第三話
予定よりも大分遅れましたが、第3話です。
前回に引き続き、バトル……だといいな(願望かよ)。
「〝ファイアボール〟!」
男の口から、コマンドワードが発せられた。完成した炎の球が、勢いよくこちらに放たれる――
その時、ボルスは地面に落ちているものに気付き、間髪入れずに左の踵で蹴り上げた。
蹴られた衝撃で蓋が開き、中に入っていた液体がぶちまけられる。そこへ火球が迫り、空中にばら撒かれた可燃性の液体――油に衝突して盛大な爆発を起こした。
ボルスは背中に爆発の煽りを受け、飛び込むように樹の後ろに隠れる。
迂闊だった……まさか、あいつらがあんなものまで用意してるとは――
「しかし、本当に凄かったですね、さっきの魔術は」
「だろう? いつもだったら、どんなに力を込めて詠唱しても、あそこまでのでかさにはならんからな」
男は自身が身に着けている腕輪――〝魔装具〟を見下ろしながら言う。その声には、少なからず歓喜の響きがあった。
「あの時は驚いたもんだ……雇い主の野郎が『今は金が無い。その代わりにこれを受け取ってくれ。使うなり売るなり好きにすればいい』だなんて言ってこれを差し出した時にはなぁ」
魔装具――それは、極々一部を除いた人間誰もが宿す〝魔力〟に着眼して作られた武具である。
人々は魔力を意図的に自身の体内、あるいは体外に働きかけ、「火を起こす」「風を発生させる」などといった力を行使することが出来る。
ただし、限界はあった。そこでより大きな力を求め、その限界を上げ、さらなる威力を誇る力を引き出し、増幅させる――そのために作られたのが魔装具である。
それらは、指輪や腕輪といった装飾品、あるいは杖といった様々な形状を持ち、材質や大きさによって、その作用の度合も変わってくる。
そして、強化された〝魔力〟を用いることで編み出された戦闘法や術式のことを、人は〝魔法〟あるいは〝魔術〟と呼ぶ。
ただし、本来なら魔装具はそんなに簡単に手に入るものではない。
大抵は材料に宝石や純度の高い金属が使われるので、庶民の手には届かないほど値が張る。
しかし、男は手にしたのだ――この強大な力を。力は、時に人を惹きつけ、時に人の心さえ変貌させる。
彼の脳裏にあるのは、標的をこの力で焼き尽くすことと、相手の持つ剣を奪い、早急に雇い主に届けることだった。
「奴はまだ生きているぞ! 囲んで殺せ!」
大男の怒号。駆け足で草を踏む音。
ボルスは危機に瀕してしていた。
左腕に痛みが走る――どうやら、先の攻撃で火傷を負ったようだ。
ボルスは、もう一方の剣――彫ってあった文字から〝デスティニー〟と名付けた――を抜く。
男の遺体を埋めるとき、最初はこの剣も一緒に埋めようと思っていた。だが、埋葬が終わってみると、無意識の内にこの剣を自分の手元に残していた。
その理由は分かり切っている。自分はこの剣に魅了されてしまった。
だが、何故?
何がここまで自分の心を釘付けにするのだろうか?
(あぁ、そうか)
ようやく気付いた。自分が剣を手放せないわけ、それは――
段々、自分に近づく足音が大きくなってきた。
すでに自分は包囲されている。たとえ出て行っても、あの男の魔術を喰らうのがオチだろう……
(せっかくデスティニーがあるのに、何の手出しも出来ないまま死ぬのか)
今、自分は(これまでに見た中で)最高の剣を持っている。
だが、結局魔法というものに自分は勝てないということか。
(ふざけるな)
自身の中で、何かが沸々と煮え滾る。
(こんなところで、死んでたまるか)
柄を強く握り、状況を整理する。
相手は八人……その内一人が魔術でこちらを狙っている。樹の陰に隠れているから当たりはしないが、こちらも同じことだ。樹を隔てている限りこちらも攻撃できない。斬りかかれば狙い撃ちされるだろう。
今、こうしている間にも他の連中が包囲網を縮めている。樹を盾にするのは間違いだったかもしれない。この樹さえなくなれば……
ここで、ボルスにある考えが浮かんだ。
デスティニーの刀身を見つめながら、左腕を動かして怪我の具合を確かめる。
腕の火傷は深刻だった。少し振っただけで、熱を伴った痛みが全身を駆け巡る。
この剣があればなんとかなるかもしれない。だが、それは自分が万全だったときの話だ。こんな状態で、果たして出来るのか、もし失敗したら……
一瞬、否定的な考えが頭を過ぎったが、首を振ってその考えを捨てる。
(考えるだけ無駄か)
ボルスは口に笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。相変わらず火傷が痛みを訴えてくるが、無視してやることにする。
あんな馬鹿げたことを考えるとは、自分らしくなかった――そもそも、考えをまとめてから行動を起こすこと自体、性に合わない。
失敗したら死ぬ? 上等じゃないか。第一、何をしなくても殺されるのを待つだけだ。
その場凌ぎであってもかまわない……動けるうちに何かしなければ。少しでも可能性があれば、たとえ、その場凌ぎであろうとも、全力を注ぐ!
「うおぉぉぉぉぉ――」
両手で剣を振り上げる。激しい痛みに襲われるが、歯を喰い縛り、耐え、そして……
「――りゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
と、腹の底から叫び、樵が斧を打ち付けるように、樹に向かって剣を振り下ろした。
刃が幹とぶつかり、両腕に振動が伝わる。叫び声以上に全身に響くはずの痛みを忘れ、樹を切り倒すことに全神経を傾けた。
あまりにも突然すぎるボルスの行動に、男たちは包囲していることも忘れたかのように棒立ちしている。
肝心の剣は――樹の直径の四分の三まで切って止まった。しかも、完全に喰い込んで、どう力をかけても抜けない。
やはり、怪我のせいで力の入れ具合が足りなかったか。
「ば、馬鹿め、気でも狂ったか!」
リーダー格の男の声で、ようやく我に返ったらしい。男達が一斉にこちらに向かってきた。その様子に、先ほどのような慎重さは、ない。
樵の真似をしても駄目だったか……ならば!
「熊の真似でもすればいいんだろうが!」
ボルスは柄から手を離すと、樹に右肩から体当たりをぶちかました。
骨が砕けたかと思えるほどの衝撃。
それがきっかけとなったかのように、樹がボルスとは反対側――つまり男達がいる方へ少し傾いた。その後は呆気なかった。切れ目から折れて、樹の重さで勝手に倒れる。
倒れてくる巨木を目の前にして、男達は慌てふためいてその場から逃げ出した。
樹が轟音とともに地面に倒れたときには、樹が折れたと同時に宙に舞った剣を掴み、走り出す。目指すは、この男達の首領。
男達は突然の事態に狼狽し、誰もボルスの前に立ち塞がろうとしなかった――ただ一人を除いて。
「嘗めた真似をぉ!」
あの大男だ。そいつが、そいつ自身の体格ほどの大剣を頭上まで振りかぶり、こちらに突進してくる。
ボルスは柄を両手で握り、右足を後ろに退いて剣を右腰の位置に保持する。
大男がボルスの脳天目掛けて剣を振り下ろすと同時に、ボルスも横一文字に剣を一閃させた。
虚空から落ちる剛剣と地を這うように繰り出された一撃。
互いの剣が激突し、闇夜に火花が散る。金属同士の衝突による低い音が鳴り、相手の大剣が根本から折れた……否、折れたのではない。
切断されたのだ。
大男の目が驚愕に見開かれる。
次の瞬間、ボルスの手に、肉を抉る鈍い感触が伝わった。剣を両断した勢いそのままに大男の胸に刃が達したのだ。すれ違いざまに振り切ると、斬り割った傷口から鮮血が弾け飛ぶ。
「炎よ!」
ボルスがリーダー格を見据えると、男は再び詠唱を開始していた。二人の距離は、まだ遠い。
「わが意志に……」
男の手に、炎が収束する。このままでは、撃たれる……
ここで、ボルスは何かを蹴った。
見ると、それは焚き火に放り込んであった狼の骨だった。それは先端が鋭く尖り、ずっと火の中に入れられてたからか、熱を保って薄っすらと赤い。どうやら、先程男達の一人が焚き火に突っ込んだときにここまで飛んできたようだ。
ボルスはそれを左手で拾い――魔術で受けたものとは違う痛みに襲われた。骨の持つ熱が容赦なく掌の皮膚を焦がす。
あまりの痛みに手を放しそうになるが、
「まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
と、ボルスは三度吼え、骨を男に向かって投擲する。
そして――骨は男の右目に突き立った。
――眼球というのは、ほとんど液体である。正確に言えば、網膜など薄い外皮で覆われた中に体液が詰まっているのだ。
今、男の目に骨が刺さると、骨自体が熱を持っていたために、傷口が火傷に似た症状を起こして塞がり、体外への体液の流出は防がれる。
しかし、その熱が別の効果を生んだ。中の体液そのものを急激に熱し始めたのだ。
温度が膨れ上がり、内部が沸騰した湯と同じ状態になった眼球はやがて破裂し、男の脳をズタズタにする――
男は声を上げることもなく、くたくたとその場に崩れ落ちた。手に集まっていた炎がその虚ろな表情を照らす。一拍遅れて、炎は霧散した。
(終わったか……)
連中には、首領がいなくなっても立ち向かうほどの度胸はあるまい。
そう思い、緩みかけた気を――背後から微かに聞こえた、草を踏む音で再び引き締める。
振り向く時間も惜しく感じ、左肩越しに右手の剣を突き出した。
肉を刺す感触と共に、「ぐっ」と押し殺した声。
重さに押しつぶされそうになりつつも、両手で剣を保持した状態で振り向くと、串刺しになったあの大男が血走った目でこちらを見ている。右手には、短剣が握られていた。飛び掛ってきたか両足が宙に浮き、自重でずぶずぶと刃が喰い込む。
「まだまだぁ!」
恐るべきことに、胸を斬られ、腹を刺し貫かれたこの男は短剣を逆手に持ち、両手で握り締め、頭上からこちらに振り下ろそうとした。
ボルスは自ら身を投げた。地面に背中が達する寸前に男の体に右足を掛け、剣から手を放し――男を投げ飛ばす。
ボルスの頭を越え、男は地面に身体を打ち付けた。短剣を手放し、手足が痙攣し――やがて動かなくなった。
辺りに、血の臭いが漂う。
ボルスは身を起こすと、男に歩み寄って剣を抜いた。
今度こそ、終わりだ――そう思いながら、鍔を軽く叩いて血を落とす。
鞘に収めて左腕に抱き、右手で自分の剣を持つ。
すると、声が聞こえた。
「た、助けてくれぇ……」
声のした方を見ると、男が一人、倒木に足を挟まれている。どうやら、こいつは逃げ遅れたらしい。
ボルスが近づくと、その男は「ひぃっ」と怯えた声を出した。
「ま、待ってくれ!」
ボルスは足を止めない。
「頼まれただけなんだ! 剣を奪って来いって!」
男の近くには、彼の首領が顔中の穴という穴から血を流している。
男はその亡骸を指差して叫んだ。
「そ、それに俺はまだ入ったばっかなんだ! 金に困ってて、そんな中その男に誘われて……この仕事が初めてだったんだ!」
まだ微かに燃える焚き火の炎の光が、抜き身の刃に反射する。ボルスとその男との距離は、あと二、三歩といったところだ。
「う、うわぁぁぁ!」
ボルスはその男に近寄り――思いっきり素通りした。鞘を拾い、もう一本の剣を収める。
男は「えっ?」と間抜けな声を出した。
ボルスは剣を地面に置くと、倒木に手を掛ける。力を入れるが、一人の力では到底持ち上がらない。
「おい、お前ら!」
ボルスは、傍観していた他の男達に向かって叫んだ。
「仲間ほっとく気か? 命は助けてやるから、手伝え!」
男達は顔を見合わせると、武器を放り捨て、倒木に駆け寄った。
「ふぅ……酷い目に遭った」
ボルスは倒木の上に腰を下ろした。
あの後、仲間を助けた男達は、死体を運んで立ち去っていった。
「それにしても、腹が減ったなぁ……」
思わず呟き……ようやく思い出す。
ボルスが焚き火の傍に戻ると……無惨な光景が広がっていた。
散乱する調理器具、そして――
「俺の飯がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
――静寂に包まれた森の中、ボルスの悲鳴だけが響き渡った。
<D・W第二話作成秘話および裏話>
気付いた方も多いと思いますが、第二話は一旦更新した後、一部書き直してます。
大学で友人との間にこんなやり取りがあったからです。
友「なぁ、この料理シーンなんだけどよぉ……」
私「なんだ?」
友「この表現、いらなくね?」
一応、私はノートに原文を書き、それを推敲してからアップしているので、書いている途中でも友人に意見を求めたり出来ます。
で、友人が指し示した箇所というのが……
『フライパンを火にかけ、熱を帯びてきた段階で木製の円筒状の小さな入れ物を取り出した。蓋を開け、中に入っているドロリとした液体――食用油をフライパンに少量垂らす』
私は、心底不思議になって尋ねました。
私「? この表現になんか問題でもあるのか?」
友「大有りだ!」
突然怒る友人。
私「おいおい、どこが問題なんだよ? 単なる料理シーンだぜ?」
友「料理なんざどうでもいい! 問題は、ここだ……」
友人は「ドロリとした液体」の部分を指した。
友「この表現はいらん! 第一……」
私「第一?」
友「十八禁になるぞ、この小説!」
私「ならねぇよ!」
友「いや、なるって! なんせ『ドロリ』だぞ、『ドロリ』! 油って言いたいなら最初から回りくどい表現すんなよ!
考えてみろ! 健全な男が『ドロリとした液体』と聞いて思い浮かべるものを! もしこの液体がし(ピー)かったらどうする! さらにいうと油じゃなくて生クリ(ピー)だったりしたら、最早大問題だぞ!
少なくとも貴様は社会から抹消される!」
私「んなこと考えるのお前だけだよ!」
友「うるせぇ! 力ずくでも止めさせてやる……止めさせて見せる!」
私「上等!」
……その後、激しい拳と拳の語り合いの末、削除が決定されました。
(不適当な表現があったため、音声を一部変換してお送りしております)
(また、一部誇張表現が存在します。鵜呑みにしないでください)
ちなみに、友人達の他の感想はといえば……
「後書きがとても面白かった」
……では、次回をお楽しみに……




