第5話 再び落合斎場 競馬美女の人知れぬ愛憎
「とまあ、これが俺と姉御のなれそめだな」
「へー、全然ひどい目あってないじゃない。いいお話じゃないですか」
「まあそうか。一応、姉御から小遣い貰って収支はプラスだったわけだしな。だけど大儲けし損なったんだぜ」
「お金の問題じゃないですー。優里亜先生に出会えたんだから、人生の収支は大幅黒字ですよ!」 エリナはそう言って、目を細めて小首をかしげ、両手でビンを持ってグラスに注いでくれた。
「あはは、まあ、そういう見方もあるか。姉御のお通夜だからな、そういうことにしておこう」
******
「あれ? そういえば、ヒカリノハヤサって、ゴージャスアロー(煌びやかな矢)の祖父でしたっけ?」
「正解。さすが競馬女子。短距離史上最強馬、マイル以下は16戦全勝のゴージャスアローの2代前だな。ヒカリ自身もマイルGⅠを3つ獲ってる。脚質が極端な追い込みだったから、『差して届かず』が多くて、通算22戦7勝、だけどそのうち3つがGⅠだからな。大したもんだ。勝つときは派手に全頭ごぼう抜きでカッコよかったぜ。記録よりファンの記憶に残る名馬だったな」
「ゴージャスアローの産駒は沢山走ってるし、ヒカリ系のサイアーライン(血統。これが残る馬は1万頭に1頭くらい)も続いていくんですね。だけど、勝ったホワイトランナウェはどうなったんですか?」
「それが、上のクラスでは鳴かず飛ばずでな、4レース続けて2桁着順つけた後、引退した。幸い大人しい馬だったんで、用途変更で食肉にならずに、乗馬で貰われてったな。姉御の言うとおり、馬主も厩舎もヒカリに勝たせたかったわけだ」
「そうか‥‥‥。たまたま勝っちゃったんで引退に追い込まれたんだ」
「あの時が生涯最高の出来だったんだろう。あの後ダメになったのも、能力が落ちたっていうより、『燃え尽きた』っていう印象だったな」
「人生、なにが幸いか分かりませんね」って、エリナが空のグラスを持ったまま、遠い目になる。
「ほんとだな」 そう言って、俺はエリナのグラスにビールを注ぎ返した。
******
そしたら、エリナが身を乗り出して、「それでお二人はどうなったんですか。居酒屋に行ってから」って聞いてきた。
「うん、丈夫に集まった姉御の仲間って言うか取り巻きは、本当に面白い連中だったよ。競馬関係者も多くて、みんな姉御が大好きで、『優里亜組』って自称してたな。おかげで俺も東京開催のときは店に入り浸って洗脳された結果、今に至るわけなんだけどな」
「いや、そこもいいんですけど(笑)、私が聞きたいのは居酒屋に行った後のことですー。優里亜先生とどうなったんですか?」
「えー、別になにも。『ご馳走さまー』って分倍河原で別れて、一人で百草園の安アパートに帰ったけど」
「うっそー! ダメですよ、ダメ! あの流れで何もないワケないでしょう? 正直に話して下さいよ。嘘つくと優里亜先生が成仏できませんよ」 エリナがテーブルに両指ついて睨んでくる。
「えー? なんだかややこしいことになって来たな。それ話さなきゃダメ?」
「話して。今ここで」
「えーっ? そりゃさ、わたくしだって、姉御と艶っぽい話が全然なかったかって言えば、そうとも言い切れないような気がしないでもないんですけれども‥‥‥」
「なんかもう口調がワヤワヤになってますよ(笑)」
「いや、ほんとにその日は何もなかったって。もうベロンベロンだったし、優里亜組の連中にも悪いだろ? それに、いくらなんでもお通夜の席で話したらいかんだろ?」
「ふーん、じゃ、場所変えましょうよ。東中野に戻って一杯やりながらお話し聞かせて下さい!」
「お、『東中野』ってのが庶民的でいいな。お前、なかなかいい女じゃないか。だけど、いやー、若い美人タレントと俺みたいなオッサンが飲んでたら、なんか誤解されるんじゃないか? どっちも競馬関係だし。激写されたら面倒だぞ」
「私もう33ですよー(泣)。若くないんですー」
「ゲゲ、結構いい齢だったんだな。それじゃ俺と30までは違わないのか」
「だからお似合いじゃないですか(笑)。私、大山センセと噂になるならいいですよ。イケオジ。独身。細マッチョ」
「いやいや、さすがにお前に迷惑だろう。それに、そんなの俺だって嫌だよ。『いい齢して何やってんだ』ってことになるだろ?」
「もうー、センセのいけずー! 優里亜先生は必死こいて口説いてたくせにー、いいことしてたくせにー! どうせ一人なのも先生が忘れられないからでしょー?」 エリナは目をつぶって両手握ってブンブンした。
「あー、もう、さっきの『いい女』撤回(笑)。絡み酒か、面倒な奴だなー。‥‥‥あ、さてはお前、姉御の弟子なんて言って、実はライバル意識メラメラ燃やしてたんだろう?」
「そうですー、そのとおりですー(泣)。優里亜先生、大好きだけど大嫌いだったんですー。私、枯れ専なのに、私が気になった男はみんな先生に夢中になっちゃうんですー。もう連戦連敗、女として負けっぱなしで‥‥‥」
「あはは、そうか、ジェラシーか。愛憎半ばする関係だったのか。女二人、なんか分かる気もするな」
「そこ笑うとこじゃないですってー(悲)。だから、私、今日も悲しいのか、ホッとしたのか、なんだか割り切れない気持ちなんですー。大山センセ、聞いて下さいよー」
「なんだかなー。まあ、言いたいことは分からんでもない。弟子がそう言うなら、聞いてやるのが姉御の供養にもなるか。‥‥‥それじゃ行くぞ。ほら立て」
「え、いいんですか(嬉)」
「だけどあんまり長い時間はだめだぞ。明日5時からトレセン(競走馬訓練施設)だからな。あと、俺はこじゃれた店知らないぞ。焼き鳥でいいか?」
「ラジャ! 焼き鳥最高ーっ! 私、一本100円のモクモクのお店が好きー」って言って、エリナは立ち上がって「シュタ」っと敬礼した。
「あはは、いかにも競馬女子だ。やっぱりお前、なかなかいい女だな」
俺がエリナを連れて、階下に降りると、もう読経は終わり、参列者もいなかった。
俺は、最後にお棺の姉御の顔を拝んでおこうかとも思ったが、(きっと姉御は嫌がるだろうな)って思い直して、(じゃ、姉御。あばよ)って心の中で声をかけて会場を出た。
まあ、死んだものは仕方ないよな。俺は姉御から貰ったもの大事に抱えて、しばらくこっちで生きていくぜ。そう遠い先じゃないだろう、またいつか会おう。
俺が歩き始めると、姉御の顔を瞼に焼き付けたエリナが、小走りで並んできた。
~ 天才競馬評論家 大山啓太郎センセの懐述 了 ~
読者の皆様
本作を最後までお読み頂いて、大変ありがとうございました。
本作は、別のサイトで「年寄りの短編小説」っていうお題でやってた自主企画に出したものです。
1万字制限だったので、どうしても表現に限界があって、あちこち肉付けしたかったのですが、今般、なろうにアップするに伴って、細かいところに手が入れられ、自分なりに充実した手応えがありました。
一応、本作は短編として完結した作品ですので、今回でいったんは「完結」扱いにしますが(だって、完結ブースト見たいんですもの。。)、ごく少数ながら「続きも読みたいです」と言って下さる読者様もおられるので、そのうちまた再開して続きも書きたいと思っています。ダブルヒロインも出番これだけじゃあんまりですしね。
それでは、みなさん、しばしのお別れになりますが、お元気でお過ごし下さい。
2025.1.7
小田島 匠




