第二十三話
ねぇ、知ってるかな……
後書きってのは呪いと一緒なんだ……
書いても書かなくてもいいのに、一度書いたら、書かなくなった途端誰も見向きもしなくなるんだ……
その気配を感じた時、彼は遅い昼食を摂っていた。
右手を腰の剣の柄に伸ばしながら、素早く辺りに目を走らせる。自分の周りに変化がないことを確認すると、今度は耳を澄ませた。
「――街道か!」
呟くと、残った一欠けらのパンを口に放り込む。
どうやら、街道の方で何かが起きている。この張り詰めた空気はただ事ではない。培った傭兵としての勘がそのことを告げていた。
ボルスは食事の間傍に置いていた両手剣をソードベルトで斜めがけにし、荷物をまとめた。巻き込まれるのを避けるためにいつでも動ける態勢を作る。
ボルスがザミュル帝国の首都リョートを出発してから、彼是二週間が経過していた。
ボルスは移動するに当たって、人目に着く街道を避け、街道に沿って森の中を進んでいた。主要な街道は教団の息がかかった者によって見張られているはずだ。
教団がボルスを狙う理由は、彼が拾った剣にあった。
ボルスが移動しようとしたとき、甲高い悲鳴が耳に届いた。それも女性の声だった。
これで、街道で何かが起きているのは間違いない。この点は自分の勘が正しかったことを表す。
だが、ボルスは動くのを躊躇ってしまう。
巻き込まれることを恐れてのことではない。
しばらく街道の方向へ視線を固定していたが、ボルスは意を決すると一直線に街道へ向かった。
ボルスが着いたとき、事態は緊迫していた。
ボルスは茂みで自分の体を隠しながら様子を見る。
荷を積んだ馬車を守るように男達が武器を構え、さらにそれを包囲するように盗賊達が武器を向けている。
先頭の馬車まで目を巡らすと、男達の中に一人だけ女が混じっていた――いや、正確には少女、と言った方が正しいのだろうか。顔は遠目ではよく分からないが、背格好から自分と大体同じぐらいではないか、とボルスは見当を付ける。
彼女は左手で槍を構えており、少なくとも男達に屈する様子はなかった。長い金髪が、後頭部で束ねられた状態で垂れているので、まるで馬の尻尾だな、とボルスは思った。
盗賊の一人が、耳の辺りを抑えながら何かを喚いた。盗賊が荷馬車の一団に一斉に襲いかかる。そのうち何人かは少女に向かった。
男達が、少女に襲い掛かる。
男の一人が、剣で斬りかかった。少女は左手の槍の穂先近く――刃と柄の付根辺り――を右手で握ると、一歩踏み込んで振るう。石突き(穂先の反対側の先端)が男の右手を強打し、骨の砕ける音が響いた。男は絶叫とともに剣を落とす。
もう一人が斬りかかってくるところに、少女は石突きを突き出した。男は石突きで喉を突かれ、引っくり返った。
さらに一人が、今度は剣で突き刺そうと少女に突っ込んだ。少女が今度は穂先を男に向け、腰だめに構えて突き出す。
少女が使用している槍は、ショートスピアと呼ばれるタイプの、要は短めの槍だ。長いロングスピアは腰だめにして構えるが、比較的短いショートスピアは本来なら逆手で肩に担ぐように構えて突き刺す。
もっとも、剣に比べれば槍のリーチが長いことには変わりがない。男の剣先が少女に届く前に、男の肩に少女の槍が突き刺さる。
「もらったぁ!」
四人目が斧を振りかぶって駆け出した。一方で少女の槍は刺さったまま――すぐには抜けないだろう。
すると、少女は右手をスカートのスリットに伸ばした。次の瞬間には、少女の手に何かが握られている。それは陽光を反射してキラリと光った。少女はそれを男に投擲し、男の足に刺さる。
ボルスはその正体が小さめのスローイングダガーだと気付いた。
少女は男から槍を抜くと、まず短剣が刺さって膝を着いた男の顔を石突きで叩く。さらに槍を抜いたばかりの男の顔目掛けて石突きを振るい、張り倒した。
これで、少女だけで四人の盗賊を倒したことになる。
(とんだ暴れ馬……もとい、じゃじゃ馬だな)
ボルスがそんなことを考えつつ、ひょっとして自分がわざわざ来る必要はなかったのではないか、と思い始めたときだ。
視界の端に、自分同様隠れながら様子を覗う男を見つけた。いや、様子を覗うは適切ではなかった。その男の手には矢の装填されたクロスボウが握られ、狙いを付けていた。
ボルスはその男に気付かれないように近づくと、
「何をしてるんだ?」
「決まってるだろ。このままじゃあの女が邪魔だから、何とかこいつで仕留めようとしてるんだ」
男は狙いを付けるのに夢中なのか、普通に応えた。
少し経って、男は違和感を覚えたか、「ん?」と疑問符を浮かべる。男が振り返り、ボルスと目が合った。
「よっ」
「な、なんだてめぇは!」
男が慌て始めたところに、ボルスはクロスボウを握った手を蹴り上げた。その衝撃でクロスボウから矢が発射されたが、全く見当違いの方向に飛んで、木に刺さる。
男はクロスボウをボルス目掛けて投げつけた。そして、短剣を抜く。ボルスが怯んだ隙に、短剣で刺す気だろう。
しかし、ボルスは投げられたクロスボウを右手で掴んだ。男が右手を出したところに、クロスボウを棍棒代わりに振るい、短剣を払い落とす。さらに男の顔をクロスボウで殴りつけた。
男が吹っ飛び、他の盗賊達がボルスの存在に気付いた。
「誰だ、てめぇ!」
一人が果敢にもボルスに剣を向け、突っ込んできた。
ボルスは背負っていた荷を下ろし、マントを脱ぐと、男の視界を遮るように投げた。一時的に視界を塞がれた男が止まったところに、再びクロスボウで殴る。
この一撃で完全にクロスボウが壊れたので、捨てた。代わりに、荷物から宝剣を包んであった包みを、鞘のソードベルトで左肩から斜めがけにする。これで二本の剣を背負っていることになる。
ボルスは右手を剣の柄にかけた。
「見れば分かるだろ」
剣を抜く。
「通りすがりの傭兵だよ」
<第二回 梅院暁は後書きを強いられているんだ!>
前回の話を更新した際に書いた活動報告にて、いつもお世話になっているおこきさんからこんなコメントが。
「自分も槍でやり直したいと思い~」
それに対する私の返信。
「中国軍にでも入るんでしょうか?(中国語では銃のことを槍といいます)」
そして、このやり取りを見た友人と私の会話。
友「こういう(コメントの)返し方もあるんだな」
私「感心することか?」
友「うん。槍ねぇ……」
私「たぶん、向こうじゃ『ソウ』とでも読むんだろ。サブマシンガンは『机槍』、拳銃は『手槍』、アサルトライフルは……そうだ、『歩槍』だ!」
友「なるほど」
私「まぁ、俺らには何の役にも立たん知識ではあるな」
友「だけど、これ読んでる(他の)人には役立つだろ?」
私「いや、何の役に立つんだよ、銃を中国語で槍とか」
友「ほら、中国の文化を勉強している人とか……」
私「いやいや、これぐらい知ってるだろ、そういう人なら」
友「なら、これから中国について勉強し始める人とか……」
私「どの道そんな人はこんな小説読まねぇし、ましてや活動報告も見ねぇよ!」
友「猫に小判だな」
私「どちらかというと、馬の耳に念仏……って、これも意味は同じか……というか、そもそも使い方が違うわ! 俺らにとってはそうかもしれないけど!」