第十一話
「第十五騎士団所属ミライナ・ハフスター、命令によりパーシヴァル同道の上出頭しました。入室の許可を」
ミライナが扉の両側に佇む二人の兵士に告げると、一方が「暫時お待ちください」と言い残し、部屋に入っていった。
待っている間パーシヴァルは考えていた。
面識はなくとも、第十五騎士団団長に纏わる噂ぐらいは聞いたことがあった。
アムビシオン・フェルナンド――かつては第十五騎士団副団長の職に就いていたが、前任の団長が行方知れずとなり、その後周りの強い推薦もあって後任となった男だ。
着任当時は、彼に関するかなり黒い噂が流れたと聞く。
だがそれも、彼の手腕とカリスマ性によるものか、第十五騎士団の規模が大きくなり、彼を支持する人間が増えていったことでやがて消えていったらしい。
「入室の許可が出ました。お入りください」
ここで、パーシヴァルの思考が途切れた。
気が付けば、先程の兵士が戻ってきている。
ミライナがすでに歩き出していたので、それに続こうとすると、
「失礼ながら、お腰のものを預からせていただきます」
「……これは失敬」
ある一定以上の位の人間に一般の騎士や兵士が城中で謁見する場合、所属を示す短剣を除き武器を持ち込むことは固く禁じられている。
パーシヴァルは軍刀を外すと兵士に渡し、部屋の中に入った。
男はこちらに背を向けて立っていた。
執務室には採光のためか大きな窓があり、男の顔は窓の外へと向けられている。
「第十五騎士団ミライナ・ハフスター、出頭しました」
「同じく、第十五騎士団パーシヴァル、出頭しました」
再度名乗るミライナと合わせ、パーシヴァルも名乗る。
男がこちらを振り向いた。
顔は窓からの逆光によって分からないが、着ているのは当然ながら帝国の象徴たる紫の長衣であり、襟元や裾には高い地位を示す銀のラインが走っている。左胸には、自分達が身に着けているのと同じ短剣が固定されている。
「足労をかけたかな?」
男の声を聞き、パーシヴァルはどこかで聞いた声だと思った。少なくとも一度、この男とはどこかで会っている。
男が動いた。窓の傍から、壁際にある机まで歩き出す。
机の後ろの壁には、九つの首を持つ大蛇――ヒドラの紋章が描かれた巨大な紫の布が張られている。伝説では、ヒドラは一つの首を切り落としても、傷口から二つの首が生えてくると言われる不死身の怪物であり、この国では第十五騎士団の旗印として知られていた。
男が席に着いた。
そこでようやく男の顔が判別できるようになる。
彫りの深い顔立ち、整えられた銀髪――
「君と会うのは二度目だな……一週間前のことを覚えているだろうか?」
男の言葉に、パーシヴァルはハッと気付く。
一週間前、パーシヴァルがヴィルジニア一派と街中で乱闘騒ぎを起こした際、ヴィルジニアの姦計によって兵士達に連行されかけたパーシヴァルに助け舟を出した人間がいた。
今、目の前にいる男こそが、まさにその恩人ともいえる人物であることに、パーシヴァルは気付いたのだった。
その衝撃から立ち直る前に、さらに続いた言葉がより大きな衝撃を伴ってパーシヴァルに追い討ちを掛ける。
「ようこそ、第十五騎士団へ……パーシヴァル・ライトナイツ君」
パーシヴァルは目を見開く。
――何故、その姓を知っている!
パーシヴァルは滅多なことでは自身の姓を他人に明かしたことはない。唯一、親方だけが知りえることだ。
それに――五年前、親方に二度目の弟子入りを志願したときに、パーシヴァルは家を捨てた。そのことを後悔したことは無い。自分よりも出来のいい弟がいたし、家は彼が継ぐべきだと――ひょっとしたら、父もそう思っていたのかもしれない。
家と決別した以上は、ライトナイツの名を名乗ることは許されない。そう自らに言い聞かせ、誰にも話さなかったことを――何故、二度しか会っていないこの男が知っている?
パーシヴァルの心内を知ってか知らずか、フェルナンドは口の端に笑みを浮かべている。逆にミライナは呆然とパーシヴァルを凝視していた。どうやら、彼女の方は今初めて知ったようだ。
そのまま、どれ程の時が過ぎただろうか。ほんの数瞬か、それとも何分も費やしてしまったのか。受けた衝撃の大きさに、時間の感覚がほぼ麻痺してしまっていた。
「どこで、その名を……」
ようやくパーシヴァルは口を開いた。
相手は、特に表情を崩すことなく、
「君の事は調べさせてもらったよ、パーシヴァル君。もっとも、君を我が騎士団に迎えようと考えたときには、君から教えてもらった名前しか知らなかったがね。いやはや、私も驚いた」
などと平然と言う。
そのことが、パーシヴァルの中の得体の知れない不安を増大させているとも知らずに。
そもそも、何故自分について調べたのか、どのように調べたらその情報まで行き着いたのかが不明だ。
「ここのところ、雑務に追われて正式な挨拶が遅れてしまったが、これからは我が騎士団の一員として、君の働きに期待してるよ、パーシヴァル君」
このとき、パーシヴァルとフェルナンドの目が合った。
その灰色の瞳からは、研ぎ澄まされた刃のような鋭い光が放たれている。
それを見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたような錯覚が起きた。
まるで、自分が蛙で、目の前の人物が、途轍もなく巨大な大蛇のような――言うなれば、それは自分よりも遥かに強大なものに対して抱く、恐怖にも似ていた。
フェルナンドは今度はミライナを呼び、何事か命じていたようだが、その内容が耳に入って来ても頭で理解が出来ない。
謁見が終わり、退室時に自分が何を言ったのかも思い出すことが出来ず、その後城の食堂で食べたものの味さえも分からなかった。
<D・W第十話制作秘話および裏話>
前回で、ようやくD・Wにも女性キャラが登場しました……あ、登場人物紹介の方も、そのうちに更新します。
しかし、十話でやっと登場とか、それまでこの小説はどんだけ男臭い小説だったんだ……
で、男臭さを解消するために、ボルスの料理シーンをまた投入してみたんですが……またもや、友人には不評でした。
いったい、何が原因なんだろう。主人公が料理してるのが問題なのか、男が料理しているのが問題なのか、はたまた『剣と魔法のファンタジー』なのに料理をしているのが原因か……
答えは永久に謎のままですね……