第3話 そこだ! 差せーっ! ヒカリーっ! 俺の15万を乗せて!
~ 追い込み馬 ヒカリの単勝馬券を買う ~
俺が穴場から引き揚げてきたら、あの美女が待っていた。
組んだ腕の上にボインが乗っかってるな。
「ほんとにヒカリ買ったんだね」って、なんだか嬉しそうに顔を傾けて聞いてくる。
俺は、「ああ、そうだ。バイト代とさっき勝った分、全部入れたぜ」って言いながら、ヒカリの単勝馬券を見せる。
「って、ちょっと待って、なに15万円って?」
「だって当たるんだろ? 45万になったら焼肉奢るぜ」
女はちょっと呆れた顔して、「‥‥‥あんたもなかなか肚の座った男ねー。ふふ。それじゃ傍でお祈りしててあげる」って言いながら、俺の腕を取って、ボインをポヨヨンって押し付けてきた。分かりやすいお色気攻撃。まあ、おおかた、勝ったらおこぼれにあずかるつもりなんだろう。
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美女と一緒にスタンドに移動する。土曜のレースじゃ観客は少ない。はずれ馬券が散乱するスタンドで空席を見つけ、二人で腰かける。「おお、いい女!」って、周りの競馬親父が無遠慮な視線を向けてくる。
ほどなくファンファーレが鳴り、各馬がゲートイン。最内のランナウェ、大外のヒカリ、どちちも落ち着いてゲートに収まった。頼んだぞ、スタートしくじるなよ。
最後の係員がゲートから退避して、さあスタート!
ああ! ヒカリが出遅れた。ダッシュがつかない。騎手が必死に手綱をしごき、5馬身後方から馬群を追いかける。
だけど美女が俺の肩に手をかけて、「大丈夫よ。ヒカリの出遅れ癖は想定内。どのみち追い込みなんだから、最後方に下げるしね。みてなさい」って、耳元で囁てくる。って、ホントかよ? いくら追い込みだからって、出遅れたら、ほかの馬より5馬身速く走らないと勝てないんだぜ。
レースは、好スタートを決めたランナウェが引っ張って、縦長の展開。だけど、他の先行馬がちょいちょい突っついてくるな。どれ、800m通過は‥‥‥ウソ? 45秒6! いくらマイル戦(1600m)でも、3勝クラスでこれはハイペース。先行勢は総崩れじゃないか? 出遅れたヒカリにもまだチャンスあるぞ。
そのまま第三コーナーを過ぎ、馬郡が馬場内の大ケヤキに隠れたあと、新緑の中からランナウェが姿を現した。ああ、やっぱり隊列が崩れてるぞ。ランナウェのハイペースについていけず、先行馬がズルズル位置を下げて、差し、追い込み勢がジワジワ順位を上げている。だけど、ヒカリはまだポツンと最後方。こんなとこから届くのか?
第四コーナーを過ぎて、残り500mの直線(当時)。ランナウェは競りかけた先行馬を全てちぎり捨て、そのまま逃げ込みを図る。差し、追い込み勢も必死に追いすがるが脚色が怪しい。今日絶好調の逃げ馬ランナウェが徐々に差を広げていく。
残り4ハロン(400m)の坂を上り、2ハロンを過ぎ、まだ差が詰まらない。これは大勢定まったのか? 俺の15万もスタンドの藻屑と消えるのか?
しかし‥‥‥、そこで、距離ロスを承知のうえで、芝が荒れてない大外に持ち出した一頭がいた。道中溜めに溜めた末脚を爆発させながら、漆黒の馬体が飛んでくる。ヒカリノハヤサだ! まさに光速! 一頭だけ脚色が全然違う。
残り1ハロンでまだ5馬身差があったが、さすがに苦しくなったランナウェとの差を一完歩ごとに詰めてくる。まさか、これは届くのか? 残り10m。ヒカリがランナウェを捕らえにかかる。
「そこだ! ヒカリーっ! 差せーっ!」 二人で叫んだ。
黒と白の馬体が交差したところがゴール。どっちだ?
勢いは完全にヒカリだが、ほんの10㎝くらい、ランナウェが残したようにも見える。写真判定が出てみないと分かんないけど‥‥‥。って思いながら横をみたら、あれ? 美女がいない。
はは、逃げたのか。まあしょうがないよな。俺だって「勝つんじゃなかったのか?」なんて野暮なこと言うつもりもなかったけどさ、女にしてみりゃ会わす顔がないし、おこぼれもないしな。所詮スカンピンにゃ用はないか。
電光掲示板で確定ランプが点滅した。1着1番ホワイトランナウェ、2着15番ヒカリノハヤサ。タイムは1分32秒フラット! 三勝クラスでこれは破格のタイムだ。安田記念(GⅠ)でも勝ち負けになるんじゃないか。3着は遙か9馬身後方。やっぱりあの2頭が抜けてたんだな。
さて、手持ちも大概なくなったし、オケラ街道で焼き鳥とビールやって、安アパートに帰るか。金はまた明日からバイトして、麻雀で仲間から巻き上げればいいや。
‥‥‥しかし、俺、いつまでこんなことやってんだろうな。もう大学3年、「自分探し」じゃないけど、何かやりたいことってないのか? まあ、来年になって就活始めたら、何か見つかるかもしれないけどな。
俺は、ちょっと背を丸め、灰色の紳士たちと一緒にスタンドを後にして、競馬場正門前の駅に向かった。




