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Destiny・Wars  作者: 梅院 暁
第三章 ~邂逅~
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第十二話

 活動報告の方で、久々にバトンを拾ってきました。

 ボルスは自分の荷に括り付けていた、自身の背丈ほどある包みを手に取った。

 覆っていた布を解くと、親方が「ほぉっ」と呟く。

「この剣を見て欲しいんだ」

 ボルスは机の上に置いた。

 それは、彫ってあった文字から〝デスティニー〟と名付けた、剣だった。結果として、ボルスはずっと持ち歩いていたことになる。

 親方は差し出された剣を手に取るが、持ち上げた瞬間、訝しげに首を捻る。目を細め、あらゆる角度から眺めると、ゆっくりと鞘走らせた。

 抜き身の刃を仔細に見ると、

「〝バスタード〟の一種か」

「〝バスタード〟?」

 聞き慣れない言葉を耳にし、ボルスは思わず聞き返す。

「〝雑種〟って意味っスよ」

 答えたのは親方ではない。いつの間にか顔を見せていたフォラーズが、親方が剣を見ている後ろから眺めている。

「お前さんも剣士の端くれなら、剣の大まかな分類ぐれぇできるだろ?」

「あぁ、〝斬る〟剣と〝突く〟剣……だっけか?」

「それじゃあ、満点はやれねぇなぁ。フォラーズ、説明してみろ」

「俺っスか?」

 ボルスと親方の問答を黙って聞いていたフォラーズが、突然話を振られたことに驚いた。

「何慌ててんだ。この程度のこと言えねぇようじゃ、一人前は遠いぞ」

「言えねぇってわけじゃねぇよ。ただ急に指名してくるもんだから、びっくりしただけだ。

 えっと、剣の分類について、だったか。さっきあんた……と、そういや、あんたの名前を聞いてなかったな」

「ボルスだ」

「ボルスさんか。さっきボルスさんが言ったのも別に間違いってわけじゃない。ただ正確に言うなら、〝斬る〟のが得意な剣と〝突く〟のが得意な剣、ってこってス」

「得意?」

「ま、〝斬る〟のが得意な剣ってのは、〝斬る〟ことを前提にはしているが、実際別に突き刺せないわけじゃない。大抵の剣にはちゃんと切っ先があんだからな。ただ、〝斬る〟ことを考えたら、刃の部分を頑丈にしねぇといけねぇから、太くて厚い刀身ばかりになっちまう。

 逆もまた(しか)り……〝突く〟方に(こだわ)りゃあ刀身が細くなっから、斬れないことはないが、そっちには向かない、と……こんなところでどうだ、親父?」

「ま、合格にしてやっか」

 親方は嘆息し、再び剣に目を戻す。

「さて、問題のこの剣についてだが……フォラーズ、この間石屋が売り付けてきた砥石持って来い」

「この間のって、形が悪くて安値で売り付けられたあれっスか?」

「それ以外に何がある? いいから持って来ねぇか」

 フォラーズが奥へと走っていき、親方は剣を手に立ち上がる。

 何をするのか、と訝しがっていると、

「本来なら、客の武器を勝手に振り回すのは鍛冶屋としては御法度なんだが……ま、こうした方が手っ取り早いんでな。許してくんな」

 その言葉で、なんとなく相手が何をしようとしているのか分かった。

 ちょうどフォラーズが砥石を抱えて戻ってきた。

「よし、そこに置け」

「え、いや置けって……」

「いいから置け」

 二度も命じられたフォラーズが渋々と床に砥石を置いた。

 それはボルスの目から見ても、きちんと加工されていないことが分かった。大抵は直方体かそれに類する形のはずだが、側面に奇妙な凹凸が付いている。

 一方で、親方は剣を両手で握り、上段に構える。肩幅程に両足を広げ、どっしりと固定している。下半身がしっかりと上半身を支えていることで、決して揺れることがない。幾ら探しても付け入る隙すら見つからなかった。

 ボルスの感心も(つか)()だった。

 親方が頭上に掲げられていた剣を砥石に向かって振り下ろした。

 刃と砥石がぶつかり合い、薄暗い店内の中に火花が飛ぶ。

 それと同時に悲鳴も上がった。

「何やってんだ親父ぃぃぃ! そんなことしちまったら、剣も砥石も駄目になっちまうだろぉぉぉぉぉ!」

 フォラーズが親方の行為を非難する中、親方もボルスも黙っていた。二人の視線は、どちらも砥石に注がれている。

 その様子に気付いたか、フォラーズが喚くのを止め、砥石に目を向けた。その目が驚愕に見開かれる。

 それもそうだろう。なんせ、砥石が真っ二つになっていたのだから。

 親方が片割れを手にし、

「おっ、結構手ごろな大きさになったな」

 と、切断面を確かめている。

 ボルスが見る限りでは、無駄な傷ひとつなく、あの凹凸は綺麗に切り落とされていた。

 それに見とれていたフォラーズが思い出したように、

「そうだ、剣、剣の方は? 刃こぼれでもしてたら取り返しがつかんぞ!」

 と、慌てて親方から剣を()手繰(たく)ろうとする。

 それを見たボルスは、むしろ落ち着いて、

「あぁ、たぶん大丈夫じゃないか? この間それより大きな剣を叩き切って、傷も付かんかったし」

「……え?」

 それを聞いたフォラーズが間の抜けた声を上げ、手を止める。

 親方は剣腹を丹念に調べていたが、

「確かに、刃こぼれはおろか傷ひとつねぇな。それにしても、剣をぶった切るたぁ随分と剣呑な話だな」

「まぁ、な……」

 ボルスは考えた。この親方は深くは聞いてこない。しがし、ボルスが親方に頼みたかったのは、あの剣を調べ、その正体について少しでも近づくことだ。ここは、入手の経路を話すことこそが近道になるだろう。

 ボルスは腹を括った。

「実はな、その剣は最近拾ったものなんだ」

「拾った?」

「あぁ、しかもその剣は、かなり曰く付きのものに思える」

「ほぉ……」

 ボルスはこれまでのことをひとつ残さず話した。森の中で、行き倒れの男がいたこと。彼がその剣を持っていたこと。その日のうちに盗賊が襲ってきたこと。その盗賊の狙いがその剣だったことを。

 この話をしている間、フォラーズは声を上げたり、頻繁に表情を変えていたが、それとは対照的に親方は特に表情を崩すことなく黙って聞いていた。

 すべて話し終えると、しばらくの間沈黙が場を支配した。

 そこへ恐る恐る、といった感じにフォラーズが口を開く。

「な、なんか途方もない話っスね」

「だろうな。でも事実なんだ」

 そう言い、ボルスは荷物の中から腕輪を取り出し、卓上に置いた。

「これは、その盗賊の首領が使っていた魔装具だ。これとあの剣が証拠、ってのは駄目か?」

 あの剣とは、無論デスティニーのことだ。

 ボルスは、盗賊の生き残りを逃がす際に、もしもの場合に備えて魔装具を取り上げていた。

「まぁ、ここまで見せられちゃあ、お(めぇ)さんの話を否定するわけにはいかねぇな」

 ずっと黙って成り行きを見ていた親方もようやく口を開いた。

「とりあえず、剣の話に戻すぜ。話を聞いた限りじゃ、こりゃあとんでもねぇ代物のようだ」

「そういえば、さっきから気になってたんだが、〝バスタード〟って結局どういうことだ?」

「おっと、その辺の詳しい説明がまだだったか。さっきフォラーズが言ったとおり、剣ってのは〝斬る〟か〝突く〟、どっちかに傾いちまうもんだ」

 ボルスは頷く。

「だが、この剣ってのはどっちにも偏ってねぇ……どっちの特性も持ってる、いや優れてる、と言うべきか。つまり、〝斬る〟ためだけの剣でも〝突く〟ためだけの剣じゃない……どっちでもない……言わば、雑種、すなわち雑種の剣――バスタードソード」

「バスタードソード……」

「そうだ。まぁ、俺も実物見るのは初めてだがな。

 だが、この剣の本質はそこじゃねぇ。こいつは図体こそ両手用の大きさだが、持ってみれば片手でも十分に振れる。その秘密は刀身にある……ちょっと、お前さんが背負ってた剣を抜いてみてくれ」

 ボルスは先程料理する際、背負っていた剣を外していた。壁に立てかけておいた愛剣を手に取り、鞘から抜いて机の上に置く。

「こっちも中々な業物だな。大きさはこっちと似たようなもんだが……見ろ、刃の厚さが全然違う」

 親方の言った通りであった。ボルスが肌身離さず持ち歩いている剣に比べ、今親方が持っている剣は、遥かに刀身が薄いのだ。

「まぁ、言わんでも知ってると思うが、斬ってる途中で()し折れでもしたら、そりゃあ剣としての役割を果たしてねぇよなぁ。だから、刃を丈夫にしなきゃならねぇ。そのためにはどうするか? 普通は、刀身を太く、厚く作るんだ」

「でも、そんなことをしたら、結局のところ剣自体が大きくなって、重くもなるんだろ? それに刃を厚くしたんなら、斬り難くなるじゃないか?」

 ボルスが親方の問いに対し答えると、親方は「そのとおり」と相槌を打つ。

「だから、俺達鍛冶屋は頑丈さと重さ、そして切れ味なんかを天秤に乗せてちょうどいいところを見極める」

 口ではさらっと言っているが、それは口に出すほど簡単ではない、と思った。

 ボルスは鍛冶に詳しいというわけではない。だが、その苦労をなんとなくは感じ取れた。

 身近なところで例えるなら、野宿の際にやっている料理なんかが分かり易いだろうか?

 たとえばスープを煮込むとき。具材は当然ながら食べやすい大きさに切るのだが、問題はその大きさだ。あまりに小さくし過ぎると煮詰めている途中でスープに溶けてしまうし、逆に大き過ぎると火が通りにくくなる。

 最初の頃はそのバランスを見極めるのに失敗したものだが、何度か続けている内に自然と身に着いてきた。逆に言えば、そういったものを見極めるには、気の遠くなるような反復と経験を積むしかないのだ。

 ボルスは親方の手元の剣――デスティニーに目を戻す。

 あの剣はどうだろうか?

 あれだけの薄さにも関わらず、一般の剣にも負けないどころか、それらを凌駕する切れ味を誇る。重量も抑えられることで、使い手の負担も少なくて済む。

 今、目の前にいる男は、永い間鍛冶に携わり、技術や経験を身に着けてきたのだろう。そんな人間から見たらあの剣はどう映るのだろうか?

 あまり言いたくはないが、先程の驚愕や発言を聞く限り、あれほどの剣を打ったことはないのだろう。

 そのことを考えれば、親方の心中は穏やかではないだろう……

 そんなことを思ったボルスは、親方の顔を(うかが)ってみたが――当の親方は何故かそれぼど深刻そうには見えない。

 自分のことをあまりに顔に出さないのか、などとボルスが考えていると、

「もっとも、この剣は使い手によっぽどの力量がなけりゃ、使い物にならんな。振り回す前に、振り回されるのがオチだ」

 などと、謎めいたことを親方が言い出す。

「おいおい親父、あんまりいい加減なことを言うなよ。話を聞く限りじゃ、この剣は、よく斬れて、丈夫で、軽い。この三拍子が揃ってるのに、何がいけねぇんだよ?」

 フォラーズが尋ねると、親方は鼻を鳴らして、

「そんな考えじゃ、まだまだだな。ボルス、だったか? お前さんの方はどう思うよ?」

「悪いが、俺は頭はよくない」

 と、ボルスが肩を竦めると、

「ハハハ、奇遇だな、俺もだ。それでも、これだけは言わせてもらうぜ。

 便利ってだけで優れてるって言えるんなら、この世の中はもっと単純で分かり易くなってるぜ」

「……時々親父って、訳分からんこと言うよな」

「喚くな、半人前。何事も経験だ、経験! もっと精進しやがれ!」

 親子のやり取りを見て、とりあえず一つだけ分かったことがあった。

 親方の鍛冶屋としての矜持は、簡単には砕かれないようだ。そう示せるだけの力強さと言うべきだろうか……ボルスはそのことを感じていた。

「さて、この剣について俺から言えるのはここまでだな。むしろ、鍵を握るのはこいつを狙った盗賊の方か……何でもいい、なんか手がかりになるようなことはねぇのか?」

 そう言われ、ボルスは「そういえば」とあることを思い出した。

「あいつら、誰かに雇われていたような……」

「雇われてた? なんでそんなん分かるんだ?」

「奴らのリーダーが言っていた……雇い主が、金の代わりにこの魔装具を渡した、って」

「ほほう」

 一同の目が一斉に机の片隅に置かれた魔装具に向く。

「ってことは、これを辿ればその雇い主が分かるかもしれねぇってことか!」

「そういうことになる……か?」

「でも生憎だったな。俺は魔装具は専門外だ」

「……打つ手なし、か」

 はぁっ、とボルスと親方は二人して溜息を吐く。

 先程の親方の言葉で不貞腐(ふてくさ)れながらも事の成り行きを見ていたフォラーズが、

「ちょっと、それ見せてもらっていいっスか?」

「ん? あぁ……」

 ボルスがフォラーズに魔装具を渡すと、早速調べ始めた。

 どれだけ経っただろうか、あちこち調べていたフォラーズが、

「大体、見当が付いたな」

 などと言い出した。

「なんだと!」

 親方が素っ頓狂な声を上げ、椅子を倒して勢いよく立ち上がる。

「どういうことだ、フォラーズ!」

「落ち着けって。ちゃんと説明するって」

 フォラーズは一つ空咳をすると、

「まず、腕輪そのものは銀製だ。これだけで結構絞れる」

「銀? それが何だってんだ?」

「親父、銀ってのは貨幣としての使用価値があるから、本来は魔装具なんかの材料には出回らねぇんだよ」

「そ、そうなのか?」

「あぁ。しかも、銀ってのは神聖な金属だなんてイメージがあっからな。御伽話(おとぎばなし)なんかにもあるだろ? 銀の武器で悪魔を追い払っただなんだって」

「え、そんなんあったか? なぁ、ボルスよ?」

「俺に振るなよ。俺だって、そういうのには疎いんだ」

「……さっき、経験がどうこうって言ってたのは、どこのどなたでしたっけ?」

「う、うるせぇ、先を続けねぇか!」

 親方が怒鳴ると、

「へいへい……さて、神聖な金属だなんて言われるぐらいだ。それを使うのも、大体想像つかねぇかねぇ?」

 そのときボルスが「あ!」と声を上げた。

「お、ボルスさんは分かったみてぇだな」

「い、いや……だが、仮にそうだとしても、何で剣を欲しがるんだ? なんかの間違いじゃないのか?」

「間違い?」

「う~ん……そうだ、例えば信心深い貴族かなんかが真似て銀で作った、とか」

「おぉ、確かにその線もあるな!」

 ボルスの言い分に、親方も賛同する。

「ま、そう思うのは仕方ねぇか……だけど、極め付けがこれだ」

 そう言ってフォラーズはある一点を指し示す。

 そこは腕輪の内側で、身に着けているときは絶対に他者の目からは見えない部分だ。

 フォラーズが指した場所には、大小二本の線が、直角に交じり合った紋が彫ってあった。

「おい、こいつは……」

 親方が絶句する。

 それもそうだろう。何故なら、それが意味するものを知らない人間は誰一人としていないのだから。

 ボルスは身震いした。

 それは、決して夏なのに肌寒い、この国の気候だけが原因ではない……

 友人から、「後書きの無い小説は、皮の焼けていない魚みたいなものだ」と言われました。

 ……なら本編は価値無しかい。


<D・W第十一話制作秘話および裏話>


 第十一話にて、ついにパーシヴァルの上官であるフェルナンドが出てきましたね。

 これで、第六話の最後にパーシヴァルを救ってくれたのが誰か、何故パーシヴァルが騎士団に配属替えになったか、が分かったと思います。

 さらに、パーシヴァルの本名も明かされました。これらが一体どんな意味を持つのか、徐々に明かされていくことと思います。


 ……え、思いの他今回の後書きが普通? ネタやれって?

 無理言わないでください。そう簡単にネタが思いつくわけ無いじゃないですか。

 あの『ドロリ』事件以降、やたら後書きを楽しみに見に来る人が増えてますが、はっきり言って、普段の私にはユーモアの欠片もありませんよ。

 あの後書きだって、私が面白いんじゃないんです。友人の発言が面白いんです。そちらの理解の方をよろしくお願いいたします。


※『ドロリ』事件……第三話後書き参照。端的に言えば、第二話のボルスの料理シーンに『ドロリ』なる表現が入ったために、友人とこの小説が十八禁か否かで揉めた事件。壮絶な死闘の末、件の表現を無くすことで決着が着いた。

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