第二十一話
「駄目だ、こりゃ」
開口一番、親方が呻く。
「おやっさんでも無理か……」
「いくらなんでも、ここまでぽっきりと折れちまったもんを元通りに出来るものか。随分と無茶な使い方をしたのが一目で分からぁ」
――無茶、か。
それを聞き、パーシヴァルは天井を仰ぐ。
この剣の持ち主は、目立った外傷はなかったものの、念を入れ今は二階でフォラーズ達による治療を受けている。彼は、ヴィルジニアの放った魔法を力づくではじき、パーシヴァルを庇った。そのとき彼が受けた衝撃は、目の前にある、刃のほとんどが欠け、半ばから折られた剣が物語っている。
足音がした。
パーシヴァルが音のした方向を見ると、フォラーズが入ってきた。
「どうだ、客人の様子は?」
「腕や脚に軽い打撲があったが、それ以外は大した怪我はなかったっスね。今は二階でぐっすり寝てまさぁ」
それを聞き、パーシヴァルはホッとする。
「例の馬鹿息子に襲われたと聞きましたが?」
それを見たフォラーズが尋ねてきた。
パーシヴァルは頷きつつ、
「あぁ。彼のおかげで命拾いした」
「しっかし、お前さんと一緒にいただけで、あいつは商売道具無くしたわけか……」
「……いや、それはどうかな」
「どういうことだ?」
パーシヴァルの言葉に、親方は思わず、といった感じに聞く。
「ヴィルジニアは確かに俺を狙ったが……奴はこうも言ったよ。『もう一人は生け捕りにしろ』と」
「ほう……そいつは妙だな」
「妙? 狙いはパーシヴァルさんだけでしょ?」
フォラーズが割り込んできた。
それを聞いた親方が、
「馬鹿かフォラーズ。野郎がこの店来たときのことを思い出してみろ。奴が周りの人間への配慮をする奴に見えるか? それも、生け捕りと来たか」
「……ってことは、野郎は客人も狙って? でも何故っスか? 俺の知る限り、客人とヴィルジニアには接点がねぇぜ?」
「確かに……だが、彼には他に狙われる理由と狙う勢力がある……」
「あ!」
フォラーズも気付いたようだ。
「要は、ヴィルジニアは唆されたってことか?」
親方が代弁するように言う。
「そういうことだな……そして、狙いは彼の持つあの宝剣……」
「「宝剣?」」
親子揃って首を傾げる。
パーシヴァルは城中での出来事と、その後の成り行きを簡単に説明した。
「……つまり、あの剣は元々教団のものってことっスか!」
フォラーズが素っ頓狂な声を上げる。
「だが、あれを盗んだ盗賊は、教団かそれに深い関係の人間に頼まれたって、お前も含めて考えたじゃねぇか」
ここにいる三人は、青年が剣を入手した経緯を知っていた。
「そこだ……後者については物的証拠がある。前者は連中が口を揃えて言っているだけだ。だが……」
「教団の権力は絶対、か……」
パーシヴァルが口を濁した部分を、親方が引き継いで言う。
「だったら、いっそのことあの剣を渡しちまいますか? それなら、客人が狙われることも……」
「いや、それも危ない。下手をしたら口封じをされかねない」
さぞ名案のようにフォラーズが言い出すのをパーシヴァルが遮る。
「それに……」
「それに?」
「……奴らの手の上で踊らされているようで、癪に触る」
言った途端、親子二人が脱力した気配が伝わった。
「ま、また随分と個人的な……」
「だったらお前は、妙齢の美女に弄ばれるより、あんな野郎ばっかの傲慢な信仰集団がいいのか? 見損なったぞ、フォラーズ……あばよ、お前のことは忘れない……」
「ちょ、何で絶交する雰囲気になってんスか! そりゃあ、俺だってあんな陰気な連中よりも可愛い娘の方が……」
「何の話をしてんだ、馬鹿ども!」
二人の頭に親方の拳骨が飛んだ。
パーシヴァルは頭頂部を擦りつつ、
「と、とにかくあの剣を渡すことは得策とは言えないな……相手の真意が分らないうちは……な」
ほとんどの人間が寝静まった頃、パーシヴァルは鍛冶屋の一階で椅子に身を預けていた。
パーシヴァルの目の前では、蝋燭が一本灯り、折れた剣の片割れを控えめに照らしている。
「まぁだいたのか」
背後から声を掛けられた。この店の主のものだ。
「とっとと宿舎に戻らねぇと、上が煩ぇんじゃねぇか?」
「もうあっちは諦めているよ」
そう言い、パーシヴァルは振り返る。
そして、目を見張った。
親方は一本の剣を抱えていた。
その大きさは、親方自身が大柄であるにも関わらず、彼の身の丈程もある。並の人間では振り回すのは困難だろう。
パーシヴァルの視線がどこを向いているのかに気付いたのか、親方は嘆息しながら、
「……若い頃の話だ。自分の名が残るくれぇ凄ぇ業物を打ってやるって息巻いていた時期が俺にもあった。
こいつは、そのときの名残だ」
そう言って、抱えていた剣を卓上に置いた。
「その剣、ひょっとして彼に?」
「あぁ……残しておくもんだな。倉庫の中で埃被ってるのをさっき見つけた。手ぇ入れ直して、慣れてくれりゃあ前のと近い感覚で使えるだろう」
「……確かに、彼なら使うことが出来るだろうな」
パーシヴァルの言葉に、親方は「おや?」と今にも言いたそうな顔をし、
「なら、あの宝剣はあいつに持たせなくていいか。むしろ危険を呼ぶだけだ。
どうだ? 今なら、この剣の引き換えとしてあの宝剣を手放させることが出来るかもしれんぞ?」
と、今度は何とも人の悪い笑みを浮かべる。
「意地の悪い質問はよしてくれ」
パーシヴァルは釣られて笑う。ただし、その笑顔にはいつものような不遜さがない。
「……こいつは意外だな。お前はあの宝剣に御執心だと思っていたんだが?」
「お見通しか。さすがおやっさんだ」
「どんだけの付き合いだと思ってんだ。もっとも、知ってるだけに、さっきの答えが完全に予想外だ」
不思議そうに頭をポリポリと搔く親方の様子に、今度は声を出して笑う。しかし、その声に力は入っていない。しばらく笑い続け、それが収まってきたところで、パーシヴァルは再び話し始める。
「確かに、俺はあの宝剣が欲しい」
そして、そのときにはパーシヴァルの表情から普段の軽さと余裕といったものが消え去っていた。
「だが、あの剣は……いや、俺があの剣を使うのに相応しくないことが分かったからさ……」
「またもや意外だな……一体ぇ、お前どうしたんだ?」
本気で心配し出した親方を横目に、パーシヴァルは話を続ける。
「ヴィルジニアが魔術を放ってきたとき――俺は本気で死ぬんじゃないかと思った。今こうしておやっさんの前で軽口叩けるのも、彼のおかげ……ということになるな。
だが、彼からすれば、俺を助ける理由などなかった。いや、むしろあの剣を欲しがっている時点で、俺は邪魔なはずだ。
それなのに助けた……それも、自分の愛剣を犠牲にしてまで……だ」
「……それが理由か?」
「あぁ……くやしいがな」
剣には納めるべき鞘がある。そこには、形の違う別のものを納めることは出来ない。
あの〝運命〟の名を持つ宝剣――それを操ることの出来る人間――その器を鞘と見なすなら――
「俺は、あの剣の鞘にはなれなかった」
――何故なら、すでに鞘足り得る人間が手にしていたのだから。
パーシヴァルは自虐的な笑みを浮かべる。
――あの日と同じだ。あの日のように、自分は剣に選ばれることはない。
親方が「やれやれ」と首を横に振り、
「まったく、お前がようやく騎士になって安心してたってのに……考え方が未だに鍛冶屋のそれだな」
「え?」
「ただ凄ぇ武器を打つだけじゃ駄目なんだよ……ちゃんと使い手に合ったもんを打たねぇとな。だってそうだろ? 誰も使えねぇもん作ったところでそりゃあ宝の持ち腐れってやつだ」
「…………」
パーシヴァルは今までのことを思い出す。
――結局のところ、あの家の剣の幻影に振り回されていただけなのか?
パーシヴァルが親方に弟子入りしたのは、ライトナイツ家に代々伝わる剣を超えるものを欲したからだ。そのために、ひたすら親方に従事し、強い剣を打つための技術を求めた。
――あの剣より強いものを!
――あの剣より素晴らしいものを!
そうすることで自分の存在意義を取り戻せると思っていた。
しかし――この考えに基づいて作られたものは、一体誰が使うというのか?
パーシヴァルは壁に掛けておいた自分の軍刀を見る。あれは親方が自分のために作ってくれたものではなかったか?
「……独り善がりだった、ってことか……」
「ん?」
パーシヴァルの呟きに親方が反応する。
「……おやっさん、一つ頼みがある」
三日後、パーシヴァルは全快した青年を連れ、帝都の郊外に来ていた。
「なぁ……本当にいいのか?」
青年が尋ねてきた。
青年は例の青い革鎧を身に着けた上から、二本の剣をそれぞれ違った方法で持ち運んでいる。
一本は親方が若いころ打ったという両手剣。
その剣は鞘のソードベルトを用いて右肩から斜め掛けにし、右手を伸ばせばすぐに抜剣出来るようになっている。
「剣の代金も払ってないし……それに、こっちは……」
そう言い、青年は左肩の包みを揺らす。
もう一本は、鞘に新しくソードベルトが付けられ、その外見が見えないように布で包まれている。そのベルトに左手が通され、旅の荷物と一緒に左肩に担がれている状態だ。
それは、剣腹に〝Destiny〟と刻まれた、パーシヴァルが――いや、彼らが見てきた中でも最高の業物だ。
「気にするな」
パーシヴァルは笑って一蹴した。
「その剣は、今は君に持ってもらった方がいいと考えたんだ。
それに、君にはいろいろ世話になった」
「いや、世話になったのはこっちだろ?」
青年は首を傾げる。
「そんなことはない。君のおかげで大切なことに一つ気付いた。
そこで、俺からも一つ、君に受け取ってもらいたいものがある」
そう言って、パーシヴァルは用意していたものを青年に差し出す。
「これは……剣、か?」
青年が戸惑いながら尋ねてきた。
それは、青年の持つ二本に比べれば大分短いが、片手で使う分には十分な長さの剣だった。
パーシヴァルは頷くと、
「抜いてみてくれるか?」
「あ、あぁ……」
促されるままに青年は、鞘の代わりに巻かれていた毛皮から剣を抜いた。
その剣は、短いが厚みのある刃を持ち、さらに柄が独特な形をしていた。鍔はS字型で、柄頭はまるで魚の尾のような形をしている。
「その剣には、カッツバルゲルと銘打った」
「銘……って、まさかあんたが作ったのか?」
驚く青年と対照的に、パーシヴァルは穏やかに微笑む。
「あぁ……俺の処女作だ」
三日前の夜から、パーシヴァルが親方に頼み、親方達の手を借りながら、叩き上げた剣だ。
今まで助手としてしか鍛冶作業に携わってなかったため、この剣が初めて打ったものということになる。
「君が持つ剣は、大剣ばかりだからな……もし混戦になれば、小回りが利かなくなる。そのぐらいの剣なら、狭い場所でも十分使えるし、頑丈さを第一に造形したつもりだ。
ただ、その大きさに合う鞘をすぐに見繕うことが出来なくてね……そこだけは勘弁してほしい」
「いや、待てって。いいのかよ? せっかく初めて作ったものを……俺みたいな傭兵に……」
「いいも何も、君に使ってもらうことだけを考えて打ったから、返してもらっても使い道がないんだ。だから、どうか受け取ってほしい」
青年は、再び剣に目を落したかと思うと、すぐに顔を上げ、パーシヴァルの方を見る。
しばらくして、青年は剣を納めると、毛皮ごと腰の帯に挿した。
「……ボルスだ」
「え?」
パーシヴァルは何を言われたか分からなかった。
「ボルス・ヴァージナル……あんたは?」
そう言われ、それが青年の名であることに気付く。
「パーシヴァル――」
自分も名乗っていなかったことに気付くも、一瞬躊躇した。
だが、すぐに迷いを打ち払い、
「――パーシヴァル・ライトナイツだ。
また、いつか会おう、ボルス」
「あぁ、またいつか……な、パーシヴァル」
そう言い残し、ボルスは背を向け、歩き始める。
その姿が小さくなったところで、パーシヴァルも背を向けた。
二人の間に、一陣の風が吹き抜けた。
後書きは気が向いたら追加します。
次回、第六章~乙女~