第二十二話
一年近く間が開いたので、これまでの展開を振り返ってみる。
<これまでの〝Destiny Wars〟は!>
「君の持っている剣の正体が分かった」
ボルスが偶然手に入れた一本の剣。
その正体が判明したときにはすでに遅く、ボルスに魔の手が忍び寄る……
一方で、剣をめぐる戦いにパーシヴァルも参戦。
混迷する戦いの中で二人の青年は互いのこと知る。
「ボルス・ヴァージナル……あんたは?」
「パーシヴァル・ライトナイツだ」
二人の間に友情が芽生えた矢先、ボルスはザミュル帝国を後にし、再び旅に戻るのであった……
少女は、外の景色を眺めていた。
揺れる馬車の窓からは、人が通れるように整備された道、そしてその外側に広がる草原と木々が見える。
今通っている道は、森を迂回するように作られ、商業用の馬車等も楽々と通ることが出来る。反対方向へと向かう旅人とすれ違い、たまに急ぎの馬車が追い越していく程度で、何とも長閑なものだ。
だが、この街道を外れ、窓から見える森に一歩入ろうものなら、景色は瞬く間に一変する。
森は、多くの危険が潜む場所だ。一度入ったが最後、方角を見失い、人を襲う獣の餌となる。
彼女はそのことを知識として知っていた。
少女が一息吐くと、
「どうかしましたか?」
と、向かい側に座る壮年の男性が声を掛けてきた。
「いえ、少し益体もないことを考えてしまって……心配には及びませんよ。ハルディさん」
「そうですか」
と、ハルディは頷くが、
「しかし、もう長いこと馬車に乗り続けています。一度止まって、外の空気を吸った方がよろしいのでは?」
「ディルさんの言う通りね。このままじゃ息が詰まっちゃうわ。そうしましょうよ、お父さん」
と、今度は別の男女が提案した。
どちらも、少女とは同年代で、提案した少女は隣に、ディルと呼ばれた男はその向かい側に座っている。
「アニスもディルさんもありがとう。ですが……」
と、少女は窓の外へ再び目を向ける。この位置からでは見えないが、自分達が乗っている馬車に続く形で、荷を積んだ馬車が走っているはずだ。
「今日中には次の街へ着かなくてはいけないはずでは?」
彼女の疑問に、ハルディは微笑みながら、
「今日は朝早くから走らせているのです。少し休むぐらい、問題はないでしょう」
と、御者に向かって命令しようとした。
その時だった。
男が命令する前に馬車が急停止したのだ。
命令を出すために少々前のめりの姿勢になっていたハルディが席を投げ出されそうになったが、危ういところでハルディの隣に座っていたディルが抑えて事なきを得る。
直後、外から悲鳴が上がった。
「だ、旦那様! 荷馬車が襲われております!」
「な、なんですと!」
ハルディが腰を浮かし、慌てて扉を開く。
それに続いて少女がドアから顔を出すと、すでに荷馬車はおろかこの馬車も武装した男達に囲まれていた。護衛のために雇った傭兵が各々の武器を構えていたものの、明らかに相手の方が数で勝っている。
「い、いったいなんですか、貴方方は!」
震える声でハルディが誰何すると、ただ一人武器を抜いていない男が、
「ここを通りたければ、積荷を寄越せ! さもないと命はないぞ!」
それを聞き、
「コ、コーデリアさん……」
アニスが怯えた声を出す。
少女――コーデリアは笑みを向け、
「ディルさん、アニスをお願い」
と、言い残して馬車から降りる。
すると、一斉に視線がコーデリアへ集まった。
男達の一人が、ヒュウッ、と口笛を鳴らし、
「おい、女だ。悪かねぇぜ」
「あぁ、しかもかなりの上玉だ。高値で売れるぞ」
「売り飛ばす前に楽しみたいもんだぜ」
などと、声に出すのも憚れるような会話を、平然と大声で行っている。
もっとも、コーデリアの容姿は彼らを夢中にさせるには十分なものだった。
大粒のエメラルドを連想させる碧眼に、形の整った鼻、淡紅色の小振りの唇。肌はまるで白磁のように滑らかだ。腰まである長い金髪は後頭部で一纏めに結んである。
そして、男達が見ていたのは顔立ちだけではない。
コーデリアの服装は、動きやすさに重視したものだった。激しく動いたときに余計な抵抗を受けないように、体型にしっかり寸法を合わせたシャツとジャケットを着ている。色は薄い青と白が基調となっている。
下は脛までの丈があるスカートを穿いているが、片側には大胆なスリットが入っている。紺色のレギンスも穿いているため、直接足が露出しているわけではない。だが、その細い肢体は男達の目線を釘付けにする。さらに木靴に比べ運動に適した革製のブーツを履いていた。
そんな男達の目線に晒されながらも、コーデリアは堂々と胸を張って立ち、笑顔を浮かべながら、
「申し訳ありませんが、ここを通していただけませんか?」
男達は拍子抜けした顔をしつつ、リーダー格の男が、
「寝ぼけたこと言うな。ただで通すわけにはいかんだろ」
「……と、申しますと?」
男は苛立ちながら、
「決まってるだろ、荷を全部置いていってもらう!」
「それは困りました……荷を全部置いていってしまったら、街で売るものが無くなってしまいます」
強気で押通そうとする盗賊に対し、コーデリアはあくまでも穏やかに話しかける。
互いに武器を構えている傭兵と盗賊の間には、弛緩した空気が流れ始めた。両者共に毒気の抜けかかった顔で成り行きを見守っている。
当事者たる盗賊の首領は、なお一層苛立ち、
「知ったことじゃねぇな。こっちだって生活が懸かってんだよ!」
「それはこちらも同じことです。そうですね……取引といきませんか?」
「取引だと?」
意外ともいえる成り行きに、周囲がざわつく。
しかし、コーデリアは気にした様子もなく、
「ハルディさん、この方達に分ける余裕はございませんか?」
と、積荷の持ち主に話を振った。
ハルディは驚きつつも、少し思案し、
「先方の注文とは別に、新しく売り込むためにシナモンとターメリックを多めに積んであります。それなら大した痛手にはなりません」
「なら、それで手を打ちませんか?」
コーデリアはそう言って軽くウインクする。
ハルディが馬車に戻るのを見守りつつ、
「と、言うわけで、先程挙がった品を貴方方に分けて差し上げます。それなら両者共に損はしないと思いますが?」
「ふ、ふざけるな! こちとら命懸けで襲ってんだ! たったそれっぽっちじゃ割に合わねぇ!」
むしろ品物をただで渡す商人の方が割に合わないのでは、とコーデリアは思うが、そのことを顔に出さず、
「ふざけてはいません。香辛料がどれ程の価値があると思っていらっしゃるのですか? こちらが商売の幅を広げるために持ってきたものを、貴方方は無償で手にするのですよ? 少なくとも、貴方方が買ってから売り直すよりも遥かに得をすると思いますが?」
喚く首領とは対照的に、コーデリアは諭すように言う。
さらに何かを口にしようとした男は、何を考えたか突如ニヤリと笑い、
「いいぜ、そこまで言うなら通してやろうじゃないか……ただし!」
ここでコーデリアを指さし、
「女、今晩俺と付き合え!」
その言葉に盗賊達が再び騒ぎ立てる。
「親分、独り占めはずるいぜ!」
「そうだよ、俺達にも回してくれよ!」
と、下世話なことを口走る。
コーデリアは湧き上がってくる嫌悪感をなんとか抑えつつ、
「申し訳ありませんが、私達は急いでいるので、夜にお相手は無理かと」
と、やんわりと断りを入れようとするが、
「だったら今すぐにすればいい! さぁ、服を脱げ! そして懇願しろ! たっぷり可愛がってやるからよぉ!」
下品極まりない物言いに、さらに周囲が盛り上がりを見せる。
それでもコーデリアはわずかに目を細めるだけに止めると、
「分かりました。では……」
と、自身のスカートに手を伸ばした。「うぉおっ」と期待に満ちた声が上がる。
「交渉決裂、ですね」
スリットの傍で、コーデリアの手が翻る。
小振りの短剣がコーデリアの手から飛び、首領の右耳を抉った。ボトリ、と男の耳だったものが地面に落ちる。
男が絶叫を上げた。右耳の位置を抑え、地面をのた打ち回る。
首領が倒れたことに、男達が驚き、
「この女、いったい何をした!」
武器を持った男が二人、コーデリアに詰め寄る。
だが、その時には再びコーデリアはスリットの間から、スカート裏に隠し持っていた短剣を二本、抜くとほぼ同時に投擲していた。それぞれ男達の肩、手に刺さり、男達は武器を落とす。
「コーデリアさん!」
いつの間にか馬車の天板に上っていたハルディが、長い棒状のものをコーデリアに投げた。
コーデリアはそれを左手で受け取る。軽く扱くと、穂先の鞘が抜け落ち、銀色の刃が露わになった。
コーデリアは槍を左手に保持しつつ、
「さぁ、お引き取り願いましょうか?」
と、穂先を順に男達に向ける。
盗賊達は気圧されたか、後退しかけたものの、
「えぇい、何してやがる! もう容赦も何もいらねぇ! 殺せ! ぶっ殺すんだぁ!」
と、いつの間にか起き上がっていた首領格の男が叫ぶ。
男達は今一度顔を見合わせるが、意を決したか武器を構え直した。
その様子を見たコーデリアはポツリと呟く。
「今退いてくだされば、これ以上痛い思いをせずに済みましたものを」
その独白は、幸か不幸か男達には届かなかった。
裏話をするほどのこともないので、今回の後書きは作者のコメントのみで切ります。
<第一回 梅院暁は後書きを強いられているんだ!>
皆のアイドル、鍛冶屋のおやっさんは、しばらく出番がございません。あしからず。