第九十七話 迷いや焦り
明菜が掃除を始めてからどれくらいかかるかを聞き、大体三十分くらいと返されたので残り三十分はどうするかを悩み始める。最初は手伝おうとしたら明菜に、
「修行してるんだから休める時は休みなさいよ」
と言われてしまい、追い返されてしまった。……世話を焼いてくれるのは嬉しいが手伝えないのもなんかもの苦しさがあるな。そしてそれがこの頃ずっとな気がする。仕方なく今は刀の手入れをして過ごすことにする。
「(……そういやあと三日か)」
ふと決戦日がもう三日になっていることを思い出す。となるとこことは今日でお別れなのだ。夕方に戻ろうかと思うが、こいつらはどうするんだろう?刀を鞘へ戻し、立ち上がってキッチンにいる恋華と舞のところへ行く。二人は星華が置いていった肉じゃがを温め直すのと一緒に何か野菜を盛り付けていた。
「恋華お姉様、こちらにポテトサラダもありますよ」
「うーん、星華ちゃん思ったよりも肉じゃが以外にも多く作ったんだなぁ。これだとあまり作れないね」
「はい。お兄様が家に戻られたら作るとしましょう」
「そうね。それがいいかも」
「……お前らホントに仲がいいよな」
二人で並んで準備をしてるところに思わず声をかけてしまう。二人は突然声をかけられてびっくりしたのか、少し跳ね上がると振り返り、僕だと分かったらホッと胸を撫で下ろす。
「すまん、驚かすつもりはなかったのだが……」
「あはは、秋渡ってほとんどずっと気配殺すからびっくりしちゃったよ」
「もう、お兄様意地悪です……」
謝ると恋華からは慣れてるようなことを言われ、舞は頬を膨らませて文句を言ってくる。僕は苦笑して肩を竦めてからこの後どうするかを尋ねる。恋華は肉じゃがをかき混ぜながら指を顎に当てて考えると、すぐに返事をする。
「私は少し見て行こうかな。最近秋渡が鍛練してるところ見てなかったし」
「まぁ家で振ることが少なかったしな」
「うん」
元々は庭などで素振りなどはしていたが、たまに振る勢いが強くて小さな斬撃を飛ばしてしまい、花を斬ってしまったことがあって以来やらなくなった。幸い斬撃はすぐになくなったので他に害はなかったが、それでも万が一を考えてやらないことにしたのだった。僕は恋華が残ることが分かったので次に舞へ向き直る。
「舞は?」
「私は……家で明菜さんと夕食の支度をしています。お兄様、今日戻られるのですよね?」
「ああ、その予定だ。大体夕方くらいにここを引き上げようと思ってる」
「では色々と作っておきますね」
「悪いな」
「いえ、好きでやってることですので。それに……」
舞は一旦そこで言葉を区切ると目を瞑り、そしてまた開けるとニッコリ笑って続ける。
「お兄様への恩を返せているのならばこれ以上に嬉しいことはありません」
「……そうか」
舞の心からの笑顔を受け止めて僕も薄く笑う。舞の言う恩は恐らく爺達のところからこっちでの居場所を与えたことなのだろう。舞が実妹と知ったからには冷たくすることは出来ないし、本人が僕との同棲を嫌がらないならば追い出す理由もない。何よりもあの爺が最期の頼みとしてお願いしてきたからには果たさない訳にもいかない。僕自身なんやかんや会った回数は多くはなくとも爺と婆さんに感謝してることは多いのだから断ることもない。面と向かって言うことは苦手な僕だがそれだけは言えるのだ。
「お前が楽しそうにしてるなら僕もあの二人に恩を返せてるようで安心できるよ」
「はい。今凄く楽しいですよ」
「色々と巻き込まれてる最中なんだけどな」
僕が苦笑して肩を竦めるが、舞はただ笑うだけ。横で話を聞いていた恋華からも笑い声が聞こえるが、二人から不満は感じられない。皆のこの笑顔を守るためならば命を懸けるのもやぶさかではないな。……全く、本当に皆して僕の心を惑わしてくれるものだ。悪い気はしないが、最近は本当に戸惑うことが増えるな。
「(……唯でさえアイドルやら有名財閥のお嬢様とかからの告白もあったってのによ……。知り合っただけでも奇跡に近いのに)」
全員の気持ちが理解出来たのは最近だが、愛奈は元より僕と付き合う……いや、婚約する為に深桜へやって来た。美沙も似たようなものだし、それが美沙をさらに輝かせている(美里さん談)。だからと言って今の僕達はどうなるか、それは分からない。
「(そんな大物達の命すらも僕は預かってるんだよな……)」
そう考えると気分が重くなるが、不思議と嫌な気分はしない。僕の性格からは考えられないことだ。
「まぁそれもいいか」
「ふふ♪」
「僕が全員を守る。たったそれだけをしてやるさ」
「はい!」
舞は頷き、笑みを深めてくれた。僕もそれに倣って笑みを浮かべるのだった。
ーー
掃除等を終えてから荷物を持って舞と明菜は先に帰った。僕はそれを見送ったあと早速道場に戻って刀を振り、様々な動きをする。恋華は邪魔にならない位置から飲み物とタオルを持って待機していた。美沙もそうだったが、別にゆっくり休んでても構わないのだが、言ったところで退かないのは分かりきってるので黙っていた。刀を一刀でゆっくり振り、相手との距離感を適度に離したり近付けたりして調整する。間合いから微妙に離れられたり離れたりしないといつ攻撃を受けるか分からない。だからこそ今はゆっくり動き、掴めてきたら素早くそれをやらなければならない。
「はぁっ!」
ブォン!と空を斬る音が道場に響く。一歩踏み出してから斬り付け、薙ぎ払いながら後退。様々な動きで翻弄することで相手を困惑させられればまだやりようはあるが、残念ながら今回その考えは捨てる。そして一段落してから僕は動きを止める。
「ふぅ……」
また多く汗を掻いたみたいでポタポタと額から流れる。僕は一度座り込んで呼吸を整える。
「(焦ってはいけない。それは奴に隙を作ることに他ならないんだ)」
思ってた以上に迷いや焦りがあるようで、疲れが取れてる気がしない。これはもう戻った方がいいかもしれないな。僕は立ち上がると恋華の下へ歩く。
「秋渡?」
「悪い、恋華。もう切り上げて家に戻ろうと思う 」
「うん、その方がいいと思う。焦りや迷いがある中でやるのは良くないと思うよ」
恋華は僕の言葉に特に驚かずにそのまま笑顔で返すと、タオルを渡してくれる。礼を言って受け取ると首にかけて汗を拭うと一呼吸ついてから部屋へ戻る。そして刀を腰に差してからスマホを見ると一つの通知があった。それは幸紀からでメッセージは、
『道場の掃除等は私の家の者が行うのでそのままで構いません』
とのことだった。それはありがたいので素直に頼むとしよう。メッセージで『ありがとう。助かる』と送ってから鞄に仕舞うと恋華に伝えてから二人で道場を出てから一礼してから帰路に着く。途中はまだ日が高いからか暑い。距離もそれなりにあることから恋華達には負担を掛けたなと思ってしまうが、口には出さない。聞くだけ野暮だからな。
ア「どうも、アイギアスです!」
秋「秋渡だ」
舞「舞です」
明「明菜です」
ア「まずは投稿が遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
秋「これでも考えていた方なんだがえらく短くなったな」
ア「はい。告白の返事、暁春樹との決戦とで色々と迷っていまして」
舞「告白のお返事ですか……。お兄様、私にもお願いしますね?」
秋「……実の妹と婚約するってどうなんだよ」
明「気にしなきゃいいんじゃない?多分認められるわよ」
秋「それはそれでダメだろ……。親父は……賛成しそうだけど」
舞「お父様がよろしいのでしたら問題はありませんね!」
秋「法的な問題は?」
明「それを覆そうとしてるんだから一緒にしちゃいなさいよ」
ア「確かに重婚するなら一緒に兄妹でも結婚できるようにしてもよろしいと思いますよ」
秋「……味方がいないんだが」
舞「わ、私だって他の方々同様にお兄様に好意を寄せてるのですよ!?……出会えたのも遅かったのもありますし」
秋「…………」
明「ま、そこら辺はあなたの好きにするといいと思うわ。婚約できるようにするか、それともそこだけはやめて舞を悲しませるか」
秋「待て、それ、ほぼ答え決めてるよな?」
明「ふふ、何のことやら?」
ア「さて、それでは今回はここで終わりましょう。それでは……」
ア・秋・舞・明「また次話で!」
おまけ
秋「おかしい、迷いとかじゃないが悩みは増えたぞ……」
幸「だ、大丈夫ですか、秋渡さん?」
秋「ああ、とりあえずは、な」
幸「そうですか。何かあったら頼ってくださいね?」
秋「ありがとな、幸紀」
幸「はい!」