第百一話 理想の自分
家に帰るともうすぐ七時になる頃になり、丁度三人が夕食を作り終えたところだった。僕の帰宅には妹センサー(舞から聞いた)が反応したとかで一番に出迎えてくれたのが舞だった。両手を前に組んで「おかえりなさいませ、お兄様」と言う妹にどこか既視感というか違和感を覚えたが、気にしないでおく。「ただいま」と言って靴を脱ぎ、中へ入る前に洗面所で手洗いうがいをしに行く。舞は先にリビングで待つと言って去っていった。それを気配で感じながら水を出して顔を洗い、次に手洗いうがいをする。水を止めてタオルで顔を拭いてからリビングへと戻る。
「おかえり、秋渡」
「ただいま。まさか生きてるうちに総理大臣と話すことになるとは思わなかったな」
「どういうこと!?なんでそうなったの!?」
恋華に感想を伝えると驚いて聞き返してくる。まぁ僕が恋華の立場でも同じことをするだろう。家族が総理大臣と関わりのあるならば分からなくもないが、一般家庭の人が話すことはまずないだろう。だから恋華の反応はごく普通の反応と言えるだろう。とりあえず経緯を話すと恋華は納得したような、呆けたような顔をして黙っていた。一緒に聞いていた舞と明菜も流石に驚きを隠せずいたことから二人も恋華と同じ心情なのだろう。
「でもそっかぁ。許可、降りたんだね」
「あくまで暁に勝ったら、だがな」
「お兄様ならば負けることは無いですよ」
「舞の言う通りね。自信持っていいと思うわ」
恋華は重婚の許可が降ったことを安堵したような寂しそうな顔をする。恋華の場合付き合いの長さからも不安や期待もあったのかもしれないな。ただ恋愛に疎い僕には残念ながらその辺りは分からないため、苦笑を返すことしか出来なかった。舞は微笑んでいるし明菜はまるで「何を心配してるの?」言わんばかりに呆れていた。強さを信用してくれるのは嬉しいし自信にも繋がるが相手は未知の男だ。まるで自分の分身が現れたかのような姿に軽薄そうな態度に隠れた絶対強者の覇気、そして好戦的なあの眼差しに寒気がしないのはおかしいだろう。
「お兄様、明日もまた出掛けられるのですか?」
舞に尋ねられ、僕は頷いて椅子に座る。
「ああ。星華と冬美、それと美沙の両親に聞かなきゃならないからな」
「……あれ?私のお母さんとお父さんには聞かないの?」
「……聞く必要あると思うか?」
「……二つ返事で許可が降りそう」
舞の質問に答えたら恋華が疑問を投げかけて来るが、あの両親だ。昔から守ってたから大丈夫と踏んで笑顔で許可を出すだろう。自意識過剰なのではなく性格からそれが容易に想像出来るんだよな。
「ふふ、じゃあ私はさしずめ皆の召使い、かな?」
「お前がいいならそれでも構わんが……」
雷紅達の下で家事をしてたからか明菜の家事スキルは恋華に匹敵するくらい高い。いや、今この場の女性は皆家事が出来るから嫁としては申し分ないのは間違いないだろうな。しかも容姿もいいからさぞ貰い手は多かったことだろう。……いや、僕が貰うからやらないけどさ。
「それにしても嫁に貰う人は皆立場があるよな」
「星華ちゃんと関澤会長はまだしも愛奈さんは雨音財閥の一人娘だし美沙ちゃんは現役人気アイドル、幸紀さんも確かお嬢様なんだよね?」
「ああ。それに幼馴染みの恋華に高校から出来た仲間であり友人である星華、我が校の生徒会長サマに自分の妹だからな」
星華だけはちょっと下かもしれないが、それでも苛められてた現場から助けたのに変わりはないし他の生徒に心を開かないことからしたら充分だろう。愛奈、美沙、幸紀は確かに普通ならば立場から貰えないだろう相手だ。恋華、星華、冬美、舞は僕の周りとしての判断になるだろうが魅力的な子であることに変わりはない。
「やれやれ、そんな子の命運も握ってるとはなんてプレッシャーなんだろうな」
「そう言う割にはスッキリしてるみたいだけど?」
明菜がからかい口調で尋ねてくるように僕は今自分でも分かるくらい笑っている。何故なのかは考える必要もない。魅力的な子達が皆僕を信じてくれている。命を託してくれる。重たいことなのにそれが嬉しいんだ。だからこそ、言えること。
負けられない。
ーー
夕食を食べ終えた後、僕は自室で親父に電話を掛けていた。勿論内容は戦いのこと、重婚のことだ。親父は茶化したりせずに最後まで僕が語ったことに耳を傾けていた。珍しいことではあるが、真面目な話の時はしっかりする人だ。だから僕もごく普通に話すことが出来た。後ろめたさ、何を言われるかという不安などは全く感じず、自分の選んだことだと伝えたつもりだ。親父は話を聞き終えると一度溜め息を吐いてから話し出す。
『お前が決めたことなんだ。俺が何かを言うつもりはない。戦いのことは頑張れとは言わない。ただ生きてくれ。お前だって俺と舞渡の大事な息子なんだしお前がいなくなると恋華ちゃんも幸紀ちゃんも悲しがるしお前のことを想ってくれてる人達も悲しがる。だからどんな結果になろうとも生きてくれ。これが俺から言える言葉だ。重婚のこともお前ならしっかり幸せにしてやれるだろう。だからちゃんと最後までやり遂げてやれ。舞とのことも俺も舞渡も認めるから頼むぞ』
「……ああ。分かった。お袋にもよろしく頼む」
『本音を言えば正直混乱してる。だけどお前が五神将として生まれて女性を守り抜いたことから成り立った結果だ。きっとなるようにしてなったことなんだろうな』
「昔の僕じゃ想像も出来ないことだがな」
『言えてらぁ』
親父が笑うと僕も自然に笑みを浮かべていた。反対されることも覚悟はしていたが、親父は受け入れてくれた。親父曰くお袋はニコニコしながら喜んでいたという。帰ってきたら赤飯を炊くと張り切っているみたいなので反対の意思はないのかもしれない。それでも一度はお互いの両親が顔を合わせる必要はあるだろう。他の家族の人と顔合わせをしても親父は動じることはないだろうからそこは気にしないでいる。
「とりあえず話は以上だ。あとは僕があいつに勝てるかどうかで決まる」
『おう、分かった。……愛した奴らを悲しませるなよ?』
「親父が言うか?」
親父は昔からモテモテでよく女子が親父を挟んで喧嘩をしたり言い争いになっていたことを聞いたことがある。あの時はほぼ流してたが今になって思ったのはそんな中どうやってお袋を選べたかってことだ。
『確かに俺もお前みたいに色んな女に言い寄られたりした。けど俺が愛したのはお前の母であり、俺の嫁である舞渡だけだ。他の子は泣いたがそれでも結婚を祝ってくれたからこそ、お前と舞が生まれたんだよ』
感慨深そうに、そしてどこか懐かしそうな声で話す親父は辛くもあったのにそれでも全てを受け入れていた。だから僕が返せる言葉などあまりない。
「……そうだな。五神将なんていう大きすぎるものを背負ってはいるがな」
『逆にお前はその力で守ってその力で愛してるんだ』
「違いない。昔は忌まわしく思ってたのに今では僕の想い人達、大事な友人を守れる力を持って生まれることが出来て本当に良かったと思えるよ」
『そういうことだ。お前は俺には出来ない力を持ってるってことなんだからな』
それでも親父は僕と違って優柔不断ではなかった。そこは親父の勝利と言えるところなのだろう。それは豪快で元気が有り余っている親父の性格から来るものなのだ。そこでふと僕は気になることを尋ねてみる。
「ずっと気になってたんだが妬んだりはしてないのか?」
そう、自分よりも力があり、剣の稽古をしても息子にやられることは父親としては恥なのでは?と思った。しかし親父は電話越しに噴き出し、そして大爆笑をする。
『はっはっは!!それ本気で言ってるのか!?俺が妬む!?そんな小さい親にお前は見えたのか?』
「……いや、今の返事でそんなことはないって思わされた」
『つまりはそういうことだ。寧ろ誇らしく思うぞ?自慢の息子は他の奴には負けない強さを持っているってことをな!』
「そうか。親父らしいな」
『おう!』
僕はからかいなどではなく本心からそう思った。確かに稽古で親父は負け越しなのにいつも笑って決まったことを言っていた。
『やっぱり強いな!流石は自慢の息子だ!』
と。あれは妬みを隠すためではなく本心からの言葉だった。破天荒でいきなりいなくなって僕を一人暮らしさせて稽古は出来なくなったが、やはり変わらない人だ。お袋もそんな愉快で人を妬まない親父が好きになったのだろう。親父は五神将の特徴は何も無いごく普通の人だけど。この世界では稀にいる「慕われている男」に親父は間違いなく含まれている。そしてそれは僕みたいに立場として、そして運命に定められたものではなく親父の天賦の才が成せたことなんだろう。そこは正直羨ましく思う。……尤も、そんなこと半年前までは考えられなかったがな。
『……とと、秋渡、悪いがそろそろ仕事に戻る』
「ああ、突然悪かったな。頑張れよ」
『おう、サンキュ!そっちも気を付けろよ!』
「ああ」
そこで電話は切れる。どうやら本当に忙しかったみたいで切る直前にバタバタ走る音が聞こえたことから呼ばれたのは結構前みたいだ。多分何か言って席を外していたのだろう。とりあえずは報告すべきことはした。あとは明日に残りの家庭に話を聞いてもらうだけだな。
「……そういや愛奈と幸紀の両親は知ってても星華と冬美と美沙の両親は知らないな」
ふと思ったことだ。ひょっとしたら明日の説得の方が苦労するかもしれないな。そう思うと億劫だが逃げるわけにもいかない。というか決めたからには逃げる気もない。明日、朝から出るのだからなるへく早めに休んでおくとするか。暁との決戦にも備えておきたいしな。
「寝るのはまだ早いし少し本でも読むか」
最近は体の調子を戻したり色々バタバタしてたから本を読んでいなかったし久々に読むのも悪くは無いだろう。本棚にある本を適当に手に取るとベッドにうつ伏せながら読み始める。前にも読んだものだが、それでも面白かったりするとまた読んでしまうのはおかしくない。中には一度読んだら満足する人もいるだろうから一概に言える事ではないがな。あとはやっぱり本の中の登場人物達は自分にないものを持ってたりするから少し羨ましく思える。
「……平凡な顔立ち……か。黒髪黒目だったらどう映ったんだろうな」
自分の黒髪の姿は想像出来ない。一応黒目はカラコンで見たことあるから知ってるが、最近はそれをしなくなっていた。隠す理由がなくなりつつあるし、今更隠すこともない。ただオッドアイはやはり目立つからそこは考えた方がいいのかもしれないが……。金色と青色。また妙な組み合わせだしな。舞は金髪に赤と銀の瞳という組み合わせだからある意味僕よりも凄いかもしれないが。今読んでいる物語の中の主人公は異性からの好意は鈍感でダメだが、度胸があり、ヒロインが悪い奴らに絡まれていると即座に身を挺して守っている。どういう結果になるかは変わることが多いが、負けてもヒロインの無事を確認することははっきり言って格好いいと思う。下手に自虐的になったり見栄を張るのも悪くは無いが、自分よりもヒロインを優先するのはどこか僕と似ている。
「……あまりにも普通のことだがそれでも現実だと違うな」
僕は栞を挟んで本を閉じるとふと窓の外を見る。晴天の空だからか星が見える。僕が仮に物語の主人公だとしたらそれはきっとトゥルーエンドにはならないのだろう。僕が抱く想い、彼女らの想い、そして結果。全てを見れば分かることだ。僕の想いは確かに全員には向けられている。しかしやはりその中でも恋華と幸紀の二人に強く傾くのは僕が一緒にいて強く嬉しさを覚えられるからだ。前に幸紀と二人きりだった時などもそれが当てはまっていた。だけど海で恋華と話し、恋華の気持ちを知ってからは内心嬉しいと思った。どうしてなのかは分からなかったが、きっと昔から守ってきた相手であり、今まで共に歩いて来たからだと知ったのはつい最近だ。
「……僕ってひょっとして欲しがりなのかな」
自嘲気味に思わず笑ってしまったが、それも仕方ないだろう。親とは離れているし趣味だってそんなにない。ゲームとかしないから相澤達の会話、たまに分からねぇんだよな。まぁそれでもここまで上手くやってるんだから感謝しないといけない。
「……寝るか」
明日もまた婚約話についての説得だ。早々に休んでおいて損は無いだろう。そう思っていつもよりも二時間程早く布団に潜って眠る。意外と疲れていたのか睡魔はすぐに襲ってきたが抗う理由もないためさっさと睡魔に負けることにした。
ア「どうも、最近寒すぎて布団から出たくない!アイギアスです!」
秋「今年の冬は賑やかそうだと予想している秋渡だ」
ア「いやぁ、冬も本番ですね」
秋「そうだな。僕は雪景色が楽しみだ」
ア「私は温まりながら小説を書いてたりのんびりしてたいです」
秋「……まぁ好きなことをするなら文句は言わないが動かないと運動不足になるぞ?」
ア「う……そこなんですよね……」
秋「確かに冬場は体育館とかも寒いしけどな」
ア「ですねぇ。あ、そう言えば説得はなんとかなりそうですか?」
秋「どうだろうな。残りは親を知らないから僕への印象が良くないかもしれん。だからちょいと厳しいと僕は判断してるぞ」
ア「そうなんですね……」
秋「ま、やるだけやるさ」
ア「頑張ってくださいね!」
秋「お前も相手探せよ……」
ア「ではここまでにしましょう!それでは……」
秋「(……流したな)」
ア・秋「また次話で!」