業者中毒
チンパオは今回は休業しますと書いたボードを持ちハヌマッチの前に佇む。
「ハヌマッチひとりでハヌまるのは無理だぜ?」
ハヌマッチはチンパオよりは真面目です。
「都原、業者という男は一体どんな奴なのだ?」
二時限目後の休み時間にトイレに行き、小腹が空いたので豆腐バーを齧りながら廊下を歩いていた都原カイトはロザンナ・ホーキンス教諭が突然後ろから声を掛けてきたので一瞬飛び跳ねる。
VSA操縦士養成学校であるソーディスでは昼休みと放課後以外の食事の摂取は原則禁止である。とはいえ、その規則を守っている生徒はあまりいないのだが…。
「あー…先生? 業者とまた何かあったんですか? そりゃアイツだって業者ですから? 大好きな先生の部屋に盗聴器やカメラくらい仕掛けますよ?」
「うむ、完全に法に触れているからな? それ? 毎度風呂場で視線を感じたり、昨夜も部屋でシャッター音がしたな、就寝中も微かにベッドの下から吐息の音が聞こえるのだ、おそらく奴だろう。くノ一である私の気配察知をここまで見事にすり抜ける奴は初めてだ。それで業者とはどんな奴なのだ?」
どうやら口にぶら下げた豆腐バーの事についてはお咎め無しのようなので胸を撫で下ろす。
「先生はとても業者に懐かれていますね。それで具体的に言うとどのような部分を知りたいんです?」
「うむ、まずは性格だ、あとは容姿だな、その次は趣味とか家柄でも良い、分かれば将来の夢などを教えてくれ」
ペンとメモ帳を手に眼鏡を輝かす。
「あー、それはですねー…」
都原が答えようとすると、廊下の向こうから女子生徒が走って来るのが目に入る、ドルチェ・ド・レーチェスである。
「せんせーいっ‼︎ 斉藤が配電室の前でケーブル噛みながらぶっ倒れてるからアンペア数測って欲しいんですけどーー‼︎」
「またか…アイツは電気属性でもないのによく帯電しようとするな。電気属性のアニメ男子はイケメンが多いから分からんでもないが…今行く…都原、悪いがまたの機会に詳しく教えてくれ」
「あー、はい。先生もいつもちょっとセクシーな格好してるんで痴漢とかに気をつけてくださいね?」
「現在絶賛その類の奴に懐かれてるんだが...一応ありがとう」
ロザンナ先生はそう言って踵を返して早足で立ち去る。
交代するように都原の前にドルチェが駆け寄る。
「先生と何話してたの?」
ドルチェは赤毛のポニーテールを揺らしながら頬に右手の人差し指を当て首を傾げる。
「業者のことだ。見た目とか性格とか趣味とか将来の夢とかな。業者の責めにも大分慣れてきたようだったぜ。業者の奴先生のベッドの下に息を潜めるなんてやるじゃねえか、相変わらずやることがスネークみたいでカッコいいな」
「いつも枕の裏にいるわけね…ねえ? なんだか先生の質問お見合いで聞くことみたいじゃないかしら?」
「あの先生が生徒に手を出すわけないだろ…う?」
一抹の不安を覚える都原だったがここでチャイムが鳴ったので教室に戻る事にした。
「いや、普通に業者のやってることストーカーなんだよね、面白いけど…それであの堅物のロザンナ先生がキュンと来るわけないない。だってあの人、高学歴高収入のエリートばかり狙って撃沈の輪廻じゃん?」
さっきの事を昼休みの学食の席で話すと割とまともな意見が返ってきた。
カツ丼を頬張りながら箸を立てリッジスは続ける。
「ロザンナ先生は超優良物件の玉の輿にしか乗らないと俺は断定する‼︎」
「あんたの勘なんて微塵の役にも立たないわよ。先生は今まで碌に相手してくれる男の人がいなかったからとてもときめいているのよ‼︎ 普段が禍々しい分、自分に芽生えたピュアな感情に気づけないでいるの‼︎」
ドルチェは彩り豊かなサラダパスタの器にフォークを指して興奮気味に前のめりに語る。
「いーや! なんでもないね!」
「絶対プラトニックラブよ!」
顔を突き合わせ燃える視線を衝突させる二人を他所に唐揚げの乗った冷やしうどんを啜りながら都原は、
「ならなんか賭ければいいんじゃないか?」
「学食半月奢ってやる!」
「マウストゥマウスのキスしてやるわ!」
「はい、両者出揃いました!」
『ロザンナ先生ーーーーー今日ーーーーー145人目ーーーーーーっ!!』
学食の入り口を物凄いスピードで生徒が一人叫びながら横切る。
「てめぇーーーーー! 廊下を走るなーーー!」
「あっ…業者と教頭だ…」
「と、いうように愛とは見た目の違いに囚われずに成立するというわけだ。貴様達はそこら辺のファストフードのマスコットにも歪んだ愛情を注ぎそうだから心配は無いな」
美女と野獣を題材にした授業をそう締めくくり、教壇の上でパチパチと手を叩くロザンナ。そこで、都原がいつものように挙手する。
「先生は愛情ってどんなものだと思いますか?」
もちろん授業の内容から賭けの肝要を聞き出す為の質問だ。
「良い質問だ。私にも実は最近、愛を感じさせてくれる奴がいてな。イニシャルで言うとGだ」
「どんな時にそう感じるの?」
ドルチェがそう質問し、リッジスの方を見てほくそ笑む。
「ふむ、そうだな…」
と、ロザンナは黙り込むと次第に過呼吸の息遣いになり始める。
「例えばな…はぁ…私が部屋に帰るとだ…はぁ…玄関のドアノブにビニール袋がぶら下げてあるのだ…はぁ…はぁ…」
「「ん〜…?」」
いつものロザンナからは予想の出来ない展開に都原達は唸る。
「手に取るとだな…はぁ…まだ温かいんだ……ハァハァ…中身は…おにぎりだ……はぁ…具は…はぁ…シャケだ…」
「「ヒッ!」」
引き攣った声を上げる生徒達だが恋バナで真のマウントを取った事の無いロザンナはおかしな高揚感により、話に拍車が掛かる。
「…ハァ……手紙が添えられていてな……お疲れ様です、いつも見ています……とな……はぁ…部屋に入ると……夜だから当然だけど暗い部屋なのだが……これまた温かい視線を感じるのだ……はぁ…風呂でもリビングでも寝室でも…はぁ…トイレでもだ……まるで抱擁されながら暮らしているようでな……はぁ……ハァハァ…」
ロザンナがそこまで言うと、キィ、と音を立ててゆっくりと教室のドアが開き。ビニール袋を持った手だけが…にゅいっと伸びてドアノブにロザンナ先生へ、と書かれた紙をテープで貼り付けたビニール袋を吊るすと、これまたゆっくりとドアが閉まる。
「全く……熱烈な奴め…はぁ……正体は分からんのだがGはとても気の利く奴でな……最初は戸惑ったのだが……最近は……はぁはぁ……影のように付き纏われるのも心地良くてな………現にこのようにサプライズもしてくれるのだ………」
ロザンナはそのビニール袋をドアノブから外し中を確認する。
「先生……それ…中身なんなんですか……?」
極平均的な女子、黒髪を三つ編みにした眼鏡の生徒、黒渕鳴子が恐る恐る訊く。
ロザンナは常軌を逸した顔で袋から中身を取り出し、
「………ハァハァ……ハァハァ………チョコ……はぁ…バナナクレープだぁ…………」
「プラトニックラブでもなく、なんでもなくでも無いな…」
後日、ドルチェとリッジスは両者の予想は五分五分と判断されリッジスはドルチェに一週間学食を奢る権利を、ドルチェはリッジスの頬にキスをしたが、どちらもズーンとした表情だったそうな…。
はい。今回はとんでもなくどうでもいい話ですが、リバイバルシードの裏側ってこういうノリだと知るにはいい話ですね!⭐︎