優しい嘘と、カウントダウン
国が配給する『寿命』は、静かに死なせるための優しい嘘だった――。
国営AIが国民の寿命と死因を完璧に予測し、誰もがそれを盲信している近未来。平凡な青年ケイタは、些細なハッキングから恐るべき「マスターデータ」を見てしまう。そこに記されていたのは、午後1/##時$%分、この街の数百万人が『熱線で即死』するという残酷な真実だった。
国は回避不能な終末から暴動を防ぐため、国民に「偽の天寿」を配り、見殺しにしようとしていたのだ。
必死に逃げろと叫ぶケイタを、システムに飼い慣らされた群衆は鼻で笑う。国家の暗殺ドローンに追われながら、ケイタは「誰も信じてくれない世界」でたった一人、絶望のカウントダウンに立ち向かう。圧倒的な無力感を描くSFパニックホラー。
【かりそめの天寿と、国営AI】
防壁に囲まれた近未来のメガロポリス。
空調と照明が完璧に管理された高層マンションの一室で、ケイタのスマートフォンが軽快な電子音を鳴らした。
『国営AIサービス・ライフクロックより、定期更新のお知らせです』
画面には、国を象徴する菊の紋章と、洗練されたデザインのアプリ画面が表示されている。
ケイタはベッドに寝転がったまま、顔認証でロックを解除した。
『ケイタ様の最新の健康スキャン結果が反映されました。
予測寿命:八十二歳四ヶ月。
予測死因:老衰による心不全。
――あなたの人生が、最後まで穏やかで幸福でありますように』
「八十二歳か。まあ、普通だな」
ケイタは欠伸をしながら、画面をスワイプしてアプリを閉じた。
『ライフ・クロック』
数年前から国が導入した、超高性能な人生予測AIサービスだ。
国民の血液データ、DNAのテロメア長、日々の生活習慣やストレス値などを常時モニタリングし、「その人間がいつ、どんな理由で死ぬか」を99.9%の精度で割り出してくれる。
最初は「自分の死に方を知るなんて気味が悪い」と反発もあったが、今ではすっかり社会に定着していた。
自分がいつ死ぬか分かっていれば、逆算して完璧なライフプランを立てられる。老後の資金に怯えることも、突然の病気に怯えることもない。
国民は皆、このシステムが配給する『天寿』という名の安心感を盲信し、穏やかな日々を送っていた。
【些細なラグと、見えないパケット】
その日の深夜。
ケイタは自作のデュアルモニターを並べたデスクに向かい、いつものようにネットサーフィンやゲームをして暇を潰していた。
ふと、先ほどの『ライフ・クロック』のマイページをPCのブラウザから開いた時だった。
「……ん?」
画面が遷移する瞬間、わずかに「引っかかり(ラグ)」を感じた。
メガロポリスの通信網は、量子ネットワークで構築されている。テキストと軽い画像データだけのマイページを開くのに、コンマ一秒でも読み込みが遅れることなど、本来あり得ない。
「なんか、重いな。俺の回線の問題か?」
ケイタはPCオタク特有の軽い好奇心から、ネットワークのトラフィック(通信量)を可視化するモニターツールを立ち上げた。
黒い画面に、自分のPCと国のサーバー間でやり取りされているデータが緑色の文字列となって流れていく。
「……なんだこれ」
ケイタはマウスを握る手を止めた。
自分の「寿命:八十二歳」という数キロバイトのテキストデータに紐付いて、信じられないほど巨大な『不可視の暗号化パケット』が、国のサーバーから隠れるようにダウンロードされていたのだ。
「寿命のデータに、こんな巨大な裏ファイルがくっついてるのか? 単なる個人の健康データじゃないぞ、これ」
ただの不具合か、それとも国の隠し機能か。
ケイタの指が、キーボードの上で踊り始めた。
彼はネットの深層掲示板で拾った海外製のクラッキングツールを走らせ、その暗号化された不可視ファイルを強引にこじ開けにかかる。
まさかこの些細な暇つぶしが、この街に住む数百万人の「本当の運命」を知ってしまう最悪の引き金になるとは、ケイタは夢にも思っていなかった。
――カチャッ、ターン。
エンターキーを強く叩き込む。
数分間の激しい演算の末、分厚いプロテクトが破られ、モニターの画面が真っ暗に反転した。
そして、白く無機質な文字列が、滝のように画面を埋め尽くし始めた。
【マスターデータと、明日終わる世界】
真っ暗になったモニターに、白く無機質な文字列が延々とスクロールしていく。
数分後、プロテクトを突破して展開されたその巨大なファイル群を見て、ケイタは息を呑んだ。
それは、ただの個人データなどではなかった。
「……なんだよ、これ。名簿……?」
氏名、マイナンバー、年齢。そして、それぞれの『寿命予測データ』。
ケイタが住むマンションの全住人どころか、この区に住む何百万人という市民の生のデータ(マスター・ログ)が、そこには格納されていたのだ。
興味本位でマウスのホイールを回していたケイタの手が、ふと止まる。
「……は?」
視線が、モニターの一点に釘付けになった。
名簿に並ぶ数百万人の『予測死亡日時』と『死因』の項目。
老人も、若者も、今日生まれたばかりの赤ん坊も。数百万のデータが、上から下まで、一文字の狂いもなく【全く同じ文字列】で埋め尽くされていたのだ。
『死亡予測日時:明日の午後15時00分』
『死因:熱線による即死』
「……嘘だろ」
スクロールしても、スクロールしても、同じ文字が続く。
自分のIDを検索にかける。そこにあったのは、先ほどスマホで見た「八十二歳・老衰」などという穏やかな未来ではなかった。
『ケイタ:明日の午後15時00分・熱線による即死』
背筋にぞくりと氷を押し当てられたような悪寒が走った。
AIのバグじゃない。
国営の超高性能AIは、明日このメガロポリスに降り注ぐ「回避不可能な致死的な何か(巨大な太陽フレアか、他国の広域兵器か)」を、すでに完全に予測しているのだ。
だが、回避できない終末を前に、数百万人のパニックと暴動を防ぐため。
国は国民のアプリに『あなたは天寿を全うしますよ』という【偽のデータ】を上書きして配給し、この街ごと静かに見殺しにすることを選んだのだ。
【狂人の叫びと、飼い慣らされた群衆】
「逃げないと……っ!」
ケイタは跳ね起き、自作PCのモバイル端末をリュックに乱暴に詰め込むと、スマホを耳に当てながら部屋を飛び出した。
通話先は、実家にいる家族、そして親友。
『……もしもし? ケイタ、こんな夜中にどうしたの?』
「母さん! 今すぐ街から出ろ! 違うんだ、AIの寿命は嘘だ! 明日の三時に、この街は終わる!」
だが、電話口の母親は困惑したように笑った。
『何言ってるの? 悪いVRゲームでもやりすぎたのよ。私の寿命はあと三十年あるって、国が保証してくれてるじゃない。ほら、早く寝なさい』
プツッ、と通話が切れる。
何度かけ直しても、親友にかけても、反応は同じだった。「国営AIが間違えるわけがない」「疲れてるんだろ」。
誰も、ケイタの言葉など信じようとしない。
「くそっ、なんで信じないんだよ!」
ケイタはマンションの階段を駆け下り、深夜でもネオンが瞬く、都会のスクランブル交差点へと飛び出した。
行き交う人々は皆、最新のARグラスをかけ、宙に浮く仮想のエンタメ映像や広告を眺めながら、平和な顔をして歩いている。
「みんな逃げてくれ! 国に騙されてる! 明日、俺たちは全員死ぬんだ!!」
ケイタは喉が裂けるほど叫んだ。
だが、群衆はチラリとケイタを一瞥するだけで、すぐに視線を仮想空間へと戻してしまう。
ARグラス越しに見る彼らの目には、ケイタはただの『酔っ払い』か『頭のおかしい陰謀論者』にしか映っていない。
システムが配給する「安心」に脳の髄まで飼い慣らされた彼らは、目の前の狂った現実よりも、アプリの画面に表示される「あなたの寿命は八十歳です」という文字の方を、絶対の真実として信じ切っていた。
誰にも届かない。誰も信じない。
見渡す限りの群衆の中で、ケイタは絶望的な『孤独』に打ち震えた。
【サイレンと、迫る包囲網】
――その時だった。
ケイタの握りしめていたスマホの画面が、突然ノイズに塗れ、真っ暗にブラックアウトした。
電波が圏外になったのではない。物理的に『遮断』されたのだ。
「……っ!」
同時に、交差点の周囲を囲む巨大なビル群のビジョンが、一斉に切り替わった。
華やかなアイドルの広告が消え、真っ赤な背景に菊の紋章が浮かび上がる。
『【国家安全維持法違反】。機密データへの不正アクセス者を検知。ただちに身柄を確保します』
合成音声のアナウンスと共に、巨大ビジョンにケイタの顔写真と現在位置がデカデカと映し出された。
平和ボケした群衆が、ようやく「え?」とざわめき始める。
ビルの谷間の底から、けたたましいサイレンの音が急接近してきた。
上空を見上げると、赤いパトランプを回した黒い『公安局の執行ドローン』が数機、サーチライトでケイタの姿を照らし出しながら降下してくる。
国家の隠蔽工作だ。
真実を知ったバグ(ケイタ)を、パニックが起きる前に社会から物理的に消去しに来たのだ。
「冗談じゃねえ……っ!」
ケイタはリュックを抱え直し、ドローンのサーチライトから逃れるように、ネオンが入り組んだ薄暗い路地裏へと全速力で駆け出した。
明日の午後15時00分まで、あと十数時間。
誰も信じてくれない絶望の街で、国家権力から逃げ延びる、孤独なタイムリミットが始まった。
【地下シェルターと、最後のハ$%%€ング】
上空を旋回する公安ドローンのサーチライトが、ネオンの谷間を舐め回すように動いている。
ケイタは息を殺し、ゴミ箱の陰で自作PCを開いた。
自作の電波妨害プログラム(ジャマー)を起動し、周囲数メートルの通信に意図的なラグを発生させる。ドローンの光学センサーが一瞬バグった隙を突き、ケイタは封鎖された旧地下鉄の換気口へと滑り込んだ。
真っ暗でカビ臭い地下道。
懐中電灯の明かりだけを頼りに、線路の跡をひたすら深く、深くへと潜っていく。
明日の午後15時00分まで、時間は容赦なく削られていく。
逃げ場などない。だが、この巨大な絶望を前に、ただ座して死を待つことなどできなかった。
数時間歩き続け、地下空間が異様に開けた場所に辿り着いた時。
ケイタは信じられない光景を目にして、コンクリートの柱の陰に身を隠した。
「……嘘だろ」
旧地下鉄のさらに奥深く。そこには、メガロポリスの地下に秘密裏に建造された、巨大な『政府専用・防核シェルター』の分厚いエントランスが存在していた。
眩い照明の下、黒塗りの自動運転車が次々と滑り込んでくる。
降りてくるのは、テレビで見慣れた政府高官や、巨大企業のトップ、その家族たちだ。誰もが大きな荷物を抱え、急ぎ足で分厚い鋼鉄の扉の向こうへと消えていく。
彼らは知っているのだ。
今日、数時間後に、地上の数百万人が焼き尽くされることを。
システムの「優しい嘘」でパニックを抑え込み、自分たちだけが悠々と安全圏へ逃げ込もうとしている。
「……ふざけんな。ふざけんなよ……!」
怒りで震える手で、ケイタはPCを起動した。
シェルターの外部ネットワークの強固なファイアウォール。だが、今は避難システムが稼働しており、認証プロセスにわずかな綻びがあった。
ケイタは持てるすべての知識をぶつけ、シェルターの監視カメラの映像データを乗っ取った。
そしてそれを、地上のメガロポリスにある全ての巨大ビジョンと、市民のARグラスの強制通知機能へと直結させる。
これが最後の希望だった。
逃げ惑う高官たちのリアルな映像を見せれば、いくらAIに飼い慣らされた連中でも、国に騙されていることに気づくはずだ。
「起きろ! 目を覚ませ!!」
エンターキーを、祈るように叩きつけた。
【嘘の完成と、一四時五*%%分】
地上。
煌びやかな交差点の巨大ビジョンが、ノイズと共に一斉に切り替わった。
映し出されたのは、地下シェルターへ逃げ込む政府高官たちの生々しい監視カメラの映像。
『聞こえるか! 国は俺たちを見殺しにして逃げてる! AIの寿命予測は嘘だ! あと数十分で、この街に熱線が降ってくる! 今すぐ地下へ、シェルターへ向かえ!!』
ケイタの血を吐くような叫び声が、スピーカーから街中に響き渡る。
地下の柱の陰で、ケイタはPCのモニター越しに地上のSNSのタイムライン(反応)に食い入るように見つめた。
パニックが起きる。人々が逃げ出す。そう信じていた。
だが、画面に流れてきた文字列を見て、ケイタの全身からスッと血の気が引いた。
『なんだこれ? 新しいパニック映画のゲリラ広告?』
『総理のCG、めっちゃリアルじゃんwww』
『熱線で即死とかウケる。私の寿命、あと六十年あるし』
『こんなハッキングしてまで注目されたいのかね、迷惑な奴』
誰一人、逃げようとしていなかった。
ビジョンを見上げて笑い、写真を撮り、平和な日常のスパイス(エンタメ)として消費している。
国営AIが配給した『あなたは天寿を全うします』という甘く優しい嘘は、現実の映像すらも「手の込んだフェイクだ」と脳に錯覚させるほど、彼らの思考を完全に麻痺させていたのだ。
「あ……ああ……」
ケイタの目から、絶望の涙が溢れ落ちた。
彼らは救えないのではない。彼ら自身が、真実を知ることを拒絶しているのだ。
――ピーーーーーッ!
突如、地下空間にけたたましい警報が鳴り響いた。
ケイタのハッキングが、ついにシェルターの防衛システムに検知されたのだ。
背後の闇から、赤いカメラアイを光らせた無数の公安ドローンが湧き出してくる。
同時に、シェルターの分厚い鋼鉄の扉が、地上の人間を完全に締め出すように、重々しい音を立てて完全に閉ざされた。
「……ははっ」
ケイタはPCを床に落とし、壁に背を預けてへたり込んだ。
逃げる気力は、もう一ミリも残っていなかった。
【終焉】
ケイタを半円状に包囲したドローンたちが、一斉に無機質な銃口を突きつける。
レーザーポインターの赤い点が、ケイタの胸や額に無数に灯った。
腕に巻いたスマートウォッチの数字を見る。
時刻は、午後14時59分。
ケイタは、地上で巨大ビジョンを見上げながら「リアルな映画だ」と笑っているであろう群衆を思い浮かべ、自嘲気味に唇を歪めて呟いた。
「……これが、お前たちの望んだ『天寿』かよ」
ドローンの銃口が、発射の熱を帯びて赤く光る。
だが、それらが発砲するよりも一瞬早く。
ケイタの頭上――地表の方角から、分厚い地下のコンクリートの層すらひしゃげるほどの、規格外の地鳴りが響き渡った。
ゴゴゴゴゴゴッ!! という世界が割れるような轟音。
シェルターの鋼鉄の扉が、ドローンが、そしてケイタの身体が。一瞬にして数千度の熱に包まれ、ドロドロに溶け落ちていく。
午後15時00分。
誰も信じなかった真実は、空から降り注いだ圧倒的な白い光とともに、飼い慣らされた数百万人の命ごと、すべてを呑み込んで消滅した。
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