第七話
すっかり間が開いてしまったので、前回までのあらすじを振り返ってみる。
<これまでの〝Destiny・Wars〟は!>
「その剣をよこせぇ!」
深い森の中で、ボルスが手にした一本の剣。
その剣を狙い、襲撃者達がボルスを襲う!
辛くもその剣で襲撃者を退けることに成功するが……
一方、北のとある一国にて――
「ただ今を持って謹慎を命じる」
突如、パーシヴァルに突きつけられたのは身に覚えの無い罪に対する罰であった。
憤然とするものの、結局はその要求を受け入れるしかないパーシヴァル。
しかし、これは上級貴族たちによる陰謀の一端に過ぎなかった。
ザミェル帝国――グラン大陸北部の大部分を支配するこの国は、軍事大国としてその名を大陸全土に轟かせている。
一年の大半を氷雪で閉ざされる北部地方は、土地が痩せ、ほとんど作物が育たない。そのために、そこに住む人々は鍬や鋤の代わりに剣を、槍を手に取った。
食べる物を、住む場所を求め、略奪してはまた奪われる。いつしか、雪と氷だけの大地を戦火が覆った。力のある者は豪族となり、あるところでは民族として団結し、小さな国が生まれては消えていった。
そのような戦が何十年、何百年と続く中――ザミェル帝国は誕生した。
「これからどうすっかなぁ……」
帝都リョートの大通りにて、ボルスは途方に暮れていた。
数年前から着たきりとなっている青い革鎧の上から、買ったばかりにもかかわらず早くもボロボロになったマントを羽織り、右肩から斜め掛けにしたソードベルトが、背中に愛用の剣を固定している。左肩には、旅の荷物とボルスの身の丈ほどもある包みを一括りにして担いでいた。
「はぁ……」
ボルスは何度目になるか分からない溜息を吐いた。夏だというのに、冷たい空気のおかげか口から出る息は白い。
森の中での戦いから一週間経っていた。辛くも盗賊を退けることには成功したものの、受けた被害は決して小さくはなかった。
せっかく剥ぎ取った毛皮は、盗賊の放った魔術によって焼け焦げてしまった。さらには左手に受けた火傷も、深くはないが、じわじわと痛みを放ってくる。森を出てすぐの村で休むことを余儀なくされた。怪我のせいで働くことも出来ず、宿で静養する日々が続いた。
その結果、路銀が底を着き始めた。痛みは退いてきたものの、力仕事するほどには回復してない。ボルスは、別の仕事を求め、別の街に移動することにした。
しかし、帝都に着き、仕事を探したものの、自分のような流れ者を雇ってくれるようなところはなく、現在に至った。
ボルスは財布の中身を覗いた。大小合わせて銅貨が十数枚。苦労して加算してみれば、合計百数十ザランといったところか。旅はおろか、今日の宿も怪しい。
旅に出てからというもの、いつも問題となるのは路銀だ。
ボルスが路銀を稼ぐ方法は大きく二つ。
一つは、訪れた村や街で日雇いの仕事を探して引き受けることだ。ただ、職人が持つような専門的な知識を持たないボルスにとって、出来る仕事は限られ、報酬も極々僅かなものである。
そこで、もう一つの手段だ。自分の剣の腕を買ってもらう……つまり、傭兵として自分を売り込むのだ。これまでに多くの豪族や自警団に雇われては、領地を巡っての争いや盗賊の討伐、獣害をもたらす獣の駆除といった仕事に参加してきた。
当然のことながら、命の危険というものが常に付きまとう。だが、それに対する見返りも大きい。報酬だけでなく、宿や食事を貰えることが多かった。命の保障を度外視すれば、ある程度は安定した生活が出来る。
しかし、ボルスはあまり一箇所に長く留まらなかった。そういった性分、ということもあるのだろうが、他にも理由はある。とにかく、ボルスはある程度纏まった路銀を稼ぐと、隊を抜けて旅に出る。そして、新天地で仕事を探し、雇われ、稼いではまた抜ける。彼の旅はその繰り返しだった。
ボルスは思う。自分がやっていることは、つまるところ金目当てに人殺しをしているのに等しいのではないのか。依頼を受け、戦場で人を斬り、金を受け取る。依頼を受ける部分さえなければ、本質的には、誰かを傷つけ、その人の財産を奪っていく盗人と、なんら変わりはないのではないか――
そこまで考えたところで、ボルスは自分の手が背中の剣に伸びかけていたことに気付いた。首を振って必死にその甘い誘惑を追い出そうとする。
――きっと、彼女はそんなことを望んじゃいない。
脳裏に一人の女性の姿を浮かべたとき、先程の危うい考えは霧散していた。
気を取り直して歩き出すと、街の一角に人だかりが出来ていた。何かを打ち合う音が響き、その度に人だかりがわっと騒ぐ。
気になって人だかりの中に入ると、騒ぎの原因はすぐに分かった。
二人の男が木剣で打ち合っている。一方の男は、体格ががっしりとし、薄汚れた革鎧を身に着けた傭兵然とした男で、もう一方は平服を着ているから、この街の住人辺りだと推測できる。
喧嘩だろうか、とボルスが思った矢先に、平服の男の木剣が革鎧男の右腕を掠った。
「おぉ、見事! 某の負けじゃな!」
革鎧の男が大仰に叫び、近くに置いてあった台に近づいた。その台の上には皿が乗り、その中には銅貨が二枚入っている。銅貨を二枚とも掴むと、平服の男に差し出した。平服の男は受け取ると、「よっしゃ」と喝采を上げ、人込の中に紛れていった。
「おいおい、あの剣士また負けたぜ」
「これで五回目だ……あいつ、五〇〇ザランも損してるぞ」
「ひょっとしたら、俺でも勝てるんじゃあ?」
などと、ざわめきが起こる。
ボルスは何となく事情を理解した。
先程のは互いに銅貨を賭けた勝負――つまり、ギャンブルの一種というところか。あの剣士は、それで生計を立てているんだろう……もっとも、負けが続いたら商売上がったりなのだろうが。
そんなことを考えながら見てると、あの革鎧の男が、
「この商売始めてから、ここまで負けが続くのは初めてじゃあ!」
と、芝居掛かった動作で嘆いている。
しばらくして、何を思ったのかその男は懐から財布を出し、皿に銀貨を一枚投げ入れた。
「こうなれば、一世一代の大勝負よ! 某は一〇〇〇ザラン賭けよう! さぁ、挑む者はおらんかぁ!」
周りの人間がざわつき始めた。
それもそうだろう。いくらなんでも一〇〇〇ザランは大金だ。おいそれと簡単に賭けられるような金額ではない。
「挑戦するなら、止めた方がいいぞ」
振り向くと、一人の騎士が人込に紛れ立っていた。騎士、と判断したのは着ている鎧が、自分の着ているような革鎧とは異なり、板金を繋いで作られたプレート・アーマーだったからだ。
紫色に輝く板金鎧を纏ったその男は、腰に帯剣こそしていたものの、剣を扱う人間としては、少々軟に感じる。背丈こそは自分より上だろうが、身体の線が細い。さらに女のように伸ばした黒髪と、整った顔立ちの中でも目立つ碧眼がその印象を助長していた。
ボルスがそんなことを考えていると、そのことも知らぬ男は続けて言う。
「あの男が戦っているのをずっと見ていたが、たぶんあれはわざと負けているな。その証拠に、立て続けに木剣を振っている割には息も上がってなければ、汗の量も少ない」
あの武芸者に目を戻すと、確かに男の言ったとおりだった。いくら戦い慣れていない平民と試合をしたからといっても、連続して戦えば体力だって消耗する。
第一、先程の聴衆の言葉が本当なら、あの武芸者は負けてばかりいるのだ。あそこまで元気なのは、なんとも不自然だ。
「あの大袈裟な動作も演技か?」
「たぶんな。大方金額を上げて、そこに高を括って挑んできたところを打ちのめすんだろう」
随分とあざとい手だ。
「忠告はありがたく受け取っておく。ま、どの道俺はあいつに挑むことがまず無理だがな」
「何故?」
その質問に対し、ボルスは男を睨みながら答えてやった。
「金が無ぇ」
答えると、男は一瞬何を言われたか分からないような顔付きになった。
「一〇〇〇ザランも無い、ということか?」
「そういうことだ」
憮然として言うと、男は完全に呆れ返った顔になる。
「君、その格好からして旅してるんだろ? それで大丈夫なのか?」
「大きなお世話だ。そういうあんただって見たところ騎士だろ? こんなところで油売ってていいのかよ?」
男は「あ~」と頭を掻いた。どうやら何か思い至ることがあるらしい。
「まぁ、そんなことはどうでもいい」
「どうでもいいって……ちょっと待て。あんた何してんだ?」
男はちょうど懐から財布を取り出したところだった。
「見て分からないか? あの男の鼻を明かしてやろうと思ってな」
「挑む気かよ。あんた見た感じそんな強く見えんけど」
ボルスはうっかり本音を口にしてしまった。
だが、男の方は機嫌を悪くするわけでもなく、ただハハハと笑い、
「だったら、君は自信があるんだろう?」
「少なくとも、あんたよりはマシだと思ってるよ」
男は「そうか」と沈思し、
「なら、代わりに行ってもらおうか」
と、いきなりボルスの手に銀貨を握らせてきた。
ボルスは驚き、
「おいおい、いいのか?」
「いいさ。ただし、分け前は君が三で、俺が二だ。それでどうかな?」
「――いいぜ」
ボルスはニヤリと笑い、担いでいた荷物を預けた。荷物とは別に括ってあった包みを渡したとき、男の顔が一瞬訝しいものに変わったが、特に嫌がることなく受け取ってくれた。
ボルスが人込を抜け、あの武芸者の前に立つと、再び周囲からどよめきが起こる。
「ほう、そなたが此度の挑戦者か! さぁ、賭け金を提示せぇ!」
「あぁ」
返事をし、ボルスは男から渡された銀貨五枚を皿に投げ入れる。
武芸者の目が見開かれた。
「あいつ、五〇〇〇ザラン賭けたぞ!」
人込の中から誰かが叫んだ。武芸者の方は口をパクパクと動かし、
「しょ……正気か、そなたは……」
と、尋ねてきた。
「一応な。ま、互いに本気だそうぜ――」
「すげぇ、とんでもない奴が現れたぜ!」
「とても正気とは思えねぇ! 狂ってる!」
ボルスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲が興奮気味に囃し立て始めた。
「おい、挑戦者が言ってんだ、てめぇも五〇〇〇ザラン賭けたらどうだ!」
「そうだ、賭けろ賭けろ!」
野次馬達はあまりにも無責任な声援を送る。
武芸者は、最初こそ黙って立ったままだったが、ついに耐えかねたか銀貨を四枚投げ入れた。
その様子に、周囲からさらなる興奮が湧き上がる。
「いいだろう……その増長振りを後悔させてやる!」
そう言って、武芸者は血走った目でこちらを睨み付けてきた。そして、二本の木剣のうち一本を投げた。
本性を現したか、と思いながらボルスが木剣を掴んだ途端――
相手はボルスが構えるのも待たずに木剣を振り上げ、打ちかかってきた。
最近、友人から「『梅院暁』の読み方が分からない」と言われました。
一応言っておきますと、「うめいんさとる」が正しい読み方です。
実際、マイページの方に読み方は載っているのですが、私は一作品しか連載してないので、たぶんマイページの方は誰も見ないと思うので、この場を借りて言います。
それでは、久々の製作秘話なんかをどうぞ。
<D・W第六話作成秘話及び裏話>
……といっても、書くことはちょっとしたお詫びだけです。
第六話は、とにかく文量が多い話となってしまいました。
大抵いつもなら四千字程度でまとめられるのですが、前回の話の場合、パーシヴァルに見せ場を作ろうとしたら、いつの間にかあの量になってしまいました。
今更ながら途中で切っとけばよかったかと思いましたが、そうすると、主人公のボルスがまだ三話しか登場してないにも関わらず、パーシヴァルの方が四話も登場することになってしまうので、あのような形となってしまいました。
以後は文の長さには気を付けたいと思います。