彼と彼女の街歩き
翌朝、ガイが起きてきた時には、もう朝食の準備は整っていた。
「おはようございます、ガイさん。良く眠れました?」
私服なのだろう、ゆったりしたスカートにエプロンを付けたドリィが声をかける。
「おはよう、ガイさん」
「どうもっす」
双子の弟達が外から帰って来た。
「早いな」
「厩舎の仕事があるからね」
「あいつら人間より朝ご飯早いんだぜ」
育ち盛りの少年達の目はテーブルの朝食に釘付けだ。
早速テーブルに座るトランザム。
トランスの方は、姉の側に寄って食器を出す手伝いをし始めた。
「おはようございます」
「おはよう」
両親も揃い、朝食が始まった。
「ガイさんは今日これから城へ行くんですよね?」
食事が終わり一息ついた頃、ドリィが確認するように言った。
「ああ。早めに出た方が良いか?」
昨晩竜の背に乗ってやってきたのだ、結構な距離があるのだろう。早めに出るに越したことはない。
「いえ私送りますから、ゆっくりでも良いですよ」
「送るって、お前仕事は?」
「今日から一週間ほど休暇です」
偶然か、と考えて打ち消す。
来る事を知っていたのだから、きっと事前に準備していたのだろう。
「俺の為に?悪いことしたな」
思わず顔をしかめた。
せっかくなれた騎士の仕事を無理に休んでもらったとなれば申し訳ない。
「いえ、せっかくガイさんに会えたのに、仕事で一緒に居られない方がつまらないし、残念です」
「それにしたって、一週間って。用が終わったらすぐ帰るんだぞ?」
それには父親のブライが答えた。
「城への用ってのは“例の羽根”を渡すことだろう?それなら今ここで渡せばいい。任務完了だ」
「ごめんなさい、それ元々家が使う物なのよ。取り扱いが難しいから一度城の検閲を通すべきかと思ったんだけど、結局こうなったわね」
母親ドーラが溜息をつきながら言った。
こうなった、とはドリィ達がガイを助けなければならない羽目になった、と言う事だ。
その後、宿に泊まる位ならいっそこの家に居てもらった方が、手間も省けるという意味でもある。
「……どこまで、いえ……今持ってきます」
ガイにとっては、占いによって日々の予定が先回りで決まっている生活は、どこか監視され支配されている様に感じてしまう。慣れれば気にならなくなるのだろうか。
一方ドリィにとっては、母の占いは日常の事だ。
そんなドリィも何とも言えない顔をしたが、与えられた自室に移動したガイは気づかなかった。
ここまで何でもかんでも占ってその通りになるというのはいくらなんでも珍しい。
兄弟達も思う所があったのか、顔を見合わせた。
「これですか?」
ガイが手にしてきたのは、黄色の大きな鳥の羽根だった。時折、青白い光が羽根の周りを走るが、持っているガイには特別影響はない。
「ああ。長旅お疲れだったな」
「ありがとうございます、ガイさん。これで雷鳥の復活新生ができます」
両親の言葉に双子の兄弟が反応した。
「ライバード来るの!?」
「ウチに!?やっほう!!」
嬉しそうな兄弟達を見て、ガイはよくわからなそうな顔をした。
差し出された雷を纏う羽根を、ドーラは受け取らないままドリィに話を振った。
「それじゃドリィ、よろしくね」
「名前は結局あれで良いの?」
「いいから、それでお願い」
話が付いた所で、ガイに説明する。
「これから皆で神殿に行くんですけど、ガイさんも一緒に行きませんか?街を案内しますから」
「え、けどよ」
「いきましょう?私、案内したいです」
見慣れない成長した乙女の、にこにこしたその笑顔に逆らえず、ガイは若干しぶしぶといった感じで頷いた。
「いいよなー、ガイさんと街見物って」
「帰ってきたら僕達と手合わせして下さい!」
双子が言う。行かないのかとガイが問うと、2人とも訓練があるのだと言った。
「僕達魔法苦手なんです」
「その代り拳闘士目指してるんだ」
拳の周りに魔力が集う。トランザムはそのまましゅっしゅ、と拳を打ち込む真似をした。
「魔の国だからって、何も全員魔物使いや魔法士になるってわけじゃない。拳闘士の制度は今の王侶が始めたんだけどな」
ブライが説明した。
「用も済んだんだ、一週間位ゆっくりして行け。鳥人の長に話は通してある。何よりこいつが世話になった“オニイサン”に、この国の良い所を見てもらいたくてしょうがないのさ」
「も、お父さんったら!」
わしわしと頭を撫でられてドリィが悲鳴を上げた。
ヴァレリーを従え、ヴァルスに乗ってやってきた昼前の城下町は、昨日見たのと同じくらい混んでいた。
「で、何処から回るんだ?」
「まずは神殿で用を済ませてしまいますね」
こうして一行は王城のある丘の中腹、命の神殿にやって来た。
「こんにちは、神官長様」
「やあドリィ。今日は何の用かな?」
神殿では、白い神官長服に身を包んだ壮年の男が出迎えた。
「すみません、これを母から預かって来ました」
「ああ、ドーラ様からですか。畏まりました、すぐに準備いたします」
「ガイさん、こっちです」
手を繋いで別室へ移動する。
「……」
あまりの自然さに気づくのが遅れた。
この娘は自分と手を繋ぐ事に何も感じないのだろうか。まるであの頃と同じ、歳の離れた“オニイサン”と一緒にいる感覚なのか?
ガイは指摘しようかと思って口を開きかけたが、結局そのまま口をつぐんだ。
きっと自分の意識が過剰反応しているだけだ。そう心で言い聞かせて。
そんなガイの様子に気が付いたのは、何事にも敏感な2匹の使い魔達だけだった。
しばらくして準備が整った。
「では、新生を始めます」
魔方陣の書かれた床の上に、ガイが持ち込んだ黄色の羽根が置かれている。
神官長が魔力を注ぎ始めると陣が反応して青白く発光し始めた。
「今やっているのは何だ?」
「簡単に言ってしまうと、新しい魔物を生み出す儀式です」
「あたしも、本来ならああやって人の手で生み出される筈だったのよ」
ヴァレリーがムカつく、といった態で言った。
「それが、あんな廃墟神殿で、周りはモンスターの事何にも知らない人達ばっかで」
苦労したっての、とぼやいた。
「命の神殿の役割は3つあって、1つはモンスター死亡、消滅時に残されたキーアイテム、今回ならあの黄色い特殊な羽根ですね、それを使って新たなモンスターを新生させる事。2つ目は、モンスターと人が共に歩もうとする時、例えば結婚するとか、例外的に王家へ従属する際に人の姿を得たり、人と同じ寿命になったりする為の祝福を授ける場所です。3つ目は、これは本当にただの通例儀式なんですが、普通の人間が転職の際にお参りに来るんですよ」
「命を司る神殿って事で、転職して新たな人生を歩む為の出発の儀式、って事みたいだよ」
ヴァルスが言い添えた。
「あれが今回、新たに認められたばかりの新種族“雷鳥”です」
ドリィと同じ方向を見ると、透明な仕切りの向こう、輝く魔方陣の上で尾羽の長い黄色い鳥の魔物が、雷光を発しながら誕生の産声を上げた。
「今でも稀に新種が見つかる事があるんです。雷鳥もその1つで、最近魔の大陸の南東の森で集団巣が発見されたんですよ」
「逃げたりしないのか?」
生まれたばかりの雷鳥は一行の上空を器用に空中浮遊している。
まだ言葉は喋れない様だ。
「神殿生まれの魔物は最初からご主人を認識するから逃げたりしないよ。まあ、魔物使いがよっぽど合わなければ別だけどね」
「じゃあ、次は合成屋さんに行きましょうか」
ドリィの言葉に一行は移動を開始した。
大通りの一角、魔物関連ショップの立ち並ぶそこに目的の店はあった。
「今日は特に用は無いけど、こういう場所もあるって知ってほしくて」
ドリィはそう言って店の戸に手をかけた。
「こんにちは小父さん」
「ドリィか。今日は非番か?」
「はい、1週間ほど休みを貰いました」
「ガイさんが来るからもぎ取ったんだよねー」
「ドリィも女の子だったってことよねえ」
「ふ、2人とも!」
ドリィは余計な事を言い始めた2人の口を慌てて抑えにかかった。
一方のガイは店内をじろじろ見渡していた。
「なんだ、こう、いかにもって感じだな」
飾られたあやしげな人形、なんに使うのか分からない道具達、色鮮やか過ぎる液体類…。
「ここは合成屋だ」
神経質そうな店主が説明した。
「アンタは鳥人か。ここは初めてか?」
「まあな、見る物聞く物触る物、初めて知る事ばかりだ」
肩をすくめた。
「さっき神殿で、モンスターの遺物について話をしましたよね?」
「ああ、それを元に新生させるって」
振り返って答える。店主が詳しい説明をした。
「モンスターというのは、大まかに4種類に分けられる。まず、人の姿に近いモノ。人間社会で人と共に暮らすか、人に住めないところで隔絶した生活を送る。そこのピクシーがいい例だな」
店主がヴァレリーを指差した。
「次に混血児。人に近いモンスターと人間のいわゆる合いの子だ。あるいはその子孫。基本的には人間社会で親と生活するが、種族として確立していると隠れ里を持つ事がある。竜の国や、アンタの様な鳥人族がそうだな」
「俺は魔物扱いか」
むっとしたようだが、店主は気にしていない様だ。
「広義で言えば、と言う事だ。血統的にはほとんど人間と変わらない。祝福せずとも人との婚姻で子を生す事が出来るからな。そして、これが一番多いんだが、人型をとれないモンスターだ。先ほどの2種と違い、死亡時にアイテムを残す。例えばそこのドラゴンが死んだ時に牙を残す様に」
「僕まだ死ぬつもりないんだけどー」
ヴァルスがふてくされた。
ここの主人は他人の感情を気にしない性格だ。むしろ分かっていて逆なでするような時がある。
「俺が取り扱うのは4番目。魂の無い筈のものに魂を入れて魔物化する」
店主が取り出したのは、なんの変哲もない木の人形。多少意匠の趣味が偏っている気がするが。
「こういった人形や特殊な板、あるいは石などの無機物に魂を入れる。その時の魂の元になるのが、先ほど言ったモンスターの遺物だ」
「ゴーレムとか、モノリスとか、呪い人形とか、その辺が分かりやすいかな?」
「不気味な連中だけど、大会なんかだと大抵上位にランクインしているのよね」
やっかいな、とヴァレリーが苦い口調で言った。
「大会?」
「聞いたことありませんか?魔物の闘技大会」
「丘の上の闘技場で開催されている奴か」
「はい。最近は他国でも開催されるようになったんですよ」
よほど嬉しいのだろう、ドリィが満面の笑みを浮かべた。
「どの魔物も育て方次第だ。それを忘れるな」
店主の言葉にドリィはハイと頷いた。
その後、魔の国独特の施設として魔物仲介斡旋所(別名モンスター専用職安)を見学し、家に帰る道すがらアイテムショップに向かった。
「こんにちは、お爺さん」
「おや、こんにちはドリィちゃん。お母さんのお使いかな?」
「今日は見に来ただけですよ。ガイさん、ここのお店はうちの母が時々薬を卸しているお店なんです」
「さすが黒魔女。…何でもやるんだな、あの人は」
占いに魔法士に魔物使いに薬師。どんだけ兼業しているのか。そういえば妻と母親と言う仕事もあったな。小声でぼそりとつぶやく。
「普段は魔物使いです。その合間に薬を作って、頼まれると占いもする感じでしょうか。」
「魔物使いって、やっぱり大会に出るのか?」
「もちろんです!結構人気あるんですよ、お客さんからお手紙も来るんです!」
やっぱりこの話題になるとドリィの喰いつきが違う、とガイは思った。
「親父さんは竜魔術騎士だったよな」
「はい、魔法自体は使えませんが、私の上司の上司…の上司位ですね」
だんだん声に張りが無くなっていった。
仕方ない、彼女は竜魔術騎士の守都部隊内の1班を任せられているにすぎないのだから。
「それでも頑張ってんだろ、偉い偉い」
くしゃくしゃと撫でた。
はっとする。つい手が動いてしまったが、目の前にいるのは年頃の娘。
あの時の少女は大きくなってしまったのだ。
「っと、悪い、小さい子みたいだったな」
ドリィがどこか残念そうな顔をした後、いいえと小さく否定した。
自分でやった事なのに、彼女との間にどこか線を引いてしまった気がした。
だが、きっとこれで良かったのだ。
ガイは自分でもどこか言い聞かせる様だな、と自嘲した。
「あの、ガイさん」
街をひと通り巡り、今はドリィの家へ帰る空の上。
竜に乗り、生まれたばかりの魔物を従えて飛ぶ。
「やっぱり帰っちゃうんですか?」
ガイの目の前に座り、ドリィが顔だけ振り返る。
その顔には、帰って欲しくない、もっと一緒にいたいと思う気持ちが溢れているのが見て取れた。
どこか子供っぽいその顔に、あの頃の面影を見た気がして、ガイは腹をくくる事にした。
「……俺の為に1週間休み取ったんだろう?付き合うさ。双子クン達とも手合わせの約束しているしな」
昨日の段階ではこれ以上この国に居るつもりは無かった。
ドリィもその事には気が付いていたんだろう、もしかしたら、無理に残してしまったと思っていたのかもしれない。
しかし今のガイの言葉で、別れの迫った憂鬱な気分は一気に吹き飛んでしまった様だ。内側から輝く様な笑顔を浮かべた。
だが、その言葉の中に聞き捨てならない言葉があった様だ。
ハッと気が付くと、
「べ、別にガイさんの為ってわけじゃ、…忘れて下さいっ」
真っ赤になったその顔はいかにも年頃の娘らしく、ガイに新鮮な驚きをもたらした。
彼女は自分の事をどのように受け止めているのだろう。
兄か、それとも…?
そして自分はどうだろう。
彼女の事を改めて庇護する対象として、妹分の様な、小さな子供の様に見る事が出来るのか…。
ドリィはヴァルスを家に向かって降下させる。
その背に乗る2人は何とも言えない不思議な気持ちを抱えていた。




