第百四話 関澤家の答え
冬美とは深桜高校ではなく凛桜での待ち合わせとなった。実はそちらの方が家から近いとのこと。時間が惜しいのでまたしても屋根から屋根へ軽やかに飛んで凛桜女学園を目指す。それを聞いた時に凛桜を選ばなかった理由は何だろうと思ったのだが家庭の事情もあるだろうし深くは入り込まないようにしておこう。
「また星華の親みたいに怖がられるのかな……」
実はビクビクされながら話していたことは少しショックだった。殺気をぶつけられたとか他の理由ならば気にする事はなかったのだが、ただ話してただけで怖がられるとは思ってもなかった。いや、五神将だから不思議ではないんだけど……。
「ま、なるようになれ……だな」
そう思い直して凛桜女学園へ向かった。
ーー
「あ、秋渡君。おはよう」
「おはよう、冬美。早いな」
「そりゃね」
凛桜女学園に着くとすでに冬美はいた。この炎天夏の中待たせたのは忍びないな。軽く挨拶を交わしたらすぐに向かうことに。
「暑かっただろうに大丈夫だったか?」
「問題ないわ。それに、予め時間を教えてくれたんだからあまり待ってなかったから」
「そうか」
良かった。星華の家から出た後にちゃっかり連絡を入れておいたからか熱中症で倒れるとかなかったみたいだ。そんなことになったら洒落にならないしな。歩きながら冬美が尋ねてくる。
「それで、今の所はどうなの?」
何が、なんて言葉はいらない。だから僕はただ簡潔に答える。
「愛奈と幸紀の親はともかく星華の親はたとえ手を出さないって言っても五神将だからか渋々応じたように見えた。母親の方は違ったけど」
「……そっか」
たとえメールで話す内容が分からなくともここまで来れば分かる。それに、冬美曰く愛奈からメールで聞いてたようなのでもう知っててもおかしくはない。
「ま、あとはお前と……美沙の両親だ」
ある意味徐々に難易度が高くなってる……気がする。いや、普通なら財閥と金持ちの家ってことを考えれば逆なんだけどまだ面識あったから出来たようなものだしな……。やり切れない気持ちになって来るが、まぁそれも致し方あるまい。
「ところで今日は髪型変えてるんだな」
「えっと、まぁ暑いからそのままは……ね」
冬美は今ストレートにしてあまり弄ってなかった髪を今は後ろで束ねていた。今のこの髪型に巫女服とか着たらよく似合いそうだなとかどうでもいいことも思った。服装はカジュアルなシャツにスカートというとてもラフな格好になっている。冬美は髪型が変わってることに気付かれて恥ずかしいのか照れて前髪を弄っているが、別に変に思うことはない。というか素直に似合ってると思う。口には出さないけど。と、そのまま談笑しながら向かってると確かに十分くらいのところで辿り着いた。
「ここよ。さ、入って」
「お邪魔します」
冬美に言われて中へ入る。そしてリビングへと通されるとそこには二人の男女がテーブルの椅子に座っていた。厳しそうな顔付きで入ってきた僕を見透かしている男性にこれまた中々に鋭い目付きの女性。恐らく冬美の両親なんだろうがその目だけで厳しい家庭なのだろうという印象を抱いた。ともかく二人の反対側に座れと冬美に言われ、座ると僕は正面から冬美の両親と対面した。
「初めまして、世刻秋渡だ」
「知っているとも、五神将・世刻秋渡君。初めまして、冬美の父、関澤大輔です」
「母の冬香です」
おぉ、どこか余裕がある話し方だな。これならば怖がられることもない。そう判断して僕は早速切り出すことにした。
「突然の訪問で悪いが話があるんだ」
その言葉に大輔さんと冬香さんは顔を強ばらせる。真剣な話だと分かったのだろう。
「娘さんを僕にくれないか?」
「「…………へ?」」
「正確には嫁の一人に迎えたい」
「「…………んん?」」
「……えっと、どうかしたか?」
冬美の両親の反応が変だったから思わず尋ねてしまう。するとハッと我に返った大輔さんがコホンと咳払いをするとその目でしっかりと僕を見てくる。
「すまない、てっきり私達が何か君にしたのかと……」
「……え?」
「ご、ごめんなさい。実は冬美から聞いた時から何か迷惑かけたかなにかしてしまったと思ってたのよ……」
…………えーっと、つまり勘違いされて身構えていたってこと?
「ごめんね、秋渡君。お父さんもお母さんも悪気はないの。ただ五神将ってことを知った後だと……」
「……あー、確かにおかしいことじゃないのか」
なるほど。確かにあの放送から考えたり今までの五神将の行動を思えば無理らしからぬことだな。暁はともかく青葉や黒坂の行動は知れば大体命に関わるんだからおかしいことではない。僕は納得してから改めて向き合う。
「安心してくれ。別に何かされたわけじゃない。さっき言った冬美を嫁の一人に迎えたいからそれの許可をしてくれるかを聞きに来ただけなんだ」
「そ、そうなのかい?ところで嫁の一人とは?」
「実はな……」
大輔さん達に愛奈の父親との繋がりで総理大臣と話し、暁との戦いの勝利時の特別扱いということで許可するってことを掻い摘んで教えると三人は驚きを隠せずにいた。なんとなく心境は分かるがとりあえず話を進める。
「というわけなんだ」
「そ、そうか……。えっとその前にいいかい?」
「ああ」
「冬美はいいのかい?」
あー、確かに冬美が良くなければ意味は無いな。大輔さんが聞いたのも頷ける。そして冬美の返事は……。
「ええ。一人だけで愛して貰えないのは残念だけどそれでも側に寄り添えるなら構わないわ。むしろこちらからお願いしたい」
冬美の真っ直ぐな目を、心を受け止めて大輔さんは「ふぅ……」と息を吐いてから僕を見る。
「……そうか。私は別に構わない。何もない家系なのだが……」
「気にすることはない。僕自身そんなに金持ちとかじゃないし普通の市民だ。それに元々家系がどうとかは正直どうでもいいんだ」
「…………」
僕の言葉に大輔さんと冬香さんはキョトンとした顔をする。そんなに驚くようなことか?
「一応伝えておくと嫁に迎えようとしている内の四人は一般の人だぞ?」
「そ、そうなのかい!?」
補足で説明したつもりが更に驚かれる。まぁ無理もないことだからあまり深くは何も言えないのだが……。恐らくは冬美以外は全員金持ちとかそういう類の人だと思ったんだろうな。事前に聞いたりしなきゃ僕でも勘違いするだろう。……まぁ一人は雨音財閥の一人娘、一人は有名なアイドル、一人は普通の(?)金持ちだから確かに豪華というか階級が高い人もいることは否定出来ない。その辺も軽く説明すると大輔さんは厳しそうな目を和らげて安堵の息を零す。
「ま、そういうことだ。尤も、それが可能になるには僕が今度の……明後日の戦いに勝ってからの話になる」
「……勝てなければ?」
「少なくとも僕は死ぬ。周りも下手をすれば共に……な」
「「…………」」
僕の言葉に大輔さんと冬香さんは息を呑んだ。無理もない。自分らの娘が危険な上に自分らも無関係とは言えないのだから、命の危険もあるということだし。だが僕はフッと笑うと言葉を付け加える。
「安心してくれ。負けるつもりは毛頭ない」
「……そうか。なら私からは一言。娘をよろしく頼みます」
「私からも。よろしくお願いします」
「ありがとう。いい返事が聞けて良かった」
僕は大輔さんにスっと手を差し出すと大輔さんは最初戸惑ったが、その手を握り返してくれた。……良かった。正直美沙と冬美は特に厳しいかなって思ってたからその内の片方が大丈夫だと凄く安心した。手を離すと僕は「そろそろ出るよ」と言って立ち上がる。大輔さんと冬香さんはキョトンとしたが、「まだ残ってるんでな」と答えると納得してくれた。ただ「お茶くらい大丈夫なのでは?」と言われ、逆に僕がキョトンとしたがすぐに苦笑いを浮かべると「次の所は遠いからな。あまりゆっくり出来ないんだ」と答えると冬美も含め残念そうにしながらも見送ってくれた。さて、あとは美沙だけだな。
ーー
冬美家side
秋渡が帰った後、大輔と冬香は心底安心するように息を吐いた。それを見て冬美が笑うと声を掛ける。
「いい人だったでしょ?」
「……ああ。正直本当に他の五神将と同じなのか疑うくらいにね。あの年代にしては力強い目をしてたし腰の刀にはヒヤヒヤしたけど一度も刀には手を添えなかったな」
秋渡の腰に差してある彼の愛刀を見て初めはとてもヒヤヒヤしていたが、いざ話すと真っ直ぐに生きている、そして大切な人は守るという意思が強く伝わった。
「敵対する気はないってことを伝えてたのよ」
「そうね。それにしても冬美もあんなにいい男を落としたなんてやるわね〜」
冬美が自慢するように語ったのを見て冬香が冬美をからかう。冬美はそれが恥ずかしかったのか何か必死に冬香へ言い返すが冬香は笑ったままだ。その光景に大輔は冬香の悪い癖が出たなと黙った。昔から恋愛面で面白いことなどがあるとすぐに人をからかう癖が冬香にはあった。だからその度にアタフタするのを見て、更にからかってしまう。流石に秋渡相手にはそれが出来なかったようで大丈夫だったが、仲良くなったらからかいそうな気もしなくもない。
「(今度会ったらそれだけは伝えておこう……)」
娘をからかう姿を眺めながら大輔はそう思った。
ア「どうも、アイギアスです!」
秋「秋渡だ」
冬「冬美です」
ア「今回は冬美さんの家へですね」
秋「厳しそうな両親ってのが第一印象だったな」
冬「実際厳しい方だと思うわよ」
秋「だからあまり僕相手でもしっかりしてたんだろ?」
冬「内心はビクビクしてたみたいだけどね」
秋「そうなのか?」
ア「五神将相手ですからね。無理はないかと……」
秋「ぐっ……。それを言われるとなんとも言えん」
冬「それでも予想外にしっかりしてるって褒めてたわ」
秋「予想外?」
ア「規格外な存在だから印象とは全然違ったとかじゃないでしょうか?」
冬「そうよ。だから許可出来たって後から聞いたわ」
秋「……そうか。それならいい」
冬「ただ少し気を付けてね?」
ア・秋「?」
冬「母さん、人をからかう癖があるから……」
ア「そうなんですか!?」
秋「そうは見えなかったが……」
冬「隠してただけでウズウズしてたわよ。秋渡君帰った後からかわれたし……」
秋「……肝に銘じておく」
ア「とりあえず残す難関はあと一つですね!」
秋「ああ。どうなるか皆目見当もつかん」
冬「頑張ってね、秋渡君。あなたなら出来るわ」
秋「ありがとな」
ア「ではここで締めましょう。それでは……」
ア・秋・冬「また次話で!」
おまけ~
秋「そういや最近凛桜とはどんな感じだ?」
冬「……聞きたい?」
秋「気にはなる」
冬「秋渡君のことを気にかけてたわよ。色んな意味でね。誰とは言わないけど」
秋「……そうか」
冬「ま、大きな問題とかはないらしいから安心して」
秋「斎藤って女は?」
冬「回復したらしいわ。そこは素直に良かったと思うわよ」
秋「そうだな。苦幻夢から解放するのは大変だから良かった」
冬「ええ。あ、また今度遊びに来てだって」
秋「……女学園に気安く遊びに行ける男ってあんまいないんじゃねぇの?」
冬「ふふ、そうね」