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護衛はつらいですわ

 自分は節子にナポリタンを強要している…。

 自覚していなかったが確かにそうなのかもしれない。

 清太は一人、ズボンのポケットに両手を突っ込み日の暮れかけた河原の土手をトボトボと歩いていた。

「節子…ごめんな…」

 もしかしたら自分は節子の兄として失格なのだろうか?

 そんな自分への疑念が清太の心を満たす。

「…ワイは…ナポリタンを作らん方がいいんやろか…?」

 口を尖らせ呟いた時だった。

 河岸の方でドボンと何かを水面に投げ入れる音がする。

 清太がそちらを向くと、一人の少女が足元の石を拾っては川に放り投げている。

 ピンク色のフリルのドレスを着た自分と同い年くらいのブロンドの髪色をした少女だった。

 こんな時間に人気のない場所に少女を1人にしておくのは心配だ。清太は息を殺して背後から少女に近付く。

「セバスチャンたら!今日はハムカツだって言ったじゃない!もう!知らないんだから!」

 少女は自分の胴体ほどもある岩を頭上に持ち上げ川に思い切り落とす。

「お前、結構力あるんやな? ガッツマンみたいや。ワイはロックマンだとガッツマンは好きやで」

「だっ!だれ!?」

 少女が振り向くと顎をしゃくらせた清太が背後2センチの所に立っている。

「ワイは清太、お前は?」

「わっ…私はマルチェロ…ロックマンだとエレキマンが好きよ…」

「そっか…お前…マルチェロっていうのか…」

 清太はしゃくれた顎を戻すと、

「何か嫌なことでもあったのか?愚痴ならちょっとなら聞くで?」

 と、清太は川を眺められる向きで芝生の上に座る。

 マルチェロも清太の隣に同じように腰を落とす。

「今晩のごはんがハムカツのはずがビーフストロガノフに変わってしまったの…私、それでむしゃくしゃして石を川に投げていたの…」

「そうか…なあ?マルチェロ?ナポリタンって知っとるか?」

 その質問にマルチェロは首を横に振る。

「知らないわ…でも、ナポリタン…なんだか不思議な響き…」

「ナポリタンは赤くてドロドロで、めっちゃくちゃうまい食べ物なんやで!」

「うふふ…ねえ清太?よかったらナポリタンのこともっと聞かせて?」

 それから清太は空が真っ暗になるまでナポリタンが赤くてドロドロで、アルデンテよりふやけてる方がいい事、それから赤くてドロドロなことを話した。

「ま…マルチェロ…!ワイ!もう我慢出来ん!今ここでワイのナポリタン喰ってくれ!」

 ナポリタンの話で興奮が限界に達した清太はズボンからナポリタンを作るのに必要な物を取り出す。

「清太!?」


「清太くんと言ったかな?君は異国の大統領の御息女にナポリタンを無理矢理食べさせようとしたんだってね?」

 清太は派出所の牢屋に囚われ警官に諭されていた。

 その顔と身体にはいくつもの青いアザができている。

「はい…ただワイはマルチェロにナポリタンの素晴らしさを知って欲しかっただけです…」

 流石に知り合ったばかりの少女にナポリタンを無理矢理御馳走しそうになったのなら牢屋に入れられても文句は言えない。

「君のやった事は国際問題になりかねない。そこで充分反省して帰るといい…」

 ナポリタンを人に食べさせるのがそんなに悪いことなのか?

「優しく言うても…あんた…ボコボコにワイを殴っとるやないか…」

「君のナポリタンへの想いは常軌を逸している。反省出来るね?」

「はい…」

 流石の清太も国家権力には逆らえない。

 自分のナポリタンへの情熱は…そんなにも社会に認めて貰えないものなのか?

 まだ、少年の清太には理解出来ない事だった。

 こんなに…ナポリタンを…愛しているのに…

「ふ…っ…ふぐぅ…」

 今の清太には泣く事しか感情を表現する術が無かった。


「ルナ?」

 ルナの書いたファイナルコペンハーゲンの原稿を握り締めラシーがワナワナと震える。

「何?ラシーちゃん?まさか…やっとファイコペでキュンとしてくれたの?!」

 ルナはラシーの肩を掴んでユサユサと揺らす。

 それにラシーは逆らう様子を見せずに揺さぶられながら天井を死んだ目で仰ぎ。

「キタし…いよいよ…お前の危険思想が…天下を取る時代が…」

「ええ!なになに!そんなに良かったの!もぉ!ちゃんと分かるじゃない!そんなに来ちゃった!?」

 嬉々として口調を強めるルナにガクンガクンやられながら、

「キタ…」


 

 

 

 篤国財閥の御令嬢、篤国沙耶の護衛として雇われているサイモン・スペンサーとシェリー・マクセラス。

 その仕事は味方しかいない味方艦の中では無いに等しい。

 なので、レゾナンスに到着するまでは主に肉体の鍛錬に時間を費やすのが仕事といっても過言ではない。

 ふたりに懐いている篤国沙耶は共にトレーニングに付き合う事が多く、実際のところ篤国沙耶は中国拳法を高いレベルで体得しているので、サイモンとシェリーはこの少女はあまり護衛しなくても良いのではないのだろうか?とも思うことが度々あったりする。

 そんな篤国沙耶とサイモン、シェリーは今メイルストローム号のトレーニングルームでトレーニングウェアに身を包み、横一列に並んで各々トレッドミルで軽やかに脚を動かしウォームアップをしている。

 全身に分厚い筋肉の鎧を着ている様なサイモンとは違い、沙耶とシェリーの母性の現れはタユンタユンと揺れている。

 サイモンは朴念仁なほど護衛の対象と同僚には色目など全く向けないのだが、

「はあはあ…沙耶お嬢様…私の知らないうちにまた…お育ちになって…全く……けしからんお姿に…でゅふふふ…」

 サイモンと沙耶より負荷の強いペースで走りながらシェリーが腕で生唾を拭う。

どうやらサイモンとシェリーの沙耶に対する目は大分違うらしい。

 それを二人に挟まれるように駆けている沙耶は困り顔で、

「シェリーさん?少し早過ぎるんじゃないですか?呼吸が不規則で荒いですよ?」

「沙耶お嬢様、シェリーは長年仕えているお嬢様の健やかな成長に感動しているだけです」

 サイモンはシェリーの嗜好を踏まえた上でオブラートに包んで沙耶に伝える。

「お嬢様…ほんと…きょにゅ…お胸が豊かに…なられて…はあ…シェリーはとても…感激です…」

 シェリーの沙耶への視線はやや邪悪なものを感じるが、サイモンとは違いシェリーは沙耶の護衛を始める前は篤国の給仕として雇われていたので沙耶とは親睦が深い。

 だからだろうか?沙耶が篤国の女性として立派に育って行く事にこの上無い喜びを感じているようなのだが、

「しかも最近…どぅえへへ…ヒップラインが綺麗な流線型に…なってまいりましたわね…私はお嬢様が美しく育って…行くのが…もう…我が子が芸術品として…完成して行くようで…お嬢様で私は…ごはんが食べれます…ふひひ…」

 鴨がネギを背負っているのを見るようなシェリーの視線に沙耶は怖気を感じる。

「サイモンさん…このようにシェリーがたまに気持ち悪いんですよぉ…」

「沙耶お嬢様、シェリー相手なら弁慶を使っていいと思います」

「なぜ護衛に護衛対象がPW使って戦わないといけないんですか!?」

「冗談ですよ。まあっいざとなったら私がコイツを鎖で繋いで幽閉しますので」

 サイモンはロープを縛るジェスチャーをして見せる。


「おいおい?おっさんガタイがいいと思ったら元AV男優とかじゃないかし?」

「お姉ちゃん!」

 いつの間にか沙耶の対面にあるトレッドミルでタンクトップにスパッツ姿のラシー・セルシーがホッホッと走っている。

 さらにその隣には、

「私もいまーす!」

 ルナ・コートリアムもラシーと同じ服装で並走している。

「ルナさんまで…お姉ちゃん、人の気配には敏感な私に気付かれずに目の前にいるなんて、気配でも隠して来たんですか?」

「なぜウチがお前にそんなめんどくさい技使ってまでお前の前に来なきゃならねんだし!ただ単にお前の気配察知能力がざるだっただけだし!」

「そんなこと言ってお姉ちゃん絶対静猫歩法使ったでしょ?虎牙流の技をくだらない事に使うとあの師範に怒られますよ?」

「うるせぇな!静猫歩法はあの婆ちゃんよりウチの方が上手いからこの歩法の所有権はウチのもんだし!」

「お姉ちゃん!屁理屈捏ねないの!」

「うっせぇ!宗家のお嬢様が!」

「生まれた家は私が決められることじゃないでしょ!お姉ちゃんだって王都じゃ3番目くらいにお金持ちの家の娘じゃないですか!」

「3はウチが一番嫌いな数字だし!宗家ならお前がセルシー家に1番を明け渡せ!」

「なら才蔵叔父様を篤国の姓に戻す必要があります!そうしたらお姉ちゃんは篤国ラシーという名前になってしまいますが!?」

「いいじゃねぇか!ならウチが篤国の面影残して篤国をアッツコックに改変してやるし!」

「なんですか!?ラシー・アッツコックって!?お笑い芸人みたいじゃないですか!!」

「とりあえずカタカナならなんとかいけるし!!クソガキが!!」

「3歳も違わないでしょ!!」

「3って言うな!!」

 ヒートアップした二人が同時にトレッドミルの操作盤にバンッと手を付くと丁度速度ボタンを叩いたので回転スピードが上がりだす。

「そもそもなんですか!?その縦ロールは!?昔は三つ編みにぐるぐるメガ…」

「ああーーーー!!!!言うな!!!!マッサージ機豊胸セレブ!!!!」

 二人は徐々に走るペースが速くなり100m走並みの駆け方になる。

「豊胸じゃなくて遺伝が要因ですー!!!」

「じゃあなんだこの前の作りからして胸に使うっぽいマッサージ機は!!」

「あれは…牛用です!!!」

「ここのどこに牛がいるんだし!!!!」

「食堂の冷蔵庫に牛肉あるでしょ!!!」

「牛肉の下ごしらえにもみほぐしマッサージ機使うなんて聞いたことねぇよ!!!」

「最先端調理法なんてお姉ちゃん知らないでしょ!!!?」

「なんで牛肉用マッサージ機部屋に持ち込んでんだよお前は!!?お前恥ずくなるとホイホイ嘘つくよな!!!!!?」


「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」


「あの…サイモンさんにシェリーさん?護衛なのでしょう?あの二人…いえ、沙耶さんだけでも止めた方が…」

 ツノをぶつけ合う猪の様な前のめりの体勢で罵り合う二人を指差しルナが問うが、

「いや、熱くなったお嬢様は我々でも手が付けられないんだ。前にお嬢様があんな感じになった時は私とシェリーが羽交締めにしても抑えきれなかったからな。気が済むまで放っておいた方が平和的に解決するだろう。出来るならそちらにラシー嬢を止めて頂きたいな」

 サイモンが肩をすくめてお手上げの意志を表現する。

「ラシーちゃんはこんな感じになってるの止めると…なんていうか……悪質なとばっちり受けるんです…」

「ラシー様も…中々いい…御御足をしてるわね…こ…このままだと……お嬢様とラシー様…にはアフター…ケアに……私の手揉みが……必要ですわよね…? レゾナンスまで直ぐですから…たっぷり揉み解さないと…たくっ…護衛はつらいですわね…」

 サングラスでどんな目付きで見ているのかわからないが、シェリーがハァハァと荒い呼吸をしながら沙耶の躍動する臀部辺りに顔を向けている。

「ええぇ…何この状況…」

「全くだ。どちらかが折れてくれれば話は早いのだが…」


「お姉ちゃん!!!三つ編み瓶底の頃より陰険になったんじゃないですか!!?」

「お前は変わらず生意気だし!!!!」

「だからほとんど歳変わらないでしょ!!!!!」

「それはアレか!!!!?歳上な割りにお前よりちっさいって言ってんのか!!!!!?」

「そうかもしれませんね!!!!」

 トレッドミルの回転速度は時速40キロ近くなっているだろう。オリンピック短距離走の記録保持者近い速度である。


「お姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!」

「さやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 と、その時、ラシーの背後のトレーニングルームのドアが開きリュカレット・三浦・タナトスが入って来る。

 すると、ノールックでラシーが後方へ横に480度回転しながら天井スレスレまで跳躍し、


「トォーールネェェェェーーードキッッッッッッックッ!!!!!!!」

 

 リュカの横っ面を蹴り飛ばす。

「ぷんんんんんっっっ……!!!!」

 鼻から一瞬で全ての息を吹き出す様な音を立ててリュカが薙ぎ倒される。


 余力を体捌きで殺して着地すると、ラシーは蒸気の様に口から息を吐き出した後、

「グッジョブ!!リュカ!!!だがお前が全部悪い!!!!」


 その異様な景色をサイモンとルナ、シェリーに沙耶はトレッドミルから降りて暫く黙って考えると、

「「「「こういう解決方法が…」」」」






水と油の様な親戚の篤国沙耶とラシー・セルシーですね。メイルストローム号がレゾナンスに到着するまでのエピソードは次回がラストかな?

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