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婚活します  作者: 木野華咲
story3
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初デート?は定食屋です(前)

高校入学を機に、漠然とした人生設計を頭の中で描いた。


まずは自分の能力の及ぶ範囲内で、上の大学を目指す。

大学へ入学したら、卒業と、国家資格を目指す。

国家資格を取得したら、それが活用できる、環境良し、給料良しの職場に就職。

26歳までは全ての面で自分を磨き、お金をためて、落ち着いた27歳ぐらいで結婚。30歳までに子供は一人は欲しい。

共働きならば正社員として定年までしっかり働きたいし、家に入ることになっても、子供を育て上げた後、仕事ができたらいい。可能ならばお金をためて途中で一戸建てを購入し、不可能でも定年後にはちょっとした旅行が楽しめる程度の、余裕のある老後を目指したい。


勿論、漠然としたものだから途中変更もあるだろうと思っていたけれど、27歳まではおそらく順調に、設計図に沿って歩んできた。次なる目標は結婚だ。しかし、問題もある。


熱烈な恋をして、相思相愛で結婚を果たした友人は、僅か1年で離婚した。かと思えば、相手のことはそれほど好きではなかったけれどと零し、できちゃった婚をした友人は、式から5年経った今も幸せな結婚生活をおくっている。


結婚なんかしなければよかったと言う友人。結婚して本当によかったと言う友人。

ここで思ったのは、世の中には結婚向きの人間と、そうではない人間がいるのではないかということ。


それでは自分はどうだろう?と考えてみたけれど、判断基準として自身で上げた、家事能力が優れ、よりよい人間関係を築く能力に長けていたのは、離婚した友人のほうだ。幸せに暮らしている友人は、家事どころか人付き合いすら苦手という、やっていけるのかと周囲が心配したようなタイプである。結局のところ何事も平均点の自分は、実際に結婚してみなければ、向いているのか、いないのかの判断もつかないのだという結論に達した。

ならば相手はどうだろう?と考える。同じ平均点の相手では、先が見えず主に自分が不安に陥る可能性がある。離婚は頭に無いので、明らかに結婚向きではない相手を選ぶ博打のようなマネは自分には無理だ。では結婚向きの男性とは、どういう人間なのか。おそらく、元恋人であり、最近まで関係のあった男とは、全く異なるタイプに違いない。


では、この人はどうなのだろう?

奈月は、緊張の面持ちで背中を丸めている、目の前の席の男を、じっと観察する。

見た目は野生的。大きくて、厳つくて、ガラが悪い。言葉遣いも汚いし、癇癪も起こす。こちらが出した条件すらクリアできない人なのだから、子供の教育にはよくなさそうだ。けれど、嘘をつけなさそうなところは好感がもてる。実家の家業を継いで母親と二人暮らしというところも、家族を大切にできる人なのだという印象を受ける。何よりこの人は、自分を嫁にしたいのだと言った。あの会場で奈月が話した人間の中では一番、結婚そのものに近い位置にいる人だった。


「奈月・・・・さん?」

「はい。何でしょうか?」

「俺、何か気に障ることでもいった・・・いいましたかね?」

「いいえ。今のところは大丈夫です」

「じゃさっきから何で睨んで・・・お睨みになって・・・おられるんでしょうか?」


初めてお見合いパーティーというものに参加してから2週間。パーティ終了後に連絡先を交わしたのはいいが、互いになかなか都合がつかず、奈月と弘樹が顔を合わせるのも、あの日以来だ。

パーティーの途中までセットされていた金色の髪は、今日は洗って勝手に乾きました具合の、良く言えばナチュラルヘア。無地の白いTシャツと、だぼだぼのジーンズ。上にカーキ色のスカジャンを着込んだだけの弘樹の服装は、お洒落とは程遠い。けれどこの場所に限って言うなのなら、メイクも髪も小奇麗に、エンジ色のニットチュニックと白地に赤の花柄のスカート、グレーのニーハイブーツで洒落こんだ奈月のほうが確実に浮いているのだから、何とも珍妙である。


「橘さん、無理しなくていいですよ」

「無理って?」

「敬語です。使い慣れてないでしょ? それに結構、今更ですから」

「・・・」


顔をほのかに赤く染めながら、 じゃ、お言葉に甘えてと、縮んでいた身体を伸ばす弘樹に、奈月はふっと笑みを零した。


「ねぇ橘さん。橘さんはどうして、結婚したいんですか?」


午後5時という、夕食には少し早い時間帯。弘樹が贔屓にしている定食屋には、客が片手で数えられる程しかいない。

年中無休に等しい農家の弘樹は、朝起きるのも夜寝るのも早いので、夕食はいつもこの時間になる。一方、土日は基本的に休みだが、普段の仕事の終了時間がまちまちな奈月が夕食をとるのは、午後8時から9時にかけてが多い。日曜である今日は仕事が休みだから奈月が弘樹に合わせたが、例えば弘樹と結婚したとして、奈月が今の職場に勤め続けるのは難しいだろう。母親が同居しているのなら、尚更だ。


「お袋に孫の顔をみせてやりたくて。最初は嫁に来てくれるなら誰でもいいと思ってパーティーに参加したんだけど、あんたに会っちまったし・・・」

「・・・それは、ごめんなさい?」

「だあぁー違うって。俺が勝手にあんたを嫁にしたいと思ったんだから、あんたは全然悪くない」


当然本心からの謝罪ではなかったが、慌てて否定してくる弘樹に、奈月は小首を傾げる。


「私は妥協はしませんよ?」

「分かってるよ。だから、なんであんたが俺を選んでくれたのか、いくら考えたって全然わかんねぇーんだよな・・・あのさ、」


筋張った大きな手で小さなグラスを掴んだ弘樹が、中の水を一気に飲み干した後、粗雑な動作で空のコップをテーブルに置いた。


「俺は期待していいわけ?駄目なわけ?どっちなんだよ」


固い表情が見せる、鋭い眼光と、真剣な口調。

まるでこれから大勝負にでも挑むかのようなそれに、


「笑うとこじゃねーって・・・」


悪いとは思いながら、奈月は堪えきれず噴出してまう。


「ごめんなさい。凄く直球だったから、可笑しくて・・・」


俯き加減で身体を震わせる奈月に、弘樹は脱力し、がっくりと肩を落とした。


いくら、橘さんが通い慣れているお店へ、と奈月に言われたからって、もう少し店を選べばよかった。薄汚れた壁に、コンクリートの床。古い木のテーブルと、破れをガムテープで補正した椅子が当たり前のように置かれている店は、ムードも何もあったものじゃない。


「はいよ、おまたせ。日替わりと生姜焼き定食ね。しかし橘のぼんが、こんな綺麗なねぇちゃん連れて歩くようになるとわねぇ。俺も年取るわけだ」


あげく、これである。机に料理をのせ、がははと豪快に笑ってカウンターに戻っていく店主に、弘樹は眉根を寄せる。


「橘のぼん・・・」


そうくるだろうとは思ったが、しっかりと笑いを再発させてくれた奈月に、ちょっと泣きたい気分だ。




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