第十三話
鬱蒼と茂る森の中は、小鳥のさえずりを除けば静かなものだ。
だが、その森の中では、いつもとは違う異様な光景が繰り広げられていた。
「〝レイ〟」
コマンドワードと共に放たれた一筋の光線が、男の胸を貫く。
「げえぇぇぇぇ!」
男の絶叫が静寂を引き裂いた。驚いた鳥達が、次々と枝から飛び去っていく。
男の胸からは黒い煙が出ていた。肉の焦げた臭いが辺りに広がる。
男は倒れた。だが、倒れているのは一人だけではない。他にも何人かの男達が地面に身を伏せている。身体の一部を焦がしている者、あるいは切り裂かれたもの、身体のあちこちから血を流している者……その死に方は様々だ。
「ひ、ひぃぃぃ……」
そんな光景を見て、悲鳴を上げる者もいた。
二人の男が、地面に尻餅を着いている。彼らの着ている革鎧は、倒れている男達の血を浴び、真っ赤に染まっていた。手を下したのは決して彼らではない。
倒れている死体を見下ろしている別の集団がいた。全員が白い法衣をまとい、胸元には十字架が染め抜かれている。その中にただ一人、法衣ではなく純白の鎧を装着し、杖を持つ代わりに腰に帯剣していた。彼の鎧にも十字架が刻まれており、その姿はさながら白の集団を守る騎士、といったところか。
普通なら、彼らを見れば多くの人間が拝めるのだが、幸か不幸かそこにいるのは白の集団と、それに怯えている男二人だけだ。
集団のうち一人が動いた。先程胸を撃ち抜かれた男の傍に立ち、持っている杖の上端に右手を添える。杖に仕込まれた細剣が抜かれ――男の首に突き立った。
倒れた後も続いていた、男の痙攣が止まった。
仕込み剣を収めると、他の者達も一緒に男達に歩み寄る。地面は赤い海当然になり、辺りには血の臭いが漂っているのにもかかわらず、彼らは落ち着き払っている――否、関心を向けていない、というべきか。
凄惨に死に絶えている男達と、それを気に留めることなく毅然と立っている法衣の者達……果たして、第三者から見たらどちらが異様に見えるのだろうか。
「う、うわあぁぁぁ!」
男の一人が、半狂乱になって走り出した。少しでも早く、自分に迫る脅威から逃れるために。
――もっとも、逃げ切れたらの話だが。
「〝エアスラスト〟」
別の法衣が、抑揚の無い声で魔術を放った。
森に一瞬、突風が吹いた。
風が止むと同時に、男の足も止まる。
次の瞬間、男の頭が地面に転がった。一拍遅れて、傷口から鮮血が噴き出し、地面を赤く染め上げた。血走った目が、見当違いな方向を見ている。
「さぁ、残るは貴方のみ……」
法衣の集団の中から、騎士が歩み出した。腰の剣に手を添え、迷い無い歩調で男に近づく。
その時、男が耐えかねたように、
「ま、待ってくれ! 剣の、剣の在り処を教えるから! い、命だけは……」
と叫び出す。
騎士がぴたりと足を止めた。
「在り処?」
「そ、そうだ。確かに、今は俺達の手元には無い……だ、だが今持ってる奴は知っている!」
男は、生き延びたい一心で、必死になって主張した。
「詳しく話しなさい」
「お、俺達が宝物庫からあの剣を盗んだ後、仲間の一人が勝手に持ち逃げしたんだ! すぐにジーンの旦那とデニムの旦那が追いかけて仕留めたが、その時には別の奴の手に渡っていた! 俺達はそいつから取り戻そうとしたが、そいつが滅法腕の立つ野郎で、旦那達はおろかリーダーまで返り討ちにされちまった!」
「それで、貴方達はおめおめと逃げてしまった、と?」
「し、仕方ねぇだろ! 相手は木一本を剣で切り倒すような野郎だ! 俺だって、木に足挟まれてもう駄目だと思ったよ!
だが、どういうつもりか、あいつは俺を助けた。その上、見逃してもらっちまったんだ、こっちは戦う気は失せるし、また襲ったところで殺されるに決まってる! なのに、何であれ以上戦えってんだ!」
「言いたいことは分かりました。では、その男の特徴は?」
「それは……暗かったから分かりにくかったが、そいつが着てる鎧がやたら派手な色をしてたな」
「派手?」
「あぁ、あいつの鎧は、どういうわけか青色してやがった……あんな色、いざ戦いになったら弓や魔術の好い的だろうに……」
「他には?」
「……そういや、助けられたときに、ちらっと顔を見たが……目の色が……」
「目の色?」
「目の色も青かったな……それも、よくあるような緑掛かった色じゃねぇ、本当にその中に青空が広がってるような……」
「そうか」
騎士はただ淡々と応える。
それに気付いてないのか、男の方は、
「な、なぁ、全部話したんだ、命は助けてくれるんだろ?」
などと未だに懇願していた。
一方で、騎士の関心はすでに男から離れ始めていた。
「なぁ、おい――」
「神は言っている……」
唐突に騎士は口を開いた。
男の方はというと、命を助けてもらえるのだと思い、今は下卑た笑いを浮かべている。
しかし、次の言葉を聴いた途端、その表情が凍り付いた。
「己の役割の果たせぬ者に、生きる価値は無い」
その時になって、ようやく男は悟った。
元より、自分を生かせるつもりが、相手の心内になかったのだということに。
騎士が右手を男に向ける。その腕には、銀の腕輪が嵌められていた。
「ひぃっ、ま、待て――」
「その命、神に返しなさい!」
男がさらに何か言おうとするが、すでに手遅れだった。
騎士の右手に魔力が集中する。彼の脳裏には、断罪の業火が、愚かな背教者を焼き払う光景が想像されていた。
そして、その口から最後の宣告が発せられた。
「威き焔よ、汝に触れし者に制裁を与え、彼の者に安息と言う名の牢獄を……〝イグニートプリズン〟!」
「い、嫌だ、死にたく――」
男の言葉は最後まで続かなかった。
男の周りに幾条もの炎の柱が上がり、それらが肥大しながら螺旋を描き、男を飲み込んだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!」
男の命乞いが、断末魔に変わった。
当の騎士は、元々そこには何もなかったと言いたげに男に背を向け、
「終わりました」
と、自分の属する白の集団に向けて言った。
その中から一人が、
「ご苦労」
と労う。
その男の服装も周りと同じ白の法衣だが、よく見れば他の者と比べ材質が上であることが分かる。口元には、豊かな髭を蓄えていた。
「今、あの剣を持つ者が分かっただけでも良しとするが……その者、一体何者か……」
「閣下」
男が呟き同然に言ったことに、法衣の中の一人が反応する。
「なんだ」
「青の鎧と聞き、一つだけ心当たりがございます」
「ほう」
男は髭を弄りながら、目線だけで「続けろ」と命じる。
「その者、もしかしたら〝ランツクネヒト〟やもしれません」
「聞き慣れぬ名だな」
「ここ一、二年で名が通り始めた傭兵です。噂によれば、青い鎧を着て自身の背丈ほどの剣を振り回し、一心不乱に相手に斬りかかる、命知らずな剛の者とか」
「評判は?」
「良いとも悪いとも言えません。彼の者は一箇所に留まろうとせず、頻繁に雇い主を替えるそうです。時には、前日まで使えていた相手が、次の日には敵になるほどとも……
その一方で、雇われている間は、先に述べたような己の命も顧みぬ戦い方をすることから、そこを評価している者もいるようです」
「ふん、なんにせよ、高だか相手は傭兵だ。信仰心よりも金への執着心の方が強い……違うか?」
男の言葉に、口出しする者は一人もいなかった。
「まぁいい……とにかく、そやつを捜し出して、剣を返してもらおう……いざという時は、始末しろ」
「「御意」」
一斉に応えると同時に、白の集団は森から姿を消した。
そこに残ったのは、無残な姿になった盗賊達の成れの果てだけであった。
<D・W第十二話制作秘話および裏話>
前回の話は、ほとんどボルスと親方の会話で終わりました。
第十二話冒頭のボルスの台詞「この剣を見てくれないか?」について、友人からいろいろ言われました。
以下、友人との会話の一部です。
友「この台詞だが、もうちょい他の言い方があったんじゃないか?」
私「そうか?」
友「たとえば……指で剣腹を弾いて『良い音色だろ?』って聞いて……」
私「(すでに嫌な予感がしている)聞いて?」
友「死ぬ間際にこう言うんだ……『あの剣をキシリア様に届けておくれよ……あれは……良いものだ』と」
私「初代ガ●ダムのマ・クベじゃねぇか! 知ってる奴何人いるんだよ! 第一、キシリア誰だよって思われるじゃねぇか!」
友「ダメか」
私「あぁ」
友「なら、こうだ……『この剣が……この剣達が俺の剣だ!』」
私「それ『お前達が俺の翼だ!』のパロディだろ! 第一、剣の数増えてんじゃん!」
友「これもダメか……なら、『俺が剣だ!』」
私「またガ●ダムのパロディかよ! しかも、意味分からなくなってるし!」
友「この剣と契約して、魔法少女に――」
私「言わせねぇよ!」
友「なら、件の台詞のままでいこう。そして、すぐに親方の台詞!」
私「?」
友「すごく……大き――」
私「下ネタじゃねぇか!」
……最後の文と同時に、何人かのファンが離れていったな……
次回、第四章~教団~