第十八話
「昨日は大活躍だったようね、パーシヴァル」
あの暴動の翌日、場所は城中の食堂。
いつものように訓練を終え、昼食を摂っている最中に背後から声をかけられた。
パーシヴァルはゆっくり咀嚼すると、振り向きつつ、
「いきなり御挨拶ですね、ハフスターさん?」
声の主は、淡い褐色の髪を後頭部で束ねた女性で、同じ色の瞳でこちらを見据えている。
細くて整った顔立ちと、鍛えられながらも均整の取れた体形から、美人と称してもいいかもしれないが、普段の彼女はその真面目すぎる――悪く言えば、堅苦しい――言動がその輝きを何割りか損なっており、パーシヴァルとしては勿体なく感じる。
「ミライナでいいわ。そこ、空いてる?」
パーシヴァルは首肯しつつ、立ち上がり、エスコートしようとしたが、ミライナは片手でそれを制すと、そのままスタスタと歩いて行き、席に着いた。
パーシヴァルは残念そうな顔を作り、再び椅子に腰かける。
ミライナその行動を見てクスクスと笑い、
「貴方は女性に手の早い人間なのかしら? それとも、私だけ?」
「婦女には紳士であるべきでしょう。それも騎士ならなおさら、ね」
「あら意外、騎士だって自覚あったのね。ならちゃんと報告はして欲しいものだわ」
さらりと漏れた毒舌から、彼女が何の目的で話しかけてきたか分かった。
(またお小言か)
彼女は、騎士としては新人であるパーシヴァルのお目付け役でもある。
最初こそ、パーシヴァルは直属の上官が女性であることを喜んだものの、すぐにその気持ちはどっかに飛んだ。
薄々感づいていた――というより、少なからず自覚はあったが、自分は理想の騎士には程遠い性格らしい。世間一般の騎士と比べれば(当然個人差はあるが)、自分はかなりの問題児のようだ。
ただ、それがどうした、というのがパーシヴァルの見解でもある。
元々パーシヴァルが軍に入ったのは金銭の面で親方に迷惑をかけたくなかったからだ。親方が元あった店を閉め、この地方に移ろうとした時に、パーシヴァルは家を捨て、付いていった。一度は弟子入りを拒んだ親方も、その時は黙って受け入れてくれた。
だが、鍛冶技術を教えてもらうことと世話になることは別である――パーシヴァルはそう思っていた。そのために、最低限な生活のための金は自分で稼ぐことにしていた。
「――それに、これは貴方のために言っているのですよ。あのままじゃ、貴方の功績も……って、聞いてますか!」
ミライナの怒鳴り声。適当に聞き流していたパーシヴァルはうっかり「ん?」と間抜けな声を出してしまう。
「……貴方には、本当に呆れました」
相手の声が、一段と低くなった気がする。
爆発寸前だな、と他人事のように思いつつ、どう宥めようかと考えている時だった。
「失礼ながら、第十五騎士団のパーシヴァル殿であるますか?」
ちょうどいいタイミングで、一人の兵士が声をかけてきた。
パーシヴァルが肯定すると、
「第十五騎士団のフェルナンド団長がお呼びです」
「団長が?」
パーシヴァルが席を立とうとすると、
「待ちなさい。団長の下へは私が連れて行きます。貴方は任務に戻りなさい」
と、ミライナがその兵士に命じた。
兵士は敬礼し、その場を後にする。一方でミライナは、
「いい機会です。団長にも叱って頂きましょうか」
などと言う。
パーシヴァルは思わず溜め息を吐いた。
ミライナによって連行されたパーシヴァルは、扉の前にいる兵士に武器を預け、団長の部屋に入った。
「第十五騎士団ミライナ・ハフスター、パーシヴァルを連れて参りました」
「……同じくパーシヴァル、出頭しました」
団旗のかかった壁の近くに立っていた男は、彫りの深い顔の中で、鋭く光る目を向ける。相変わらず、
執務室にいたのはフェルナンドだけではなかった。
会議のために置かれている大きめの机に二人、明らかに軍の関係者ではない人間がいた。
一人は胸に十字架が描かれた白い法衣を着ていた。そのことから、彼が教団の人間であることが分かる。
もう一人は、胸に十字架こそあったが、身に着けているのは鎧だった。その男はその神官を守るように立っている。
「あちらは教団のヤコブ大司教、その後ろに控えているのが、教団騎士のヨハネ殿だ」
フェルナンドが二人を紹介した。
ヤコブと呼ばれた男が立ち上がった。大司教というだけあって教団の中でも高い地位にいることが分かるほど、男の着ている法衣は上質なものだった。
「そうですか、この者が……神の名のもとに礼を申そう」
「礼?」
正直、教団に礼を言われるようなことをした覚えがない。
「昨日の教団に対する魔法不能者の暴動のことよ。貴方が首謀者を討ち取ったのよ」
パーシヴァルが首を傾げていると、横からミライナが耳打ちした。
しかし、パーシヴァルにはそんな実感がない。なぜなら――
「民を守ることが、騎士の務めですので」
だが、相手はそれを額面通りに受け取ってはくれなかったようだ。
「いえ、貴方のおかげで、憎き背教者達が数を減らしたのです。神もきっと貴方を祝福しているでしょう」
あくまでもにこやかに言うヤコブ大司教――もっとも、眼は笑っていない。ちなみに、大司教の言う背教者とは魔法不能者のことだ。
「光栄です」
パーシヴァルは形式的に恭しく頭を下げた。
終わりそうにない問答に嫌気が刺した、というのもある。
自分の都合にいいようにしか解釈しようとしない相手が、滑稽だとも思った。
そんな本心を表情に出さないように顔を上げれば、大司教が満足そうにしているのが(そもそも、礼を言われた側ではなく礼をした側が相手の反応に満足するのも奇妙ではある)目に入る。
これで用が終わった、とばかりにパーシヴァルは敬礼し、踵を返そうとしたが、
「さて、それでは本題に入ろうか」
と、フェルナンドが言い出したので、足を止める羽目に陥る。
あれは本題のついでだったのか、などと思いつつ、仕方なくパーシヴァルは再び姿勢を正した。
「すでに私は大司教から伺っている。後程全員に通達するつもりではあったが……この二人には先に通達してもよろしいですかな?」
「フェルナンド殿の配慮に感謝する。
では、私の口から説明させてもらうが、よろしいか」
「ご随意に」
まるで、打ち合わせたかのような会話をし、本題とやらを大司教がし出した。
「我らが教会の宝物庫に盗賊が入った。
そして、恐れ多くも宝物庫に安置されていた宝剣を盗んでいきおった」
「剣?」
パーシヴァルからすれば、魔法を崇める集団が「宝剣」と呼ぶような武具を持っていることが意外だった。
「そうだ。ヨハネ」
「はっ……これが、その宝剣を模写したものです」
今まで口を開こうともしなかった教団騎士が、前に出ると、大きな羊皮紙を広げて見せた。
そこには一本の剣が描かれていた。
描いた人間はよほどの腕だったのだろう。柄から剣先まで丁寧に描かれている。
パーシヴァルはその絵を眺めながら、別のことを考えていた。
――この絵の剣を、自分はどこかで見た気がする。
「盗賊の正体は分かっているのでしょうか?」
ここでミライナが素朴な問いを投げかけた。
「実は、盗賊の一味のうち何人かを捕えたが、宝剣を持っていなかったのだ。
だが、聞き出したところ、今宝剣を持っている者についての情報を得ることが出来た」
「失礼ですが、その者の特徴をお聞かせ願えますか?」
再びミライナが問いかけ、
「うむ、探索のためには必要であろうな」
そう言い、ヤコブ大司教はその人物の外見的特徴を話し出した。
服装は、青い革鎧。
髪の色は茶色。
そして、瞳は空のような――青色。
それだけの特徴だけで、すでにパーシヴァルの脳裏には一人の青年が浮かび上がっていた。
それは、隣に立っているミライナも同様だったらしい。
たぶん、一昨日のことを思い出しているのだろう。パーシヴァルが彼を店に連れてきた時、彼女もその場に居合わせていた。
「パーシヴァル、ちょっと聞きたいことがあるのだけど?」
だから、ここでパーシヴァルに話が振られてことも自然な事ではあるだろう。
「何でしょうか?」
パーシヴァルの立場上、無視することは出来ない。
そして、他の人間も二人の問答に注目していた。
「一昨日、貴方が連れていた人物のことだけど……」
詰んだ、と思った。少なくとも知っているのが自分だけだったら隠すことは可能だったかもしれない。
「店の中が暗かったから、確証が持てないのだけど……」
何故か、言い訳がましいことを言い出す。
「彼の瞳の色、何色でした?」
さらに肝心な部分が疑問形だった。
一瞬、パーシヴァルは唖然とした。
「……緑、でした」
だが、この好機を逃すほど、パーシヴァルは馬鹿ではなかった。
「……緑?」
ミライナの声が硬いものに変わった。
「はい。
暗い場所などでは青と勘違いすることもあるでしょうが、私が日中、外で見たところ、紛れもなく緑でした」
あえてパーシヴァルは自分の意見を通すことにした。
ミライナは懐疑的な目で睨み付けてくる。
パーシヴァルも内心では冷や汗をかいていた。
(さて、どう出るか……)
これはある種の賭けであった。
いくらなんでも、先程の発言を額面通りに受け取るには無理のあるとパーシヴァルも思っていた。
パーシヴァルが見守る中、ミライナは少し考えるような素振りを見せ、
「なら、別人の可能性もありますが……その方の行方は?」
と、わざわざ違うかもしれないと言いつつ、本物の可能性を考えるのはさすが、と言ったところか。
「さて、あの後すぐにこちらに出頭だので、彼がどこへ行ったかまでは……」
「そうですか。
申し訳ありません。あまり有力な情報とは言えませんでした」
ミライナがフェルナンドへ向き合い、目を伏せながら言うと、
「いや、気にする必要はない。君達は数ある可能性の一つを示してくれたに過ぎないのだからな。
騎士団には追って通達する。君達は一旦下がりたまえ」
フェルナンドが命じ、パーシヴァルとミライナは執務室を後にする。
このとき、ずっと控えていた教団騎士がパーシヴァルに注目していたことに、幸か不幸かパーシヴァルは気付かなかった。
「大司教様」
二人が出て行った後、最初の発言はヨハネからだった。
「どうした?」
「あの男、何かを隠しています」
あの男、とは無論パーシヴァルのことだ。
「話題に上がった男も気になりますし、もしかしたら、あの剣についても何かを知っているかもしれません。
命令を下されば、すぐさま聞き出してみせますが、いかがいたしましょう?」
口調そのものは落ち着いている――ただし、今のセリフにはいくつか単語が抜けていた。例えば、「力ずくで」など。
「いや、お前の出番はないだろう――なぁ、フェルナンド殿?」
二人が出て行った後、沈黙を保っていたフェルナンドが、ようやく口を開く。
「……お望みとあれば、あの者に監視を付けますが?」
「ふふふ、さすがにフェルナンド殿は話が早い」
ヤコブ大司教は笑みを――こちらは、パーシヴァルに向けていたものとは、まったく違う――を浮かべつつ、
「あの剣を早く我が手の内に納めたいものよ」
「取り返す、の間違いでは? あの剣は盗賊に盗まれたものなのですから」
「ふ、ふ、すべてを知っていながらそう言うとは、フェルナンド殿も人が悪いな」
互いに声こそ出していないが、笑い出す大司教と騎士団長――そして、再び口を閉ざした教団騎士がそれを見ながら控えていた。
後書きは、後から追加します。




