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竜魔の乙女  作者: 深月 涼
クラス2:竜魔術騎士
4/14

あれから数年

今回から第2部(クラスチェンジ)です。


よろしくお願いします。

 がやがや


 雑踏を歩く。かぶったフード付きコートが重く圧し掛かる様な気がする。

 見上げれば、大層立派な王城が見えるここは魔の国の都。

 人だけでなく、異形の生き物や亜人達が行きかう様は、男にとってここが未知の世界であるかのように思えた。

 1つ大きく頭を振り、男は大きく膨らんだ背中を縮める様にして、急ぎ足で王城へ向かった。



「すまんね」

「いえ」

 短い言葉を交わして別れる。

 残念ながら来た時間が悪かったらしく、本日の来城受付は終了していた。

 軽くため息をつく。

 広いこの街の事だ、おそらく日暮れで街門が閉まる前に、街の外に出る事はできなくなってしまうだろう。

 とっとと用件を済ませ、街の外で夜明かしするつもりだった男は、宿をどうするかと考えながら繁華街の方へ向かった。

 人の多い場所は気が進まないが、何より腹が減った。宿はともかく飯は食いたい。出来れば出来たての温かいものを。

 疲れた思考はこれ以上自分に鞭打つ事を許さなかった。



 繁華街の中でも隅の方に小さな飲食店を見つけ、男はその店に入る事にした。

「何にするかい?」

 小さな店の割に、清潔そうな内装だと感心していたら、店主に声を掛けられた。

「よその国から来たんで何が美味いのか分からん。店主のお勧めなんてものはあるか?出来ればあったかい物が良い」

「酒はどうする?」

「いや、止めておこう」

 体は欲していたが、これからの事を考えるとさすがに飲む気になれなかった。

 要件だってまだ済んでいないのだ。

「お客さん、何処から来たんだい?」

 店主の何げない質問に、男は一瞬体をこわばらせたが、何気ない風で「南の方さ」と答えた。

「じゃあ、この辺は寒くて仕方ないだろう」

「……そうだな」

 男が店内でもコートを脱がない理由は、寒さ故と言う訳でもなかったが、店主も男もそれについては触れなかった。

 男の膨らんだ背中がひくりと動いた。



「有り難う。旨かったよ」

 やはり温かいものを摂って正解だった。

 体も気持ちもずいぶんほっとしている様だ。

「そう言ってもらえると嬉しいね」

 店主に代金を渡し、店を出る。外は夕暮れ時、東の空にはもうすでに星が出ていた。

「宿、どうすっかねえ」

 ひとりごちたその時。

 どんっ、と何かにぶつかった。

「ああん?」

「よう、どうした?」

 赤ら顔の酔っぱらいが2人。

 正直不味い事になったかも知れんと思った。

「あんだぁ?」

「ボケっと突っ立ってんじゃねえよ!」

 絡まれた。

 男にとって喧嘩なぞ大したことではないが、何しろここは異国だ。揉め事は不味い。

「この野郎、邪魔なんだよ」

「おい、フードなんざしっかり被りやがって、アヤシイ奴め!」

 何か言おうかと思ったが、口を挟んだら余計こじれそうな気がした。

「黙ってねえで、何とか言ったらどうなんだ!」

「コイツ、なめてんのかコラ、そのフード取りやがれ!ツラ見せろ」

 避け様としたが、男達の腕の方が早かった。

「その情けねえツラおがんで…」

「おい、どうした?」

 男の膨らんだ背に酔っぱらいの手が当たった。

「コイツ、何か隠してんぞ。背中が妙な動きしやがった」

「まさか、魔物(モンスター)の密輸入か?」

「おい、誰か騎士呼んで来い!」

 あれよあれよという間に大事になって行く。

 あちこちの店から暇な客達が出てきて男を取り囲んだ。

「病か呪いじゃねえのか?」

「どっちにしろこの辺うろつかれちゃ困るだろう」

「おい、やましくねえならその背中見せてみろ!」

 複数人で抑えられては乱暴に振り払う事も出来なかった。

「おい、やめろ!こいつはおれの自前だ!」

 身をよじるが逃げられない。

「妙なもん持ち込まれちゃ困るんだよ!」

「大人しくしてろ!」

 男のコートが脱がされるのと、その声が響くのは同時だった。

「だめです!その人に乱暴はいけません!」


 緑がかった美しい黒髪、光の加減か、時折緑柱石の色に煌めく黒い瞳、すらりとした凛々しい騎士服の女性がそこに居た。

「え、いや、だってよ」

 酔っぱらいが戸惑う。

「翼?」

 野次馬客の中からぽつりと漏れた言葉に、酔っぱらい親父が慌てて男を見た。

「まさか、鳥人…?」

「何でこんな所に」

 周囲がざわめく。収拾をつけたのは騎士服の女性だった。

「皆さん、アヤシイ人がいる、というのはこの方の事ですか?」

「あ、ああ」

「背中に怪しいものを背負っている、と」

 客達がうなずく。

「なるほど、ではこれで解決ですね。この方は鳥人さんですから」

「いや、でも何だって隠れ里から鳥人がわざわざ出て来るんだよ」

「はい、それに関しては私の方でお伺いしますので、皆さんはもう戻って下さいね」

 笑顔で言い切った。

 邪気のかけらもないその笑顔に逆らえる者は無く、この場はこうして解散となった。


「ドリィ、もう良いー?」

 繁華街の屋根の上から声が掛かった。

 ドリィだと?聞き覚えのある名に男がわずかに反応する。

 屋根の上から軽やかに降り立ったのは、銀糸の髪に銀の蝙蝠種の羽根の少女だった。

 既視感を覚えた男の記憶は、次に現れた者によって完全に覚醒する。

「ドリィ、ガイさんいたー?」

 人の腕に抱えられる位小さな蒼い、竜。…え?

「お、まえっ、まさか、ドリィ…!?」

 たかだか5,6年しか経っていない筈なのに、詐欺だろう、それ。

「何よ、ガイ、分からなかったの?」

 顔をしかめた銀の髪の魔物少女、と言う事は。

「お前、…ヴァレリーか…」

 驚いた、と素直に呟いたガイであった。

「ヴァレリーはしょうがないよねー」

「はあ、お前がいてくれて助かったよ」

「それどういう意味ー!」

 こうして、彼等は数年ぶりに再会した。


「それで、今夜の宿は決まっているんですか?」

「いや、本当なら街門が開いている内にこの街を出るつもりだったんだがな」

「間に合わなかったの?」

「まあな」

「そんな胡散臭い恰好じゃ、とれる宿も取れないわよ。大体、羽根の生えたニンゲンなんてこの街には沢山いるんだから、堂々としてりゃ良いのに」

 ……本当にこれが“あの”ヴァレリーか?よく口が回る様になっちまって。

 あまりのショックにガイが少し遠い目をした。

「…鳥人は、基本的に隠れ里からは出ない生活をしているもの。どうしたって目立っちゃうわ」

 年長者らしく落ち着いてたしなめる。…ずいぶん大人っぽくなった。

「城に用があって、それも間に合わなかったんですね」

「大人しく明日にするさ。ドリィ、この辺に俺でも問題無く泊まれる宿は無いか?」

「はい、少し移動しますけど」

「悪い、案内してくれ」

「分かりました。その前に騎士団の詰め所に寄らせて下さい。言付けてから行きますので」

「まかせるわ」

 こうして一行は、繁華街を後にした。

 一旦ドリィが、王城入口付近にある竜魔術騎士の守都部隊の詰め所に顔を出した後、ヴァルスが巨大化して3人を乗せて行った。

「しかし、話には聞いていたが、本当に騎士になっちまったんだな」

「えっ?私、話した事ありましたっけ!?」

 ドリィが慌てた。子供の頃の将来の夢の話、なんて今さら恥ずかしいのかもしれない。

「お前が飛んで行った後、親父さんから少しな」

「お父さんたら」

 そう拗ねた声はどこか幼く、あの頃の彼女を思い起こさせた。

「それで、何処まで行くんだ?つか、街門抜けてねえか?」

「もうここは街の外だよー」

 足元から声が届いた。

「良かったわね、宿賃無料よ」

「は!?」

 裏がある上手い話なのか!?

 動揺したガイに、止めの一撃が落とされた。


「私の家です」



「ただいまー」

「帰りました、マママスター」

「ガイさん連れて来たよー」

 そこは広大な草原の中にぽつりと建つ一軒家だった。

 人が住む為のそれなりに広さのありそうな母屋と、母屋の倍以上ある巨大な厩舎。

 既に周囲は真っ暗だった為、確認できたのはそれだけだった。

「お帰りなさい、部屋の用意出来てるわよ。それと、こんばんわ初めまして、ドリィの母ドーラです」

 黒を基調とした、この国の魔法士服に身を包んだ女性が顔を出した。

「夜分遅くにすみません。あー、彼女に連れて来られて」

「ああそれね、きっと困ると思ったから、連れてきてもらったの」

「あの、もしかして俺が来る事が分かっていたんですか?」

 遅まきながらやっと気が付いた。出会った時にも、ドリィ達は俺を探していたではないか?

「おっそい」

「今日、母の占いに出たんです」

「マママスターは、この国一番の占い師でもあるんだよ」

 そうだった、うっかり忘れてた。この人、いや、この方はあの伝説の黒の魔女。

「そんなに何でも分かるもんですか?」

 案内されてテーブルに着く。

「なんでも、ってわけじゃないの。出た物を読み解くのは占い師(わたし)の仕事だしね」

 お茶を頂く。落ち着く良い香りだ、この国のものだろうか。


 しばし歓談した。

 ヴァルスとヴァレリーは母屋に入れないので、厩舎に戻っていった。


「母さん、お客様?」

「来たのかよ」

 奥の部屋から2人の少年が出てきた。

「…挨拶しなさい」

 ドーラが溜息をつきながら窘めた。

「こんばんは、僕トランスです」

「ばんわっス、俺はトランザム」

「ああ、双子の弟か」

 ドリィに確認すると「はい」と頷かれた。

 歳の頃は、ちょうどあの時のドリィと同じくらいだろうか。

「俺鳥人て初めて見た」

「本当に鳥の翼なんだね」

 物おじしない性格らしく、2人ともガイの側に来て翼を触っている。

 珍しいのは分かるが、こそばゆい。

 思わずばさりと広げてしまった。

「あ、悪い」

「いえ、今のはこの子達が悪いですから」

「2人とも、失礼でしょう」

 女性陣に叱られ2人とも首をすくめる。

「ごめんなさい」

「すんませーん」

「いや、これ位なら良いが。ただ、引っ張るなよ、抜けるから」

「抜けたらまずいの?」

「下手すりゃうまく飛べなくなる」

 驚かれた。

「だからいきなり触るのは無しな」

「はい!」

「わかったぜ」

 良い返事だった。

 つくづくこの家の子供達は良い躾をされているらしい。


 その後夜も更け、この家の主であるドリィの父親が帰ってきた所でお開きとなり、今後の事はまた明日、と言われた。

 湯を使わせてもらった後、用意された部屋に向かう。

 その部屋には鳥人用の寝具が用意され、本当に分かっていたんだという事を実感させた。

(その後っつっても明日にゃ帰るんだろうに。)

 寝具に潜り込んでぼんやりと考える。

 だが、あの占い云々の話を聞く限り素直に帰れる気がしない、そんな考えもよぎる。


 とにかく、とんでもない一日だった。

 体は休息を求め、ガイはすぐに深い眠りに落ちて行った。




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