第二十四話
他の馬車に向かっていた盗賊達がボルスを取り囲もうとした。彼らは今まで数に物を言わせて傭兵達をいたぶっていたのだが、突然森の中からボルスが現れたために、その中の何人かがボルスに回ってきたことになる。
そして、彼らが浮き足立ちつつあるのが目に見えて分かったので、ボルスは先手を取った。
慌てて走ってきた男の一人に、こちらから近づいて剣を振り下ろす。相手はろくに構えていなかったために、容易く右肩を斬られた。
次にボルスは隣にいた男に剣を一閃し、胴を浅く斬り裂く。
駆け寄ってきていた男達が慌てて止まり出した。
盗賊達が構え直す前に、他の男にボルスは襲い掛かり、結果として五人ほど戦闘不能にさせた。
「くそ、なんだてめぇはいきなり! 何者だ! こいつらの仲間か?」
盗賊の一人が怒鳴る。その男は先程まで耳を押さえて蹲っていた男だった。ボルスを指さしながら捲し立てているため、完全に手は離れている。そのため、耳を押さえていた理由がようやく分かった。その男には右耳がない。傷口から今も血が流れていることから、誰かに返り討ちにあったな、とボルスは憶測を立てた。
盗賊達はすっかり血走った目でこちらを見ているが、ボルスは不敵な態度を崩さない。
一方で、突然の闖入者に馬車を守っていた人間達は困惑を隠せない。
「ぶっ殺せ!」
耳のない男が叫ぶと同時に、三人の盗賊が動いた。ボルスを左右から挟むように、二人の男が剣を向けてくる。
まず、ボルスから右に立つ男が仕掛けてきた。剣を振り上げ突っ込んでくる。
ボルスはその斬撃を剣で受け止めた。
もう一人が左側から斬りかかった。
ボルスは剣を右手だけで保持し、左手を自身の腰に伸ばす。腰の短剣――カッツバルゲルを逆手で抜き放ち、もう一人の剣も防御した。
ボルスは二人に挟まれた状態で、二本の剣を用いて鍔迫り合いを繰り広げる。
すると、三人目の男が剣先を向けて突っ込んできた。
こちらの動きを封じた状態で突き刺すつもりか。
ボルスは跳躍し、向かってくる相手の剣の剣腹を横から蹴り飛ばした。
さらに両足で相手の胸を蹴ると同時に両腕の力を抜く。蹴った反動を利用して、動きを封じている男達の間を、地面を滑るように潜って不利な体勢の鍔迫り合いから逃れた。
今まで力任せに剣を押していた二人の盗賊の身体が前のめりに泳ぐ。
ボルスは両方の剣の柄頭を地面に当てて自身にブレーキを掛けつつ、地を滑る勢いそのままに後転した。そうすることによってボルスは両手を柄から放すことなく立ち上がる。
ボルスはまだ態勢を立て直していない二人の男に対し、二本の剣を振るった。瞬く間に二人が戦闘不能になったところで、右手の剣を突き出す。新手の盗賊の右肩にズブリと突き刺さった。
ボルスは右手の剣を未練なく手放すと、持ち替えたカッツバルゲルでさらに一人斬り倒す。
「何だてめぇはぁ!」
右耳のない男が剣を振るう。
ボルスは咄嗟にカッツバルゲルで弾こうとするが、逆に自身の剣を弾き飛ばされてしまった。
男の顔に一瞬、余裕の笑みが過る。
「死ねぇ!」
男が上段に剣を振りかぶった。
ボルスは左肩越しに、自身の持つ最後の剣――デスティニーを抜く。ちょうど相手が剣を振り下ろしてきたため、抜き放つと同時に両手で一閃させた。
圧倒的な切れ味を誇る宝剣と、盗賊の剣がぶつかり合う。
激しい火花を飛ばし、デスティニーの刃が相手の刃を切り裂いた――正確には、刃が三分の二程食い込んだところで相手の剣が切断面から折れた。
ボルスは振った慣性のままに、相手右肩から左腰まで逆袈裟に斬り下げる。
「げぇええええええええ」
ボルスは返り血を浴びながら、男の横を通り抜けた。
周りにいる他の盗賊達から、悲愴な声が漏れる。
ボルスが剣を構え直したとき、少女を囲んでいた盗賊は全て地面に倒れ伏していた。
そして、ボルスと少女の目が、一瞬合う。
「動かないでください」
その少女は突然スローイングダガーを抜いた。ボルスが驚く間もなく、投げる動作に入る。
次の瞬間には、ボルスの視界からダガーだけが消え、耳元で風切り音がした。
「ぐぅっ!」
背後から押し殺した声。
ボルスが思わず振り向くと、斬り捨てたはずの盗賊が、立ち上がっていた。左手で別の剣を持っていたが、手から抜けて落ちた。男の左手首には、スローイングダガーが突き立っている。
「がはっ!」
男の傷口から再度血が噴き出し、地面を赤く濡らした。
男が倒れ、しばらく痙攣を起こしていたが、やがて止まった。
まだ武器を持っていた盗賊達から、戦意が萎んでいく。
そして一人、また一人と蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ふぅ」
ボルスは一息吐くと、まずはデスティニーの血を払い、布で拭った。傷などがないことを確かめてから鞘に納めると、残り二本の剣も回収する。大分乱暴に扱ってしまったが、どちらも刃毀れ一つ起こしてない。親方とパーシヴァルの腕を改めて知った。
周りを見渡せば、馬車を守っていた傭兵達が肩で息をしながら、手当てを受けている。
「お待ちください」
ボルスが荷物を拾い、立ち去ろうとしたところで呼び止められた。振り返れば、壮年の男がこちらに駆け寄ってきているところだった。
ボルスが何だ、と思っていると、
「この度は助けていただき、ありがとうございました」
と、男はいきなり頭を下げた。
「私は香辛料を取り扱った商売をしている、ハルヴィと申します。取引のために商品を卸す旅の途中、先程の盗賊達に襲われました。危うく、商品はおろか命も奪われしまうところでした。なんとお礼を申し上げれば……」
「よせって」
ボルスは途中で遮る。
「別に礼を言われるようなことをしたつもりはない。そもそも、そこの嬢ちゃんと傭兵だけでなんとかなりそうだったじゃないか。そこに勝手に乱入しただけだ」
「は、はぁ……しかし、何故?」
「報酬目当てだ」
「はい?」
ハルヴィと名乗った男が間抜けな声を出す。
「俺も傭兵でね。金を求めてフラリフラリとしていたら先程の騒ぎに……ってわけ。ま、盗賊どもは返り討ちに近かったし、ここで形ばかり盗賊を追っ払う手伝いすれば、特に労せず礼金を絞れるか、と思ったわけだが……」
ボルスは大仰に溜息を吐いて見せる。
「上手くいきかけたのに、逆にそこの嬢ちゃんに命助けられちまった。無駄だったよ」
そういうわけだから、とボルスはこの場を去ろうとしたが、
「お待ちください」
と、また呼び止められた。
今度は少女の方が声を掛けていた。
「今度は何だ?」
「いえ、ワタクシの命を救っていただいたお礼がまだでしたので。ありがとうございます」
「逆だろ。嬢ちゃんが俺の命を助けた」
「いいえ」
そう言って、少女は壊れたクロスボウを指し示す。
「ワタクシがあの弓で狙われていたところを、救ってくださいました」
「いいって。第一、俺も嬢ちゃんに助けられたんだ」
「……先程から申し上げようと思っていたのですが、ワタクシは嬢ちゃんという名前ではありません。コーデリアと申します」
「そいつは失礼したな」
そう言って再び去ろうとするも、
「お待ちください」
三度止められる。今度は二人同時に止めてきた。
ボルスは何度も足止めされて面倒くさくなってきたので、
「今度は何?」
と、やや不機嫌であることを匂わせる言い方をした。
「いえ、これからどちらに?」
と、ハルディが尋ねる。
「さっき言っただろ。傭兵なんだ。金を稼ぐためにあちこちに……ってな。言っておくけど、あんたらから金は受け取れんぞ。契約も何もしてないんだからな」
「なら、契約しませんか?」
と、コーデリアが割り込んできた。
「……なんだと?」
「お礼は受け取るつもりはないのでしょう? なら、お仕事の対価としてならよろしいのではないでしょうか? ね、ハルディさん?」
と、コーデリアが話を振ると、
「おぉ、それは盲点でした! しかも先程の戦いのせいで私どもが雇った傭兵にも怪我人が出てしまいました。加わっていただけるなら心強いことこの上ない!」
と、ハルディは勝手に一人合点した。その様子にコーデリアは頷きながら、
「というわけです。いかがでしょうか?」
「いや、どういうわけだよ」
勝手に話を進めていく二人にボルスは呆れていた。
「私どもの旅団に加わっていただけませんか? 無論、報酬は出しますよ」
「唐突だな……ちなみに、どこまで行くんだ?」
一応、ボルスは聞いた。
「これから、私どもは品を降ろすためにフェガーリ王国とザミュル帝国の国境を成す街、ワイドに向かいます。その後、私どもが店を構えるサワラーン王国の首都ショーラまで戻ります」
「品……ね。そういや、香辛料を売ってるんだっけ?」
ボルスが荷馬車に目線を移す。
香辛料は料理に味や香りを加える、食品の臭みや保存食の腐敗臭を抑えるために使われる。だが、ほとんどの種類の原材料が大陸南部でしか栽培されないため、他の地域では高価だ。荷馬車の規模からして、彼らはかなりの大商人ではないかとボルスは睨んだ。
「ふむ……」
ここでボルスは考える。
ボルスはある意味追われの身である。いつどこで教団の手のものに見つかるか分からないため、ここまで街道を避けていた。
だが、国境を越えるときはどうか。
おそらく、相手は国境付近に多数の見張りを置いているだろう。むしろ、一人で国境越えをした方が目立ってしまうのではないだろうか。
なら、ここで彼らの好意に甘えつつ、雇われた傭兵達の中に紛れ込んでいた方が却って目を付けられることなく国境を越えられるのではないか?
しかし……もし彼らと同行の上でばれてしまったら、こちらの都合に巻き込む可能性もある。
「あの?」
すっかり黙り込んだボルスに対し、ハルディが声を掛けてくる。
――そのときはそのときで何とかするか。
「悪くない条件だな。それに、ちょうどフェガーリ方面に向かうつもりだったし」
「ほう、では!」
ハルディの顔が喜色を表す。
「フェガーリ王国まで共に行かせてもらう。それ以降どうするかは、街に着いてから決めさせてもらうが、それでいいかな?」
「はい、むしろこちらが無理を言って同行をお願いしているようなものですので、気になさらないでください」
話は決まった。
ボルスは傭兵達が乗り始めた荷馬車(内部の空間に余裕を持たせているのだろう)に乗ろうとするが、
「お待ちください。仮にも命を救ってくださった恩人を荷馬車に押し込むわけにはいきません。さぁ、こちらへ」
と、ハルディがボルスを押し留め、ハルディ達が乗っていた馬車に誘導した。
ボルスが困惑していると、
「ディル、この方から荷を預かって御者席へ」
「かしこまりました、旦那様」
馬車から降りた男が、ボルスの傍まで来た。
「ディルと申します。荷を預からせていただきます」
「あ、あぁ……」
そのまま言われるままに荷を預け、
「その背中の剣もお願いできますか?」
「……ちなみに、こっちも預けなきゃいけないか?」
と、ボルスは左腰のカッツバルゲルを指す。
「いえ、護身用の短剣は大丈夫です。ただ、大きな武具を馬車内部に持ち込むと狭くなってしまうので……」
「そういうことか」
ボルスは背中の剣も預けた。このとき、デスティニーも預けてしまったのだが、無理言ったりすると、怪しまれる可能性もある。
ディルと呼ばれた男は、武器の類はコーデリアの槍と一緒に、馬車の天板に括り、荷物を抱えながら御者席に座った。
「準備も出来ましたので、どうぞ、こちらへ」
ハルディが促してきたので、ボルスも馬車に乗り込んだ。