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第五話

これまでのおさらい

訳あって私立中学に入学した霊が視える水無瀬いろはは同じクラスになった不知火せつなからこの世の仕組みについて聞く中でせつなが禍祓といういわば霊媒師的な仕事をしていると知る。色々あっていろははせつなと幽世へと行った。

お祓いおばあアメと、ついでに馴染みの蘇環のドロップ缶を私に買って、少々上機嫌な不知火くんは「とっておきの場所があるんだ」と言って、私の手を引いて歩き始めた。


「ねえ、不知火くん」


「どうした、水無瀬」


「不知火くんのお父さんとお母さんってどんな人なの? 人間と死神のハーフなんでしょ?」


「母が人間だったことは確かだ。だが父が今どこで何をしてるか、俺には分からない」


「えっ、それって……今不知火くんって一人暮らしってこと?」


「ああ、そうだ」


「そんな『ああ、そうだ』って……。じゃあ、自炊したりしてるんだ」


「いえ、それは私がやってるんですよ」


とヒノハが話に割り込んできた。

口調はさっぱりしているが、どこか得意げに聞こえる。


「せつな様は料理がからっきしで、包丁を持つとどうも祓うことしか考えられなくなって」


「そ、それは……誤解だ」


私がクスッと笑うと不知火くんは少し恥ずかしそうに目を逸らした。


しばらく歩いてやって来たのは、鮮やかな桃色の桜が咲き誇る河原であった。

川面は静かで、吹く風が波紋を作り、花筏がゆらゆらとその流れに乗っている。


「ここだ。幼い頃に母が連れてきたことを今でも覚えてる。ここは母さんが蘇環からやって来た川、すなわち蘇環と幽世の境界だ。どうだ、時の流れが穏やかに感じられるであろう」


河原に腰掛け、不知火くんが差し出したドロップ缶からアメをひとつ取り出す。

口に放り込み、舐めているとどこか懐かしい味がする。


「ねえ、不知火くんってさ」


「ん?」


「その、ひとりで寂しくないのかなって」


しばらく黙り込んでから彼はぽつりと「慣れた……かな」と口にした。

「ただ」と彼はふっと私の方を向いた。


「お前と会えてなんだか変わった気がするよ」


風が吹き、桜の花びらがひらりと舞う。

頬が少し火照ってどこか照れくさくなった私はアメを舐め回すカランコロンという音でごまかした。

──そのとき、対岸に続々と重機が轟音とともに揃い始め、地鳴りのような音が響く。

あまりのうるささに耳を塞いで顔を上げると巨大な看板が見える。

看板にはでかでかと《幽世リバーサイド・カジノリゾート建設予定地》と書かれている。


「はっ?」


「何なんだあれは!」


「リバーサイドって書いてあるけどこの川、境界なんだよね!?」


ヒノハが腕を組んでため息をこぼす。


「また、妙な騒ぎですね……。せつな様、どうやら出番みたいですよ」


「ああ、あんなものを建てるとしたら地獄にいる鬼の連中ぐらいしか考えられない。まずいかもしれん。行くぞ、水無瀬いろは!」


「う、うん!」


とまた不知火くんは私の手を引っ張って走る。


──せっかくのやすらぎの一時も一瞬で終了。こっち来てから私もうヘトヘトなのに。


「親方、ここに式神の札の貼ってある岩がありまっせ。これどうしましょか」


ドカタの一人が工事現場に設置されたスピーカーで叫ぶ。


「砕くなり、とっととどかせッ!」


と色褪せた紺色のニッカポッカに汗の染みたタオルを頭に巻いた強面の鬼が怒鳴り散らす。

すると、数人のドカタがツルハシで岩を砕き始めた。


「やめろッ!」


不知火くんは叫んだが、もう手遅れだった。

岩が粉々になると空には真っ黒な暗雲が立ち込め、工事現場の地面は耳を塞ぎたくなるような轟音と共に激しい地割れが生じると、地面の下からの衝撃波が周囲の土塊を弾き飛ばす。

ドカタ達は蜘蛛の子散らすように四方八方に逃げ去った。

目に染みるような異臭がする真っ黒な濃霧が周囲を取り囲み、ただならぬ状況を醸し出す。

すると地下から紫色と黒の入り混じったジェル状に表面がドロドロと溶けてただれた巨体が現れ出た。

所々に腐敗した肉の膨らみのようなものがグジュグジュとしており、顔らしきものは見当たらず、そもそも顔と体の境界がなく、一種のスライムのように見える。


「不知火くん、あれ何!」


「あれは腐穢霧鬼(ふえむき)だ!」


「フエムキ?」


「アイツのせいで前に霊世インフルエンザが流行ったことがあるんです!」


「へー、こっちにもインフルエンザってあるんだ」


「早く逃げるぞ!」


「でも不知火くんなら……」


「俺が到底叶うような相手じゃない。何せあの化け物は、数百年もの間ずっと地獄に封じられていたのだからな」


「じゃあ、まさかあれが出てきたってことは……」


「ああ、地獄と幽世が繋がった。この世界に、地獄の輩が次々とやって来る。この世界は乗っ取られる!」


と彼は私の手を引いて川にかけられた橋を渡った。


数百年前、かつてこの幽世を襲った大災害。

災いの元凶は腐穢霧鬼。

長きに渡る災厄の中、事態の深刻さを物語るこのような歌が詠まれるほどであった。


──こけ茂る 芽吹く人天 幽夜橋(ゆうやばし) (わざわい) 多災 いつせ勤しむ──


『こけが茂るのが精一杯の中、人天(天津界)では繁栄なされて随分と呑気でいらしているのですね。この幽夜橋を初めとする幽世では禍や多災の中、五瀬様がいつになったら我々に穀物や食糧を恵んでくださるのでしょう』

続く

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