第二十話
「久しぶりだなぁ、パーシヴァルぅ……」
男は怨嗟の含まれた口調で、パーシヴァルに言う。
「ヴィルジニア……」
「なんだ、知り合いか?」
青年が声を掛けてきた。青年は、すでにパーシヴァルと向かい合うのを止め、突如現れた集団を牽制している。
パーシヴァルは溜め息を吐きつつ、
「一番会いたくない奴だ」
と面倒くさそうに応える。
「それしても懲りないな……いい加減にしないと、本当に家名に傷が付くぞ?」
パーシヴァルの呆れ半分、気疲れ半分の声を聞いたヴィルジニアは眉を上げ、
「家名? 貴様のせいで勘当されたわ!」
「あらら」
つまり、ヴィルジニア家はこの男と縁を切ったわけだ。
確かに、家名を守るためには、それが一番なのだろう。おかげでこちらが最も被害を受ける羽目になったが。
パーシヴァルは頭を抱えたくなった。
「首輪の外れた飼い猫ほど性質の悪いもんもないだろうに」
青年が、パーシヴァルの心を代弁するかのように言う。
今まで不自由しなかった人間が、突如何も無いところに放り出されようものなら、本当に何をし出すか分からない。
「貴様だけは絶対に許さんぞ、パーシヴァル! さぁ、先生方! お願いしますよ!」
目の前の元貴族殿は逆恨みを選んだらしい。
囲んでいる人間が、次々と剣を抜く。見たところ、ヴィルジニアを含めて九人か。身に着けているものから、金で雇われた傭兵といったところだろう。
「二人とも殺っていいのか?」
男達の一人が声を上げる。
「騎士の方はそうしろ。もう一人は殺すな。生け捕りにしろ」
「おいおい、ずいぶんと面倒なこと言ってくれるじゃねぇか。両方とも殺っち待った方が楽だぞ」
別の男の言葉に、ヴィルジニアは顔を顰めたが、
「なら、前金の倍出す。それでどうだ!」
「へっ、しょうがねぇか」
パーシヴァルは今の問答で確信した。
こいつらは人を殺すことを躊躇しない。むしろ生業としている連中だ。削げた頬と、暗い光を放つ目、そして薄く浮かぶ笑みがそのことを物語っている。
さらに、ヴィルジニアの言葉から察するに、相手の目的は――
そこまで考えたところで、背後で動く気配があった。金属同士の衝突音、肉を打つ音、そして押し殺した悲鳴が耳に届く。
しかし、振り向いて確認する余裕はなかった。
パーシヴァルは親指で軽く鍔を弾き、左手で握った軍刀を鞘走らせる。
それが、眼前に迫った凶刃を弾き飛ばした。
相手の身体が、無防備な状態で晒される。
パーシヴァルは手首を返し、相手の右肩に二の太刀を落とした。
親方が鍛え上げた刃は、革鎧などものともせず、肩口から胸を存分に斬り下げる。
「風よ、我が命に従い、一筋の刃と化せ!」
パーシヴァルは隊章の刻まれた短剣を抜きながら、詠唱を始める。
幸いにも、今斬られた男が盾となったために、相手の妨害を気にすることなく魔法を放てる。
短剣を投擲すると同時に、コマンドワードを発動した。
「“ウインドアロー”!」
短剣の周囲に渦巻くか如く風が発生し、それが短剣を押す形で加速を生む。
短剣の切っ先を矢尻とし、風と一体化した一本の矢が、別の男の右肩を撃ち貫いた。
「げぇええええ!」
男は絶叫し、地面を転がった。
パーシヴァルはそれに目を向けることなく、左手のサーベルを突き出す。
本来なら、刃に反りのある刀は、刺突には適さない。
だが、この軍刀には、親方の工夫――疑似刃が施されている。
先端の両刃が、相手の首を容易く貫いた。
これで、三人。
パーシヴァルはようやく、青年の方へ向く。
青年の周りには、すでに二人の男が倒れ伏していた。呻き声を上げているところを見ると、止めは刺されていないようだ。
彼は今も一人の男と剣を交えている。
だが、一瞬の隙を突き、青年の斬撃が男の足を捉えた。
さらに、青年は身を屈した男の胸を蹴り飛ばす。
青年が構え直した横に並ぶように、パーシヴァルもまた刀の切っ先を残った二人に向けた。
「えぇい、何をしている! 早く倒さんか!」
男達の後ろから、ヴィルジニアが叫ぶ。
ずっと隠れて高みの見物を決め込んでいたわりには、随分と威勢が良い。
その声に焦ったわけではないだろうが、男達は決死の表情になる。
「止めとけって。いくら金払われたって、命を懸ける金額じゃないだろ?」
青年にしては、少々気の抜けた声で言う。
説得をするつもりだろうか。
「黙れ! この商売は信頼が第一だ!」
「それで死んだら元も子もないだろうに」
青年の忠告――というか、ボヤキも相手には届かなかったようだ。
仕方なくサーベルを握りしめたところで、自分達を監視する「眼」を感じた。
しかも、一人だけではない。
(どうするか)
命じた人間は、想像が全く付かないわけではない。
「おい」
突然、青年が小声で呼びかけてきた。
「こいつら以外に、隠れている奴がいるな……」
「あぁ。彼らとは別口だろうな」
「尾行してきたのは、こいつらか、あっちか、それとも両方か……」
「全く無関係とはいかないのかもな」
「何故だ?」
「……君だけを生け捕りにするつもりだからだ。狙いは」
「あの剣か」
「城から付けていたとしたら、完全に俺の失態だ……すまない」
「よせよ。それに、隠れているのはこいつら片付けてからでいいだろ……俺が右をやる」
「なら、俺が左だな」
互いに目配せする。
同時に動いた。
青年に斬られた相手が倒れるが、パーシヴァルの斬撃は受け止められた。
ここで、別方向から底冷えするような声。
「大気に潜む清廉なるものよ、秘めし鋭利を用い、彼の者を貫け!」
――詠唱!
声の主はヴィルジニア、そしてその内容は――
パーシヴァルは相手の脛を蹴り上げ、さらに男の顔を護拳で殴り飛ばす。
そして、自分も詠唱に入ろうとしたところで、最後の通告が放たれる。
「“フリーズランサー”!」
かつて、ヴィルジニアが放った“アイスニードル”は、魔力で空気中の水分を集め、凝固させて氷の針を作り出す魔法だ。
今唱えた“フリーズランサー”も原理は一緒だ。
ただ一つ、出来上がる氷針自体の大きさは除いて。
氷柱と呼ぶにも大きすぎる塊が三本、こちらに向けて放たれる。
あれ程の大きさとなっては、以前のように刀で弾き飛ばすことなど出来ない。たとえ、親方の一品であろうと……
そんな自嘲的なことを考えながら、迫る氷槍を凝視していると、パーシヴァルと氷槍の間に割って入る影があった。
「うぉおおおおおお!」
青年は剣を思いっきり頭上に振りかぶると、勢いよく一本目の氷に叩き付ける。
力任せに一本目を地面に叩き落とすと、返す二の手を、遅れて飛んできた二本目の側面に当てる。
二本目の軌道が反れた。
だが、かなり無茶をしたのだろう。剣が刃毀れを起こした。
三本目。
青年は迷うことなく、剣の腹で受け止めようとした。
鈍い破砕音、そして宙に舞う青年の身体。
真っ向から受け止めた結果、三本目は運動エネルギーを失い、地面に落ちた。
しかし、その代償は大きい。
青年の剣は半ばから折れ、その衝撃に耐え切れなかった青年の身体が紙のように吹っ飛んだ。
「くそ、邪魔を……」
悪態を吐くヴィルジニア。
パーシヴァルは我に返る。
「き・さ・まぁああああああ!」
激昂。
その怒気にヴィルジニアが一瞬怯む。
パーシヴァルはサーベルを片手に疾走する。
それに対し、ヴィルジニアは魔装具の付いた右手をこちらに向け、再び詠唱し出す。
だが、遅い。
パーシヴァルの左手が一閃し、ヴィルジニアの魔装具を、嵌めた腕ごと斬り飛ばした。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁ! 手が! 手がぁ! あぁぁぁぁぁ……」
切り口を抑え、地面を転げ回るヴィルジニアを冷たく一瞥し、離れたところに倒れている青年に駆け寄る。
「大丈夫か!」
軽く揺さぶると、青年は呻き声を漏らす。
一応、意識はあるようだ。
パーシヴァルは青年を肩で支え、その場を急いで後にする。
――監視の「眼」は、いつの間にか消えていた。
後書きは後々更新します。




