ラシーおねえさんの通信体験教室
「ラシーちゃん、このあと俺の部屋でビールでも飲みながらこれからの俺たちについて話そう。なあ、いいだろ?」
「うっせー、キラキラ野郎。近寄るなし。うちは割とひ…まではないし…」
メイルストローム号の艦橋で機械をいじりながらラシー・セルシーはこの艦を操縦することに関しては右に出る者はいない操舵士、リュカレット・三浦・タナトスを冷めた態度であしらう。
リュカレットは長い金色の髪を後ろで縛ったどこが艶やかな顔をした白人男性である。
艦内の女性クルーの間では人気第一位のイケメンで、顔の周りには光の粒子が漂っているように見える。
「そんな事言わないで一緒にビールと干し芋食べようよ」
「おめぇは女をメタンガス発生させるようなもんで釣ろうとするなし、リュカは顔以外は残念賞だから女性とお付き合いは来来来世辺りの58歳くらいまで控えろし。リュカにメロメロなのは一般女子クルー達だけだ。ウチとルナみたいな絶世の美女にはお前のキラキラ粒子は通用しない。注意しておくがお前、ルナに手を出したらウチとあのピノキオオーバーロードが黙ってないからな? そもそもウチにはジャッキーがいるし」
と言いながら、ディスプレイに映る電波の周波数グラフをキーボードを操り調整し始める。
ディスプレイ横のスピーカーからはキュインキュインと電子音が溢れる。
「ジャッキー!? 誰だそいつは!?」
「知らないのか? ウチはもう骨の髄までジャッキーのものだし」
「ラシーちゃんをそこまで惚れさせるなんて…そのジャッキーって奴はどこにいる!? 一度顔を見ておきたい!」
「ジャッキーは大体どこでも会えるし? どこに住んでるかと強いて言うならS●GAに居るし?」
「S●GAだな!? わかった!? グラムライズに戻ったら調べて顔を見てやる!?」
「リュカが勝てる相手とは思えんが…」
ラシーは机に固定されたマイクを指で突いて、通信音声に異音が入らないことを確かめる。
「S●GAのジャッキーか…忘れないぜ? ラシーちゃんは何しようとしてるのかな? マイクを突く音を上手く繋げてリュカ大好きとか凝った演出をするつもりかな?」
「そんなにウチは器用じゃねぇし、いい加減にしろナルシスト。ウチはこれからレゾナンスの通信宙域内に入ったのを確認する為に一回繋げて挨拶してみる仕事があるから忙しいんだ。邪魔するな」
「釣れないなぁ…」
リュカレットは前髪をファサッと掻き上げた後、軽くため息を吐くと、
「しかし、もうそんなにレゾナンスが近いんだね。ここまで来れたのもメイルストローム号の管制システムの知識がS.A.V.E.Sで1番豊富なラシーちゃんのおかげだよ。そんな君に…乾杯…」
と、ウインクをする。
「ホントウゼェな、ほら、繋がるから黙ってろキモイケメン」
雑音が次第に静かになり、スピーカーからは何やら騒がしげな音声が聞こえてくる。
『なんかINOの通信補助機能を試したいからって適当に弄ってたらどっかと繋がっちゃったじゃない。ハロー!ハロー!すいません!あたしらが作ったAIに色々教えてたらそちらと繋がったみたいで!ほら!あんたらも謝りなさい!』
女子学生らしき声が早々に謝ってきた。
ここはラシーは大人な女性らしく。
「いえいえ、他の通信周波数と繋がってしまう事は通信あるあるですからお気になさらず〜」
いつもの砕けた喋り方は封印し丁寧に返す。
『おばさん本当にすみません。ところでおばさんは通信には詳しいですか? 実は俺たちレゾナンスの学生で今通信機器の勉強していて、良かったらおばさんにちょっと教えて欲しいことがあるんです』
普通そうな男子学生の言葉にラシーの顔には血管が浮かび出る。
「へっへぇ〜…、私は通信は趣味で嗜んでいるくらいで教えるほど詳しくは無いですが、いいですよ。ちなみにこれでも私は年齢でいうと大学生くらいの年齢なんでおばさんと呼ばれるには少し早いと思います。とりあえず謝れよコラーです」
なんとかS.A.V.E.Sの人間と答えるわけにもいかずに一般人を装うが、流石に口許を痙攣させながら応じる。
『あー、ちょっと電波悪いみたいでよく聞き取れないんですが、おばさんは通信を楽しむ時ってヘッドホンとスピーカーだと、どちらが聞き取りやすいですかね? おばさんは今どっち使ってます?』
そこに先程の女子学生が割り込む。
『ちょっとカイト! 女性にはいくら思っててもおばさんは禁句よ!謝りなさい!』
『だって電波が悪いせいかおばさんの声に聞こえるんだよ』
ビキビキとラシーの表情筋が音を立てる。
「私は大学生くらいの年齢です。訂正してくれると嬉しいですね〜」
『大学生くらいだって言ってるわよ!ほら!謝って!あたしからすると年増だけど謝って!』
ラシーの顎の関節がバギンと言う。
そして、女子学生の背後にいる様な声の遠さで垢抜けたもう1人の男子の声が耳に入る。
『女子大学生って俺にとっては熟女の年齢だね。全然むしろばっちこいな守備範囲だけど」
『長く生きてるおねえさん大変失礼しました。ごめんなさい。あと良ければスリーサイズを教えて下さい』
普通な男子学生が謝った。
「ええ、謝ってくださればいいんです。私はスピーカーを使っています。篤国財閥とセルシー造船が共同製作した一級品なのでとてもあなた達が私をおばさんと言っているのもよく聞こえていますよ。学生の趣味の範囲ではヘッドホンがおすすめです。安価で良い製品が沢山市販されていますからね。私のスリーサイズは上から98、59、86です。みなさん、学生といえどいつかあなた達もおじさんおばさんになります。時間というのは不可逆です。河原でブーメランを投げると戻って来ないでしょう? 時間はフリスビーなんです。あなた達もいろんな経験をこれからします。心の傷は中々癒えません。ですが、傷付いて成長して行く物なんです。傷付いて傷付いて、そして、しゃくれて行くんです。わかりますか? しゃくれ行く生命に魂の救済を…』
バキベキゴキ…!
『俺しゃくれるんですか?』
「しゃくれます」
『俺まだしゃくれたくないよー!』
「しゃくれは回避不可です」
『あたしは女の子だからしゃくれたりは…』
「いえ、しゃくれます。シャクレディー・シャクレガーです」
『おばさんはしゃくれてるんですか?』
「私は平清盛のように平らです」
『具体的に俺たちはどんなしゃくれ方をするんですか? おばさん?』
「花王です」
『花王? 花王って何? カイト? 知ってる?』
『顔のことじゃね? あの…おばさん? 花王ってなんですか?』
「花王でしたら…ウェブで探せばなんだかわかるわっ!!!クソガキどもぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ラシーが殴り付けるようにスイッチを押して通信を切ると背後で聴いていたリュカレットが、
「ラシーちゃん、失礼な学生に繋がったみたいだけど大変だったね。ラシーちゃんみたいに若くて可愛い女性をおば……ヒッ…!」
振り向いたラシーの表情は般若のお面を数十倍鋭くしたものになっている。
「カイトかぁ…聞こえたからなぁぁぁ…」
ラシーは太腿を摩るようにスカートの中に手を入れると、渦を巻くように巻かれた紫色の細い鞭を取り出す。
そして、ビシンッビシンッとリュカレットの顔の皮一枚隣の壁を正確に鞭で打つ。
「…ラシーちゃん! 士官学校武術大会準優勝の技を気晴らしに俺に使わないで!」
「カイトとかいうガキ! 朱鳳流のルナの次には強い虎牙流武鞭術の女王に喧嘩売ったこと後悔させてやる! ウチの愛鞭猫じゃらしで痣だらけにしてやるし! レゾナンス! ウチの上陸を待ってろぉぉぉ!」
ラシーは周りの人の迷惑にならない正確さで鞭を振り回して叫んだ。
「……カイトとかいう学生がラシーちゃんに出会さないことを祈るよ…」
リュカレットは頭を腕で抱えて蹲りながら見ず知らずの学生の無事を願うのだった。
ラシーは子供には優しいはず。感想聞けると嬉しいです。