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もうあとはないのよ

作者:

第一章 マッチングアプリ始めました

 

「この人じゃ、あっという間に介護じゃないのさ」

洗いたての髪をタオルで拭きながらスマホ片手に呟く。

誰も居ない部屋で一人マッチングアプリを見る習慣が既に1年。

 最初は「もしかしたら素敵な人に出会えるのかな」と期待をしていたが

1年も経験すれば、もはや期待ではなくただの暇つぶし。

あわよくばと、わずかな期待も見事打ち砕かれるような「いいね」を送ってくれた方々。

「そりゃそうよね。もうこの年齢の女とマッチングしたい人なんていないわよね」

ため息と一緒に吐き出す毎度のセリフ。

ごくまれに「僕は年上が好きです!」と20代の若者からのアプローチ。

年上好きって、間違いなく君のお母さんよりヘタしたら年上。

ママ活相手にもならないでしょうよ。

もはや我慢大会だぞ。

左にスワイプする動作も段々少なくなる。

「もうやめたい!」スマホをベッドに放り投げ足を投げ出し、画面を見すぎて疲れた目を閉じる。


57歳、死別、成人している子供2人。

アプリにプロフィールを登録する度に「57歳・・・」と悲しくなる。

同性のは見られないから、こんな年齢の人ってどんな写真載せているのか気にはなるが

迷うことなく、2~3年前の「まだギリギリ大丈夫だろう」という写真を載せる。


アプリの心憎い機能で「新しく登録した人」とトップの方に表示されるようだ。

初めてアプリをした時は、驚くほど「足跡」が付いた。

慣れないアプリで、何をどう操作して良いのか分からず「スキップ」したいのに「いいね」の方に

動かしていしまい「マッチングしました!」と、出た時は茫然としたが今では「スキップ」すらする事もない。


これは同じアプリに長居するのがダメだと悟った。

そう。男性もなぜか見慣れた方たち。

「まだ見つからないのかい?同じだね」

でも自己紹介文は当時のままなのか「アプリに登録したばかりなので不慣れです」の文字。

定期的に自己紹介文を変えて、「新しく登録した人たち」に食い込まないと、ドンドン埋まっていくのを私は経験から知った。

が、それもわずかな抵抗でしかならなっかた。

「いいね」ももちろん「足跡」すら付かない事が多くなる。

これは「待っているからだめなんだ。プライドは捨てよう」とこちらから「いいね」を送る。

「どこの誰かなんてわからないのだから自分から行かなくちゃ!」と開き直り送る。

「いいね」が来ないのに「いいね」を送っても、さほど変わらない事に気付くまではそうは

時間は掛からなかった。


素顔を出している人、風景の人、食べ物の人、車やペット。

沢山の男性。

「この中からマッチングするのってホントにあるのかよ。

遊びなら良いだろうけど「本気の恋愛」になる事なんてあるのか?」

頭でそう思いながら、石粒のような期待を胸に今夜も覗いていた。


第2章 運命の出会い

世の中が師走で慌ただしく動いている時期に

横顔の56歳男性から「いいね」が着た。

はっきり顔がわからないが、身長も体型も「理想の設定」に逸れていない。

「まあいいか」と「いいね」を送る。

「マッチングしました」と表示された。

直ぐにお相手からメッセージが着た。

「マッチングありがとうございます。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそいいねありがとうございます。よろしくお願いします」

ごくごく普通のやり取り。

この辺りで「ニックネーム」のままでやり取りするか下の名前を出すかで、流れは変わる。

様子を見ているとお相手はフルネームを書いてきた。

私は「この人大丈夫なの?初心者?え?もし私が悪者だったらどうするの?」と

焦ったせいで、気が付けば私もフルネームを書いていた。

彼はフルネームどころか会社名まで教えてくれた。

私は「この人逆に怪しいでしょ!普通会ってもいないのに素性ばらす?それとも全くの素人さん?」

とアプリ歴長い玄人の私は驚いた。

アプリ内のメッセージ機能を数回した。

メッセージを読むにはアプリを開かないとならない。

私はそれが妙に空しく思った。

「所詮アプリでの出来事」と嫌でも痛感するからだ。

数回のメッセージのやり取りからラインへ移り会う。

ラインをせずメッセージ後会うというパターンは、私の経験上進展することは無かった。

彼は「アプリのメッセージはタイムラグがあるのでメールにしませんか」と

送ってきた。

「メール?今時メールを使うことある?ラインじゃなくてメール?」

「この人大丈夫か?」と思ったがフリーメールアドレスを教えた。


「アプリのメッセージもメールもなんだか変わらないなあ。ちょっとめんどくさいかも」

私の中で「めんどくさい」という印象になってきた。

アプリのメッセージだったら、途中でブロックすれば関わりは断てる。

でも「メール」は「アプリの人」から「リアルの人」に近づいた感じになるので「断る」のも

「めんどくさい」行為だ。

他愛無いメッセージを一日1通ずつ送るようになった。

「メッセージでもメールでもタイムラグ変わらんし」と思ったので今度は私から言った。

「ラインにしません?」

「リアルの人」は「現実味のある人へ」と変化した。

ラインが始まった。

「改めてよろしくね」と彼は送ってきた。

メールのやり取りがなんだったのかと思うくらいタイムラグなく会話が弾んだ。

ラインの中で「あ、僕もうアプリやめましたから」と彼は送ってきた。

「え?!」驚いた。どこのおばさんかもわからない、会ってもいないのに止めちゃう?

僕は真面目です!アピール?!どうしよう!責任取れって言われたら!!!

ほとんどのアプリは「退会」したら◎◎日間再登録できないようになっている。

(アドレスを変えれば可能な場合もある)

さらに「めんどくさい」が濃くなってきた。

そして「会いませんか?」と誘われた。


第3章 約束の日

年内は私も予定があり年が明けた1月7日に会うことになった。

新宿駅19時での待ち合わせ。

お店は彼が予約してくれた。

居住区が東京の人は大抵「新宿」を指定してくる。

駅としては分かりやすいが、時間帯によって人ごみの中から探すのは、大変だしなんだかロマンチックではない。

スマホ片手に「黒い服に黒いマフラーです」「白いスカートに赤い鞄です」と

なんら特徴的なことでもない事を言いながら辺りをキョロキョロするのはロマンチックではない。

57歳でもロマンチックは好きだ。

約束の時間より少し早めに約束の場所に着いた。

すると彼からライン。

「改札の前にマスクしていて黒い服で黒い鞄です」

特徴ないじゃん!そんなの100人くらいいるだろ!

ラインに「どこでしょう?」と打ち顔を上げ改札口を見た。

男の人も女の人もこのご時世スマホを触っていない人はいない。

みんなまだマスクをしている。

でも私はすぐわかった。

そして彼も顔を上げた途端私が分かったのかマスクの上の目がニコッとした。

私を見つけた時の目だけの笑顔が周りのすべての音を消した。


第4章 高鳴り

彼が予約したお店に入った。

地下のおしゃれなお店。雰囲気も良く少しお高そうなイタリアン。

「何飲みますか?」彼に聞かれたがメニューの値段が「東京は物価高いぞ」と圧がある。

「お酒飲みますか?」ここで「はい、とりあえずビールで」と言ったら居酒屋デートになってしまう。

57歳の女だがこんな小洒落たお店とは縁遠かったので「炭酸水あったらそれを」と言った。

「あ、じゃ僕も同じのを」「食べ物は何が良いですか?」「どうしよ。。。」

「食べられないものありますか?」「特にはないです」「では適当に頼んでいいですか?」

「はい。お願いします」

全てがスマートだった。「素人じゃない!もうプロ中のプロじゃん!」

料理も取り分けるし飲み物なくなれば聞いて聞いてくれる。

話上手だし気配りも出来る。でも驕っていない。

完璧だ!申し分ないほど「めんどくさくない人」だった。

食事の途中ビリヤードのの話になるとすぐ近くにないか、と探して見つけてくれた。

食べ終わってから「どうします?」というのがない。

スマートで完璧!

食事を終えビリヤードに向かう。


第5章 勝利宣言

ビリヤードに向かう途中彼は言った。

「あ、僕別居してます。離婚調停中なので」

まあ、そんな話はラインでしていた。

その時はまだ会っていなかったし何とも思わなかった。

実際会って「別居、離婚」というワードを聞いても特に何も思わなかった。

遊びでもまあこれくらいスマートなら楽しいだろうな、その程度だった。

「それと、僕には彼女ではないし、既婚者でその家族とも腐れ縁みたいな感じの付き合いのある幼馴染の人がいます。その人とはこの先も離れることはないだろうし、老後もその家族とかなっと思っているので、もし将来を考えるようでしたらそのような方を探してもらって構いませんから」

と言われた。

「なだそれ?」と思ったが私はもう結婚はする気はなかったので「分かりました。全然構いませんよ。楽しい時間を過ごす相手で良いので」と答えた。

ビリヤードをやり終わるまで本当にそう思っていた。

ビリヤードは得意な方だったが彼は頭の良さを使い見事私に勝った。

会ってからこの時間まですべてが彼のペースなのが少し気に入らなかった。

「ホテル行かない?」つい、悔しさとなんとなくまだ一緒に居たかったのが後押しをし、私は

彼を誘ってしまった。意味もなく「勝てる」と思ったのだ。


第6章 融合

ホテルに入りシャワーを浴びた。

「何やってんだ!私!」でも今更引くに引けない。

やるしかない!こうなったら57歳女の意地を見せてやる!

どんな意地なのかわからないが彼がバスルームから出てきた。

続けて私もバスルームへ。

シャワーを浴び終えベッドにいる彼にキスをした。

普通の恋人同士のような軽くて甘いキスだった。

本当に付き合いの長い恋人同士のような時間だった。

そして一つになった時お互いが溶けた。


第7章 恋わずらい

その日から毎日ラインをした。

段々と彼のこともわかってきた。

そして彼は翌週も「ご飯食べよう」と誘ってくれた。

平日の夜彼に会った。

昼でも夜でもラインはすぐ既読になり返信も早い。

ただし平日だけ。

週末は既読になるまで何時間も掛かるときがある。

「あ、その家族と過ごしているんだ」はっきり言われた訳ではないがそれ以外思いつかなかった。

それでも週末の昼間にすぐ既読が付き返信も着た。

「あれ?今日は家にいるの?ならたまには昼間会わない?」

平日は長くても3時間ほど。もっとゆっくり彼と過ごしたかった。

「うん・・・でもごめん。出られないんだよ」

「出られない?どうゆうことだろう?」

用事があるんだろうな、と深く聞かず「じゃあ、また来週どこかで会いましょう」と私は言った。

もっと会いたい、彼と話がしたいと彼のことを好きになっていた。

好きになると会えないのが寂しくなりなぜなのか聞きたくもなったが、最初に会った時の「幼馴染」が

原因なのはわかっていた。

会って3週目に「半休とったのでドライブ行かない?」と言ってくれた。

とても嬉しかった。初めて昼間に会う。

午後からお台場に行き横浜に行った。

買い物は好きじゃないのも私とぴったりだった。

そしてまた甘い時間を過ごした。


第8章 選択

私は完全に彼に惚れていた。

初めは「幼馴染だかなだか知らないけど関係ない」と思っていたが

その関係が辛いと思うほどまでなった。

ドライブの帰り道私は言った。

「どんどん好きになる。でも私は彼女にはなれない。このまま付き合っても週末デートしたり、旅行も出来ない。会えるのは平日の夜と有休しかない。耐えられない」

彼は悲しそうな顔をし「ごめんね」とだけ言った。

「ごめんね」の意味は「変えられない」ことに関してだと私は気付いた。

私は「このままの関係」か「別れる」かを選択しなければならないくらい想いは深かった。

新宿が近づくにつれ私は「このまま続けたらもっと苦しくなる。いまなら傷は浅い」と思い、涙をこらえながら「終わりにしようか」と告げた。

会ったのはまだ3回なのにまるで長い恋人同士の別れのような空気が流れた。

それくらいお互いの想いは深かった。

彼は波目で「うん。ごめんね」と言った。

無言のまま駅に着き私は彼の顔に触れ「なんて顔してるのよ」と言った。

それくらい彼もまた寂しそうだったのだ。

改札まで送ると言いその間も強く手を握ってくれていた。

放したくなかったが寂しい思いをするのが分かっていたから放すしかなかった。

「じゃ、元気でね」私は手を放し振り返らず改札を抜けた。


第9章 会いたい

「さよなら」をする前に植物を渡す約束をしていた。

別れた翌日、植物を送った。

ふと、私は別れたのにこの植物は彼に会えるんだ、と思った途端「会いたい」という

想いが止まらなかった。

ラインをした。「会いたい」「俺も」

彼の仕事が」終わるころ彼の家に行く、と言った。

家に行くのは二度目だ。

最初に行ったのは金曜の夜。

普通の恋人同士なら次の日休みの土曜ならそのまま土曜もいただろう。

でも週末は「幼馴染」と過ごす恋人同士は早朝に別れなくてはならなかった。

「会いたい」気持ちがお互いに高まり金曜というのもあり「今夜行く」と私は言った。

彼も「うん。おいで」と言った。

金曜の23時。

私たちは抱きしめあった。

「ごめんね」と繰り返す私の声だけが聞こえていた。


第10章 終わりに向けて

出会ってから半年。

「めんどくさい人」は私にとって「大切な人」になった。

でも変わらず「幼馴染」という存在は付いている。

金曜の夜、彼の家に行って早朝帰ることもままならないほど彼は忙しくなった。

毎週が月1回、有休を使って長い時間一緒にいるだけになった。

でも会えないより良かった。

彼もまた彼なりに悩んではいてくれてはいるが「どうにもならない」状態を変えるほど

勇気も私への愛情も持ち合わせていないようだ。

「出会わなかったら良かった」「好きにならなければよかった」

お互いにそんな想いが膨らむ。

でも、彼が初めに言った以上、それを承知で付き合った以上、どうすることも出来ない。

けして「普通の恋人同士」にはなれない、終わりに向かうしかないこの関係。

この関係を終わらせて傷が癒えて・・・その時私は何歳になっているんだろう。

「女としての人生」はもう後はなさそうだ。

それでも心が壊れてしまう前に終わらせないといけない。

やっぱり彼は「大切なめんどくさい人」だ。











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