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囚われの縦ロール

「はい、D室グラタンピザとコーラの出前入りました〜」

 割烹着姿の男が岡持ち片手にせっせっと食堂の出入口から小走りで出て行く。

 メイルストローム号の食堂では艦内なら何処でも出前してくれるサービスがある。

 持ち場の仕事が忙しく食堂まで食べに来ることが出来ないクルーがいるから始まったサービスである。

「ふむ、レゾナンスへの航行もここまで何事も無く進んでいるな。あちらからの無線通信の信号もグリーンになったから、もう二週間もあれば着くだろう。一安心ってとこだな。後はこの傷さえ癒えてくれれば…」

 食堂の四人席に一人で座って緑茶を飲んでいるこの艦の艦長アルバ・デルキランは脇腹の少し上の辺りを摩り独り言を呟く。

「はい、D室ホットドッグとフライドポテトにコーラのおかわり入りました〜」

 割烹着姿の男がもう一人出前に出て行く。

 アルバは何かが耳に引っ掛かり背の低い角刈り頭の中年の給仕に話し掛ける。

「なぁ? この船にD室なんてあったか? 俺は聞いたことないんだが?」

「へい、独房だと聞こえが悪いのでD室とこの食堂では呼んでまさぁ」

「独房?」

「へい、昨日から匿名希望さんから出前の注文がよく入るんでさぁ」

 王都コロニーグラムライズを出航してからここまでに独房を使うような事態は起きていないので、使用すらされていないはずだ。

 慣れない艦長という役職で疲労したアルバの脳裏に一昨日の事が蘇る。

『わかった。なら三食スルメだ』

『はい…』

「おい? 匿名希望って奴の髪型縦ロールだろ?」

「そうそう! いつも食べ終わって帰る時にチップだとか言って煎餅渡して帰る子でさぁ!」

 アルバを猛烈な眩暈が襲う。

「そんな事してたのかアイツ…わかった。ありがとう。それと、今から俺がいいと言うまで独房に…出前はするな」

 クラクラとよろめきながらなんとか平行を保つ。

「へい、承知しやした」


 メイルストローム号の独房は格納庫から居住区画を隔てた場所に位置する。捕虜などが逃げ出した場合の主な脱出口が格納庫にあるVSA用の射出口なので、その間にクルーの居住区画を入れてそこで逃すのを食い止めるためである。

「匿名希望さーん出前お持ちしやしたぁ!」

 堅牢な鉄格子の窓から食堂員が声を掛ける。

 独房の主人は淑やかな口調で返してくる。

「苦しゅうない、盆ごと下の隙間から入れてくれし」

 重厚感あるドアの下の隙間からホットドッグとフライドポテトと瓶のコーラを差し入れる。

「チップだし、取っとけ」

 鉄格子の隙間からピンッと輝くものが一つ飛んでくる。

「こいつぁ…」 

 食堂員は床に落ちたその金属の細工物を拾い上げる。

「今手持ちがないからポケットに入ってたクリップだし、ウチのポケットに入れる前はルナの胸ポケットに入ってたお宝だ、食べるとルナの聖戦士バインバインの味がするかもな、遠慮せず持ってけし」

 食堂員は童心の笑顔で、

「ありがとうございやす!」

「さっきのグラタンピザ…素材がどれも新鮮で活きてるピザだったあれは石窯で焼かないと出ない味だろ、とシェフに伝えてくれし。あと、たい焼きも持って来いし」

「グラタンピザは冷凍でさぁ。あとここに来るまでにアルバ艦長から連絡があってここにはもう出前するなと、なので来ません」

 食堂員は岡持ちを手に立ち去る。


「チッ…気づかれたか…隠し持ってた端末は見逃すザルだと思ったが、聡いなピノキオデラックスめ…そ・れ・は・そ・う・とぉ〜♡ 美味しそうなお夜食ちゃんのお出ましだぁ♡」

 独房の主、ラシー・セルシーは硬そうで狭いベッドに腰掛け、簡素なテーブルに盆ごと乗せ、涎を垂らしホットドッグを手に取る。

「いっただっきま〜…」

 食欲も絶頂というところで、

「ラシーちゃん?」

 唐突に扉の向こうで聞き慣れた声がする。

「ルナ? 何しに来たし?」

 ルナ・コートリアムは鉄格子越しに顔を見せる。

「艦長に様子を見るよう言われて来たんだけど、ラシーちゃん! 独房に出前呼ぶ人なんて聞いたことないわよ! もう!」 

 本当はアルバには何も言われていないが心配になって来たルナである。

「今いいとこなんだから邪魔するなし! ウチは明後日までここで孤独を満喫するんだ! あっち行けし! 三食スルメにはもう飽きた!」

「沙耶お嬢様をザリガニみたいに釣った罰なんだから独房ライフをエンジョイしないで!?」

「出の悪いミストシャワーと衝立だけのトイレなのが難点だが中々ここも居心地がいいんだよ。あとな、働かなくていいし」

「休暇じゃないんだけど!? 懲罰よ!? セルシー造船の娘がこんな感じでいいの!? 篤国の血族でしょう!? 一応!?」

 眼鏡がガタつくほどのジェスチャーを交えてルナは必死で訴えるもラシーは通常運転だった。

「そんな事言われてもなぁ? これがラシーという美少女だし?」

「確かに髪型以外沙耶お嬢様に似てて可愛いけども!? 自分でそれ言っちゃうの!?」

 親友の破天荒さに動揺するルナとは反対に実に落ち着いているラシーは、

「ルナ?」

「…何?」

「年齢的に似てるのはアイツでウチがオリジナル。物事は正確に言えし。新型の沙耶はウチよりちょっと…でか…い…だろう?」

 と、そこで言い淀む。

「上手いこと言うつもりが墓穴掘ってるわよ? ラシーちゃん?」

「……っ! 負けてないやい! 知ってるかルナ? 最近のトレンド女子はミニサイズだし、つまりミニの中では特盛な方だがウチが世界標準! ルナと沙耶が色々デカ過ぎるのだ!」

「独房系女子もトレンドだったりするの?」

「独房って呼ぶんじゃねぇ! ここはウチの別荘だ!」

「20歳近い大人がこの程度で拗ねないで!」

「うるさいなぁ…」

 ラシーはベッドにうつ伏せになると薄い毛布を頭まで被り、テーブルの上を横目で見る。

「食べ物が冷めちゃったし…これじゃおいしくないし…食べるけど…」

 落ち込んでいるのが見ただけで分かるほどラシーの周囲の空気が重い。

 その様子にルナは感じるものがあった。

「ラシーちゃん…ホントはすごく反省してるんだよね? だっていつものラシーちゃんならなんとかここを抜け出そうとするもの、それなのに出前を取るだけでこの場所を離れないのはちゃんと罪悪感感じてるからでしょう?」

「…そうだよ…ウチが悪い…反省してる……最近ルナが艦長の話とか沙耶に気を取られてるから寂しくなって気晴らしにふざけ過ぎたんだし…」

 毛布に隠れて顔は見えないが、ラシーの肩が細かく震えている。

「ラシーちゃん…」

 ラシーと出会ったのは王都コロニーでメイルストローム号のクルーとして研修に入ってからで付き合いは短いが、その無尽蔵な明るさにルナは仕事の大変さから大分救われていたし、何より一緒に居て楽しかった。

 その太陽の様な親友が一人寂しく肩を震わせている。

 ルナの心臓がまるで冷たい手で握り締められたように苦しくなる。

「ルナ……もう少し…一緒にいて? ここ暗いし一人はもうやぁ…」

 もうルナは躊躇しなかった。

 ポケットから施錠用のタブレット端末を取り出し、パスワードを打つとドアを開けラシーに駆け寄り毛布の上から抱き締める。

「ラシーちゃん! 一緒に艦長に今の気持ちを伝えよう? きっとわかってくれるから」

「ルナ…ルナぁぁぁっ!」

 抱き締められながら身を捻りルナを抱き締め返すラシー。

 優しく目を閉じたルナの瞼からは涙が溢れ、ラシーの小さな身体を強く支える。

「ラシーちゃん…もう大丈夫だよ…」

「ルナぁぁぁ…………………………………掛かったな?」

「えっ?」

 抱き付くように見せかけてルナの施錠用タブレット端末を奪ったラシーが素早く操作すると開いたままだった扉がバタンと閉まりロックが掛かる。

「ラシーちゃん!? 何してるの!?」

 立ち上がろとするルナをラシーは子泣き爺の様にしがみついて押さえ込む。

「このタブレットは出航前にいじり倒したから熟知してるんだ! これで何があっても明後日までこの扉は開かないし!

ルナとはそれまで二人きりだし!」

「何してるの!? 今すぐ出られたんだよ!?」

「せっかくの休日をウチがみすみす逃すわけないだろうが! バカヤロー!」

「なんなのその自由への渇望は!? 私だけでも外に出しなさい!」

 ルナはラシーを引き剥がそうとするが強靭な力でまとわりついて離れない。

「言ったはずだし?♡ 明後日まで何があっても開かないし?♡ ルナはホントちょろくて可愛いなぁ♡ ウチはそんなルナが大好きぃ♡」

 ラシーはひまわりの様な笑顔を浮かべてルナの顔に頬擦りする。

「放しなさい! 艦長! 誰か助けてぇ!」

「逃がさないぞっ!♡ うはははははっ!♡」

 扉の鉄格子の近くに来ないと何も聞こえないくらい部屋の中の音を全て遮る防音性能に二人の声は吸収され一切周りに気付かれない。

「ちょっと艦長! 誰か! 誰か! なんなのこの子凄い悪質!」

「ルナァ♡ ずっと一緒だしぃ♡」

「ぐぬぬぬぬぬっ!」


 同時刻、艦橋にて。

 アルバ・デルキランはそこにいるはずの銀髪眼鏡の女性オペレーターが不在なのが気になった。

「イナクス? ルナはどこ行った?」

「あれ? 艦長がラシーの様子見に行くように言ったんじゃないんですか?」

 ドングリ頭のイナクス・シェイクリスプがうろうろと歩き回るアルバに質問する。

 アルバは首を捻りながら数秒沈黙すると、

「あーんー……ルナとラシーは明後日まで休む。絶対探したりするな」

「はい」











 


 


 


とっても仲の良いラシーとルナですね(´∀`)

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