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竜魔の乙女  作者: 深月 涼
クラス3:竜魔の乙女
11/14

旅立ちの日


いよいよです。


 大会閉会式後、ドリィは闘技場医務室へ足を運んでいた。


「あの、魔物(モンスター)達は大丈夫ですか!?」

 指示したのは自分だし、最後まで諦めないで全力を尽くすと決めたのも自分達だ。

 だが、そのせいで負ってしまった怪我を心配するのは、また別の問題だった。

「そんなに心配せんでも、命に別条は無いよ」

 闘技場お抱えの専門医が慣れたように言う。

 実際、この程度の負傷は慣れっこなのだろうが。

「良かった…」

 ホッと胸をなでおろす。

「まあ、竜の方はちょいと危なかったがね。翼の損傷と何より火傷が酷い。完治までには2~3ヶ月かかるだろうね。戦闘もこなすとなれば半年以上は見ておくれ」

「そうですか…」

 それでも、無事で良かったのだと思い直す。

 闘技場で試合をするモンスターは、重症な場合を除き、基本的に回復魔法を使用されない。

 回復魔法を多用すると体が脆くなるのだ。例えば、治った筈の手足などが、再び怪我をしやすくなる等。

 戦闘用モンスターに、その耐久力の低下は致命的だ。

 だから医務室では、応急的な処置のみをして、後は休養させるか、アイテムに頼るか、はたまた時間優先で魔法に頼るかは、主人の魔物使い(マスター)に任せる事になっていた。

「ヴァレリー、…ピクシーの子と相手のモンスターはどうですか?」

「ピクシーは魔力の消耗が激しくて、今は動かせないが、意識はあるよ。2~3日は絶対安静さ。この子は多少の火傷とすり傷はあるものの、大きな外傷は無いし、しばらく休養して滋養のあるものを食べさせれば問題ないね」

「よかった」

「ライバードは、翼を打ち抜かれているから、ひと月は飛べないね。まあ、こいつも翼以外は軽い火傷位だし、そんなには心配いらないよ。デュラハンは、あの竜と真っ向勝負なんぞしたせいで大分ガタがきているね。おまけに魔力吸収(ドレイン)なんぞされたもんだから、修復にも時間が掛かるだろう。ただ、あいつらは生物とは少し違うから、魂の離散が無ければ、時間をかけてゆっくり直せばいいだけの事。こっちも心配するほどの事じゃないね」

 十分大事の様な気がするが、熟練の医師にかかれば、この程度、で済んでしまう物なのだろう。

 普段の闘技大会が、いかに凄まじいかを物語る一端を、垣間見た気分だった。


「いやいや、あいつら強くなったなあ。うちの新魔物(ルーキー)とはいえ、結構鍛えたつもりだったんだけどなー」

 医務室を出た所で、ドリィはボウに捕まった。

 そのまま貴賓席へとエスコートされる。

「やっぱり、今の私に合わせてメンバーを選んだんですね」

 思わず苦笑する。

「互角の戦いを演出するっていうのも、こういった大会では必要な事さ。それに、実力を確かめたいのに、力が偏っていては正確な判断も下しにくいだろ?」

 そういうものだろうか。

「素直に受け取っとけ、相手の出した条件で戦って、その上で認められたんだからな、ドリィ」

「ガイさん」

 闘技場内部から、貴賓席に至る階段の上で、ガイが待っていた。

「どうだった?」

「ヴァレリーは2~3日安静です。ヴァルスはちょっと…完治までに2~3ヶ月。まともに動けるまで半年くらい、って言われました」

「まあ、あれだけ派手にやり合えばな」

 ガイが顔をしかめて言う。

「こっちも、デュラが抜けるのは痛いなー。ここまで追い込まれるつもりは無かったんだけどな」

 次の試合どうしよう、とボウが後頭部を掻きながらぼやいた。

「もう次の試合の事なのか」

「これで食ってるもんでね」

 驚いた様な呆れた様なガイの一言に、あっさりとしたボウの言葉が返る。

 これが専門の魔物使い(モンスターテイマー)の日常なのだろう。

「ま、どうにかなるか」

 気を取り直したのか、あっけらかんと、ボウが言った。


「そうか。ではその間に二人の結婚式の準備に入ろう」

 魔物達(モンスター)の状態の報告を済ませると、王侶アーベルがそう結論を出した。

「うむ。今すぐどうこう出来る物でもないのなら、出来る事から先に済ませてしまうのが道理というものじゃ」

 女王も追従する。

「幸いにも、ここには炎の国の王達も居る。後は西側諸国の連中に招待状を送りつけてやればよいだけじゃ」

「申し訳ないが女王、我々は長く国元を離れる訳にはいきません。イグルを置いて行きますゆえ、何かあれば連絡を頂く、と言う形を取らせて頂きたい」

「わたくしも華の国に赴き、この度の御婚礼の報告をさせて頂きたく存じますわ」

 さすがに、一国の主を半年も止め置く事は出来ない為、炎の国の国王夫妻は一時国へ帰ることとなった。


「あ、あの」

 本人を置いてけぼりで進む緊急会議に、ドリィは戸惑った様に発言を求めた。

「馬鹿だな、君は。君達が旅に出る前に、式を上げてしまおうって話をしているんだろう?」

 イグルが腕を組んで、いつもの様に偉そうに言った。

「え、あ!」

 思わずドリィが父と母の方を向くと、2人は優しく頷いた。

「合格だ、行って来い、2人とも」

「気を付けて行きなさい。ちゃんと連絡するのよ?」

「…はいっ!」

 実質まだ先の事ではあるのだが、ドリィの瞳は嬉しさのあまり、早くも潤んでいた。

「よかったな」

 ガイが、頭を優しく撫でて言う。

 この動作もすっかり定着した様だ。ぎこちなさはもう無い。

「はいっ!!」

 ドリィはガイの方を振り向いて、満面の笑顔で返す。

 その表情は喜びで輝いていた。



 半年の間は忙しかった。

 一般人として暮らしてきたとはいえ、王族と、同盟を結んだばかりの異種族との婚姻。

 盛大にならない訳が無かった。

 ドリィのドレスや、ガイの正装、2人を彩る宝飾の数々を整える為、城へ登城する日が続いた。

 その一方で、旅の準備も進めて行く。

 ドリィは騎士を辞し、王宮から外交特使と言う肩書を与えられた。

 あくまで王族が、何の目的も無しにふらふら出歩くな、と言う訳である。

 本格的な交渉まで求められたわけではない。

 書簡を持って各国へ向かう、あるいは、他国での晩餐や、いわゆる公式行事に出席して、交渉の下地を作るのが主な目的だ。


 まずは鳥人の里へ向かい、結婚の報告。

 その後南下し、雷の国へ行き、そこから東北へ。

 東の炎の国へ行き、中央華の国を巡り、さらに西、水の国へ。

 予定としては、このように世界をほぼ一周する旅程だ。


 長い旅になるだろう。

 それでも、ドリィの胸は期待で膨らんでいた。



 半年後、魔物達(モンスター)の怪我の回復を待って、ガイとドリィの結婚式が盛大に執り行われた。

 式典会場となった命の神殿の外は、朝から大勢の人であふれかえり、ドリィの同僚であった守都部隊が総出で警備にあたった。


 この式を最後に引退し、結婚することが決まった命の巫女が、厳かに宣誓の祝詞を紡ぐ。

 ちなみに、彼女は巫女になった時からその成長を止めている為、見た目はまだ幼い少女だったが、実はドリィの叔母に当たる人物で、結婚相手はあのエリュサスだ。

 長年口説き口説かれ続けてきたが、姪の結婚に感化されたのか、エリュサスの猛攻についに屈したのか、とうとう折れたらしい。


 参列したのは、ドリィの家族、父母弟達に魔物達全員。そして、ガイ側からは、鳥人の長とガイの友人達が数名。ドリィ側の親族として、女王、王侶、王太子。

 海外からの賓客として、炎の国の国王夫妻と王太子イグル。王妃はそのまま華の国代表も務める。

 雷の国からは首長ボウ、水の国からは神官ダニエルが参列した。


 多くの国民が神殿入口で花を投げる。

 魔物達が飛ぶ空の下、祝福された2人は、幸せそうに微笑みあった。



 旅立ちの前夜、2人はドリィの自宅、ガイに与えられた離れで旅立ちの準備をしていた。

「ガイさん、あの、いつの間にか一緒に行く前提になっちゃってますけど、本当に良いんですか?」

 ああだこうだと鞄に荷物を詰めながら、ドリィが声をかけてきた。

 何処か遠慮がちなその声音に、ガイは今さらだと思ったが、それは言わずに、別の本音を口にした。

「お前みたいなヤツ、一人で旅に放り出す方が心配だよ」

 こつんと額を叩く。

「ご両親だって、俺がいるから許可出したってとこはあるんじゃねえか?」

「そ、そうなのかな…」

 叩かれた額を抑えて、ドリィがしゅんとする。

「大体お前ね、結婚したばかりの新妻に、“ハイ行ってらっしゃい”って言う奴が何処にいると思ってる。当然、何処までもつきあうに決まってんだろうが」

 引き寄せて、顔も寄せると、ドリィが分かりやすく顔を赤くした。

「え、えっと、わ、」

 戸惑うドリィをよそに、ガイは口づけを一つ落とした。

 離れたとは言っても、後わずかで再び唇が触れ合ってしまいそうな至近距離で、ふたりは見つめ合う。

「慣れろよ」

「そ、そんな事言っても慣れません!ガイさんは、そんな事したくて結婚するって言ったんですか!?」

 とっさに出てしまった一言だろうが、さすがのガイも、この言葉にはカチンと来た。


 一体、ドリィは自分の事を、どれだけ女性関係にだらしない人物だと思っているのだろうか。

 しかし心の何処かでは、かつてそのだらしない部分があった事は理解しており、非常に複雑な気分ではあったが、とりあえず彼女の言葉自体は本心から否定する。

「馬鹿言うな、そんなわけ無いだろ。お前の方こそ俺の事もっと好きになれよ」

「好きって…」

 今度はドリィが戸惑う番だった。

 しかし、突然ムッとした表情に変わって、

「ガイさんの方こそ好きって言ってません」

 と言うので、ガイは思わず素で返した。

「言ったろ?指輪渡した時」

「言ってません!」

 間髪いれずに返されて、ガイは首をひねる。

「そー、だったか?」


 しばしお互い黙り込む。

 しかし、微妙な空気は長くは続かず、


「好きです」

「愛してる」


 笑いあった。





 旅立ちの日は、よく晴れた良い天気だった。

 ドリィの家族と、友人達。

 先日結婚を発表したばかりの叔母も、エリュサスと共にやって来た。

 西と南の戦士達は帰国の途に就いたが、炎の国の国王一家は見送りまでは、と残ってくれた。

 見送りが終わり次第帰途に就く予定だ。

 当然ながらヴァルスとヴァレリーは同行するが、それ以外も魔物達は全員が見送りに出た。


「……連れて行かないで、って言ったのに」

 ガイに向かって、恨めしそうにそうこぼしたのはユーミだった。

「ワリィな。けど、こいつは俺が貰って行く」

「……大事にしなさいよね」

「当然だろ」

 言葉少なに会話を終えると、ユーミはドリィに抱きついた。

「ちゃんと無事に帰ってくんのよ?後連絡はこまめにしなさい」

「わかってるよ。お母さんにも散々言われたもの」

 苦笑するドリィに、分かってないとユーミは続ける。

「わ、た、し、に、も、寄越せっつってんの」

「も、もちろんだよ!」

「どーだか」

 やさぐれたユーミをよしよしと慰める。

「気にしなくていいよ?ユーミは大事なドリィを守るって言う大事な使命を、満足に果たせなかった事が不満なだけだから。だから、帰って来たら一番に顔を見せに来てあげて?城にさ」

 エリュサスが、小脇に小さな叔母を抱える様にしながら口を挟む。

「わらわの式には必ず出席するのじゃぞ?約束じゃ」

「はい、ドリス様。お土産いっぱい持って帰りますね」

「……わらわは子供では無いと言うに。まあ良い、楽しみにしておるぞ」

 小さな手を握ると、つい忘れてしまう。

 苦笑して手を離すと、父に寄り添う母が声をかけてきた。

 ……いよいよだ。


「遠くへ、遠くへ行きなさい」

 小さな子供に寝物語を語る様な、慈愛に満ちたとても優しい声だった。

「そして、いつかここに帰って、大輪の花を咲かせられるように、ね」

 同じ母同士、抱く思いは似通うのだろう、言い添えられた王妃の一言は、元華の国の姫らしい一言だった。

「はい!」

 与えられた想いを受け取り、大きな声で返事をする。


「行って来ます!!」

 ガイと視線を合わし、ヴァルスに乗り込む。一足先にヴァレリーが飛び上がった。

「お先!」

「じゃあねー!」

 魔物達がそれぞれに挨拶をして飛び立つ。

「気を付けてねー!」

「行ってらー!」

 弟達の元気な声が、空の上に届けられる。

竜に乗る2人は、それに大きく手を振って応え、蒼い竜は悠々と南の空に去って行った。









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