第二十八話
「さて、ここまで来ればいいか?」
ボルスとコーデリアの二人は野次馬の目を逃れ、市場から離れた。
「そのようですね」
コーデリアが周りを見て、ホッと胸を撫で下ろす。ここで指輪をしたままだったことに気付き、外して懐に収納した。
「それ、魔装具か?」
ボルスは気になったことを口にする。
「そうですが、何か?」
「いや、指輪の魔装具なんて初めて見たからな」
実際のところ、指輪型の魔装具はまず使う者はいない。
そもそも、魔装具は装着者の魔力を増幅させる、いわば触媒のような役目を果たす。その材料には宝石や純度の高い金属が使われている。その力の引き出す力を上げるためには、材料の量を増やすことが求められる。指輪程度の大きさでは、効果も大して期待出来ないはずだ。
「それで滅多に使える奴がいないという治癒魔法を使えるんだ。その指輪の材質が優れているか……あるいは、あんた自身の魔力が優れているか、だ」
――もし前者だった場合、それだけ効果が高くて高額になるであろう魔装具を手にする程までに身分が高いことになるが。
コーデリアは「ふふっ」と笑い、
「そんなに褒められると、照れてしまいます」
などと、顔を赤くする。
ボルスは呆れ、
「……なんだろう。せっかく褒めたはずなのに、ちょっと後悔してきた」
「何故ですか」
「なんでだろうな、まったく」
と、ボルスは溜息を吐く。
「じゃ、俺はまだ買い物あるからな。気をつけて宿に戻れよ」
そう言い残し、ボルスはコーデリアと別れていこうとする。
「お待ちください」
だが、コーデリアが即座に荷物の端を掴んだ。おかげでボルスは思わず転びそうになる。
「なんだよ」
「何故、行こうとするのです?」
「買い物しに……」
「そうではありません。何故、私達を避けようとするのです」
「避けてはないが……同行はフェガーリまでって話だろ? ここワイドは国境付近とはいえフェガーリ領。何の問題もないだろ」
「報酬も受け取らずに、ですか?」
「宿に泊めてもらえた。それで十分だ」
そこまで言っても、コーデリアが放す様子がない。
「昨日、国境付近で検問があったな」
「えぇ」
「……あれは、間違いなく俺を捕まえるための検問だ」
ボルスははっきりと断言した。
それに対し、コーデリアは大して驚く様子がない。
――やっぱり勘付いて庇っていたのか? だが、何の利益がある?
「何をしたのですか?」
コーデリアが問う。
「さて、何をしたんだろうな」
ボルスはわざとらしく笑みを浮かべ、
「心当たりが有り過ぎてな……捕まったらどうなることやらな……庇った奴も含めて、な」
ボルスはコーデリアに向き合うと、
「最後の忠告だ。もう俺に関わるな。あんたが世話になってるあの商人を酷い目に遭わせたくはないだろ?」
と、脅し文句を残して去ろうとする。
「ほぉ、いいこと聞いたぜ」
「誰だ!」
ボルスの誰何の声に、三人の男達が現れて囲む。
「貴方達は!」
コーデリアが声を張り上げる。
先程商人に対して因縁を付けていた傭兵達だ。
「国の兵士に追われてるってぐらいだ……差し出せば、どれだけ賞金が出ることか」
「全くだ。さっきの借りを返すつもりが、大金のチャンスが巡ってきやがった」
迂闊だった。仕返しの可能性は十分あったはずだった。
せめてコーデリアだけでも逃がそうとボルスは考えたが、すでに囲まれている。
「どうするつもりだ?」
「決まっているだろう? お前は痛めつけてから憲兵にでも差し出す。安心しろ、せっかくの金の元、命だけは取らないでおいてやる」
「おい、女の方はどうする! さっきナイフを刺された手が痛ぇ!」
「せっかくだ、楽しもうぜ! 結構いい体してんじゃねぇか!」
その言葉に、ボルスの顔が一気に険しくなる。
「やれるものならやってみろ、クズども!」
殺意を込めた目で、相手を睨み付けた。
そのボルスの変化に、相手は一瞬怯む。
コーデリアですら、ボルスの顔を見て息を飲んだ。
ボルスは荷と宝剣の入った包みをコーデリアに渡す。
「――俺が何とかこいつらの相手をする。あんたは隙を見て逃げろ」
「でも――」
「言う通りにするんだ!」
ボルスは背負った大剣を抜く。
男達も一斉に抜剣した。
「はぁっ!」
正面の男が斬りかかってくる。
ボルスはその斬撃を弾いた。反撃に移る前に、男が下がった。
――陽動!
ボルスの左後方の男が剣を構えて突っ込んできた。
ボルスはコーデリアを庇いつつ、その攻撃もいなす。二人目が突撃してきたおかげで、左後方に退路が出来た。
「今だ!」
コーデリアをそこから逃がそうとする。
その時、右腕に鋭利な痛みが走った。
「ボル!」
コーデリアが悲痛な声を上げる。
「……え?」
右腕にスローイングダガーが刺さっていた。
ボルスは痛みで剣を落す。
「隙を見せたのはお前だったな」
三人目の男が顔をにやつかせながら言う。
「クソったれ!」
ボルスは左手でカッツバルゲルを抜く。
そこへ三人が襲い掛かってきた。相手は連携してボルスを追い詰める。一撃加えては離脱を繰り返し、翻弄してくる。
ボルスは必死に対処するが、避け切れなかった切っ先が、ボルスの脇腹を抉った。革鎧が斬り裂かれ、青い生地に鮮血が滲む。
「終わりだ!」
さらに、ボルスへ斬撃が加えられようとする。
そこへ、スローイングダガーが飛んだ。男は咄嗟に剣で弾く。
「馬鹿、逃げろ!」
ボルスは怒鳴る。ボルスの不利を悟ったコーデリアが、果敢にも援護しようとしたのだ。
「邪魔するな、このアマぁ!」
男が怒り、コーデリアに詰め寄る。コーデリアが再びダガーを投擲するが、これも弾かれた。
ボルスの身体が、考えるより先に動く。
男とコーデリアの間に割って入り、コーデリアの身体を抱いて跳んだ。男の剣が振り切られ、ボルスの背中に激痛が走る。
二人の身体が重なったまま、地面を転がった。
「ボル!」
コーデリアが悲鳴を上げた。ボルスの身体を起こそうとして、付いた血に顔を青ざめさせる。
「手こずらせやがって」
男が詰め寄るが、コーデリアが落とした荷物に気付く。
「何だこりゃ……剣、か?」
男は包みを剥ぎ取り、Destinyを手に取る。
「どうした?」
「見ろよ、これを……」
そう言い、デスティニーを抜き放つ。その刃が、鈍く陽光を反射した。
「こいつは……すげぇ」
「何でこんなガキがこんなものを?」
「さぁな……まぁ、こんなガキには勿体ないよな」
デスティニーを手にした男の目がギラつき始める。
「おい、何するんだ?」
「決まっているだろう? 試し斬りだよ」
そう言って、男はデスティニーを構え、ボルスの方を向く。
仲間の男達は慌て、
「おい、待て! 殺すのはまずい!」
「そうだ! それに、女の方はまだ楽しんでないんだぞ!」
「うるせぇ!」
そこで男が予期せぬ行動を取った。仲間の一人をデスティニーで斬り捨てたのだ。斬られた男は、何が起きたのかも理解出来ぬ表情で倒れる。
「ひっ! 何を……」
「うるせぇんだよ、いつもいつも俺の言うことに文句ばっかりピーチクパーチク……手前もそうだ。リーダーぶって偉そうに!」
「ひぃっ!」
もう一人が逃げようとしたが、遅かった。背中からばっさり斬られ、血の雨が降る。返り血に濡れた男が、恍惚とした笑みを浮かべた。
あまりにも異常な光景を目にしたコーデリアの身体が震えるのがボルスにも分かった。恐怖でガチガチと歯を鳴らし、無意識の内に目に涙を浮かべている。
「さて、今度はお前等の番だ」
男がゆっくりとこちらに近付いてくる。
ボルスとコーデリアは動けない。コーデリアの震えを通じ、ボルスにも恐怖が伝搬していた。
「二人仲良く、死んでくれ」
血に濡れた刃が、二人目掛け振り下ろされた。




