第百二話 不安より上回る期待
翌日。
僕は五時に起きて舞達がまだ寝ているのを確認し、こっそりと家事を行う。最近やってないからなんか違和感を感じていたからたまにはやっておきたい。舞達にバレると後々言われそうだが気にしないでおく。洗濯は流石に音でバレそうだが構わずにやる。朝飯も出来ればと思って何か作ろうかと思ったが流石に時間が早すぎるから断念。どっかでまた飯を作るとしよう。掃除は始めると時間が掛かりすぎるからやめておくがいい加減部屋の掃除もしないとな。だが軽く掃除するくらいなら出来るからリビングの掃除や整理整頓だけはしておく。
「……こっそり家事をやるなんて考えたこともないな」
今までは一人だったしちょっと遅くに起きてからすることもあった。それがまだ数ヶ月前なのになんだか懐かしく思える。ともかく洗濯など(流石に舞達のを洗うと文句が飛んできそうだったから自分ののみだが)を終えると一時間くらい経っていたので朝飯を作るかと思いキッチンへ。しかしここでまさかのことが起こる。
「お兄様……」
「……おはよう」
リビングへのドアが開かれていてそこには舞が僕をガン見していた。笑顔なんだけど何故か目が笑ってない。おかしい、普通ならば家事をやることは何も文句がないはずなのだが……。挨拶をしておいたが舞は悲しそうに僕を見ていた。
「私のお仕事……」
「いや、これは家族の仕事だ」
「お兄様、先程洗濯を致しましたよね?」
「?ああ」
突然洗濯の話になって首を傾げる。たしか女の人は男の人と洗濯するのは嫌がるんだよな、と思ったから自分のしかしていない。そもそも男の僕が女の人の下着とかを洗うわけにもいかないのだから悪いことはしてないよな?なのに肯定したと同時に舞がショックを受けた表情をしてるだが何故だ。誰か教えてくれ。
「お兄様の匂いを堪能できる瞬間が……」
「その瞬間はすぐになくしてくれ。知りたくなかったことを知っちゃったよ」
思ったよりもヘボい理由だった。いや、僕からしたらやめて欲しいことなのだが……。というか舞、いつもそんなことしてるのか。これからは洗濯物は自分でした方が良さそうだと心に刻んでおく。
「ですが私に出来ることは主に家事ですからあまり取られるのは嬉しくないです。少し、寂しいですから……」
「……それはさっきのセリフがなければ文句なしだったけどな」
色々と台無しにしてたからあまりグッと来ることはなかった。それでも言いたいことは伝わるのだから不思議だ。ともかく僕は舞の知りたくなかった事情を知ったことは心に留めておき、作業を再開することにする。流石に途中で放棄するのは嫌だし舞が起きたのなら明菜も起きてるだろうから遠慮なく色々とやる。それを舞が手伝ってきたが何も言わないでおく。舞は僕の作業が分かってたからなのかそのまま作業をしてくれた。
ーー
かれこれ三十分。
「あらかた終わったな」
「はい」
「そうね」
作業を再開してから十分後に明菜も加わって三人で掃除をしたら想像以上に早く終わった。僕はずっと一人だったから慣れてたし舞は爺達の手伝いでよくやってて明菜は櫻井ファミリーの中でよく掃除をしていたらしい。ともかくすんなり終わったので舞は朝食の支度を始めて明菜も手伝い、僕は着替えのために部屋へ戻った。堅苦しくさせるのも嫌なので私服で行くがさて、どうなることやら……。ぱぱっと着替えるとリビングへ戻る。舞達の手伝いをしようとしたら舞と明菜に断られた。
「お兄様は大事なお話を控えていますから席で待っててください」
「これくらいならいいし素直に待っててよ」
というわけで仕方なく席へ着くと明菜が朝食を運んでくれる。どうやら元々多く作る気はないみたいなので舞達はすぐに作り終えた。なるほど、そりゃ手伝いはいらないな。もう完成間近だったなら手伝えることは皿出しくらいか?いや、明菜がそれもやってたから無理だな。明菜が運び終えて二人が手を洗って戻ると三人で合掌する。
「「「いただきます」」」
ご飯に味噌汁、鮭の塩焼き、卵焼きという普通のメニューだが口に運ぶとそれらの旨みが広がる。……料理が上手な二人だし恋華も星華も出来るから本当に作る機会がなくなりそうで少し寂しい気はするな。無言で食べながらそう考えて少しばかり悲しくなる。いや、作ってくれるから文句は言えないのだが……。あとはまだ出会ってそんなに経ってないのに舞が既に僕の好物を把握していた時は驚いた。まぁその話は置いておこう。さっさと食べ終えて食器を流し台に持っていく。
「洗い物は私がするからそのままでいいわよ」
さて洗うかと思った瞬間明菜からそう言われた。明菜にこれくらいやらせろと視線を送ったが明菜は目を細めて却下の視線を返された。解せぬ。仕方なくそのままにして部屋へ戻ろうと考えた時に明菜から声を掛けられた。
「どうせ私達の分も洗うんだから気にしないでよ」
「……そうか」
そう言われたので無理矢理納得して部屋へ戻り、準備をする。と言っても用意するものはそんなにないのであまり時間は掛からない。財布やスマホ、腕時計、そして刀を用意してから僕は部屋を出る。時間はまだ八時だが星華から早めに来てと言われてたのでもう出ることにする。何せ家を知らないからな。
「行ってくる」
「「いってらっしゃい!」」
声を掛けると即座に二人から返事が来た。集合場所は学校なのでさっさと向かう。急ぐ必要はないが冬美と美沙の方もあるから自然と早足になって向かっていた。
「さて、頑張るとしようか」
そう自分を鼓舞して。
ーー
舞&明菜side
舞と明菜は秋渡が出掛けてから食器を洗い、秋渡がまだやっていなかった家事をやる。それを終えると二人はテーブルの席に座ってコーヒーを飲む。
「秋渡、どうなるかな」
「お兄様ならば特に問題なくお話をなさると思います。ですが不安な所と言えばやはり決戦の時、ですね」
「あら、意外ね。秋渡なら負けないと言いそうだったけど?」
明菜は本当に驚いたように舞に返す。しかし舞は首を振ると説明をする。
「私が不安なのはお兄様が戦いに勝ったその後です。流石のお兄様も暁さん相手は無傷でいられないと仰っていたのでどうなるか分からないから不安なのです」
「そっか。確かに暁春樹相手はただで済むと思えないわね」
舞の語ることに明菜も賛同する。秋渡も春樹も底が知れない者同士であり、その力は強大だ。街から出ることも勧められたことからたった二人の戦いなのに被害はかなり大きくなるのかもしれないのだ。
「(尤も、舞は秋渡が無傷で勝てると思ってたからなのかもしれないけど。いずれにしても秋渡もかなりの覚悟をしているのは確かね)」
秋渡と戦い、自身のワイヤートラップも力で破ってきた男だ。普通の男ならば……いや、戦闘慣れしている者でもあれを瞬時に破るのは困難なはずだった。戦った明菜には秋渡が自分に見せた実力はまだ序の口というのは間違いないことは分かっている。二刀流になれば秋渡は本気で戦う意思ではあるがそれでも全力であるかは別だ。どの道底の知れない者同士の戦いが普通に終わるはずないのでどうなるか誰にも分からない。
「(秋渡が負けるところはあまり想像出来ないけれど暁春樹の噂も普通じゃないのよね。確か敵対していた組織とかを一人で壊滅させたとか……)」
明菜が櫻井ファミリーにいた時に聞いた噂を思い出す。ちなみにそれは本当であり、実際は櫻井ファミリーの同盟ファミリーもその矛先を向けられて潰されていた。大体が春樹の怒りを買って起きたことだった。そして部下一人連れずにアジトへ乗り込んでどうやったのか分からないほどに壊滅状態になっていた。外からもわかるほど黒煙が上がり、炎も燃え盛っていた。その光景は地獄絵図とまで呼べるほどに酷かったという。明菜はまだ存命だった櫻井来栖から見せられた写真だけでも当時心の大部分を消していた明菜でさえも絶句していた。来栖ですらあの時はあまりな光景に汗を流していたのを覚えている。
「お兄様……」
「まだ決戦じゃないんだから落ち着いてよ……」
舞はソワソワしながらカップを握っている。それを明菜は落ち着けているが、秋渡が心配なのは同じだった。一度敗北を許したと聞いているが、正直信じられないと明菜は思っている。しかも相手は五神将でも何でもないという。本人曰く怒りでいつも以上に隙を見せてしまったと言っていた。聞いた時には思わず耳を疑っていたことを明菜は覚えていた。
「(だからこそあれだけ冷静に戦えるようになったのかも……)」
たとえ怒りは見せても心は冷たく、静かにさせられるようになったのだ。実質強くなったのは間違いないだろう。だから暁春樹相手でも思ってるよりも落ち着いていられるのかもしれない。普通ならばまずあの春樹に目を付けられた時点で動揺を隠せない。しかし秋渡はそれを隠しているのか、それとも本当に動揺をしていないのかは分からなくともそれだけ落ち着いてはいる。明菜は窓の外を見て息を吐くと舞へ向き直る。
「(……秋渡。あなたがいなくなって困るのは舞や水嶋先輩とかだけじゃない。私も困るわ。恩返し、まだ出来てないんだから)」
この家に住むことになって秋渡は敵対したとは思えないほど優しくなり、そして親がいないにも関わらず温かい家庭だった。今までは秋渡はよく恋華と一緒だったが、それでも毎日というわけにはいかない。一人の時、秋渡はどんな風に過ごしたのか分からない。再びソワソワし始めた舞に明菜は声を掛ける。
「お兄様……」
「……舞、いい加減本当に落ち着いて」
「あ、いえ、決戦のこともあるのですが……」
「……?」
舞はちょっと困ったというかなんて言えばいいのか分からないようにしながらも言う。
「お兄様、今日のお話はなんて切り出すか結構迷ってるように見えまして……」
「……」
明菜は舞の不安は決戦じゃなく今は今日の婚約話についてと分かって思わず笑ってしまう。舞はきょとんとするが明菜がすぐに返事をする。
「ご、ごめん。確かに秋渡がなんて言うか分からないけどその不安はきっと不要なものよ。だって秋渡が切り出し方が分からないだけでオロオロするような人ではないんだもの」
「あ……」
舞は今までの秋渡を思い出すと確かに彼がオロオロするところなど見たことがない。というかオロオロしてるところが想像出来ない。仮に話すことが浮かばなくとも表情が変わることはほとんどないだろう。明菜はそう思って思わず笑ってしまったのだ。舞も自分の兄がそれくらいで困惑するような男ではないことを思い出す。この家に来て一緒に寝たりしても秋渡は大して変化はなかったのだから。それはそれで彼の何かが不安にならなくもないが……。
「だから待っていよ?秋渡なら何事もなかったように帰ってくるだろうから」
「……そうですね。はい、ありがとうございます、明菜さん」
「礼を言われるようなことじゃないから気にしないで」
二人は互いに笑って再び他愛ない談笑を始める。決戦まではもう二日しか残っていない。しかしこうして笑いながら会話が出来るのは秋渡への不安よりも勝ってくれるという期待などがそれを上回っているからなのだろう。二人して残っていた小さな不安などは消え去っていることは二人共気付くことはなかった。
ア「どうも!アイギアスです!」
舞「舞です!」
明「明菜です」
ア「今回はお二人の会話が主でしたね!」
明「そうね。それよりも今年最後の投稿でこの場に秋渡がいなくて良かったの?」
ア「そこはご心配なく。しっかり考えてますので」
舞「お兄様と今年の最後にここで話したかったです……」
ア「……そこはすみません」
舞「はぁ……。お兄様、一体どちらへ……」
明「……誰かと一緒にいるのは間違いないとは思うんだけど」
舞「むぅ……。仕方ありません、お兄様には年明け後に存分に甘えるとします!」
明「そうしなさいな」
ア「はは、明菜さん、すっかり馴染んでますね!」
明「それでもヒロインにはならないわ」
舞「年下ヒロインにはなれそうですが……」
ア「他にいませんからね」
明「いいの。それに秋渡が決めてるのは七人だから今更なのよ。だから気にしないで。ほら、終わりましょう」
ア「……分かりました。では……」
ア・舞・明「また次話で!そして良いお年を!」
ーーオマケ
秋「今年も終わるな。皆さん、いつもこの作品を読んでくれてありがとうございます。来年もまた是非ともよろしくお願いします。寒い日も続いていますがどうか体に気を付けてください。では良いお年を」
恋「(秋渡が敬語使ってる……)」
幸「(違和感があります……)」
秋「ほら、二人も言いなよ」
恋「あ、うん。皆さん、良いお年を!」
幸「体に気を付けてくださいね。良いお年を!」