ドルチェの休日
『恋するあなたの今日のラッキーアクションはズバリ先生を否定する勇気を持つ事です。目上の人相手に立ち向かうあなたの姿を見てあの人はドキッとするはず。そうなればあの人の心はあなたに五寸釘で討ちつけた藁人形のようにグッサリと身動きを取れなくなるでしょう』
「なるほどね。グッサリか…」
ドルチェ・ド・レーチェスは学生寮の自室でゴムを使って慣れた手付きで髪を後ろで束ねながら、テレビの占いの言葉を反芻する。
淡いピンク色の壁紙が貼られ小まめに掃除している清潔な部屋にはベッドとテーブルにイス、片隅には規則正しくぬいぐるみが数個置かれている。
今日は休日でロザンナ・ホーキンス教諭とVSAについてのわかりやすい教本を書店で選んでもらう約束をしていた。
白いTシャツの上に薄いデニムのジャケットを羽織りホットパンツに膝の少し下までのハイソックスを履くと壁に掛けた姿見の前で身嗜みをチェックする。
彼女は割りと動き易い服装を好んで選ぶところがあった。
体術系の部活の助っ人を掛け持ちする彼女らしいといえる。
「最近カイトはあたしを男だと思ってるみたいな態度だし。ラッキーアクション試してみる価値はあるのかなぁ…まぁ…リッジスをズビズビ殴ってたりするからなぁ…」
男勝りな性格とはいえ彼女だってそういう年頃なのである。
姿見に顔を近付けて目ヤニが付いてないか目頭を指でなぞって確かめると、
「うん! バッチリ! 時間に厳しいロザンナ先生を待たせたら怒られちゃうから早めに行こっと!」
玄関でスニーカーを履くとドルチェは扉を開けて寮を出た。
レゾナンスの中心街にあるショッピングモールの前の時計塔の前でロザンナ・ホーキンスは黒いワンピースに薄緑色のカーディガン姿でドルチェを待っていた。
視線の先に見えたドルチェに向い声を掛ける。
「おう早いな、レーチェスおはよう」
「おはようございません」
「いきなりどうした⁉︎ 機嫌悪いのか⁉︎」
「機嫌なんて悪くないわよ? 今日はこういうキャラで行くだけ」
「そ…そうなのか…よくわからんがいいだろう…」
「さあ! 先生! サッサっとテキスト見つけてスイーツ食べましょ!」
「レーチェス、今日の本旨をサブクエストにするな。教材というのは良く吟味して自分に合う物を見つけるんだ。担任の私を誘って正解だな、ソーディスの教員はレゾナンスの書店で使えるクーポンが支給されるのだ」
「クーポンって紙の?」
「うむ、近頃は電子クーポンだと偽物が容易に作れるらしくてな。電子機器が発達した現代で皮肉なことに現物が1番疑われないのだ」
「あたし紙のクーポンって見たことない! どんななの!」
「見たいか?」
「見たくない」
「どっちなんだよ?」
「見たい」
「別に面白い物でもないぞ? しばし待て」
と、ロザンナはエナメルのバッグを漁るが財布を忘れた事に気付くと片手を顔の横まで上げて指をパチンと鳴らす。
「業者…come here…」
ロザンナがそう呟くと、数メートル離れた街路樹の上から財布が飛んでくる。
ロザンナはそれをノールックでパシッと顔の横で受け止める。
「Thanks 業者…」
「先生、業者を使いこなしてるじゃん! ヒーロー映画の宇宙から武器を送ってくれる人工衛星みたい!」
「アイツは中々便利でな。この様に私の生活のサポートをしてくれるのだ。帰ったらまた寝てる所を監視でもなんでもさせてやればおとなしいもんだ。そしてコレが今は珍しい紙のクーポンだ」
財布から出したクーポンをカードゲームの主力カードをドローした時の様に掲げてドルチェに見せる。
「わあ! ホントに紙だ!」
「すごいか?」
「すごくない」
「お前は今日はどういうキャラなんだ?」
驚く所はそこではない気がするがとにかく二人は書店に向かう事にした。
「VSA関連の本って沢山あり過ぎて何読めば学校の成績上がるか分からないのよね〜」
ショッピングモール三階の書店まで来たドルチェとロザンナの前にはズラッと本棚に並んだVSAの書籍が鎮座していた。
「VSAの技術は近頃は落ち着いて来たが右肩上がりに進化しているからな、今まで作られた機体の数も辞典にするほどある。部品については更にその数倍の種類だ。まあ、パイロット志望の一年生のお前が憶えるべきは現行の機体とそれに使われている技術で足りる」
「それにしたって大分あるわよ。字が多い本はあたし慣れてないから目がチカチカするわ。こんなの人に教えられるソーディスの先生って尊敬しちゃうわ」
ロザンナは少し感動したのをなんとか堪えて薄らと笑みを浮かべながら、
「ほほう、それでは私のこともそう思ってくれているのかな?」
「思ってない」
「キッパリ言うのはちょっと酷くないか⁉︎」
「酷くない」
「反抗期か⁉︎」
「反抗期じゃない」
「否定する理由があるのか⁉︎」
「理由なんてない」
「……………私に恋人はでき」
「できない」
「まだ言い終わってないぞ?」
「できない」
「……」
「できないと思う。できないと思う」
「なぜ二回言う?…まぁ…いいか…お前も何かあるのだろう。それで字が多いのが苦手なら図解の豊富な書籍がおすすめだ。しかし、クーポンしかりこの電子時代で紙媒体の書籍で勉強とは趣きがあって感心したぞ。こうやって本を置く店も貴重だからな。そうだな…これなんかどうだ?」
ロザンナは本棚の前に平積みにされた一冊を手に取りドルチェに渡す。
「動画&図解でわかるVSA?」
パラパラとドルチェはページを捲ってみる。
「文章の説明は簡潔で文字数は少ないし、写真やイラストが多くイメージとして掴みやすい。加えて専門家による説明講義も書籍の購入者なら端末で見る事が出来る。巻末に問題集が付いているのもいいな。一年生の履修範囲はこれ一冊でカバー出来るだろう。学校での授業の復習にはこれが最適解だと思う」
「黙りなさい」
「うむ、今日のお前は否定キャラなのだな?」
「違う」
「良いから早く買って来い」
ドルチェは嬉しそうに本を抱えると、
「じゃあコレにしてみる! 先生ありがとう!」
同性でも魅了する笑顔でお礼を言う。
「うむ、ではコイツを使って清算して来い」
クーポンを受け取るとドルチェはレジへと駆けて行く。
「よくわからん奴だが見守る価値はありそうだな…」
清々しい表情で生徒の背中を眺める。
そこに、
『釣りプリ銀剥がしキャンペーン残り一枚! 当店で釣りプリグッズを二万円分購入された方に一枚配布してるよー!』
書店のエスカレーターを挟んで向いにあるアニメグッズストアの店員が旗を振って行き交う客達に呼びかけている。
「マジか! 私とした事が見落としていたぞ! 待ってろ釣りプリー!」
飛び跳ねる様に走り出すロザンナだった。
「で、先生。釣りプリグッズ二万円分買ったんだ?」
美少年の描かれたアクリルスタンドやら何やらを大量に詰め込んだ紙袋を床に置いたロザンナをカフェのテーブルに肘を付きジト目で見つめるドルチェ。
「釣りプリの銀剥がしと聞いたら私が動かない理由が無いだろう?」
「そうやって趣味の物にはパッとお金使っちゃうから男の人逃げてくのよ?」
「はい…実は給料日まで十日、定期預金に回すお金を除外すると残金二千五百円だ…」
年上のはずなのに小さく見える。
「学食は教員は無料だからお昼以外はインスタントラーメン食べるしかないわね」
呆れた様にカフェラテを飲みドルチェ。
「はい…」
「まあ今日は良いテキスト見つかったからお礼に…はい」
ドルチェはストローの刺さった紙コップをロザンナに渡す。
「おお! お前がこんなに気が利く奴だとは思わなかったぞ! 有り難く頂こう! ちなみに中身はなんだ?」
「高級ミネラルウォーターよ。5リットル分の水の成分がそのMサイズの一杯に凝縮されてるらしいわ」
ロザンナはレモンを丸齧りしたような表情をし、
「そういう高級さより味があるものだと嬉しかったのだが…」
「高級って付くだけに500円はしたんだから文句言わないの。で? 銀剥がし削らないの?」
「そうだな! この為に散財したのだ! 削るしかない!」
「小銭持ってるの? あたし本買う時小銭使っちゃってないから貸せないわよ?」
ロザンナも財布を見るが小銭は切らしていた。
「仕方ない…業者…」
テーブルの下からコイントスの要領で回転した百円玉が放物線を描き卓上に落ちる。
ドルチェがテーブルの下を覗いても誰も居ない。
「洒落た渡し方をするだろう?」
「流石にちょっと怖いと思う」
「いいから削るぞ! 当たりが出れば推しキャラ天之川ヤマメのタペストリーなのだ! 肉を切らせて骨を断つとは正にこのこと!」
いざ勝負!と百円玉で銀を剥がしに掛かるロザンナ。
半分まで削ると『あたり…』という字が現れる。
「先生、これ当たりなんじゃない?」
「そうだな! 当たり確定だ! 一応綺麗に銀を剥がして引き換えに行こう!」
ニンマリと鼻息荒く百円玉を動かすロザンナ。
『あたりではない』
「銀剥がしまで私を否定するのか! おのれぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!!!!!!」
苦痛に顔を歪ませるロザンナを眺めてからドルチェはショッピングモールの屋上まで続く吹き抜けを見上げて、
「肉も骨も断たれたわね…」
頑張ってるロザンナ先生!頑張ってるから!