第十話
パーシヴァルが店に戻ってきた頃には昼時になっていた。
中に入ると、親方が出迎えてくれた。
「お、やっと戻ったか。ちょうどお前宛てに客人が――」
と、そこまで言ったところで、親方はパーシヴァルの後ろに続く人間に気付いたらしく、
「そいつは?」
と聞いてきた。
「まぁ、そこの騒ぎでちょっと知り合ってね……左腕に酷い火傷を負ってるんだがちょっと見てくれないか?」
パーシヴァルは青年を店の中に招き入れる。
親方は「どれどれ」と青年の傷を調べると、奥に向かって、
「おい、誰か火傷用の軟膏とさらし布持って来い!」
と、怒鳴った。
親方が青年に椅子を勧め、ちょうど座ったところで、フォラーズが薬と包帯を右腕に抱いて(左腕は吊っているから使えない)持ってきた。
「おぉ、すまねぇな……って、他の連中はどうした? 怪我人に運ばせるほど手が込んでんのか?」
「あぁ、皆仕事そっちのけで客の相手っスよ。ずっと鼻の下伸ばしっぱなしでさぁ」
フォラーズが肩を竦める。
親方は「馬鹿共が……」と毒づきつつ、フォラーズから薬を受け取った。
「そういえば、さっき客がどうこうとか言ってたな。誰か来てるのか?」
「おっと、忘れてたぜ。お前に客だ。フォラーズ、戻るついでに呼んで来い」
「その必要はありません」
凛とした声が響いた。
パーシヴァルは親方との問答をやめ、声のした方を見る。
暗い店内が明るくなった気がした。
その女性は、自分よりも年は何歳か上だろうか、毅然とした態度で立っている。
淡い褐色の髪を後頭部で束ね、目は髪とほぼ同じの明褐色で、全体の雰囲気と合わさって少々お堅い印象を与えてくる。
――ところで、その後ろにはぞろぞろとこの店の職人衆が熱っぽい顔で付いて来ていた。フォラーズの言うとおり、本当に仕事をしていなかったらしい。
「貴方が、パーシヴァルですね?」
「そうですが……デートのお誘いでしょうか?」
パーシヴァルがいつもの癖で軽く返答したところに、親方の拳が頭に炸裂した。
「痛っ、何も殴ること無いだろ、おやっさん!」
「うるせぇ! 大体、お前はだな――」
パーシヴァルが親方に文句を言うと、すかさず親方も応酬する。二人が言い争いを始めたことに、周囲はキョトンとした反応を示した。ただ一人フォラーズだけは「またか」と言いたげな顔をし、
「親父もパーシヴァルさんもやめろって。客の前だろ」
と、止めに入る。
すっかり熱が入ったか、背後からパーシヴァルを羽交い絞めにし、首を締め上げていた親方が、
「おっと、いけねぇ、いつもみてぇにやりすぎっちまったぜ」
と、パーシヴァルを解放した。
パーシヴァルは咳き込みながらも、
「失礼、お見苦しいところをお見せしました……」
と、件の女性に謝りつつ立ち上がった。
その女性は「はぁ」と気の抜けた返事をしたが、すぐさま元の気を引き締めた表情に戻り、
「申し遅れましたが、私は第十五騎士団所属、ミライナ・ハフスター……貴方と顔を合われるのは初めてですね」
女性が名乗ったのを聞いて、今度はパーシヴァルがポカンとした顔つきになってしまった。
よく見れば、帝国に属することを示す紫の上衣に、隊章が刻まれた短剣を左胸の位置に括りつけている。
「女の騎士は珍しいですか?」
「はっ……い、いえ、ただ、初めて見ただけで……」
少々歯切れの悪い回答をしつつ、パーシヴァルが慌てて言い訳を考えていると、
「あぁ、気にしないでいいですよ。実際、第十五騎士団でも私を含めて二人しかいませんし」
と、先程とは打って変わり気さくな口調でミライナは言った。その顔には、微かに笑みが浮かんでいる。
パーシヴァルが何と返答しようかさらに迷っていると、ミライナが「さて、用向きですが」と続けようとしたので、咄嗟に姿勢を正す。
「団長からの出頭命令です。私と一緒に城に来ていただきます」
「パーシヴァル、お前また何かやらかしたのか」
パーシヴァルが何か言う前に親方が口を挟んだ。さすがのパーシヴァルもムッとして、
「信用無いなぁ。ここ最近は問題になるようなことはしてないぞ」
「ここ最近は、ねぇ……」
あろうことかフォラーズまでもが呆れた顔で口を挟んでくる。どうやら、この店での自分への信頼というものは、いつの間にか底辺まで達しているようだ。しかし、何が原因なのだろうか。先程のミライナへの不謹慎な発言か、その前の金を受け取った際の発言か、はたまたこの間の――と、心当たりが多すぎるのが悩みどころである。
パーシヴァルが延々と考えていると、
「それほど心配はいらないでしょう。そもそも、彼は団長の推薦で配属が決まりましたし……」
「推薦! こいつが?」
ミライナの言葉を聞き、親方が指差しながら素っ頓狂な声を上げた。
パーシヴァルは首を傾げた。
「俺、いや私は一度も団長に会ったことはないはずですが?」
「……いい加減、その口調止めたらどうっスか?」
フォラーズが今度は駄目出ししてきた。
「いえ、推薦なら、最低でも一度は会ってるはずですが……とりあえず、ご同行願えますか?」
「……了解しました」
腑に落ちないものを感じたものの、まずは会った次第かと考え、パーシヴァルはミライナに連れられ店を出た。
「よし、終わったぞ」
この店の主と思われる壮年の男が宣告したのを聞き、ボルスは頭を下げた。
この店まで連れてきたあの騎士が、女騎士と共に出て行った後も、ボルスは治療を受けていた。
現在、ボルスの左腕には、緑白色の軟膏が塗られた上から包帯が巻かれている。薬を塗られた際は傷口が染みたものの、今は動かしてもあの焼け付くような痛みはそれほど酷く感じない。
「迷惑を掛けた」
「なに、困ったときはお互い様って奴よ。さ、頭を上げな」
ボルスは言われた通りにした。すると、改めて店内の様子が目に飛び込んできた。壁には剣や槍、盾などが掲げられ、陳列棚にも大小様々な剣が所狭しと並んでいる。中には手甲や兜なども置かれていた。
鍛冶屋だろうか。
そんなことを考えていると、目の前の男は、
「さて、ちょうど昼時だしな……おい、そこの馬鹿共!」
と、先程出て行った女騎士を目で追って店頭まで来ていた男達に向かって怒鳴った。
「いつまでそのだらしねぇ面を世間様に晒してんだ! とっとと飯にして仕事に戻るぞ! 今日の食事当番はどいつだ?」
すると、一人が「あっ」と声を上げた。それを聞き逃さず、
「あ、ったぁ何だ。レド、お前まさか……」
と、睨みを利かせる。その眼光は、まるで獲物に狙いを着けた猛禽類のようだ。
レドと呼ばれた男は、
「す、すまねぇ、親方! 許してくんな!」
と、床に額を擦り付ける。
親方と呼ばれた男の怒号が再び飛んだ。
「馬鹿野郎! 女に現抜かして仕事忘れるったぁどんな了見だ!」
「ひぃっ! す、すまねぇ……」
「すまんも糸瓜もあるか! お前、この仕事何年続けてんだ!」
どん、と親方が机に拳を下ろした。みしり、と机が悲鳴を上げる。
「親父、落ち着けって!」
「フォラーズ、お前は黙ってろ!」
ついに立ち上がった親方を、その息子と思わしき人物が止めに入る。
さすがに黙って見てるわけにはいられないので、ボルスは控えめながらも口を挟んだ。
「なぁ……」
「客人、こいつは身内の問題だ。黙っててもらえねぇか?」
「いや、まぁそうなんだろうけど……」
少し迷ったものの、一つの提案を出した。
「どうだろう……手当ての礼もあるし、軽いものでよければ俺が作るけど……駄目かな?」
「……は?」
親方とフォラーズは互いに顔を見合わせた。
ボルスは自身の荷物の中から愛用の包丁の入った包みを取り出した。
厨房に並べられた材料を確認する。丸く焼かれたパンが人数分に、ベーコン、カブ、そしてこの地域の特産であるチーズ――これらのもので出来るものを考える。
(この時間になっては、スープを煮込む暇は無いな。それに昼も仕事があるようだから手早く済むものじゃないとな)
しばらく材料と睨めっこしていたボルスだったが、「よし」と独りごちると、包みの中から用途に合った包丁を選んで取り出す。
ここ最近まともに手入れしてなかったためか、刃が少し荒れていた。
「砥石を借りたいが、かまわないだろうか?」
「おぉ、砥石なんざ腐るほどあらぁ。レド、持って来い!」
親方に命じられたレドが慌てて砥石を取りにいく。
ボルスはレドが持ってきた砥石の中から、特に目の細かいものを選び、砥ぎ始める。
その様子をジッと見ていた親方が、
「ほぉ、大したもんだ」
と言ったが、研ぐことに集中しているボルスの耳には入らない。
ようやく砥ぎ上がった包丁を手に、ボルスはまな板に向かう。
「行くぜ」
「剣術の稽古じゃねぇや」
誰かがぼやいたが、「黙ってろ」と親方に叩かれた。
ボルスはフライパンを火に掛けた。熱を帯びるまでの間に、下拵えを済ませておく。
まず、パンをそれぞれ真ん中から真二つに切り分ける。次にベーコンを手頃な大きさにカットし、カブを薄く輪切りにし、チーズをスライスする。
フライパンの上に手をかざすと、温まってきているのが分かった。ベーコンを次々と敷くと、熱せられた油が跳ねる。
表面をカリカリに焼いたベーコンをフライパンから切ったパンの片割れに移すと、まだベーコンから出た油と肉汁の残るフライパンにカブを置いていく。塩を少量ふりかけ、頃合を見て引っくり返すと、雪のように白かったカブが狐色に変わっていた。
先程ベーコンを乗せた上にチーズを乗せ、そこへさらに焼き上げたカブを乗せた。もう一方のパンをその上に乗せれば、熱々のベーコンとカブに挟まれ、トロリととけ出したチーズの香ばしい香りが食欲をそそる、特性創作バーガーの完成だ。
出来上がったものを大皿に盛っていると、周りの職人達はおぉっと感嘆の声を上げた。
「味は保証できんが、腹の足しぐらいにはなると思う」
と、ボルスが言った途端に、レドが大皿を抱え、
「すまねぇ、この恩は一生忘れねぇ!」
そう言い残して料理を運んでいった。他の男達もそれに続く。
ボルスは嘆息すると、使った道具の片付けに入った。フライパンに残った油を古布で拭き取り、軽く水洗いをする。水を切って元あった場所にしまった後、さて持ってきてもらった砥石をどうしたものかと思案し始めたとき、左腕を吊った男が入り口に立っているのに気付いた。確か名前は……
「えぇと……フォラーズ、だったか? 一緒に飯食いに行ったんじゃ?」
「いや、食卓にあんたが来てなかったから親父が呼んで来いってね」
ボルスは「ふぅん」と首を捻ったが、
「ちょうどいい。この砥石はどうすればいいんだ?」
「あぁ、それはそこに置いといてくれりゃ後で勝手に戻しときまさぁ。それよりも……」
「分かった」
そう言い、最後に自分の包丁をしまうと、フォラーズに連れられボルスは隣の部屋に向かう。
「お、やっと来たか」
部屋に入ると、他の職人達はすでに食べ終わったのか親方一人だけがいた。
「この人、ご丁寧に自分が使った道具片付けてたんスよ」
「ほぉ……一度あいつらにお前さんの爪の垢でも煎じて飲ましてやりてぇな」
「やめた方がいい。腹を壊すだけだ」
ボルスが言うと、フォラーズが呆れ顔で、
「親父、この人には冗談が通用しねぇみてぇだ」
「違えねぇ」
と、親方が笑いながら席を勧めてきた。
ボルスが座ると、卓上に置かれた大皿の上に一個だけバーガーが残っているのが見えた。
はて、人数分作ったはずだが、とボルスが首を傾げていると、
「あぁ、こいつはお前さんの分だ。食いねぇ」
と差し出してきた。
思わずボルスは親方の顔を見た。
「手当てをしてもらった上に、食事まで世話になるのはさすがに……」
「何言ってんだ。もともとこいつはお前さんが作ったもんだ。お前さんが食って何が悪い。
それに、いつもは一緒に食ってる騎士の自覚が無え馬鹿は、今頃城で美味いもんたらふく食ってんだろうよ。それは、その馬鹿の分を代わりに食べるとでも思ってくんな」
……彼が言う馬鹿と言うのは、あの騎士のことだろうか。
だが、そこまで言われては言い返せない。ボルスはその厚意を受け取ることにし、「頂きます」とバーガーに噛り付いた。カブの苦味が、チーズとベーコンの旨みを引き立てて中々美味だ。
「しっかし、たったあれだけの材料でここまで美味い料理が出来るもんなんっスね。いったい、どこでそんなん覚えたんスか?」
「野宿が多いんでね」
フォラーズが興味津々といった感じに聞いてきたのをさらりと流す。
「ほぉ独学ってわけか。それにしちゃ、包丁の砥ぎ方にしろ使い方にしろ中々のもんだったぞ」
ボルスは今度は黙ってバーガーを噛るだけに止めた。
正直、この話題には触れてほしくない。
ボルスが黙々と食べる様子をジッと見続ける親方だったが、不意に「ま、どうでもいっか」と呆気なく言う。そこに特に気分を害した様子もない。
ボルスは食べる手を止め、無意識のうちに目線で相手に問いかけていた。
いいのか、と。
相手はその意図を察したのか、ニヤリと笑みを浮かべ、
「鍛冶屋の男は余計な詮索なんぞしねぇのよ。てめぇから言いたけりゃ言えばいい、言いたくなけりゃ黙ってりゃいい……簡単だろ?」
ボルスは最後の一欠けらを口の中に放り込んだ。
咀嚼までの間に考えた末、この男なら信頼が置けると判断した。
ボルスは今度は言葉にして親方に問う。
「鍛冶屋か……不躾は承知だが、あんたのその腕と心意気を見込んで頼みがある、いいか?」
親方は、笑みを崩さないまま言う。
「何度も言わせんな。鍛冶屋の男は余計な詮索はしねぇ。ただ相手の出す仕事が気に入りゃ黙って引き受ける。たったそれだけのことよ」
第九話については、特筆することもないので、製作秘話については休みます。
代わりにお知らせ的なものを……
<『第一回 戦闘シーンを書こう』企画>
活動報告の方を読んでいる方は知ってると思いますが、クロワッサン氏が開催している『第一回 戦闘シーンを書こう』企画に参加してます。
これは、各々が自作の小説、あるいはオリジナルでキャラを一人ずつ出し、バトルロワイヤル(基本は一対一だけど)を行い、その戦闘シーンを各々が書いてその描写の良さを競い合う、という企画です。
まぁ、簡単に言えば、世界観は『仮面ライダ○龍騎』、戦闘ルールは『大乱闘スマッシュブラザ○ズ』に準じたもので、キャラの勝ち負けじゃなく、実況の優劣を競う、というものですね。
すでに、参加表明をした何人かはすでに書き上げ、クロワッサン氏のページにある会場に載っています。
さて、私も参加表明をした以上はキャラを一人参加させねばならぬのですが……
参加キャラを一通り見たら、能力、性能が恐ろしいことに……
とりあえず、「戦車の主砲を打ち込んでも無傷」の時点で何かが決定的におかしいです。
だって、考えてくださいよ。うちの小説のボルスやパーシヴァルで、一体どうやってそんな相手を倒せと。うちの子達はちょっと剣術が使えるだけですよ。
試しに、友人数名に「生身で戦車の主砲の直撃に耐えられる人間を、剣で倒すにはどうしたらいいか」ってメールで聞いてみたんですよ。
以下が返ってきた回答です。
・少し早いエープリールフールか? 設定組み直さないとネタキャラ直行だぞ。
――私だって嘘だって信じたいよ。でも紛れもない真実なんだよ。
・そんなP●装甲を持った敵には光の剣、すなわちビームサ○ベルが有効だと(以下略)
――いや、モビルスーツじゃねぇし。
・爆発の衝撃と斬撃は違うと思うが。
――いや、もはやこれはそんなレベルじゃないだろ……
(次は母からの意見)
・斬鉄剣を使えばいいじゃない。
――母上、ルパン三世の見過ぎです。
(結論)
普通の剣でも倒せる可能性はあるが、出来ることならビームサ○ベルか斬鉄剣で挑んだ方が無難(ただし、両者共に入手困難)。
……いっそのこと、鍛冶屋の親方を参戦させようかなぁ……