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Destiny・Wars  作者: 梅院 暁
第六章 ~契約~
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第二十九話

 眼前に迫る刃がボルスに達する寸前――

 何者かが放った蹴りが、デスティニーの剣腹に命中、軌道が逸れた。

 突然の横槍で態勢を崩した男の顔面に、今度は掌底打が叩き込まれる。男の身体がいとも容易く吹っ飛んだ。

「あんたは……」

 ボルスの口から擦れた声が出る。

 ボルス達を助けたのは、先程の騒ぎの際、二人よりも先に商人を庇った壮年の男だった。

「すまんのぅ、あやつ等にもっと早く気付いていたら、助けられたかもしれぬ」

 男はコーデリアの方へ向くと、

「ほら、御嬢さん、ぼおっとしとらんで、治療せんかい!」

 と、怒鳴る。

 我に返ったコーデリアが、慌てて指輪型の魔装具を取り出そうとする。だが、途中で「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。

 彼女の視線を追うと、吹っ飛んだはずの男が、再び立ち上がっていた。その手から、デスティニーを手放していない。

 壮年の男が「うーむ」と唸り、

「随分と手応えが薄いと思ったが……身体を自分から浮かして衝撃を減らした、というところかのう」

 と、慌てた様子は見せず、相手の方へ歩いていく。

「あ、あの!」

「あやつの相手はわしがする。そなたは早く回復させるんじゃ」

 コーデリアの声に応え、デスティニーを構えた男の眼前に立つ。

「またお前か、じじい!」

「じじいとは失礼な。まだ五十年も生きとらんわ」

 相手が血走った目で睨みつけるのを、壮年の男は涼しげに流した。

「しかし、そなた、仲間を斬るとはのう……正気か?」

「仲間? ハッ!」

 男は鼻で笑う。

「あいつらが仲間なものか……腕っ節が少し強いぐらいで威張り飛ばしやがる。あいつらのせいでいつも俺は貧乏くじを引くことを強いられていたんだ!」

 その眼に暗い光を宿らせ、恨み言を口走る。ボルスの目から見て、男はデスティニーを手にする前後で完全に豹変していた。

「だが、今は違う……この剣があれば、俺は最強だ! もう何も怖くない! じじい、今度はお前を斬ってやる!」

 その常軌を逸した発言を聞き、壮年の男が息を吐く。

「始末に負えんのう……」

 やれやれと首を横に振る。

 そこへ、相手は斬りかかった。武器も構えぬ壮年の男目掛け、剣を振るう。

 それを男はわずかに上体を反らすだけで避けた。相手が剣を振り直す前に、右で裏拳を繰り出す。

 手の甲が相手の顔を捉える前に、相手はバックステップで回避した。そして、お返しとばかりに剣を一閃。

 壮年の男が辛うじて後ろに飛ぶが、完全に避け切れず、わずかにシャツが斬り裂かれる。

 仕切り直すように、再び拳を構え直す男に対し、

「何故抜かん?」

 と、相手は尋ねた。

「その腰の剣は飾りか?」

 その目線は壮年の男が腰に帯びた剣に固定されている。

 せせら笑う男に、壮年の男は特に気分を害した様子もなく、

「別に。ただ、おぬしらのようにちょっとしたことで抜かぬだけじゃよ」

 と、素気なく返す。

 相手は苛立ち、

「抜け。ただ斬るだけじゃつまらん」

「おぉ、そいつはありがたい。こっちも素手じゃちと苦しく感じていたところじゃ」

 壮年の男が抜剣した。その剣はボルスの大剣やデスティニーなどに比べ、やや小ぶりで細く感じられる。

 壮年の男は柄を両手で握り、正眼の位置に構えた。

 ボルスが見たとき、最初に感じたのは違和感だ。

 その構えには特に力んでいる様子は見られない。いや、むしろのんびりとしていて弛緩した空気すら感じとられるのはどうなのだろう。少なくとも、今は命のやり取りの最中だ。

 まるで、道端で年老いた猫が身体を丸めて日向ぼっこをしている……ボルスは、彼の構えをそう評した。

 対照的にデスティニーを手にした男は、威圧的で、いつでも斬りかかってきそうだ。

「舐めているのか?」

「そんなつもりはないが?」

 そのやり取りにも、構え同様の違いが見られる。

「……せっかくだ。名前を聞いておこうか」

 そんな中、相手は気紛れを起こしたか、壮年の男に問う。

「パトリック。まぁ、覚える必要はないがの」

「構えと同じで自信が無いのか」

「いや」

 パトリックは目を細めながら、

「どうせ、おぬしがあの世行きじゃからの」

 と、明確に挑発した。

 男は、その言葉に顔を憤怒で染め上げる。

「ほざくな!」

 男が上段からパトリックに斬りかかる。その一撃を、パトリックは自身の剣で受け止めようとした。

「ダメだ、避けろ!」

 ボルスが思わず叫ぶ。デスティニーの切れ味を持ってすれば、あのような剣、盾の役割も果たせない――そう思ってのことだった。

 デスティニーがパトリックの剣とぶつかり、刃同士で火花が散った。

 そしてパトリックは受け止めた(・・・・・)相手の斬撃を押し返す。

 相手は一瞬、ポカンとした顔をした。

「どうした? 闘いの最中に呆けおって」

 その一言で相手は我に返り、二撃目を送り込む。再びパトリックの剣が動き、その攻撃を受け止めた。

 相手が立て続けに三撃目、四撃目、と次々と剣を振るうが、結果は同じだった。抜群の切れ味を誇るはずの宝剣が、何の変哲もないただの剣に傷一つ付けられない。全ての斬撃が阻まれ、パトリックに一切届かない。

 ――どうやっても、あの日向ぼっこしているだけの猫を、動じさせることも出来ない。

「どうした? 随分軽くてぬるい斬撃じゃのう?」

「ほざけぇ!」

 何度目かになるか分からない攻撃を再びパトリックが受け止める。

 この時、ボルスは気付いた。

 刃と刃が当たる瞬間、パトリックの腕は相手の進行方向に合わせ、僅かに後退していた。押されてのことではない。パトリック自ら、剣を動かしている。

 相手がデスティニーを一度自分に引き付け、さらに振るおうとしたときだ。

 パトリックの動きが変わった。日向から一切動かなかった猫が、獲物を狩る虎と化した瞬間――

 宝剣が弾かれ、相手の首目掛けて剣が一閃される。

 喉笛に刃が達し、喉内の空気と混じった血飛沫が飛んだ。

 相手は一瞬硬直するが、糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる。その身体が痙攣を起こして震えるが、やがて止まった。

 パトリックは「ふー」と長く息を吐きながら、剣に血振りをくれてやり、鞘に納める。

 そして、ボルス達に向き合うと、

「さぁ、終わったぞ。これで落ち着いて治療が出来るな?」

 その言葉を聞いたコーデリアが、ようやく魔装具を自身の指に嵌める。

「治癒魔法、どのくらい効果がある?」

 パトリックが駆け寄り、ボルスの傷に止血を施す。

「分かりません……傷が酷過ぎます……高位の魔術でも、受ける者の魔力次第では反発して効果が期待できません」

 そう言いながら、コーデリアが魔力を高める。

「彼の者に癒しの力を……『ヒーリング』」

 コーデリアが詠唱を終え、治癒魔法をボルスに掛ける。

 ボルスの中で、何かが活性化し始めるのが分かった。傷が塞がり始める。

 必死だったコーデリアの表情が、やがて驚きに変わった。

「えっ?」

 ここで、ボルスの頭がくらついた。やけに瞼が重く感じる。

「ボル!」

「おい、しっかりせぬか――」

 コーデリアとパトリックがボルスに呼び掛けるのを聞きながら――

 ボルスの意識が暗転した。

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