特別話 クリスマス 3
十二月二十四日。
クリスマスイブのその日、秋渡はとある問題に当たっていた。彼は考える。これはどうするのが正解なのか、と。もちろん答えは出てこない。簡単に出てくるならば迷うことなどないだろう。そしてその問題の内容は……。
「秋渡とクリスマスを過ごすのは私なのよ!これだけは譲らないわ!」
「……ダメ。……秋渡とは私が過ごすの」
「いいえ、日頃のお礼も踏まえて色々としたいから私とよ」
「何を言ってるんですか!秋渡さんは私と過ごすことが決まってるのですよ!」
「秋渡君とのクリスマスのために無理に休みを貰ったんだから私が一緒にいたいな」
「私だってパーティーの招待を蹴ってまで予定を空けたんだから秋渡さんと過ごしたいです!」
そう、秋渡の目の前で言い争う六人の女性陣が誰が秋渡と過ごすかということだった。
「お兄様はどうなさるのですか?」
意外なことに唯一この騒動に混じっていないのは妹の舞だった。こういったことには寧ろ積極的に動こうとするだろうに今日は妙に珍しく大人しかった。しかしそれでも無言のプレッシャーは与えてくるのだから秋渡には居心地が悪い。しかもそれが学校だったらまだマシだったかもしれないが、彼らがいるのは外。しかも一通りが多い街中で騒いでいるのだから周りからは好奇心の目で見られまくっていた。更にはその中に愛奈や美沙も混じっているのだから余計に注目を浴びている。
初めは秋渡は全員と過ごすことを提案したのだが、今回はそれを却下されている。しかも全員から却下というこのメンバーでは珍しいことが起きるという事態だった。
「(はぁ……、帰りたい……)」
未だに収まらないメンバー達に秋渡は手で顔を覆ってそう思っていた。一番いいのは秋渡が決めることなのだが、それだと選ばれた人以外は不貞腐れてしまうだろう。そしてこのメンバーだと不貞腐れてしまったらどうなるかは大体予想が出来ているため、秋渡も決められていないのだった。
「クリスマスに喧嘩か……」
しみじみとした声で呟くと遠くから聞こえてくるクリスマスソングがやけに虚しく感じるのだった。
だがここでいつまでも喧嘩をさせるわけにはいかない。そう判断した秋渡は正解の答えが見付からないまま口論の輪に入る。
「全員ストップだ。これ以上続けるなら誰とも過ごさんぞ」
「「「「「「…………」」」」」」
秋渡のその言葉に全員が一気に黙り込んだが、無言で秋渡を見つめ、「なら誰と過ごすか選んでよ!」とその目が訴えていた。秋渡は溜め息を吐くと静かに歩き出した。それに皆、黙ってついて行く姿に見物していた人達が「おぉ〜っ!」と歓声を上げていた。それに物言いたいが秋渡は我慢してそのまま歩き続けたのだった。
ーー
そして秋渡が皆を連れて来た場所は……。
「……なぜスーパー?」
星華が疑問を秋渡を尋ねる。あの流れでここに来る理由が全く分からなかった。長年共にいた恋華でさえ秋渡が何を考えているのか分からない。しかも秋渡は秋渡で星華の声が聞こえなかったかのように買い物をしている。肉を見て悩む素振りを見せながら選び、他の物も同じように悩みながらも次々にカゴに入れていく。ずっと無言でそれをやっている姿に恋華達は顔を合わせて冬美が代表して声を掛けた。
「あの、秋渡君?もしかして怒ってる?」
冬美が聞くと秋渡は「ん?」と答えてからモモ肉をカゴに入れた。
「怒ってはない。元々原因が僕だしな」
「そ、そんな、秋渡君は別に……」
「だからもう面倒だから家でパーティーした方が手っ取り早いと思ってな。ここに来たのはその材料を買うためだ。あそこで喧嘩し続けられても困るしな」
冬美が秋渡を庇おうとしてもそのまま被せてきて秋渡は「飲み物はどうするか」と呟きながら色々と見て回る。その姿に恋華達は喧嘩してたのが馬鹿らしく思えて互いに顔を合わせ、笑いあった。そしてそれを気配で感じたのだろう、秋渡も彼女らには見えない所で口元に笑みを浮かべたのだった。
ーー
秋渡の家へ着くと、まずは多くの荷物を片付ける。そこで客人が多くいて留守番をしていた明菜が面食らったが、すぐに手伝いをしていくつかの料理を作り始めようとしていた。
「全く、事前に教えてよ。ビックリしたじゃない」
「お前ならなんとなく察してたんじゃないか?」
「……まぁね。けどパーティーをすることに関しては予想外だったわ」
「それはすまんな」
今は昼過ぎだが、人数が人数のため早いうちに作れるものは作ろうと思って秋渡は明菜にネチネチ言われながら料理の手を止めない。勿論二人だけで作っているわけではなく料理が出来る恋華、星華、冬美、舞、幸紀も共にキッチンに立っている。特に恋華と舞は昔から作っていたから他のメンバーよりも上手で手際もいい。そんな五人とは対照的に料理が得意ではない二人は……。
「……私、料理は勉強中だからなぁ」
「私はキッチンに立ったことすらほぼありません……」
「うぅ……。せめて秋渡君に美味しいって言ってもらえるようにはしたい……」
「花嫁修業で料理も始めないとこれは追い付けそうになさそうです……」
「私、皆よりも優れてるのって何なんだろう……」
「せめて家から何か飲み物を送って貰いましょう……」
傷を舐め合うようにソファーに座って大人しくしていた。まだ皿の準備をするには早すぎるためすることがないので二人は申し訳なさでいっぱいだった。そんな二人に流石に恋華達も声を掛けられず、黙々と料理を作っていた。だが秋渡は違う。
「美沙はこの中では歌が上手いし久英さんから聞いた話だと愛奈は楽器を弾けるらしいな」
「え、あ、はい。色んな楽器は確かに触ってきましたが……」
「みんなの歌唱力が分からないんだけど……」
秋渡の言葉に愛奈はあまり自信なさげに、美沙は苦笑しながら答える。しかし秋渡は表情を変えることなく続ける。
「それだけでも優れていることになりそうだがな。特に美沙はこの中では一番に夢を叶えているんだからそれこそ簡単には出来ないだろう?」
「そうね。定まった夢を持ってない身からしたらそれはとても尊敬出来ることよ」
秋渡の言葉に冬美が薄く笑いながら肯定する。他のメンバーもうんうんと頷いており、美沙は照れて顔を赤くしながら秋渡から顔を逸らした。しかし他の皆も納得してうんうん頷いていた。
「……そもそもここにいる人達は私以外大物ばかり」
星華がジャガイモの皮を剥きながらポツリと呟き、それに皆が耳を傾ける。それに気付いているのかは分からないが星華は手を止めることなく続ける。
「……五神将の幼馴染み、数少ない男女平等の高校の生徒会長、大財閥の一人娘、有名人気アイドル、いないとされていた五神将の妹、そして婚約者の令嬢。……私はただの同級生」
「ただの……ねぇ……」
星華の言うことは尤もだろう。しかし秋渡はそれを笑うように口角を上げていた。それに星華が物言いたげに見るが秋渡はそんな星華に顔を向けると口を開く。
「なら五神将を落とすことが出来た時点でただの同級生にしてはとんでもないことをやらかしたように僕には思えるが?」
「……それは違うよ、秋渡」
秋渡の言葉に星華は剥き終えたジャガイモをボールに入れ、次のものに手を付けようとする前に手を止めて秋渡を見る。
「……秋渡を落としたのは私じゃない。……私を堕としたのが秋渡」
「…………?何が違うんだ?」
「……厳密には私達を落としたのが秋渡」
「確かにそうですね」
星華の言葉の意味が秋渡には分からなかったが、幸紀は賛同した。しかも他のメンバーも頷いていて分からないのは秋渡だけだった。問うように星華を見るが、星華は再び黙々と作業に戻っていた。仕方なく尋ねるのを諦め、秋渡も手を動かすことを再開した。そんな光景に他のメンバーは皆、笑っていたのを見て秋渡は「まぁいいか」と思ったのだった。
ーー
一通り作り終え、途中で愛奈がメイドを呼んで届けてもらったワインも開け、少し早いが乾杯をしてパーティーを開始した。と言っても立食パーティーではないので大きなテーブルを囲って食べるというものだ。いつもより多少豪勢な料理が並べられてある中、談笑しながら各々食べていた。様々な料理を前に皆自由に食べ、それを見ながら秋渡はこれなら衛と智樹も呼べば良かったかなと思っていた。とりあえず唐揚げを口に入れると絶妙なタイミングで揚げたのだろう、とてもジューシーに出来ており、滴る油が良い味を出していた。少なくとも自分が作ったのではないので他の誰かなのだが、これだけ美味しく出来るとすれば限られるだろう。
「……美味い」
「本当ですか?」
思わず零した言葉に横の幸紀が反応をした。つまりはこれを作ったのは幸紀なのだろう。秋渡は箸を止めることも忘れ、夢中で食べていた。そんな様子に幸紀は嬉しそうに微笑んでいた。そんな中、愛奈がワインの瓶を手に秋渡に近寄って来た。
「秋渡さん、ワインもどうぞ!」
愛奈が届けさせたグラスにトクトクと注がれるワインを見て秋渡は今更だが未成年なのによく許可してくれたなと思った。だがそれを貰って普通に飲んでいるのだから自分も大概かと思いもした。
「(それに、皆も飲んではいるしな)」
愛奈の父、久英が愛奈に渡したワインはアルコールが薄く、学生にも飲みやすいものだった。秋渡はたまにだがこっそりと風月を楽しみながら飲んでいたので多少は酒を飲める。ので秋渡は普通に飲んでいたのだが……。
「……美沙?大丈夫か?」
今秋渡の隣にいる美沙がワインを一口飲んでからずっと無言だったので、秋渡は声を掛ける。当然美沙の様子に気付いていたのは秋渡だけでなく、全員が気付いていた。皆心配に見てる中、美沙はトロンとした目で秋渡を見つめてきた。ただし、顔を赤くし、少し顔をフラフラとさせながら。秋渡は即座に美沙が酒に弱いことを察し、すぐにその場から動こうとした。のだが……。
「秋渡くぅん〜」
間延びしたような呼び方に秋渡はギョッとして美沙を見るとその瞬間、美沙は秋渡の胸元へ顔を擦り寄せ、未だに火照っている状態で秋渡に抱き着いた。
「ちょ!?美沙ちゃん!?」
普段の彼女ならこんな過激なことはしないので恋華達が驚いて秋渡から離そうとする。しかし美沙は力を込めて秋渡を離そうとせず、ムスッとしたように頬を膨らませる。
「ん〜。秋渡君からは離れないの〜」
「お、おい美沙?……舞、水持って来てくれ!」
秋渡の声にすら反応しない状態に秋渡は舞に水を要求した。舞も頷いて慌ててコップに水を注ぎ、それを持ってくる。秋渡は片手を塞がれているためコップを受け取った冬美がすぐに水を飲ませた。すると飲んだ酒の量が少なかったからなのか、美沙はまだ若干ぽわんとさせながらも秋渡を見、恋華達を見てから自分が秋渡に抱き着いていることを理解し、状況を把握した。
「しゅ、秋渡君!?え、私何を!?」
「酔って秋渡さんを襲おうとしてましたよ。美沙さん、お酒弱かったんですね」
美沙が慌ててアワアワしているのを愛奈が普段のおふざけからは想像出来ないほど静かに説明した。説明を聞いて美沙は顔を真っ赤にして秋渡から顔を逸らす。それに皆が笑い、そして若干嫉妬しながらも誰も美沙を責めようとはしなかった。秋渡からすれば一悶着あるかヒヤヒヤしたが、それは杞憂に終わったので安心したのだった。
ーー
あらかた料理も食べ終え、談笑会をしてた時、秋渡が少し出てくると言って外へ出た。恋華などが付いて行こうかと同行を申し出たが秋渡は首を振ってここで待ってろと言い、皆大人しく待っていた。
「秋渡、どこ行ったのかな?」
「ケーキを買いに……でしょうか?」
恋華が首を傾げるが、幸紀のなんとなくの推測もあまり自信はなかった。仮にケーキを買いに行くならば少なくとも誰か一人は同行させるだろう。それこそいざこざにならないように明菜を。しかし明菜にも待機させていたため、それは考えにくい。何よりもケーキは愛奈と幸紀が家に頼んで高価なものを既に持ってきてもらっていた。人数も多いから少し大きめになっているが、それでもここから買い足す必要はないだろう。
「ですが他に買わなければならないものは……」
舞が顎に指を当てて考えるがやはり思い付かない。すると冬美がパンパンと手を叩き、注目を集めると冬美は皆の視線を受けてから話す。
「そんなに深く考えないで私達は秋渡君を待ちましょ?彼のことだから何か考えてたのかもしれないし」
「……有り得る」
「クスっ。そうですね。秋渡君ならそうかもしれません」
何やかんや自分達のことを考えてくれている彼ならば、きっと心配はいらないのだろう。彼を信頼し、愛しているから冬美の言葉に皆賛同して大人しく片付けをし、喋りながら待つことにしたのだった。
そしてそれが一時間程経ってから。
玄関のドアが開く音が聞こえ、恋華達は帰ってきたことを理解する。
「戻ったぞ」
秋渡の声が聞こえリビングのドアが開くと秋渡が大きな紙袋を持って現れた。外は寒かったのか、秋渡の顔は少し赤い。
「おかえりなさいませ、お兄様。荷物持ちましょうか?」
「いや、大丈夫だ。中はすぐ出すからな」
そう言って秋渡は片付いたテーブルに紙袋を置くと中をゴソゴソ漁って次々に包装された箱を出す。それらを見て秋渡が何故外へ出たのかを理解した恋華達はやっぱり自分達の好きな人は自分達の嬉しいことをしてくれると改めて思った。全部取り出したのか秋渡は皆を見ると少し照れくさそうに言う。
「あまりセンスはないから期待に答えられてるかは分からんが……」
言って迷う素振りを見せることなく一人一人に包装された箱を渡す。恋華達が受け取るのを黙って見ていた明菜は最後に自分にも差し出されて驚いて自分を指し、「私にも?」とポカンとする。秋渡はそれに無言で頷くと「ありがとう……」と照れながらお礼を言った。そして皆に配り終えたら秋渡はただ一言。
「メリークリスマス。僕から皆へクリスマスプレゼントだ」
普段の無表情そうな顔からただ口角を上げながら言ったそれに全員が笑って小さめの箱をギュッと抱き締めた。そして……。
「メリークリスマス。ありがと、秋渡」
「……メリークリスマス。……嬉しい」
「メリークリスマス。わざわざありがとう、秋渡君」
「メリークリスマスです。大切にしますね、秋渡さん」
「メリークリスマス。ふふ、ありがとう、秋渡君。嬉しいな」
「メリークリスマス、お兄様。とても温かい気持ちです。ありがとうございます」
「メリークリスマス。秋渡さん、本当にありがとうございます」
「メリークリスマス。私までいいのかなって思うけどありがとう」
皆嬉しそうにして答えてくれた。秋渡はそれに頷いてから冷蔵庫へ向かい、そこから愛奈と幸紀が家から取り寄せたケーキを取り出す。二つあるので一つを秋渡が、もう一つを明菜が取り出してテーブルに置いてその間に恋華と舞が皿とフォークを用意し、幸紀と冬美が箱から取り出したケーキを包丁で丁寧に切り分けていく。そしてそれぞれの皿へ置いていき、準備を終えて包丁を片付けてから再びテーブルを囲うと……。
「じゃ、いただきます」
「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」
秋渡の合掌に皆が倣ってケーキを食べ始めた。流石と言うべきか愛奈と幸紀が持ってきたケーキは普段食べられるケーキとはレベルが違った。生クリームもイチゴもスポンジも他のものも全てがとても美味しかった。
「(半強制的にやったパーティーだったが……)」
ケーキを口に運びながら恋華達を見渡すと、幸せそうにケーキを食べて話しており、街中での喧嘩が嘘のようだった。それを見て。秋渡は目をほんの少しだけ細めて笑う。
「(皆、嬉しそうにしてくれて良かった)」
そう思いながら自分もケーキの味を楽しむのだった。
こうして唐突のクリスマスパーティーは賑やかに全員が楽しむことが出来て成功に終わったのだった。ちなみに秋渡が全員に渡したプレゼントはリングであり、埋め込まれている宝石の色が異なるというものだった。
それを受け取った彼女達は本当に幸せなクリスマスになり、最高の時間となったのだった。
ア「どうも、アイギアスです!」
秋「秋渡だ」
ア「番外編ということでまたクリスマスの話でしたがいかがでしたでしょうか」
秋「何度も書いていると味気ない気もするが、まあ頑張ったんじゃないか?」
ア「実はこれ、今回は間に合わないかと思って半ば諦めかけてたんですね」
秋「逃したら次は来年になっちまうしな……」
ア「そういうことです。なんとか間に合ったのが自分でも驚きですよ。強引な進め方になってしまいましたが。誤字・脱字があるかもしれないですし」
秋「それだけ急いで書いたんだよな。お疲れさん」
ア「ありがとうございます。ということで今回はこちらは短めに終わりたいと思います。それでは……」
ア・秋「また本編で!」
秋「それとメリークリスマス。今年も少ないがこの作品をどうかよろしくお願いするよ」
ア「良いクリスマスを。この作品、そしてキャラクター達をよろしくお願いします!」