思わぬ出会い
それから、数日。
ドリィは集落の側の森の中にいた。
「だれかー、いませんかー」
1日目は、村の女性にこの村での生活について聞いて回った。
炊事、洗濯、家の掃除。
村の様子も確認するついでに、家主だという男性を探してもみたが、何処にいるのかさっぱり分からなかった。
その代わり、彼に関するうわさを聞いた。
早くに両親を亡くした後、素行の悪い連中と付き合いだした事。
でもすぐに喧嘩別れした事。
腕っ節が強く、村の若衆から一目置かれているが、そのせいで遠巻きにされている事。
村の若い女達と派手に遊んでいる事。
今付き合っているのが村一番の美人で、その美人さんには他に婚約者がいる事。
あまり小さな子が関わり合いになる人じゃない、と言われたが…。
「そんなに悪い人なのかなあ」
小さい子供と怪我した竜にベッドを譲ってくれた人が、根っからの悪い人には見えないドリィだった。
「はふうー」
「気持ち良いねー、温泉」
3日目にヴァルスが起きた。まだ体を動かせるほど回復しきったわけではないが、ひとまず安心だろう。
それからは、ヴァルスを抱いて、村の森近くの温泉に通うのが日課になった。
「まだ痛い?」
「まあね。でも、自分で歩く位は大丈夫だと思うんだけど」
「だめ。無理は絶対禁止だよ。ヴァルスが飛べなきゃ旅の続きはもちろん、家に帰ることだって出来ないんだから」
「あんまり遅いとパパマスターが飛んで来るかもしれないね」
文字通り飛んで来かねない父親を想像して、ドリィはぶるりと身を震わせた。
隣でヴァルスが同じ様な事を考え、悪感にもだえている。
「パパマスターだけならともかく、超怖い古竜まで一緒に来たらどうしよう…」
「ひっ、怖い事言うのやめてよ!」
2人は、しばし本気で怯えたのだった。
帰宅途中、温泉に向かう人とすれ違った。
「ああ、ドリィちゃん、その、今帰りかい」
「はい、おかげさまでもうすぐ歩けそうなくらいまで元気になりました」
そう言うと村の老婆はちょっと困ったような顔をして、
「まだ、歩けるほどには回復しとらんのだね」
と、言ったので、ドリィは慌てて謝った。
「すみません、お世話になりっぱなしで、あの、元気になったらすぐ出て行きますから」
「ああ、違うんだよドリィちゃん。すまないね、最近おかしなことが続いているからさ」
老婆は声をひそめた。
「最近森で悪さするのがいるんだよ。私達が管理している果物や薬草が採って行かれたり、実際に村人が襲われたりね」
「えっ!」
「襲われたといっても、大したことはないんだよ。引っ掻かれたぐらいのもので。ただね、そのう、見かけた連中が、すばしっこくて小さな生き物みたいだって言うからねえ」
「それで、ヴァルスですか」
「濡れ衣だよ!お婆さん、残念だけどこの状態で僕は素早く動けない」
「……そうみたいだねえ」
ごめんよ、と言って老婆は温泉へ向かった。
「ドリィ」
「……ちょっと、探してみようか」
こうして、ドリィは森の中に分け入った。
「なんとなく、こっちかな」
ヴァルスが、本来森にあり得ない匂いっぽいものがある、と案内する。
「でもさ、こんな所にモンスターがいるのかな」
「いると思ったから探してるんでしょ?」
「そうなんだけど、脱走やはぐれにしては魔の国から遠いし…」
言葉を濁しつつも、モンスターの種類についてはある程度予想が付く。
小型で、生物。魔力を使っている様子はないが、樹の上の作物が採れる。
人は狩りの対象ではない。
「うーん、ピクシー?」
首をひねった時だった。
「ドリィ、いた!こっちだよ!」
ヴァルスが見てる方向に藪があった。迷わず手を突っ込む。
「たッ!」
噛まれた。すかさず、もう片方の腕を伸ばす。
「捕まえた!」
腰を抱えて引きずり出す。
ボロボロになった小さな銀色の少女。ドリィよりなお小さい。背中には小さな蝙蝠種の羽根。
「希少種のピクシー」
ふるふると震えている。よく顔を見ようとすると猛烈に暴れだした。
「わっ、落ち着いて!ごめんねびっくりさせて、乱暴する気はないの!」
慌てて抱き締めて落ち着かせようとしたが、
「ぅあっ……」
肩を思いきり噛まれた。
「ドリィ!!」
「だいじょぶだから!」
ぶわっと包帯を巻いたままの翼を広げるヴァルスを、怒鳴る様に止める。
そして、噛みついたままの幼子に、言い聞かせるように背中を撫でた。
「大丈夫、大丈夫だから」
少しして、ドリィの肩口から子供の嗚咽が聞こえ始めた。
「大丈夫、もう、大丈夫だよ。…よくがんばったね」
ヴァルスの包帯を少し拝借して、ピクシーに肩口を抑えてもらった。
ヴァルスを頭に、ピクシー少女を抱いて、付近を捜索すると、案外あっさりそれは現れた。
「壊れた古代の神殿、か。」
「ずいぶん小さな所だったんだね。この子が誕生したのは再生事故のせいだと思うけど、もう何の力も感じない。きっと彼女が最後の一人だったんだよ」
「…貴女は、ここから生まれたんだね」
ピクシーに語りかける。彼女はまだ言葉を発しない。
「貴女をここから連れて行くよ。これからは、ずっと一緒だから」
「僕ともね。こんごともよろしく…、ねえ、この子の名前、どうする?」
「そうねえ……」
ピクシーの銀の体を見て考える。
「…ヴァレリー」
「ヴァレリー?」
「そう、貴女の名前は今日からヴァレリーよ。よろしくね、ヴァレリー」
そうしてこの日、ドリィの新しい仲間が増えた。
集落に戻り、族長に話す。
森の中の廃墟神殿が誤作動を起こし、ピクシーが目覚めた事。
彼女は責任もってドリィが面倒を見、旅立つ時は必ず一緒に連れていく事。
族長からは2点、神殿の後始末と、言った事はきちんと守る事。
この近くでは、モンスターは例の魔竜の一件くらいでしか見た事が無いらしく、村人達も魔のものを恐れたり、いい顔をしないかもしれないが、許してやってほしいとも言われた。
良い事もあった。
大事になる前に事件を収めてくれたから、と、族長判断で、今後の生活の支援に関して約束してくれたのだ。
後々、それが一部の村人に苦々しく思われるきっかけになったりするのだが。
「ふわあー」
「痛くない?」
「んー、大丈夫だよ。それにしてもここの温泉はよく効くねえ」
「お年寄り臭くない?そのセリフ」
「前に、私は子供って言ったくせに」
さすがモンスター。非力なピクシーとはいえ、噛み痕は結構な大怪我になってしまった。
族長に見てもらい、なるべく腕を動かすな、とのお墨付きをもらった位だ。
よって、現在ドリィの日々の仕事の一部は、ヴァレリーが行っている。
「もうちょい右のやつ」
「こっちだよ、ヴァレリー」
「……」
森の中、許可を貰った分の果実を収穫する。
邪魔な枝をくぐったり、木と木の間をすり抜けながら作業は続く。
「器用なもんだな」
「あっ、お兄さん」
数日ぶりに見る、黒ずくめの男がいつの間にか傍にいた。
「……お前からしたらオジサン、なんじゃねえの?」
「あ、う、ええと」
「オニイサンなんてくすぐってえだけだ、ガイで良い」
「ガイさん、ですか?」
「…お前やっぱ良いとこのお嬢さんだろう」
何故か呆れられてしまった。
「?普通の人ですよ」
「……まァいいけどよ」
拗ねられた。
「ババアが、ガキがガキの面倒見てる、っていうからどんなもんか見に来てみたが、案外ちゃんと面倒見てんじゃねえの。何お前、兄弟とかいるの?」
「はい、弟が2人います。まだ赤ちゃんなんですけど」
「フーン」
ガイは気の無い返事を返した。その割に何か考えているようで、樹上で木の枝を払っているヴァレリーをじっと見ている。
「あのねお兄さん、今やってるのはドリィが怪我してるからっていうのもあるけど、ホントは僕達の為なんだよ」
焚きつけにする木の枝を回収してきたヴァルスが説明し始めた。
「あん?」
「モンスターっていうのはね、人間みたいに歳を重ねて大きくなるもんじゃないの。魔力の大きさによって成長度合いが変わってくるんだよ」
「つまり?」
「そうつまり、こうやって訓練して、能力を鍛え、魔力を蓄えることで僕らは大きくなれるのさ」
「訓練て、薪集めて果物採ってるだけだろう」
「それが訓練なんだよ。人の役に立って、自分も鍛えられる、両得って言うんだよね」
ヴァルスが得意げに言った。
「両得ねえ、人間にとって都合が良いようにしか聞こえねえが。…何か?お前もアイツも特訓して大きくして、それでどっか行こうってか」
「そういうこと。僕は温泉効果もあるし、あと7日くらいで元の大きさに戻れそうだけど、ヴァレリーはまだ生まれたばかりだから、彼女が大きくなるのには1、2年かかるんじゃないかな?」
「…変わってんな、モンスターってやつは」
「そかな?」
ヴァルスが首をひねった。
収穫した果物を抱えて黒い鳥人は自宅へ戻る。その後ろには、しがみ付いて来る銀の少女を宥めながら一緒に歩く魔物使いの少女と、薪の束を咥えた蒼い竜。
人々は皆驚き、彼らを見つめる。自然とその進路をふさぐ者はいなくなった。
「あの、荷物、本当に有り難うございました」
「べつにあれくらい、大したことじゃねえよ」
家に着いた。男が自宅にいるのは、ここに落ちてきた最初の晩以来だ。
「お茶淹れますね」
「ここは俺ん家だろうが、俺が淹れてやる。…お前はさっきからカタキの様に睨んでるそいつをどうにかしろ」
ヴァレリーは帰りの時からずっとドリィにしがみついていた。正直ちょっと爪が食い込んでる。
「大丈夫だよ、ヴァレリー。ガイさんは怖い人じゃないよ、優しいよ」
がたっと炊事場で大きな音がした。
「そうそう、僕らみたいなワケアリの子供達にお家貸してくれるイイ人だよ」
「てめえら」
低い声に、ヴァレリーがびくついた。
顔を伏せて震える。
「あー、本当に大丈夫だから、ガイさん何にも怖い事しないよ」
「泣かしたー」
「オイ、大人からかうんじゃねえぞ、チビドラゴン」
「僕ホントは大きいもんー」
「言ってる内容が子供くせえって言ってんだよ」
床に卓を出し、茶の準備をする。
「まあ、ホントはまだ子供だけどね」
「どっちなんだ」
大きな男の人が小さなドラゴンと対等に話し、あるいはやり込められるのを見ているのは何だか可笑しかった。
指摘されるまで気が付かなかったが、いつの間にか笑っていたのだろう。
「笑ってんじゃねえよ」
こつん、と優しく叩かれた。
ヴァレリーがびくっと反応したが、ドリィは大丈夫を繰り返した。ガイさんはやっぱり優しい人だ、と思いながら。
結局その日ガイは、自宅でドリィ達と賑やかに食事をし(準備から片付けまで一緒にやった)、ヴァレリーの為に、と吊られた寝具の使い方を教え、一緒に眠った。
そして一緒に朝食をとった。
「じゃあな。いいか、くれぐれも危ねえ事に首突っ込むんじゃねえぞ」
「はい、ガイさんもお気をつけて」
皮肉げに笑ったガイを戸口で見送ったドリィは、何だかこうしていると家族みたいだと嬉しそうに微笑んだ。




