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竜魔の乙女  作者: 深月 涼
クラス2:竜魔術騎士
6/14

彼女を取り巻く人達

 朝、例の双子に叩き起こされた。

 これから厩舎の仕事に向かうらしい。

 一緒について行って厩舎の仕事を手伝い、その後訓練にも付き合えと言う事だった。

 双子はなんだかんだ魔物に触れ合うこの仕事が好きらしい。

 2人がかりでいろいろしゃべってくるので、目を覚ましたばかりのガイは、正直ちょっと五月蝿いと思ってしまう。


 厩舎の中には現在5匹の魔物が生活していた。

 厩舎の魔物のリーダーで、この家の主である竜王ブライの相棒古竜種(エンシャントドラゴン)のドレイク。

 ドリィの使い魔で、ドレイクに次ぐ古参の(ドラゴン)ヴァルス。

 黒の魔女姫ドーラの相棒、漆黒の狼種(ライガー)ケルベロス。

 そしてドリィに拾われ、その才能を開花させた希少種妖精(レアピクシー)のヴァレリー。

 つい先日新たに誕生したばかりの新入りにして新種の雷鳥(ライバード)ライル。


 厩舎の中には、割り当てられた個別の部屋があり、それぞれの部屋と繋がる広い大部屋があった。

 この家の長女が騎士の仕事に就いてから、魔物たちの食事は双子の仕事だ。

 これだけ種族が違えばそれぞれの食事の好みも違ってくる。

「ガイさん、それヴァルスのね」

「はやく、はやく♪」

「おーいドレイク、早く来ないと新入りがお前の飯に興味しんしんだぞ」

「ぬっ!?」

「いちいちうるさいのよお年寄り竜は。トランス、あたしのご飯まだあ?」

「はいはい、ヴァレリーのご飯はこっちだよ」

 彼らの食事時はいつも賑やかだ。


 食事が終わると彼らは広い平原に出て行く。

 これから人と共に街へ行くまでのわずかな時間が、彼らに与えられた自由時間であり、気分を落ち着かせる休息時間である。

 ちなみに人の方はこれからが食事の時間だ。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」

「朝から兄弟達がすみません」

 ドリィが苦笑した。

 彼女にも、あの双子は止められなかったのだろう。

 妙に懐かれたものだ。

「魔物使いの仕事も結構忙しいものなんだな」

 休暇中だと言うドリィも、こうして朝早くから朝食の準備をする位だ。

「そうですね。でも、毎日の事ですから」

「ドリィはガイさんに良いとこ見せたいのよね」

 後ろを通りがかった母ドーラにあっさり暴露された様だ。

「お母さん…。」

 あの頃には見られなかった、信頼し合う家族特有の、慣れ合う空気が漂う。

 くすくすと笑うドーラが朝食をテーブルに並べて行く。

 もう、と怒ったようなドリィがそれを手伝った。

 腹をすかせて待機する双子と家主が席に着き、賑やかな朝食が始まった。


 朝食を終え、約束通り双子の相手をする。

 ガイの体捌きは誰かに師事したものでは無かったが(強いて言うなら族長だろうか、幼い頃は叱られる度ぼこぼこにされたものである)、双子の型はやはり習ったものらしく一種の美しさがある。まあ、たまに甘い所が見て取れるが。

「甘いぜ」

「ぅわっ」

 隙をついて拳を放つ。

「ガイさんやらしー」

「隙は逃さないところあるわよね」

 外野うるせえぞ、こっちは2対1なんだ。

 ひとりごちる。センスのある双子相手に軽い気持ちでやっていたら、自分が怪我をするだけだ。

「てやっ」

「これでどうだ!」

「ぅおっ」

 ぶね、と思わず漏れる。彼らの戦闘スタイルは速度重視の重くない攻撃だ。

 その代わり、鋭く懐に入り込もうとしてくる。

「たっ」

「はあっ」

「っだ、待て待て、お前ら遠慮しなさ過ぎだろう」

 さすがに2人相手はきつい。

 ガイの方は怪我をさせるつもりも、するつもりも無いから、どうしても気を使ってしまう。

 早々に降参の意思を示すと、双子はぶー、と膨れたが拳を下ろしてくれた。


「2人とも、ガイさんはお客様なの分かってるの?」

 母屋からドリィが出てきた。

「分かってるよ」

「けどさー」

「一緒に遊んで貰いたい気持ちは分かるけど、いくらなんでも2人がかりでっていうのはどうかなあ?」

 弟達に目線を合わせる。

「アンタたち、偶には1人で戦う訓練してみたら?」

 横からヴァレリーがジト目で双子に言った。

 どうやらこの双子は、コンビネーションの訓練が得意すぎて、個人訓練をさぼりがちらしい。

「ちぇ」

「うー」

「1人ずつならま、結構相手出来ると思うぜ」

 苦笑する。苦手を克服する訓練の手伝いが出来るなら、ここで相手をする意味もあるだろう。

 双子は顔を見合わせると、

「「よろしくお願いします!」」

 と、声をあわせて言った。



「今日はこれからどっか行くのか?」

 朝から元気な双子の相手をしたので、さすがに疲れた。

 魔物達を職場に連れて行くと言う双子と別れ、飲み物と手ぬぐいを差し入れてくれたドリィに尋ねる。

「あ、はい。ちょっと王宮に顔を出さなくてはいけなくなって」

 目をぱちくりとしてしまう。

 が、直ぐに、ああそうか騎士の仕事か、と思い直した。

「ヴァルスとヴァレリーも行くのか?」

 今残っているのはその2匹だけだ。

「まあね、お城の中までは入れないけど。僕達は城の厩舎で待機」

「ついて行くに決まってるじゃない、当然よ」

 宙に浮いた体をガイの視線の高さに合わせ、何を当たり前のことを、と言った風に腰に手を当てて言い放つヴァレリー。

「ガイさんも良ければ一緒にどうですか?」

「俺か…?」

「どうせ暇なんでしょー?」

 ヴァルスが茶化した。

 まあ、双子もドリィも居ないとなればのんびり出来るだろうが。

 しかしそうなると、在宅仕事のドーラと共に居るという事になる。さすがにそれはなんだか気まずい。

「大丈夫なのか?」

「はい。ガイさん結局お城の中には入れなかったままですよね?見学位なら大丈夫です。申請しておきますので、せっかくですから是非ゆっくり見て行って下さい」

 その言葉に甘える事にした。



 城の中を歩く。さすが魔の国の王城、豪奢だ。

 真っ白い壁の廊下で得物を持った魔物達とすれ違う。文官らしき魔物も居る。

 見た所、人と魔物半々くらいだろうか。

 騎士服を着たドリィは、詰め所に寄った後ガイに一般人用入城証明の腕輪を渡し、共について来るよう言って王宮内部へと入って行った。

 少し入った辺りで前方からこちらへかけて来る者に気付いた。

「ドリィ!」

 高い声がする。ドリィと同じ年頃の女性騎士だった。

 短い髪、活発そうな表情、良く鍛えられた体が見て取れるドリィとは違う露出多めの騎士服。良く見ると背後から紐の様なものがぶら下がっている。…尻尾だ。

 見た所、伝え聞く獅子の尾に似ているだろうか。

 尾の先のふさふさした毛の中からは、目立つ大きさの矢じりの様なものが見えた。

 どうやら彼女は非常に人間に近い魔物らしい。

「ユーミ」

 ドリィの方も親しげに声をかけた。

「ドリィ全然王城(こっち)に来ないんだもん」

「うん、ごめんね?ええと、こちらガイさん」

 ドリィに紹介されてぺこりと軽く頭を下げる。

「ガイだ。彼女の家に世話になっている」

「あたしはユーミ。ドリィの友達よ」

 そう言ってガイを見る目つきは中々キツイ。

 ただの品定め、と言うだけでは無さそうだ。何処か、警戒されている様なピリピリした感覚。

 ドリィ達家族と居た時には無かったこの国に対する警戒感に、背中の羽根がひくりと震えた。


「ふうん、この人が昔世話になったって人?」

「うん。それで私これからイグル様の所に呼ばれてるから、ガイさんの案内お願いしても良い?」

「分かった。兄さんも来るから一緒にご案内するわ」

「お願いね?すみませんガイさん、私これから人に会わなければいけなくて」

「ああ分かった、行って来い。帰る時には戻ってくるんだろ?」

「はい、それじゃまた後で。ユーミ、ごめんね?」

「良いから行ってらっしゃい」

 ひらひらと手を振るユーミに急かされる様に、ドリィは城の奥へ行ってしまった。

「それじゃ、お兄さんはこっち」

 丸い大きな瞳に促され、ガイは近くの客室に案内された。


「ユーミ、ここか?」

 部屋に入って間もなく、扉が開くと長身の男が顔を覗かせた。

「ここ。兄さんがお茶持ってきたの?」

「ついでだよ」

 柔らかそうな、男性にしては少し長い髪、頭頂部からは立派な1本の角。良く見れば彼も尻尾を生やしているのが分かった。

 ユーミの兄だというその男の尾は妹の物とは全然違い、馬の尾に似ていた。

 何処となくひょろりとした印象を与えるその男は、手際良く人数分の茶を用意し、自身も席に着いた。

「自己紹介が遅れました。私は王宮親衛騎士所属、エリュサスと申します」

「どうも、鳥人の里のガイだ」

 礼儀正しい好青年に見えて彼もまたガイを注意深く見ている様だ。

 それにしても王宮親衛騎士とは、ずいぶんお偉いさんが来たものだ。

 兄弟や友達だから特別に、と言う事だろうか?

「失礼ですが、ドリィとはどういう?」

「昔ドリィが鳥人の里にいた時、一緒に暮らした事があってな。今は逆に世話になっているが」

「ああすみません、質問が悪かったですね。ドリィの事をどう思っているのか、と聞いたのです」

 言葉が出なかった。いきなり何故そんな事を聞く?

 どう言って良いのか訳が分からず黙ってしまう。

「……あんたは、あの子の恋人か何かなのか?」

 恋人がいる様には見えなかったが、もしかして、と言う事もある。もしくは彼の片思いか。

 すると、エリュサスは全く違うと笑い飛ばした。その瞳にさっきまでの警戒する色は無い。

「私はもう随分と昔からお慕いしている方がいましてね、そうではなく」

 中々本題に入らない兄に焦れたのか、妹の方が口を挟んで来た。

「ドリィの事、どれくらい知ってますか?両親の事は?」

「それは、竜王と黒魔女殿の子だと」

「そう。正直に言うわ、彼女は本来貴方とは釣り合わない立場なのよ」


「ユーミ」

 エリュサスが窘めたが、ユーミはなおも言いつのった。

「彼女の祖母はこの国の女王、祖父は王侶。叔父は次期国王の王太子。あの子は、彼女の両親が城を出て行かなければ、この城で暮らしていた筈の王女様なの」

 強い瞳でガイを見据える。

 その目に敵愾心がある様には見えなかったが、この娘は何故そんな事を言い出したのだろうか。

「……そうだったな。そうは見えなかったので忘れていた」

 失念していた、と苦笑する。

 本当に普通の、夢に向かって努力を続ける女の子だったのだ。

 昔鳥人の里から帰る時、夢への第一歩が叶って、やったあ、と全身で喜びを表した姿が脳裏をよぎった。

 だが問題は無い。何故なら、

「俺はここに長居するつもりは無い。彼女に関してはそうだな、綺麗になってびっくりはしたが、妹みたいなものだろう。里に帰れば会う事も無い」

 あの家になじみ始めた所だったが、最初から1週間の逗留予定だったのだ。


「そんな言葉で終わってしまうような関係なのか?君とドリィは」


 突然扉が開いて、ずいぶんと秀麗な青年が現れた。衣装も随分と立派なものだったが、この辺では見かけない服装の様だ。

「イグル様」

 エリュサスが慌てて礼を執る。

「そのままで良い。ガイ=ブレイブと言うのはお前か?」

 何故見ず知らずの男が自分の本名を知っているのか。

 確か、イグルと言うのはドリィが面会する筈だった人物の名ではないか?

「……確かに俺だ」

「…ガイ殿、この方は炎の国の王子、現国王カゲキ様と華の国の元皇女メイリン様のご嫡子であられる、イグル殿下だ」

 おいおい、とんでもないのが出てきたぞ。それはつまり異国の王太子と言う事ではないのか。

 さすがに冷や汗が出た。

 肝心のドリィは何処行った。

 現実逃避なのか責任転嫁なのか自分でもよく分からなくなってきた。

「ドリィ様は如何なされたのでしょうか」

 心もち俯いたユーミが問うた。

「あいつならお婆様と話があるそうだ。僕は手が空いたのでね、噂の鳥人とやらを見に来たのさ」

 高飛車な物言いにカチンと来ない訳では無かったが、相手は王族だと思い直し、危うく出そうだった悪態を飲み込んだ。

 それにしても噂って言うのは何なんだ。

「話を聞くに、お前はあいつの事を良く知りもしない癖に、ずいぶん馴れ馴れしいそうじゃないか?ちょっと考えれば分かる事だろう?伝説の竜王と創造級(クエストクラス)の黒の魔女の娘。その娘に相応しいのは、お前みたいな里に隠れ住む鳥人じゃない。もっとふさわしい地位を持つ者さ、……例えば僕みたいな」

 目を細め、胸を張る青年。

 確かにそうだ。

 本来ならば煌びやかな世界に生きる筈の少女。自分の様な通りすがりの男と共に居るのは果たして正しいのかと言われれば、答えは否なのだろう。


 ……だから何なんだ、俺は帰るんだぞ。そんな風に他人に言われる筋合いは無い。


「自分の身の程を知ったなら早く故郷くにに帰る事だね、手遅れにならない内にさ」

 アハハ、と言いたい事だけ言って異国の王子は部屋を出て行った。


「……言い方はアレだと思うけど、あたしの言いたい事はあの方と同じよ」

 沈黙の落ちた部屋に、硬いユーミの声が響いた。

「あの子の事、好きになっちゃダメよ。あの子はこの国にとってとても大事な子なの」

 

「お願いだからあの子を連れて行かないで」



 もうこうなったら城見学などする気は起きなくて、頼み込んで客間に独りにしてもらう。

 さっきの一幕で思う所はあったのだろう、エリュサスはユーミを連れて出て行った。


 どれくらい居ただろう、ガチャリと音がして誰かが入って来た。

 柔らかなソファに突っ伏していたガイが体を持ち上げると、ちょうどドリィが入って来た所だった。

「……ガイさん」

 様子がおかしい。

 力の無い声。泣きそうな、途方に暮れた顔。

「おい、どうしたんだ?」

「それが……」

 どう言えば良いものかと躊躇う。しばらく逡巡した後、ぽつりとこう言った。



「私の結婚相手が決まった、って、お婆様が」




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