第十九話
「おやっさん! あいつは今どこにいる?」
親方の店に着いての第一声がそれだった。
「なんでぇ、突然来たかと思えば、怖い顔をして……それにあいつって?」
「この前俺がこの店に連れてきた男だ。確かこっちで寝泊まりしているはずだ」
「あぁ、客人のこと……あいつなら、今買い物に行ってるぜ」
パーシヴァルは眉間に皺を寄せ、
「買い物?」
「あぁ、また旅に出るとかで、そのために必要な――」
「あいつに今誰か付いていますか?」
滅多にない事だが、パーシヴァルは親方の言葉を遮った。
親方は文句を言おうとしたが、パーシヴァルの剣幕に押されたか、結局は質問に答えることになった。
「いや、一人だ。保存食程度のものしか買わんらしいからな」
「武器は?」
「置いてってるよ。そもそも鎧だって着ちゃいねぇ。俺が貸した作業着のままだ」
パーシヴァルは舌打ちしたい衝動を辛うじて飲み込んだ。
とりあえず、あの目立つ青い鎧を着てないから、すぐに見つかることもないだろうが、教団には彼の身体的特徴が知られている。
「あいつの剣は?」
「手入れを頼まれてたから、そこの机の上に置いてあるが……っておい!」
パーシヴァルは卓上の剣を掴み、
「あいつの荷物は人の目に付かないところに移した方がいい! 特に鎧とあの剣だ!」
と、忠告し、外に出る。
買い物、ということは市場にいるのだろう。そう見当を付け、すぐさま駆け出した。
先程我慢したのを発散するように舌打ちした――何にイラついているのか自分でも分からないまま。
散々走り回った末に、件の人物を見つけることに成功した。
彼は買った品が入っていると思われる袋を片手で器用に抱えながら、なお店頭に並ぶ商品を眺めていた。
パーシヴァルが歩み寄ると、青年も気付いたのか、パーシヴァルに――正確にはパーシヴァルの手元に視線を向けている。
青年が何かを言おうと口を開くが、
「理由は歩きながら話す。今は、この場を離れる方が先だ」
パーシヴァルが機先を制し、普段とは打って変わった真剣な表情と声音で言ったためか、相手は何も言えなくなる。
パーシヴァルが促し、二人は市場を後にした。
人通りが少なくなってきたところで、再びパーシヴァルの方から切り出す。
「君の持っている剣の正体が分かった」
ここで言う剣とは、無論パーシヴァルが親方の店から持ってきたもののことではない。
「先程、教団の大司教が城に来た。
どうやら、協会の宝物庫に盗賊が入ったらしい」
青年が特に表情を変えることはなかった。むしろ、それがどうした、とその顔が物語っているように見える。
「盗まれたのは、一本の宝剣だ」
パーシヴァルの目には、羊皮紙に描かれていた宝剣の絵が焼き付いていた。
そして、昨日手にした、既存のものではありえない切れ味を秘め、強度と軽さを両立させた、あの剣――その二つが、パーシヴァルの脳内で重なっていた。
「まさか、俺がその盗賊だとでも?」
青年がおどけたように言う。
「だとしたら笑えないな」
パーシヴァルの方はあくまでも真剣だ。
「だが、その線はないと思っている」
「理由は?」
「普通、盗品だったらさっさと売って終わりだ。特にあの剣は追っ手のリスクが高すぎる……なんせ、あの教団の所持していたものだからな。本当なら、とっくに姿を隠していなければならない。
君は、おやっさんに鑑定を頼みはしたが、結局今も手元に残している。それが理由だ」
教団の権力は、今や国の長ですら無視できないほどに拡大を続けている。
その教団の宝物を盗むということは、教団の影響下の国全てを敵に回すことに等しい。
これは決して誇張表現ではない。実際に教団の布教に耳を貸さなかったばかりに、不興を買ってしまったがゆえに廃絶された貴族をパーシヴァルは見たことがある。
「あの剣は危険すぎる」
そのことを知っているからこそ――
「いや、危険な目に遭うのは君自身だ」
目の前の青年を――
「捕まった盗賊から、君のことは教団に知られている」
必死に説得する――あの剣を手放すようにと。
「あの剣を手放すつもりはない」
しかし、青年の答えは、パーシヴァルの望みとは逆の方向へ行ってしまった。
唖然とするパーシヴァルを余所に、青年は淡々と語る。
「俺は教団を信用できない。何故だか分かるか?」
「……あの魔装具か」
あの、というのは、青年を襲った盗賊が身に着けていた、腕輪状の魔装具だ。材質は銀で、内側には教団のシンボルたる十字架が刻まれていた。
「そうだ……俺は、はっきり聞いたぜ。雇い主からもらった、ってな」
教団の人間しか使わない魔装具、そしてそれを渡した「雇い主」――
「だが……それなら、自分達の宝物庫から盗んだということだぞ? それも、盗賊を雇ってまで……」
「ま、連中が何をしたいかまでは知らん。
俺から言えることは、教団は信用できないってことだ」
と、先程言ったのと同じ部分はしっかり強調して言う。
「それでも、あの剣さえ渡せば、君が狙われることはない」
そこで引き下がれるほど、パーシヴァルも聞き分けはよくなかった。
「あの剣を俺に任せてくれないか? 君のことは絶対に言わない。きっと悪いようには――」
「言い忘れてたが」
突然、話が遮られる。
「俺は教団を信じないと言ったが……同時にあんたも信じていない」
「……何?」
パーシヴァルは一瞬何を言われたか分からなかった。
「何故だ!」
辛うじて言えたのは、その一言だけだった。
「いくらなんでも、いきなり『自分に任せてくれ』はないと思うぜ。まだ会って何日も経ってないし……それに」
ここで、一旦青年は言葉を切った。
そして、やや意地の悪い笑みを浮かべる。
「仮に俺を心配してくれたとしようか……だが、俺から剣を預かったところで、あんたは何て教団に言うんだ?」
「それは……」
パーシヴァルは言葉に詰まる。
「下手に言い訳したところで、相手に通用するとは思えないが?」
「確かにそうかもしれないが……だが君はそれでいいのか?」
パーシヴァルはここで引き下がるつもりはない。
「あぁ。あんな剣は滅多に手に入らないしな」
「……君の言う通り、あの剣は常軌を逸しているが、そこまで危険を冒してまで……」
しかし、パーシヴァルは熱くなったことで、自分の失言に気付かない。
そのことに気付かされたのは、相手に指摘されたからだ。
「やっぱりそうか……」
「何?」
「あんた、実際にあの剣に触ったな? でなければ、あの剣の凄さは分からない」
「あ……」
「そして、あの剣を渡すように言ったのは、俺を心配しているんじゃない」
あの剣が欲しいんだろう?
その言葉はパーシヴァルの耳に届かなかった。
パーシヴァルは決して狼狽しているわけでも、激しているわけでもない。
むしろ、頭の中は冷え切っていると言ってもいい。
自分ですら気付かなかった――いや、無理矢理押し込めていた、心の奥底で燻り続ける欲望を当てられていたことで、それを燃やすどころか、逆に冷静になっていた。
「そうだな、君の言う通りだ。
俺は……俺は、あの剣を欲している」
「随分早い白状だな」
青年が意外そうな目で見るのを、半ば聞き流す。
パーシヴァルの脳裏には、別の剣が浮かんでいた。それは、まったく形状が異なるが、初めて触れたあの日以来、ずっと心の奥に影を落とし続ける剣――それを超える剣を、彼は求め続けていたのだ。
そして、パーシヴァルは出会った。
その剣に。
刀身に刻まれた〝Destiny〟の文字――それを見たとき、まさに〝運命〟だと確信してしまう程に。
「どうしても渡すつもりはないんだな?」
「当たり前だ」
「なら、仕方ない、か」
そう言って、パーシヴァルは持っていた剣を青年に投げた。
青年が受け取ったのを確認し、パーシヴァルは腰の軍刀に手を添える。
周りには、すでに人がいない。
「君と初めて会ったとき……あれは、どこぞの武芸者が賭け試合を行っていたな……」
「そのとき、俺はあんたから金を借りて挑んだな」
「あぁ……そこで相談だ。今度は、俺達二人で賭け試合をしよう。
銀貨ではなく、あの剣を賭けて」
青年は目を一杯まで開き、驚きを表現していたが、すぐにソードベルトを斜め架けにし、剣を背負う。
どうやら、こちらが本気であるということが、相手にも伝わったらしい。
青年は背中の剣に手を伸ばしつつ、
「そういえば、言い忘れていたことがもう一つあった」
互いに刃を抜くか、と思われた矢先に言われたため、パーシヴァルは鈩を踏む羽目に陥った。
「何だ?」
まさか、何かの策略か、と考えなくもなかった。
だが、青年の言葉は予期せぬものだった。
「あんた、尾行されているぜ」
「……なんだと?」
パーシヴァルは即座に周りを警戒し始める。
無論、青年から目を離すことはない。少なからず、相手の策という可能性も捨て切れないからだ。
それでも、気になったのは、「尾行されていた」のではなく、「尾行されている」と現在進行形なことだ。
つまり、この瞬間にも、何者かがいるということになる。
そして、相手の目当ては――
(あの剣、しかないか)
もし、あの青年の言う通りだとしたら、自分は青年と同時に尾行者の相手することも考えなければならなくなる……
しかし、それは杞憂に終わった。
何故なら、二人を囲むように、何人かの影が現れたからだ。
そして、その中の一人は、パーシヴァルの知る顔だった。
ようやくスランプから脱却しました。
楽しみしていた皆様、大変申し訳ありませんでした。