人間くん
僕がネズミの味を知ったのは、中学に上がってすぐのことだった。
佐々木カズヒコ。
野村ヤスシ。
五藤タロウ。
髪型が気に食わないとか、目つきが悪いとか、なにかと理由をつけては殴ってくるヤツらだった。
ヤスシとタロウが僕の両腕を押さえつけ、動けない僕にカズヒコは暴行を加え、泥を食わせ、虫や動物を食わせた。
毎日のことだった。
体育館裏に連れてこられ、先生にチクったら殺すと脅され、カズヒコのストレスのはけ口になる。
でも、そんな日々もついに終わりを告げた。カズヒコが死んだのだ。正確に言うと、僕が殺した。
今日はタロウが休みだったおかげで両腕が塞がらなかったのだ。ヤスシの力が緩んだ瞬間に抜け出して、近くにあった石をカズヒコの顔目掛けて投げつけた。
僕は倒れたカズヒコに馬乗りになり、大きめの石を拾い上げると、力いっぱい叩きつけた。
一撃で鼻が曲がったが、カズヒコはまだまだ元気なようで、なにやら怒鳴っていた。
2回目も同じように全力でやると、今度は前歯がいくつか欠けた。
3度目も、4度目も、カズヒコの顔は毎回変化を見せてくれたので、僕はいつの間にか楽しくなっていた。
こうして何十回か何百回かやった頃、カズヒコの頭部は完全になくなっていた。
ヤスシのほうを振り返ると、尻もちをついて失禁していた。重い石を何度も上下させたせいで腕が痛かったので、ヤスシは見逃して子分にしてやることにした。もちろん、カズヒコのことを喋ったら殺すと言って。
翌日、僕たち3人は公園でクラスメイトのケンタくんをいじめていた。ヤスシとタロウに押さえてもらい、僕は腹を殴ったり金的を蹴ったり、口に大量の塩を入れたりした。
なんとなく分かってたけど、やっぱりいじめって楽しいんだね。だからみんなやるんだなぁ。
ケンタくんは殴る度に涙を流して「許して」と懇願してきた。
おかしな子だなと思った。ケンタくんは僕たちに何もしていないどころか、酷いことをされている側なのに、どうして「許して」なんて言うんだろう。
ケンタくんは塩を食べている時、「痛い痛い」とずっと言っていた。辛いもの以外にも痛く感じるものがあるんだと勉強になった。
しばらくしてケンタくんは入院した。かわいそうだと思った。
その後、僕は塩マニアになった。
耳に詰めたり、目にふりかけたり、鼻に入れたり、いろんな実験をしたんだ。
塩は安いからコーリツが良いんだ。
それに、ミミズやネズミなんか食べさせたら、カズヒコと同類になっちゃうからね。
3年生になって、彼女が出来た。
ずっと僕のことが好きだったそうだ。
いじめる側になってから、僕の世界は変わった。良いことしか起こらなくなった。これはとてもよいことだと思う。
いじめはモテる。カッコイイから。
みんなも来たら? こっち側に。
卒業式の日に、隣のクラスの男子が飛び降りた。僕がいじめていた子だった。
すぐに先生が飛んできた。
「どうしたの!? なにがあったの!」
すごい剣幕で僕に聞いてきた。
「男子が屋上から飛び降りました。3組の吉田くんだと思います。頭から落ちたのでぱっくりと割れてしまっています。首の骨も真横に折れ曲がっているようです」
「何言ってんのよあんた!」
せっかく細かく教えたのに、先生は鬼の形相で僕を怒鳴った。その後先生は「教室に戻れ」と僕たちに叫んで、どこかへ電話をかけた。
その後担任が教室に来て、神妙な面持ちで「いじめがありました」と言った。
心当たりのある者は後で職員室に来いと言われたが、わざわざ自分から名乗り出るメリットなんてないので、行く気はサラサラなかった。
先生は言った。
「見て見ぬふりをしていたあなたたちも加害者の1人です。このことはきちんと覚えておくように」と。
すごいなと思った。
先生はいじめに気付いていたはずだ。現場を目撃されたことがあったから。でもその時先生は見て見ぬふりをした。すごい。
卒業してからは、ヤスシやタロウとは離れ離れになってしまった。彼女もいつの間にか消えていて、僕は1人になっていた。
1人ではいじめが出来ない。
「いじめやろうぜ」「楽しいよ」なんて誘っても協力してくれる人間なんているわけがないし、僕はどうすればいいんだろうか。
いや、ちょっと待てよ?
じゃあカズヒコはどうやってあの2人を集めたんだ? 「いじめやろうぜ」と声をかけたのか?
僕はすぐに2人に連絡した。
ヤスシは「脅された」と言い、タロウも同じことを言った。
なんでもカズヒコの父親は偉い人だったらしく、言うことを聞かないとヤスシの親の仕事を無くすと言われたのだそうだ。
タロウは「言うこと聞かないと殺す」と言われたという。
なるほど、親が偉くない僕は1人目を見つけるのに苦労しそうだ。どうしたものか。
しばらく考えて、無理だという結論に至った。周りの優等生たちはいじめの良さを、楽しさを知らないから、僕と一緒にやってくれないに決まっている。
ある日、登校中にポストが目に入った。「これだ!」と思った。
僕はすぐにポケットからライターを取り出し、ノートの端をちぎって火をつけ、ポストの中へ放り込んだ。
しばらくすると中から黒い煙が出てきて、炎が上がった。
よし、成功だ。
清々しい気分のまま学校へ向かう。
ハガキが燃えるとみんな困るだろうなぁ。電線を切ってみるのもいいなぁ。人の家に塩を撒くのもいいなぁ。
なんだ、1人でも楽しいじゃないか。
これならしばらく飽きずに続けられそうだ。