡も大好きです♪」
と言い、僕の手から離れた。抱き付いたまま。器用だ。すると、
「秋渡さん、これ、私からのバレンタインチョコです♪」
と言い、少し大きい箱を取り出した。そして僕は驚愕した。愛奈が渡してきたチョコは高級な物だ。多分一箱で五千円はする。そこまでするか?普通。
「うふ♪とてもおいしいのですよ♪」
妙に上機嫌で言ってくる。そしてまた密着してくる。愛奈よ、当たってるんだが……。
「当たってるのではなくて当ててるのです♪」
確信犯か。更に背中にふよふよ柔らかいモノを二つ当ててくる。気持ちはいいが勘弁してくれ。ついでに人の心を読まないでくれ。
「私と結婚すれば毎日この柔らかさと一緒ですよ?心が読めるのは愛の力です!」
「素晴らしい案にも聞こえるが遠慮しておく。あとそんな力は生ゴミにでも出しとけ」
即答で答えた。答えないと危ないし。愛の力とかもどうでもいい。
「遠慮なんて要りませんよ。どうぞ?」
正面に回って両手を広げて飛び込んでおいでと言わんばかりに無防備な姿を晒す。しかし僕はスルー。それに愛奈はぷぅ、と剥れるかわいいが言ったら厄介だから言わない。てか即刻結婚させられそう。
「秋渡さんはもっと積極的になるべきだと思います!」
「端からはなるべきでも本人にその意思はないから関係ない」
しかも積極的になってどうする。特に意味ねーよ。さて、そろっと授業が始まるな。
「愛奈、もう授業始まるから席に戻れ」
「保健の実習を……」
「戻らないともう一生話さないぞ」
「え、は、放さないってそんな……」
変な勘違いをする愛奈お嬢様。頭はいいのにアホな子だ。そしてすごく残念な子だ。しかもなんだ保健の実習って。次は世界史だろうが。
「一生近付けなくするぞ」
「冗談です、すみません」
素直に謝り、席へ戻った。やっと戻ったよ……。同時に授業の開始のチャイムが鳴る。そして教師も入ってくる。
さて、特に聞くまでもない授業だし篠宮からの手紙でも読むか。
『世刻秋渡の君へ
私は去年の春からあなたのことが好きです。手紙で申し訳ないのですがもしよろしければ私とお付き合い願えないでしょうか?返事を待っています』
……………………。
ちらっと篠宮を見る。彼女は一生懸命に黒板を見てノートに写している。真面目だなぁ。すると視線に気付いたのか、こちらをちらっと見る。目が合った。すぐに顔を赤くして前に向き直る。篠宮の髪は短いからか顔が赤いのがすぐにわかる。彼女の茶色い髪は顔を隠すのには適していないようだ。僕は再び手紙を見る。僕の正体を知ったら同じことを言えるのかと思いながら。
ーー
さて、午前の授業が終わり、昼。僕は相澤達と昼飯を食ってる。
「世刻、どれくらい集まったんだ?」
橋本がパンを食いながら聞いてくる。
「さぁな。けど既に紙袋が三ついっぱいになった」
僕は帰りの荷物が増えて憂鬱だ。重いんだよな。物理的な意味と精神的な意味で。
「しっかしスゲーな。世刻ってホントに勝ち組だよな!」
相澤がそう言ってくる。しかし僕は嬉しくない。厄介だしのんびりできないし。代われるなら代わってほしい。
「……世刻、それマジか?」
橋本が少し青くなる。ちなみに去年はこの時はまだ二袋で済んでた。つまり……、
「マジだ。急激に増えてやがる……」
僕は肩を落としながら力なく答えた。橋本はポンと僕の肩を叩き、
「世刻、何か飲み物を奢ってやるよ……」
と言ってくれた。いい友を持ったな、僕も。
「紅茶でいいのか?」
と相澤も言ってきた。って、え?相澤まで?
「俺も奢ってやるよ。なんか珍しくお前大変そうだし」
「二人とも、サンキュ」
僕が素直に礼を言ったら二人が驚いた顔をする。まぁ普段僕がお礼を言うことはないし仕方ないか。
「いいってことよ!じゃ、ちょっくら行ってくる」
「ああ。すまないな」
「気にするなよ、世刻」
言って二人は席を立ち、購買へ向かった。そして二人と入れ違いに我が幼馴染みの恋華が入ってきた。
「うわー。今年も凄いわね」
恋華は教室に入り、僕の机を見ると感想を漏らす。ちなみに恋華はもちろん去年のことを知ってる。
「ま、でもいっか。追い討ちをかけるつもりではないけどはい、チョコ」
「ああ、ありがたくもらうよ」
僕は恋華からも受け取った。小さな箱だ。多分僕の事情もしってるから小さめにしてくれたんだろうな。自分と親しい人からもらったチョコは別の袋に入れてる。友人のをあの山の中に入れるわけにはいかないしな。
「それで、今年は帰りはどうするの?」
「どうとは?」
「誰かと帰るの?」
「特に決めてないがなんとなく冬美に呼ばれる気がする」
「それもそうね」
どこか投げやりに聞いてきた。ちなみに去年の帰りは一人で帰ったらこれでもかと言うほど女子が溢れて死ぬかと思った。今の女子は男子に関心がないんじゃないのかと本気で思った。
「まぁ冬美と帰ることはないな」
「え、なんで?」
僕がそう言うと恋華は疑問を返してくる。
「なんか帰りは女子の誰かと帰ったらそいつがとばっちりを食らいそうだし」
「一理あるけど秋渡はどうするの?」
僕は今日は帰ったら屍のように動けなくなってそうだ。
「なんとかするさ……」
「声が死んでるわよ、秋渡」
だって、なぁ……。どうなるか目に見えてるし。
「ならば秋渡さん、私が自宅までお送りしましょうか?」
と会話にいきなり愛奈が入ってきた。恋華は鬱陶しそうに愛奈を睨んでた。怖いな。
「結構よ。私が自宅まで付いてくし。ついでに今日は秋渡の家で何か食べてくわ」
何故か恋華が答えた。しかも家に来ること前提らしい。別にいいけど。
「ですが本日は徒歩よりも車の方が安全なのでしょう?ならその方がいいと思います。恋華さんも乗せて行きますよ?」
願ってもないな。けどその車の中が怖そうだ。只でさえ火花を散らしまくってる二人だし。
「はぁ……。いいよ。帰りは一人で帰るわ」
「なんで!?」「何故ですか!?」
「お前らのどっちか、あるいは両方と帰ったら結局喧嘩になりそうだし」
そう言うと二人はぐぬぬ!と否定してこなかった。やれやれと思いながら僕は溜め息をついた。そして放課後、もとい帰りはどうするかを恋華と愛奈の口喧嘩を聞きながら考えていた。そしてふと思い付く。屋根から屋根への移動をすれば安全じゃね?さすがに屋根に簡単に乗ってこれる女子は少ないだろう。まぁ男子なんてもっての他だけど。とか考えながら昼休みは過ぎていった。ちなみに橋本と相澤は飲み物を買ってきて教室に戻ったらなんか修羅場になってたから五時間目終了後の休み時間に飲み物を渡してくれた。
ーー
放課後。
なんか話しかけてくる女子が多い中僕は教室を出た。その時にスマホにメールが届いた。送り主は予想通りと言うべきか冬美だった。内容は、
『秋渡君、これから会える?』
とのこと。別に問題はないから僕は、
『構わん。どこで会うんだ?』
と送信。これだけ見てるとまるでカップルの待ち合わせだな。とか思い少し笑ってしまった。と同時にメールが届く。
『生徒会室でいい?』
と来た。室川や工藤がいそうだけどまぁ別にいいか。冷やかされそうだけど。
『わかった』
と送り、僕は生徒会室へ向かった。向こうが会おうと言ってた理由は簡単にわかってしまうがな。
ーー
生徒会室前に着き、ノックをした。
「どうぞ」
中から冬美の声がした。僕はドアを開けて中に入る。ん?あの二人もいるかと思ったらいねーな。
「あ、秋渡君。わざわざ呼び出してごめんね?」
「いやそれはいい。用件は?」
わかりきってるが聞いとく。
「うん。もちろんって言ったら悪いかもだけどバレンタインチョコを、ね。……まさか紙袋を三つも持ってるとは思わなかったけど」
僕の手元を見て冬美が視線を落とす。僕自信ここまで来るとは思ってなかったし。
「別にこれは気にしないでくれ。正直腕が疲れるけど」
「それはそうでしょうね。でもあげたいものはあげたいから。はい」
と少し腕が痺れて来たときに冬美からチョコを受け取る。
「ん、サンキュ」
僕は素直に受け取り、友人からのチョコを入れる小さな袋にチョコを入れた。それを見て冬美は、
「なんで紙袋じゃなくてその袋に入れたの?」
と聞いてきた。僕は頭を抱え、
「さすがに自分の親しいやつからのをこの中に入れるのはなって思ってな。だから別に用意してきた」
と答える。冬美はそれを聞いて少し笑う。
「ふふ。その袋に入れられた人はみんな喜ぶでしょうね。秋渡君に特別扱いされてるってことだから」
その言葉に僕は「そうか?」と呟く。まぁいいか。
「ところで用件はこれだけか?ならさすがにこの量はキツいからさっさと帰るんだが……」
僕は手元の紙袋を見て冬美に聞く。
「ええ。私はまだ来年度の生徒会との仕事があるからもう平気よ」
そう言ってる冬美の顔は一緒に帰れなくて残念と言うような顔だった。
「そうか。んじゃ、仕事頑張れよ」
「ええ。秋渡君も帰り道気を付けてね」
「ああ。気を付けて帰るよ」
言って荷物を持って生徒会室を出る。ふぅ。さて、どうやって帰るかな……。
なんとなく廊下の窓から校門を見る。……なんか待ち伏せしてるっぽい女子が多い。しかも他校のだ。僕は本気でどうするか考えた。あれ、逃げるに逃げられん。しかし愛奈の誘いを断ってしまったからにはどうしようもできない。とりあえず教室に行くか。少し時間を潰してまた外の様子を見て判断しよう。……なんか立て籠り犯になった気分だな。教室へ戻ると何人かが教室に残っていた。ああ、篠宮もいるな。ついでに返事をしておくか。
「篠宮」
僕はまた荷物を机に置いてから篠宮に声をかける。するとびくんと驚いた反応をした。そして僕に向き直る。頬が赤くなってた。
「な、何かな、世刻君?」
「話がある。ここだとあれだからついてきてくれ」
そう言うと篠宮は頷き、喋っていた友人に声をかけると僕の元に来た。そして移動をする。その最中無言に耐えられなくなったのか篠宮が話しかけてきた。
「えっと、世刻君、話って?」
妙にソワソワしながら聞いてくる。大方わかりきってるんだろうな。それでも僕は答える。
「手紙の件についてだ」
そう答えたら篠宮は見えなくてもわかるくらいにビクッとしてた。息の飲む音も聞こえた。少し移動してから僕が「このへんでいいだろう」と言って歩みを止める。篠宮はどこか不安そうに手をギュッと握っていた。
「さて、まずは手紙のことだ」
僕の言葉に篠宮は無言で頷く。それを見て僕はそのまま言葉を繋げる。
「こういう時ってなんて言えばいいかわからんけど告白してくれてありがとな。けどすまん、僕は誰かと付き合う気は今のところないんだ。だから悪いけど返事は篠宮と付き合うのは無理だ」
僕は思ったままのことを言った。それを聞いて篠宮は俯く。やっぱり悪いことをしてる気分になるな。篠宮は、
「そう、だよね……。急に手紙で告白しても普段あまり話さないからやっぱり無理だよね……。はは……。元々ダメ元で告白したけどやっぱり結果はわかりきっていた通りだよ……」
少し涙声になって話す。それを見て僕は自意識過剰ではないが本当に篠宮は僕のことが好きなんだなと思った。こういう時はなんて声をかければいいんだろう?
「えへへ……。急にこんなことしてごめんね?世刻君を困らせちゃって……」
と少しはにかんで顔を上げる。無理して作ってる作り笑い。それを見て僕は少し心が痛い。こんな顔にしたのは僕なんだしな。
「困ってはないさ。さっきも言ったが告白してくれたことは素直に嬉しいんだ」
と言って僕は篠宮の頭を撫でる。
「世刻君……。ズルいよぉ……」
そう言いつつも振り払わない篠宮。そして少ししてから篠宮が僕の手元から離れた。そして笑って話してきた。
「告白の返事をくれてありがとうね!こんな残念な結果で終わっちゃったけどまた普通に話してくれたら嬉しいな」
完全に吹っ切れたわけではないだろうけどそれなりに立ち直ったみたいだな。
「ああ。普通に話すくらいなら全然構わないぞ」
それくらいならいい。ただクラスメートとして、いや、友人としてか?ともかく話すだけなら全然いい。篠宮は笑顔で答える。
「えへへ。ありがとう。じゃあ今日は帰るね。バイバイ」
小さく手を振って去る篠宮。
「ああ。じゃあな」
僕は軽く手を上げてそれに答えた。さて、僕も行くか。
ーー
教室に少し経ってから戻るとさすがに人がいなくなっていた。が、
「愛奈、どうして残ってるんだ?」
そこにはお嬢様でもある愛奈がまだいた。なぜか僕の席に座って。
「いえ、あの状態の中に秋渡さんを入れるのは忍びないので待っていたのです」
外を指す愛奈。僕も外を見てみたらあまり数が減っていなかった。てか気のせいかもしれないが増えてる。
「やれやれ。やっぱり僕からしたらバレンタインは地獄だな」
「ふふ。モテる人も大変ですね♪でもさすが私の夫です♪」
「どさくさに紛れて夫とか言うな。結婚をした覚えもなければ付き合った覚えもない」
「ぶ~」
不服そうに頬を膨らます愛奈。ほっとくけど。
「さて、真面目な話、どうすっかな」
僕が呟くと愛奈が抱き付きながら、
「私の家の車で帰りましょう、秋渡さん」
と提案してきた。提案自体は悪くないが車の中で何かやられそうだ。けど他に案がないのも事実。腹を括るか。
「はぁ……。本当に不本意だが愛奈、頼むわ」
「……物凄く嫌々言われましたけど了解です」
言って愛奈が電話をする。物の数秒で終わった。早いな。
「伝えました。あ、秋渡さん、少し屈んでくれませんか?」
「なんでだ?」
「頭に埃が……」
マジか。どこだ?と頭を触る。
「私が取るので屈んでください」
「ちっ。しゃーねー。さっさとしてくれ」
舌打ちをして屈む。舌打ちをしたことにぷぅ!となったがとりあえず埃を取ることを優先にしたのか、近付いてくる。って近すぎねぇか?嫌な予感がしたと同時に僕は素直に屈んだことを後悔した。
ちゅっ。
僕の頬に愛奈の唇が触れた。つまりはキスだな。……。
「愛奈……」
怒気の籠った声で愛奈の方を向くが愛奈は作戦がうまくいったことに満足のご様子。つまり聞いちゃいねぇ。
「いいではありませんか。これくらい」
と不意に言ってきた。
「本当は唇にキスをしたかったんですよ?それを我慢したのに……」
それを聞き、はぁ、と溜め息をつく。もういいや。馬鹿馬鹿しい。
「はぁ……。今回は貸しがあったし特別に許す」
「許されるなら唇にすればよかったです……」
愛奈は僕の言葉を聞き、後悔したようだ。顔は赤いままだが。
と、話していたら迎えが来たようだ。そして二人で玄関へ行き、靴を履き替えてすぐに車に乗った。そして校門から出ようとしたら周りを囲まれ、
「世刻君、チョコを受け取って!」
とかなんやら聞こえた。どうやら車だろうが関係なかったらしい。愛奈は、
「すみません、通れないので通してくれません?」
と怒っていた。珍しい。
その後は僕が囲っていた全員からチョコを受け取り、一時間後にこの場は収まった。直接囲まれなかったのは幸いだったが、紙袋は倍に増えた。
「秋渡さん、その量どうするのですか……?」
さすがの愛奈も本気で心配そうに聞いてきた。たがそれはむしろ僕が困ってることだ。
「とりあえず相澤や橋本と食うわ」
胸焼け起こすな絶対。僕がそんなこと考えていたら愛奈が顔を近付けてきた。
「どうした?」
「いえ、このまま秋渡さんとキスしたいなって思いまして……」
「勘弁してくれ」
疲れきったからマジでこれ以上疲れることはしてほしくない。
「今日は諦めます。ですがいつか必ず秋渡さんを私だけの人にします!」
力強い発言をした愛奈。それに僕は、
「肝に銘じておく」
とだけ答えた。
ーー
その後は送ってもらって家に着き、恋華、星華、冬美、愛奈、そして篠宮のチョコだけを食ってから風呂に入り、直ぐ様に寝た。今日は本気で疲れた一日だった。ただまぁ、
「こんな日もたまにはいいか」
戦いのことを考えることもなく世界観が少し戻っていたと考えれば悪くもない日だったな。
五人のチョコはどれも旨かったな。とか考えて眠りに着いた僕だった。
ーー
後日談。
約束通り三人でチョコを食っていたが食い終わるのにまさか三人で二週間かかるとは思っていなかった。胸焼けは当然の如く全員して起こした。
読めばわかりますが今回は木上美沙、横田(世刻)舞は登場していません。理由はそこまで深くありませんが気にしないで頂けたらありがたいです。
なお、今回出てきた篠宮は本編でも登場するかもしれません。多分ですけど。
それにしてもバレンタインデーですね。前書きでも言ったのですがこの時期はチョコの種類が多いためかどれも美味しそうに思えます。