エピローグ
広い平原にぽつんと立った一軒家。
その隣には巨大な厩舎が併設されている。
そこは巨大な農場、といったところか。
厩舎から平原に、魔物使いの服を着た少女が、魔物達と共に出てきた。
首筋の辺りまでの緑の髪に、生き生きと輝く黒い瞳、活発そうな表情のその少女は、今は日向で巨大な青白い竜の相手をしていた。
「セヴンー」
「今日は何して遊ぶの?」
「なあ、かくれんぼしようぜ?」
「泥投げ合戦だよ」
「おい、今は我の身づくろいの最中なのだがな」
「そんなのかんけーねー!」
「そうだそうだー!」
「だめだよ、ちゃんと終わってからにしよう?順番だよ」
賑やかな魔物達に囲まれる、穏やかな日常。
大きな月白色の竜は年長者の様だ。
その蒼い瞳にいつも浮かんでいる酷薄そうな光は、今は薄まり、穏やかに年下の者を見つめている。
白金のゴーレムは見かけによらず子供っぽいのか、活発すぎて粗さが目立つ。
それでも、仲間思いで優しく、年少の魔物のリーダー格になる位には責任感があった。
銀色の長い髪が特徴の青い瞳の妖精は、魔物使いの少女をセヴンと呼んだ。姉妹と言うよりは、同じ年頃の親友の様だ。
理知的な赤い瞳が印象的な、漆黒の兎の魔物は、年少組では控えめな方か。すぐに騒ぎ出す他の2匹をたしなめる。
「わかった、わかったって、アローンもシアも、ブルーが終わったら遊んであげるから!プリンス!」
「仕方ないなあ、ほら行くよー」
人の子供ほどしかない身長の兎が倍の背丈のゴーレムと、華奢とはいえ自分より大きなピクシーを引きずって行く。
そのまま作戦会議に移行したらしい。はてさて、今回はどんな遊びを要求されるのか。
巻き込まれるだろう遠く無い未来を想像して、竜と少女は顔を見合わせ苦笑し合う。
その時、母屋から水の精霊を従えた青年が出てきた。
「ナイト!」
「ナイトだー」
「遊べー!」
魔物達の要求を慣れた様子で流し、妹のセヴンに近づく。
「程々にしとけよ、今連絡があったが、兄ちゃんが帰ってくるらしいからな」
「えっ!?」
「お嫁さん連れて帰ってくるって」
精霊の一言に、セヴンだけではなく、魔物達も驚いた。
「ええーっ!?」
「嫁ぇ!?」
「これは驚いた」
「びっくりです」
「そんなに驚くようなことじゃないだろう?俺だっていい歳なんだから」
空の上から異形の人物が女性を抱きかかえて降りてきた。
兄弟達の中では父親に一番似ている(そして本人には強く否定される)長兄のリュージュだ。
祖父や曾祖父に似て大柄な体格で、背中には、竜の翼とも鳥の翼ともつかない、鉤爪のついた大きな羽根が生えていた。
「リュージュ兄ちゃん!」
「お帰りの一言も無いのか、お前等は」
駆け寄ったセヴンの額に手刀が落とされる。
「お帰り兄ちゃん、…その人がお嫁さん?」
「こ、こんにちは…」
美人の女性は、リュージュの腕の中からおっかなびっくり挨拶をする。
「こんにちは、お姉さん。あのさ、この人でホントに良いの?」
「てっめ、このやろ」
指差してまで説得じみた確認をしたナイトに、リュージュが怒った。
その様子を見て、女性はくすくす笑い出す。
「はい。いいんです」
その様子は、何処となく普段おっとりした彼等の母を連想させる。
「とりあえず、ドリィマスター呼んで来た方が良いんじゃない?」
「あたしっ、行って来る!」
母を呼んできた方が良いと言うシア…シルヴァニアの言葉に、セヴンが踵を返す。
その様子を見て、長兄が止めた。
「ちょいまちセヴン」
「え、何?」
「俺が今までどこに行ってたか知ってるか?」
「え?雷の国でしょ?」
母と同じく、若くして国の外へと飛び出して行った兄は、ひと所に落ち着く事は無く、様々な国や地域を巡っていた。
「正解。来月から、お前の学園に1人留学生が来る。雷の国の外れにある辺境部族の神官御子だ」
「え、へえー…、そなんだ?」
いまいち掴めないのか、首を傾げたセヴンの返答は、幾分ぼんやりしたものだ。
「雷の国に俺が行っていたのは、その御子を迎えに行く為。まあ、結果的にはそれだけじゃなくなった訳だけどな」
リュージュと女性は顔を見合わせる。女性の顔が赤く染まった所で、どこぞの夫婦を思い出して、下の兄弟たちは苦い顔になった。
……甘い。
「で、だ。お前、その御子付きになったから、面倒見てやってくれな?頼んだ」
「ぅええええええっ!!??」
「何かあったらすぐバレるから、しっかりちゃんとやるんだぞー?」
「嘘おっ!?」
ひらひらと手を振って、女性を伴い母屋に向かう薄情な長兄には、少女の悲鳴は効果が無かった様である。
「これからどうなるんだろうねー」
「遠い国の御子様かー、想像つかねーなー」
「セヴン、好きな人いたよね?まさか三角関係になったりして!?」
「そんな事を言っているが、お前達。後で泣きついても知らんぞ?いつもの事ながら、毎度必ずと言って良い程巻き込まれるのだからな」
「巻き込まれ上等!」
「今度は何が起こるのか楽しみね!」
「うーん、雷の国の辺境かー、あの辺り何があったかな?少し調べておいた方が良いかも?」
よく晴れた広い空の下、気持ちの良い草原には、何処までものんきな声だけが残った。
彼女の魔物達は、ご主人様のそんなちょっとした危機も、茶化す対象にしてしまう。
これから起こる一連の騒動に、案の定しっかり巻き込まれてしまう事も知らずに…。
世界は続いて行く。
未来へ、
遠くへ。
あの時彼女が旅立ったように、彼女達の子等も又、旅立ちの時を迎えようとしていた。
これにて終幕です。
今まで有り難う御座いました。




