第十五話
フォラーズが、店の主と値段で掛け合っている。ボルスはその様子を荷車にもたれかかりながらのんびりと眺めていた。
やがて、互いに決着が着いたのか、フォラーズが品物を右腕で抱えてこちらに戻ってきた。
周りでも、朝食の材料を買い求める者、あるいは店で出す品の原料を選ぶ人間と店主との交渉が行われ、賑やかだ。
「さて、これで全部だ。そろそろ戻るぜ」
「分かった」
荷を乗せ、ボルスは荷車を引いて歩き出す。
「そういや、ボルスさんって、何で旅してるんスか?」
「ん、ただなんとなく、だ。一箇所に留まるのが好きじゃないんでな」
ボルスは曖昧に答える。
「ちなみに、今まではどんなところに?」
「まぁ、東の方ばっかりに行ってたかな」
「東の方って、ちょっと前まで紛争が絶えなかったっていう?」
「物知りだな。ま、おかげで食うのには困らなかったな」
北部地方は大半をザミュル帝国が支配しているものの、東部は未だに覇権を巡り小国同士が衝突を続けていた。
「聞いた話じゃ、〝教団〟の支配が届いてねぇ国もあるらしいっスね」
「……昨日も思ったが、そういう話って、どこから?」
「あぁ、うちは鍛冶屋の上に武具を中心に取り扱ってるから、客は大抵城の兵士か傭兵とかでね。世間話してるとそういった情報を耳にすることもちょくちょくと――」
そんなことを話していると、後ろから男が「ごめんよ」と二人を追い越そうとした。危うくフォラーズにぶつかりそうになり、
「おい、危ねぇな」
と、フォラーズが男に文句を言った。
男の方は「すまん」とそのまま走り出そうとしたが、ボルスはその背に向かって尋ねる。
「急いでるみたいだが、何かあったのか?」
「いや、この先で〝教団〟が演説やってるらしくてよ、それを見に行くところなんだ」
そう言い残し、男は走り去っていく。
ボルスとフォラーズは顔を見合わせ、
「噂をすりゃあ何とやら……どうする、ボルスさん?」
「どうって……まぁ、あれの一件もあるしな……」
「よっしゃ、遅れた理由は俺から親父に説明しとくぜ」
二人が行き着いた広場では、人だかりができ、その向こうでは白い法衣を着た集団が立っている。
「聞かれよ、神に愛されし者達よ! そして神に力を与えられし者達よ!
我らが身に宿りし力は神の力……これを〝魔力〟と呼び、恐れを抱く者もいるだろう!
しかし、恐れる必要なない! 何故なら、この力は神が我らを愛している証……我らは、この神の恩恵に感謝し、祈りを捧げ、正しき道を歩めばいいのだ!
そうすれば、神はいつまでも我らを見守ってくれるだろう!」
法衣の中でも中央に立っている男が熱弁を振るう度に、周りの民衆からは歓声が上がった。
彼らの着る法衣には十字架が染め抜かれ、教えを説き続ける男の手首には、銀色に輝く腕輪――魔装具が嵌められている。
神の教えと称して延々と民衆に演説する教団、そしてその言葉を熱心に聴く人々――彼らを遠巻きに見ながら、ボルスはウンザリとしていた。
教団――それは、このグラン大陸で最も巨大な宗教団体のことである。
人間は生まれたときから大なり小なり〝魔力〟という力を持つ。それによって人々は奇跡とも言うべき力を使え、それを戦闘目的に発展させた〝魔法〟なるものも作られてきた。
そんな中、「魔力は本来神の力であり、我らは神から力を与えられた」という考えを持ち出し、拝め始める集団が現れた。
神から与えられた力なのに、何故魔力か、といえば、その力は使い方を誤れば魔にも邪にもなるから……ものは言い様による、ということだ。
だが、その主張は多くの者に受け入れられた。
何故なら、魔力を持たない人間そのものがほとんどいないからだ。
その集団は信者を増やし、特に迫害を受けることもなく組織は巨大化、ついにはその集団が自治する都市までもが誕生し、他国の政治にすら影響を与える存在となった。
その頃には神の教えを伝える者――教団なる名前が付けられ、人々の心に根強い支配力を植え付けていた。
しばらくそんな光景を眺めていたが、ボルスは一つ溜息を吐くと、
「そろそろ行くか。あんたも仕事あるだろ?」
「なぁに、今のところ俺一人かけたところで問題はねぇさ」
そう言ってフォラーズは首から吊った左腕を揺らす。
「それに……昨日俺が言ったことの確証も大体掴めたろ?」
「まぁな」
ボルスは再び人混みの向こうで演説している男――正確には、その男が身に着けている銀の魔装具に眼を向けた。
その時だった。
「天誅!」
怒声とともに雪崩込んでくる影があった。
驚いて声のした方を見ると、何人もの男達が、武器を構え、教団の人間に向かって駆けていく。
「うおぉっ、邪教に裁きを!」
「我らに自由を! 正義を!」
「その罪、死で購えぇぇぇ!」
彼らは叫びながら持っている武器を振り回した。教団の演説を聴いていた民衆がそれに巻き込まれる。
集団がついに法衣の面々に達し、剣が振るわれた。白い法衣が鮮血によって真っ赤に染まるのが、遠くからも見て取れた。
悲鳴が上がった。辺りに集まっていた人々が我先にと逃げ出す。
その間も、乱入者達は「天誅」と異口同音に叫び、教団の人間だけでなく、集まっていた民間人にまで襲い掛かった。
悲鳴と怒号が交錯する中、教団の一人が叫ぶ。
「〝魔法不能者〟め! 神に抗うか!」
その言葉に、ボルスは身を固くした。
人間は、生まれたときから魔力を持ち、それを利用して魔法を放つ。
だが、例外もいた。
魔力が極めて少ない、あるいは元から持っていないために、魔法が使えない人間がいた。
人々は、畏怖、そして蔑視を込めて彼らをこう呼んだ――魔法不能者、と。
やがて、彼らは社会から見放された。
魔力は神の恩恵と謳う教団の威光が強くなるにつれ、彼らへの風当たりも強くなっていく。職も、食べ物も、住む場所も無くした彼らの怒りの矛先は、全てを奪った世界へと向くことになる――
「……さん! ボルスさん!」
肩を揺さぶられ、ボルスはハッとなる。
「魔法不能者の暴動っス! このままじゃ巻き込まれる!」
フォラーズがその顔に焦りを浮かべ、必死に訴えかけてくる。
「あ、あぁ……」
フォラーズに引っ張られるままに、ボルスが足を動かそうとしたその時だった。
ほとんど逃げていったのか、疎らになった人混みの間から、男の一人が剣を振り上げているのが見えた。
彼が見下ろす先には、這い蹲って必死に男から距離を取ろうともがいている女性の姿があった。女性はその顔に恐怖を浮かべ、それと対照的に男の方はニヤついている。
ボルスは男の意図するところを察した。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
ボルスはその瞬間、フォラーズの手を振り払い、男に向かって走り出した。
<D・W第十四話制作秘話および裏話>
……ついカッとなってやってしまった。だが、私は謝らない。
<教えて! 梅院先生!>
はい、始まりました、新コーナー「教えて! 梅院先生!」
こちらでは、読者の皆様から送られました質問に対し、ネタバレにならない程度に答えるコーナーとなっております。
というわけで、まずは友人のHさんからの質問です。
Q.第十四話で名前だけ出た「マリーちゃん」の元ネタは何?
A.元ネタ? ありません。
強いて言うなら、適当な名前が思い浮かばなかったので、本当に資料を読んで適当な名前を付けました。
ということで、これからも登場する予定はまずありませんし、萌え要素なんて一マイクロモルも期待してはいけません。
……というわけで、また来週!(逃げた)
<告知>
新コーナー「教えて! 梅院先生!」で紹介する質問を募集しております。
コメントにでも書いてくだされば、可能な限りお答えいたします。どしどし応募ください。