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婚活します  作者: 木野華咲
story2
5/21

嘘の責任はMバーガーで

午後7時15分

夫は今日も一分違わず帰宅する。


「おかえりなさい。お食事は?」

「食べてきた。風呂に入る」


夫の休日以外は、毎日繰返される短い会話。この後、夫は自分の部屋に行き、自分で用意した着替えを手にお風呂場に行く。きっかり30分でお風呂から上がったかと思えば、すぐにまた自分の部屋へ戻って一人の時を過ごす。その間、夫婦に会話はない。


由佳ゆかは、夫の分に取り分けておいた料理を自分の皿に移しながら、重苦しい溜息を吐いた。


夫は寡黙な人間ではないし、それは由佳も同じだ。互いに互い以外の人間には、人並みの社交性をもって接することができるタイプである。

夫には、結婚前に心に決めた人がいたらしい。けれど夫は由佳の父に大きな借りがあったらしく、父に頭を下げられて、渋々由佳との結婚を決めたらしい。

全ては人伝に聞いた話だけれど、それでこんな毎日を過ごすぐらいなら、最初から結婚の話を受けなければよかったのに、と思う。そして夫もまた、由佳に同じ想いを抱いているに違いない。


由佳の中にも、結婚前から夫とは別の男性が住んでいる。

甘ったれのガキんちょと、当時女子高生だった由佳を笑いながらからかった、あの人。

親に見て欲しいからって自棄になってどうすんだ。呆れて見放されるような人間じゃなくて、親が認めなきゃしょうがねーような人間になれよと、真剣に怒り、励ましてくれた、あの人。

ならあなたはどうしてそんな格好をしてリーダーなんかしているのだと問えば、この格好が俺には似合うし、俺はバイクが好きだから、ただバイクに乗って走ってるだけだと、大真面目に返してきたあの人。


短気で、喧嘩が強くてバイクが好きで、情に熱い。

そんな彼の周りには、自然と人が集まった。輪の中心にいた彼は、本当にただそのままの流れで、なり損ないの不良チームのリーダーに、おさまっていただけなのかもしれない。



あなたは今、どうしていますか?

多くの人に囲まれて、その中心でまだ、笑っていますか?


辛いとき、苦しいとき、あの頃のことを思い出すと、少し元気が沸く。

彼と仲間たちと過ごした時間は短かったけれど・・・ほのかに抱いた想いは、伝えることさえ出来なかったけれど・・・

それでも、あの頃の楽しかった記憶は、今の由佳の生きる支えになっている。



弘樹兄さん、お元気ですか?

私はどうにか生きてます。


兄さんは嘘つきでした。

私はあれから真面目に学校や塾に通い、両親が望んだ以上の大学にも行き、一度は一流企業に席を置いたけれど、両親は私自身を見てくれることも、認めてくれることもありませんでした。

私は一昨年、父の勧めに従い結婚をし、今は同じマンション内の、ちょっとセレブな奥様方とランチを楽しむ、専業主婦なんかをやっています。可笑しいですよね。自分でも似合わないなって、思います。


夫はお役所勤めで、9時5時の高給取りです。

結婚する前もしてからも、ほとんど会話らしい会話をしたことがないので、釣書で得た情報以外の夫のことを、私は何も知りません。夫は自分のことは何でも自分でする人なので、知る必要もないのかもしれませんね。私の助けなど、夫は必要としていないのでしょう。


毎日息の詰まる生活です。楽しみといったら、兄さんたちと過ごしたあの頃を思い出すことぐらいです。子供がいたら違うだろうとは思いますが、そもそも夫婦生活が無い私たちが、子供を授かるわけがありません。夫の両親や私の両親は、子供ができないのは私のせいだと責めます。それにはもう、慣れました。


もし、もし今あの頃に戻れたら、私は絶対に兄さんの説教に反論します。間違っても、涙を流して頷くようなことはしません。そしたら短気の兄さんのことだから、きっと私を叱るでしょうけど、それでも絶対に兄さんの言う事なんか、聞いてあげません。


兄さんに、会いたいな。

兄さんに会って、兄さんの嘘つきって、大声で叫びたい。


私を変えたのは兄さんだから、今度会ったら、ちゃんと責任とってくださいね。

兄さん勉強できなかったし、きっと安月給だろうから、Mバーガーの一番高いセットで許してあげます。一緒に食べましょう。できれば川口さんや、他の兄さん姉さんたちも一緒がいいなぁ。

買い物に行くたびに、兄さんの後を店員がついてくる話とか、迷子の子供をサービスセンターに連れて行こうとした兄さんが、母親に誘拐犯扱いされた日の話とか、とにかくおなかが痛くなるぐらいまで笑って、思い出話をしたいです。


初めて兄さんのバイクの後ろに乗せてもらった日のこと、ちゃんと覚えてますよ。山の上から見た初日の出が涙が出るぐらい綺麗で・・・、帰り道に白バイとおいかけっこしたのも、楽しかったなぁ。

兄さんの背中、あったかくて、おおきかった。


あの日が最初で最後になってしまったけど、またいつか、兄さんの愛車に乗せてくださいね。


その時はきっと・・・


私は、笑っているでしょうから。



end

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