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竜魔の乙女  作者: 深月 涼
クラス3:竜魔の乙女
9/14

とある知らせ

「それにしても、お前にも翼があったんだな」

 落ち着いた空気になった所で、ガイがドリィの背中をひょいと覗いた。

「うわ、ずいぶん開いてるな」

「あ、あんまり見ないでください!」

 慌てて向き直って背中を隠す。

 せっかく落ち着いたドリィの顔が、また火照り出した。

 ドリィのドレスは、ガイの翼と同じ、背丈ほどある大きな竜の翼を出す為に、背中部分が大きく開いていた。

「結構きわどいな、尻まで見えてるぞこれ」

「ひあっ」

 そのきわどい部分に軽くガイの指が触れて、ドリィは思わず声を上げてしまった。

 がさっ、と何処かで物音がしたが、その物音が近づく事は無かった。

 音の正体に気付いたガイが、静かにするようにドリィに合図したが、ドリィの方は意味が分かっていない様だった。

 思わず眉根を寄せたガイの様子に、勘違いしたドリィが

「あ、あの、似合いません、よね?」

 おずおずと言う。

 こんな微妙に色気のある格好など、する羽目になるとは思わなかった。。

 普段なら絶対に着ない類の露出度の高い服だ。出来れば気付かれたくは無かったが。

 ガイは一瞬動きを止めた後、苦笑しながら言った。

「いや、似合うと思うぜ。正面から見れば清楚で上品なお姫様で、後ろは、まあ、ちょっと意外だったけどな」

 ドリィに顔を近づけて「色っぽい」と低く囁くと、彼女の顔が一段と真っ赤に染まった。

「俺とは釣り合わねえな」

 そう言うガイは民族色溢れる出で立ちだ。

 確かに洗練されているとは言い難いかもしれないが、ドリィから見れば凛々しい戦士の様に見えた。

 目じりの差し色も普段と違って、彼の表情を色っぽく見せている。それこそ自分の方が敵わないと思ってしまう位に。

「そんなことありません!ガイさんの方が素敵ですよ」

 妙に力説されて戸惑ったのはガイの方だった。

 妙な所で子供っぽい、ぽやっとした部分を見せて来るので、年長者としても、男としてもほっとけなく思ってしまう。

「田舎臭えだけだと思うがな」

 心に浮かぶ諸々の瑣末な感情を呑みこんで、微妙な笑いを浮かべるに留まった。


「やあ、お義兄さん!これからもどうぞよろしくです!」

「よう義兄貴(アニキ)、今後ともよろしく、ってか?」

 先ほど通された部屋に戻れば、前フリも無く、貴族の子弟然とした衣装で双子達が揃ってガイに挨拶をしてきた。

 まだ誰にも何も言っていないが、こちらの事情などお見通しなのだろう。

 それにしても、その顔はいい加減やめてほしい。

 2人とも大人をからかう気満々の、にやにやした笑みを浮かべてこちらを見つめているのだからたまらない。

 ガイがドリィに何か言って貰おうかと後ろを振り向けば、肝心のドリィはこれ以上ない位真っ赤になってしまっていた。


「どうやら上手くまとまったようだな」

 先ほど居た人達が続々と部屋に戻ってくる。

 こうしてみるとずいぶん壮観だ。

「覚悟は出来たかね」

 王侶アーベルに声を掛けられる。

 覚悟、と言われ、一瞬遅れで理解する。

 これからガイはこの中の一員に、王族の仲間になるのだと、言われたのだと。

「鳥人の里よりまかり越した、この『ガイ=ブレイブ』謹んでこのお話お受けいたします」

 膝まづく。

 隣で慌てたドリィにも、父ブライから同じ質問が投げかけられた。

「お前はどうなんだ?」

「あ、…はい、私、ガイさんと結婚します」

 でも、とドリィが続けた。

「あの、いつか旅に出る事を許して欲しいです。できれば、その、ガイさんと一緒に」

「婚礼の前に、鳥人の里と魔の国を何度か行き来する事にはなるだろうが、お前の言う“旅”はその事ではないんだろう。それに関しては、いずれ詳しい話をしようと思っている。お前達も今後の事についてはきちんと話しておけ」

 ブライはそう締めくくった。



 それから数ヶ月間、ドリィとガイはお互いの家を行き来する事になった。

 国と、小さいとはいえ、いち部族が同盟を組むと言う、その調整の為だったが、結果的にはお互いに心を通わせる時間にもなった。

 4度目にガイが魔の国のドリィの家を訪れた際には、ここを使うように、と離れまで用意されていた。

 家族の手前、ドリィは深夜になる前には自室に戻ってしまうのだが。

 城に行く事も増えた為、顔を覚えてそれなりに親しく声を掛け合う様になったエリュサスから、ちょっとした提案をされたガイは、改めて個人的にドリィに求婚することにした。

 作法は魔の国に合わせて、婚約の指輪を贈ると言うものだ。


 ガイの方から、一緒に食事をしに行こう、と誘われたのは今回が初めてだった。

 魔の国で一番のお気に入りだと言う、小ぢんまりした食堂に入る。

 繁華街でも隅の方にあるその店は、ドリィも小さな割に雰囲気が良いと、何度か通った事のある店だった。

 夕食時だけあって、さすがに人がいたものの、さほど待たされることも無く奥の席に通される。

 わざわざ異国風のついたてまで用意してあり、もしや、とドリィはガイに聞いてみる。

「もしかして、お店の方に席を取っておいて貰ったんですか?」

「まあな」

 言葉少なに返す。

 ドリィから見て、今日のガイは先ほどからいつもより口数が少ない気がしていた。


 出来たての温かいスープと、野菜と肉のグリル料理。パンもふわっとしていて美味しかった。

 ドリィの家の事や仕事の話をしながら、食後の一杯を楽しんでいると、不意にガイが真面目な雰囲気でドリィの事を呼んだ。

「手ぇ出せ」

 急に言われたので少し驚いたが、ドリィは素直に右の手のひらを差し出した。

「ほらよ」

 差し出されたのは指輪の入った小箱だった。

 中を開けてドリィが驚く。

「こ、こんな高価な物頂けませんよ!」

「良いからはめてろ」

 妙に強気な口調のガイに、おっかなびっくり指輪を取り扱う。

「お前、いつも装飾品着けてんだろうが。それくらいでびっくりすんなよ」

 ガイに呆れ声で言われて反論する。

「ブローチとペンダントは昔から着けている物ですし、こんな風に個人的に高価な物を頂いた事も無かったですから」

「へえ?」

 意味ありげに眉を持ち上げる。しかし、次の瞬間がくりとうなだれた。

「こうですか?」

 ドリィが、右手の中指に指輪を嵌めて確認したからだ。

「……そうじゃなくってだな、ほら、手、両方、手の甲」

 差し出せと手招くので、その手に両手を乗せると、指輪は右手から抜かれ、左手の薬指に収まった。

「…………」

 ドリィは無言のまま、まじまじと自分の両手を見ている。

 ガイは少し落ち付かない気分で彼女が何か言うのを待った。

「私」

 驚いた顔のまま、ドリィがぽつりと言葉を零す。

「私、婚約指輪貰うの、初めてです」

 再びガイが、がくっと崩れ落ちた。

「……最初じゃなきゃ困る」

 どんだけずれた感想だよ。

 返答に困る感想を貰い、ガイがそんな事を想いながらドリィの顔を見ると、そこには嵌めた指輪を大切そうに押さえ、嬉しそうにはにかむドリィの姿があった。

「ま、いいか」

 ずれてても、その顔が見れたから、と、ガイも満足げな笑みを浮かべた。



「大変だよー!」

 その一報はまず、城の厩舎に居た筈のヴァルスからもたらされた。

「どうしたの?」

 婚約が決まっても、ドリィは騎士の仕事を続けていた。

 今日は特にヴァルスと行動する予定は無かった筈だ。

「なあに?あたし疲れてんだけど」

 ドリィとの訓練が終わったばかりのヴァレリーが抗議する。

「それどころじゃないって、さっき厩舎にパパマスターが来てさ!」

「ええっ!?」

「何かあったの!?」

「それがさ、今から迎えに行くんだって、ボウさん!後で挨拶するから、ドリィ達にも知らせとけって」

「「ええーっ!?」」

 2人は今度こそ驚愕した。


「よう!」

「お久しぶりです、ボウさん!」

 最後に会ったのは何時だったか、もう随分と長い事会っていなかった雷の国の英雄が、魔の国へとやって来た。

 父と共にドレイクの背から降りてきたのは、金髪に金目の痩躯の男だった。

 痩せてはいるが、むき出しの腕は、よく鍛えられた硬い筋肉に覆われているのが見て取れた。

 例の討伐隊にいた頃はまだ少年で、ドリィよりも少し年上のお兄さんと言った風情だ。

「おー、ちょっと見ない間にまーた美人になっちまったなー」

 わしゃわしゃと頭を撫でられる。撫でると言うよりはかき混ぜると言った方が良い位乱暴な手つきだ。

「そこら辺にしとけ」

 後ろから父ブライが、ごすっ、と拳骨を落とす。

「ってーな!!」

「ほら、女王に挨拶行くぞ」

 見る度にいつも思うが、まるで歳の離れた兄弟のように、気安いやりとり。

 1、2度しか会った事は無いが、義兄弟の炎の国の王より、よっぽど遠慮が無いように思える。

 城の奥に向かう2人の後を、ドリィと護衛のユーミが付いて行く。

「急にどうしたんですか?」

「ん?話し聞いてないのか?」

 足は止めずに振り返る。その足取りは、慣れているのか揺らがない。

「まあ、行けば分かるさ」

 何故かブライの方がニヤリと笑った。



「ご無沙汰しています、女王陛下」

 ボウがひざまづくと、同行者達もそろって膝を突いた。

「よい、楽にせよ」

「は」

 一連の挨拶が終わり、改めて話が始まる。

「それで、どうなのじゃ?そちらは」

「はい、我等が雷の国の魔物使い協会ライジングテイマーアソシエーション(略称R・T・A)は、魔の国の長年の全面的支援に心から感謝し、また、今回ご提示いただいた交流試合、その挑戦をお受けする事をここに宣言致します」

「っ!!」

 大陸間交流魔物闘技試合(モンスターバトル)は、数年前から両国間で企画されてきたものの、魔物使いという職業が認められたばかりだった雷の国では、魔の国の魔物使い達とは互角の勝負が出来る筈も無く、ずっと見送られて来たものだ。

 ついに実現するのか、とドリィの胸は震えた。

 個人のトーナメント方式か、団体の勝ち抜きか。

 出場者は誰になるのだろう。

 ドリィは早くもそんなことを、つらつらと考えていった。


 魔物使い(モンスターテイマー)の娘として育ち、幼い頃から父や母と一緒に、魔物闘技大会に出た事もあるドリィにとって、激しい技と技のぶつかり合いは、幼心に強く焼きつけられたものだった。

 確かに世界中を旅すると言う夢はあるが、それはそれとして、一流の魔物使いになって、大会で優勝してみたいと言う気持ちもあった。

 闘技場に立つ父母の凛々しい姿や、家に送られてくるファンレターを見て、両親の凄さを肌で実感する事もあった。

 騎士団に入ってから、母から打診を受け、何度かドリィの名義でヴァルスやヴァレリーと共に大会に出場した事もあったが、闘技試合(バトル)専門の訓練をしたものは皆強く、なかなか上位には食い込む事は難しかった。


 父と母は共に選抜されるだろう、後は有名な魔物使いの誰か…、と選抜要員の当たりを付け始めた所で、ブライがとんでもない事を言い出した。

「ぽやっとしてんな、魔の国の出場者はお前1人だぞ」

 と。



「へー、そいつは凄いじゃないか」

「私、もうびっくりして」

 しばらく単独で鳥人の里に帰っていたガイが、ちょうどドリィの家の離れに来ていたので、お茶飲みがてら早速その話をした。

 ちなみに、ボウは今回の婚約について既に聞いていたらしく、ガイの事を根掘り葉掘り聞いて来たので、ドリィはなんて答えればいいのか、すっかり困ってしまった。

 傍にいた父ブライに拳で脅され、護衛のユーミからは凄く睨まれたが、ボウは堪えていない様だった。

 闘技試合で対戦するとなれば、恐らく近いうちに顔を合わせる機会もあるだろうと言うと、ガイも同意した。

「その人は強いのか?」

「あくまで雷の国の中で、で言えば相当、です」

「ほお」

 果たして、対戦するのにお互い拮抗した強さだからなのか、それとも他に何かあっての事なのか。

「親父さんは他に何か言ってたか?」

 最近はガイも慣れたもので、ドリィの両親にも、必要以上に畏まった物言いをすることが無くなった。

「えっと、その試合は一対一で、向こうの相手はボウさんが務めるそうです。それから、御前試合になるらしいんですけど、炎の国の王族一家も招待したから、って」

 と言う事は、あのいけすかない若い王子も来ると言う事か。

 ガイが顔をしかめた。しかし、すぐに緩めて、

「責任重大だな、頑張れ」

 ドリィの頭をぽんぽん、と優しく撫でる。

「もうっ」

 他人事なんだから、とドリィが膨れた。

「ちゃんと頑張れよ、じゃないと一生旅に出れないぞ」

「えっ?」

「これだけのメンツを揃えたんだ、ただの試合じゃなくて、きっとお前に対する最終試験、ってとこだろ?」

「そう、なんでしょうか」

「多分間違ってねえよ。でもま、確認しとけ」

「はい…」

 

 突然の事に、頭が追いついて行かない。

 でも、

「親父さん達がくれたせっかくの機会なんだ、無駄にすんなよ」

 優しい激励に、

「はい!」

 今度こそドリィは力強く頷いた。


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