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第4話 姉さん、あんた、ずるい女だな

~ ヒカリは差し切れず、15万が紙くずに ~


 俺がスタンドを後にし、払い戻しの窓口で「当たり馬券、換金してこうかな」って立ち止まったとき、視界の隅にあの女が映り込んできた。高額馬券専用の窓口に、例の紳士と一緒にいる。腕を組んで顔を見上げ、瞳を輝かせている。

 

 俺が目を凝らして見てたら、おお! なんだあれ? 紳士が煉瓦みたいな塊を4つ受け取ってるぞ。マジか。4000万か? 

 そしたら、女が頬を染めて何ごとか紳士にささやき、紳士も苦笑いしつつ、煉瓦を解体して封緘券ふうかんけんを二つ手渡していた。200万。ご祝儀5%か。


 窓口から出た紳士は、周りをキョロキョロしてから、鞄を大事そうに胸に抱え、逃げるように急ぎ足で駅の方へと去って行った。そりゃ4000万だもんな。そうなるよな。


 と、そんなことを思いながら、遠くからじっと見ていたら、視線を感じたのか、美女も気づいて顔をこちらに向けてきた。てっきりすぐ逃げ出すかと思ったら、美女は「フフ」って含み笑いしながら、臆面もなく俺の前まで歩いてきやがったよ。


******


「まずいとこ見られちゃったわね。バレちゃった?」って、チロっと赤い舌を出して、上目づかいで言ってくる。


「俺と逆の予想吹き込んでたのか。保険かけて勝った方にたかるなんて、ずるい女だ」

「そんなこと言わないの。私、ほんとにあんたに勝って欲しかったのよ。あ、いや、でも、あの社長にも勝って欲しかったな」

「なにワケ分かんないこと言ってんだ」

「そうだけどさー、正直な気持ちなのよ。あの人ね、週明けに手形が不渡になるんだって。それで虎の子の500万持って来てたのよ。勝たないと今月の社員の給料払えなくて、会社も飛ぶんだって。負けたらきっと工場の機械に紐さげて首吊ってたよ。そういう雰囲気って見てて分かるからさー。ほっとけなかったんだよ」って言いながら、女が首をすくめる。


「うわー、殺し屋だ。綺麗な顔して怖い女」

「ひどいなー。今日は社員の生活と社長の命救ったでしょう?」

「にしたって、小遣い稼ぐなら、俺なんかに声かけないで、もっと金持ちにたかってくれよ。素直に買ってたら120万になったのに」

「だからごめんてー。普段こんな若い子に声かけないんだけどさ、パドックの向こうから見てたら、なんとなくだけど、あんた人生の行き場がなくてまごまごしてそうだったからね。昔の私みたいにさ。だから、気になったんだよ。ごめんね」 女はちょっと眼をふせて、見た目は心底申し訳なさそうに、そう言ってきた。


「まあ、騙されてもいいやって言ったのは俺だからな。別に恨んじゃいないよ」

「てか、あんたもさ、いっそこっちに来ちゃったら? 競馬業界の友達なら沢山いるから紹介するよ。あんた相馬眼は確かなんだからこっちでやろうよ」

「わー、やくざな商売だなー。俺は来年から就活に励むことにしてるんだから、悪いお誘いはやめてくれよな」


「ふふ、まあいいわ。あんたも今の内はよく考えたらいい。‥‥‥それはそうと、あんた、今日オケラなんじゃないの?」

「競馬場で会った謎の美女のおかげでな」

「そんな嫌味言わないのー。私がわざわざ戻ってきたのも、悪いと思ってるからなのよ。今日はぶっとい臨時収入があったから、還元してあげるわ」 女はそう言って、2つの封緘券を取り出したが、「うーん、封緘券って、何枚か抜くとバラバラになっちゃうのよね。美しさが削がれるから、こっちはやめといて、私のお財布の有り金全部あげるね」って言いながら、財布を取り出し、「はい、じゃ、これ」って言って、5万円を渡してくれた。


 俺が、その万札5枚をジーっと見ていると、

「んな、欲張んないの! あんた自分で決めて馬券買ったんだから、『ゼロだったとこにお小遣い貰った』って思わないとダメよ」って、腰に手を当て、人差し指たてて釘を刺してきた。

「あ、いや、そんなケチなこと考えてないよ。別のことボーっと考えてた。ごめん。ありがとう。5万円ってそれなりの大金だよな」


「そうでしょ? じゃ、これで恨みっこなし。これからお姉さんと飲みに行こうよ! 分倍河原のね『丈夫ますらお』って居酒屋。後で競馬仲間も合流するから楽しいよ」

「へー、面白そう。じゃ、一杯ご馳走になろうかな」

「よかったー。ふふ、私ね、ホントはね、『この子いいな。ハンサムで背が高くて、ちょっと影があって不幸そうで、私の好み』って思って声掛けたの。あんたいくつ?」

「こないだ20歳になった。大学3年生」

「ふーん。私もこないだ22になったばかりから同年配だね。お姉さんが就活のこととかいろいろ教えてあげるよ。じゃ、いこ!」って言いながら、また俺の腕を取ってきた。だから競馬業界の就活はいいって。


 ******


 俺は美女と腕を組んで府中本町駅に向かいながら、

「あ、そういえば名前まだ聞いてなかった。俺は大山啓太郎って言うんだ」

「私は、南城治優里亜なんじょうじゆりあって言うの。啓ちゃん、宜しくね」

「ぜ、絶対嘘ー! なんだその源氏名? どうせいろいろ隠し事があるんだろ」

「違ーう! 本名よ! 確かに派手な名前だけどね(当時「キラキラネーム」は存在しなかった)。小学校のときは自分の名前書くのにも苦労したんだから。いまでも免許の書き換えのときとか大変で嫌になっちゃう」

「あはは、そうなのか。それは失礼。じゃ、優里亜姉さん、宜しくな」って言ったら、姉御は答える代わりに、「ふふーん」って可愛く微笑んで、俺の腕に「ポヨン!」ってしてきた。


 そうして俺は姉御と歩きつつ、だけど頭の中では、さっきボーっと考えていた「別のこと」の続きに取り掛かる。

 実は、姉御には見せなかったが、さっきのレース、押さえにランナウェとヒカリの枠番連勝を1万円買ってたんだ。確か12倍だったから、ええと‥‥‥さっきの5万円と合わせて都合17万円か。なんだ、収支プラスだったんだ。ははは。


 ま、でもこれは内緒にしとくのが吉だな。換金はまた今度でいいだろ。

 俺もそこまで人を信頼するほど初心うぶじゃないんだ。許せよ、姉御。


 そう思って姉御を見たら、下からこっち見上げて、ニコニコしてた。

 絶対裏がありそうだけど、邪気のない笑顔がチャーミングだな。




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