第二十七話
コーデイアが騒ぎの場に割り込み、男達は出鼻を挫かれる形となったが、
「おいおい、今度は女か……」
「怪我しないうちにとっとと帰りな!」
と、恫喝する。
「それは出来ませんね。貴方方の悪行、見過ごすわけには参りませんもの」
「悪行、だとぉ?」
「ぬかしやがったな、小娘が!」
一斉にコーデリアに憤怒の目を向ける男達。今にも斬りかかりそうだ。
ようやく追いついたボルスは、
「おいおい、あいつらあんたに矛先変えちまったぞ」
「そうですね」
と、余裕そうなコーデリアに少々不安を覚えた。
不安は口に出さないものの、とりあえず事実だけを彼女に教えることにする。
「……随分落ち着いているが、使える武器なしで大丈夫か?」
「……え?」
彼女にとって予想外の質問だったらしい。
だが、ボルスの目から見て、今の状況は本当にまずい。
まず、コーデリアは槍を所持していない。となれば、残った武器は魔法と隠しダガーということになる。
しかし、魔法は詠唱なしでは十分な威力が発揮出来ず、唱えている最中に斬りかかられでもしたら、為すすべもないことは明らかだ。
一方、隠しダガーは、不意打ちには持って来いだが、この状況ではあまり意味はない。相手は三人もいる上に、周りには野次馬の群れ――その照準にはかなりの精度と速度が求められる。
ようやくそのことに考えが至ったか、コーデリアは「あ」と声を出し、
「どうしましょう……」
「はぁ……下がっていろ」
溜息を吐き、ボルスがコーデリアに代わって前に出た。
「おい、また何か来たぞ……」
今度はうんざりした声を出す男達。
俺だけこの反応の差は何だ、とボルスは思いつつ、
「うんざりしてくれたついでに、剣を引っ込めてくれればこっちとしてはありがたいんだが」
「うるせぇ!」
いきなり、先頭の男がボルスに向け剣を突き出してきた。
ボルスは右手で腰のカッツバルゲルを抜き放ち、その切っ先を弾く。姿勢が泳いだ男の鼻っ面を、カッツバルゲルの鍔で殴り付けた。
男の鼻から血が噴き出す。
「野郎!」
男の仲間が剣を振りかぶる。
ボルスも咄嗟に剣を構え直した。
だが、相手の剣が振り下ろされることはなかった。
ボルスの背後から飛翔したスローイングダガーが、男の手の甲に刺さった。男は手から剣を落す。
三人目が動こうとするが、
「お止めください。今の方のようになりますよ?」
と、コーデリアが威嚇の声を発した。彼女の手には、すでに二本目の短剣が握られている。
その脅しに、男達の動きが止まった。
「……おいしいところを持っていくんじゃねぇよ」
「あら、失礼」
振り返らずにボルスが苦言を口にするが、コーデリアは反省した様子がない。
ボルスは目の前の男達を睨み、
「去れ。これ以上騒いだところで、誰も得しない」
と、カッツバルゲルの切っ先を男達に向ける。
「くそぉ、覚えてやがれ!」
無傷な三人目の男が叫ぶと同時に駆け出し、後を追うように残り二人が走り去る。
三人の姿が見えなくなったところで、ボルスは剣を鞘に納めた。
「お見事でした」
「やかましいわ」
ボルスはコーデリアの方に向き、
「無茶しやがって……俺がいなかったらどうするつもりだった?」
「どう、とは?」
「お前一人でもあの連中に突っかかっていったのか、って聞いているんだ!」
ボルスは声を荒げる。
「相手は三人、武器も持っていた! そんな奴らに喧嘩売るなんて、正気か!」
「なら、あの悪行を見過ごせと? 昨日助成なさった方の言葉とは思えませんね。あのまま見過ごせば、あの方は斬られて――」
「斬られていたのはお前の方かもしれなかったんだぞ!」
コーデリアの言葉を遮るように、ボルスが怒鳴る。あまりの剣幕に、コーデリアが二の句を告げられなくなった。
騒いでいた野次馬達も、ピタリと言葉を止める。
「そこまでじゃ、お二人さん」
静寂の中、ボルスとコーデリアの会話に割り込む者がいた。最初に商人を庇っていた、壮年の男だ。
ボルスは横目で睨み付けると、
「引っ込んでてくれないか?」
「出来んな。わしも一応この騒ぎの当事者だからのぅ。それが原因となった以上、お主等の喧嘩を止める責任がある」
「屁理屈を……」
ボルスが目をさらに険しくするも、男の方は涼しげに流し、
「まぁ、お主の言いたいことも分かるが、一度落ち着いたらどうじゃ? 頭ごなしに言うだけじゃ、伝えたいことも伝わらん」
男は一旦言葉を切り、コーデリアに向かい合う。
「お嬢さん、先程は助かった……じゃが、その者の言う通り、危険なことをしたのは確かじゃ。そこは謝るべきじゃろう。その者がそこまで怒るということは、それだけお主が大切で、心配であることの裏返しなのじゃからな」
「おい待ておっさん。俺は別に……」
「なんじゃ、違うのか?」
「……その娘とは、昨日会ったばかり……あんた言ったような大層な間柄じゃない」
「でも、助けたじゃないか」
「それは……」
男がボルスをジッと見てきた。
ボルスはこれ以上否定の言葉を重ねることが出来ず、目を逸らす。
「ごめんなさい」
そこへ、コーデリアが詫びの声を出す。
「なんだ、急に」
ボルスが驚くと、
「そこの方の仰られた通り、貴方に心配を掛けてしまったのは事実です。ワタクシが、いささか軽率過ぎました」
そう言って、彼女は頭を下げる。
「……いいって。俺も言い過ぎた。すまない」
ボルスも詫びる。先程の男とのやり取りで、いささか毒気が抜けていた。
「これで一件落着、じゃな、お二人さん」
その光景を見て、うんうんと男は頷いている。
「あの……」
落ち着いたところに、声を掛けてくるものがいた。三人組に痛め付けられていた商人だ。
「ありがとうございました。何とお礼を言っていいか……」
「礼なら、その二人に言ってくれ。俺はただ成り行きで乱入しただけだ」
ボルスが困っていると、
「すみませんが、少ししゃがんで頂けますか?」
と、コーデリアが声を掛ける。
商人が「は、はぁ」と膝を下ろす。
コーデリアは懐から指輪を取り出し、右の中指に嵌めた。そして、商人の顔に右手を掲げる。
「失礼しますね」
「あ、あの?」
「彼の者に癒しの力を……『ヒーリング』」
彼女が詠唱とコマンドワードを発し、右手の指輪が輝く。すると、商人の顔に出来た痣が、徐々に消えていった。
「……どうでしょうか、まだ痛みますか?」
「い、いえ、ありがとうございます!」
商人が思いっきり頭を下げる。ボルスの見る限り、痣の痕跡は残っていない。
「礼には及びませんよ……それでは、参りましょうか、ボル?」
そう言い、コーデリアが野次馬の間を抜けていこうとする。
その背中に、ボルスは声を掛けた。
「……だから、『ス』まで付けろよ」