運営は悪魔で神
「センパイ、まだ残ってるんですかー?」
「持木か……」
俺がパソコンで書類を作成してると何か良いことでもあったのか、後輩の持木がいつも以上にへらへらした顔を覗かせた。
「今日はクリスマスっすよー?そろそろ帰らないと会社の色に染まったブラックサンタが来るかも、なんて」
「あぁ、これが終わったらそうするよ」
当たり障りのない返事を返すと持木は「じゃ彼女が待ってるんで先あがりまーす!」と浮ついた足取りでエレベーターに向かって行った。
「ふぅ………」
既に会社には俺一人。
スポットライトのように俺だけが照らされていると言うのに虚しさが込み上げてくる。
「……これ終わらせたら帰るか」
暫く作業して資料を作り終え、エレベーターでビルを降りて外を出るとそこは俺とは真反対の煌びやかな世界が広がっていた。
イルミネーションで飾り付けられた街並み、家族連れやカップルが楽しそうに歩く街並みを喪に服すように下を見て歩く。
(どこで間違えたのだろう)
そこそこの高校を出て、そこそこの大学を卒業して就職したのは漆黒の会社。家に帰っても寝るかゲームをするか。俺は見事に世界の歯車の小さな一部に成り果ててしまった。尤も、その歯車も錆びついているが。
最寄りの駅のホームでスマホを見ながら電車を待つ。通知なんてゲームのものだけ。両親は去年ぽっくり逝ってしまったし兄弟もいない。当然、彼女もいない。
「はぁ……」
そんな自分にため息を吐きながらホームに差し込む電車のライトが眩しくて目を細めていると後ろから突然、衝撃が襲った。
浮遊感、そしてスローモーションのように世界が遅く感じながらホームを見ると若いカップルが「あっヤベッ」と言う顔をしながら立っていた。
(くそ、そっち側になりたかっ )
◇◇◇
「……レク様、……メレク様」
誰かが呼ぶ声がする。
透き通った声でまどろみの中で揺蕩う意識が徐々に覚醒し、俺はゆっくりと目を開けた。
目を開けると明らかに日本ではない煌びやかな西洋風の内装、一人分にしては大きすぎるベッド。
そして、
「メレク様……!良かった、目を覚まされたのですね!」
高級寝具のような柔らかさで抱き締めてくる美人な巨乳メイドさんが居た。
うん、夢だ。
年齢=彼女いない歴の俺が作り出した夢に違いない。
巨乳の美人メイドさんが朝起こしに来てくれるなんて現実であったならどんなに嬉しいことか。
でも、それを夢で見るのはちょっと恥ずかしい。勿論、嫌なわけは無い。
服の大きさが違うのか大きい果実が溢れそうになっている胸元、健康そうな色白の肌、童顔で小動物のような身体、艶やかで輝く白銀の髪に短いポニーテールはかなり良い。現実なら一目惚れするだろう。
それにしても抱き締めるメイドさんの息づかい、右肩に感じるポツポツと感じる湿っぽさはかなりリアルだなぁ。明晰夢って奴か?
「ここは……?」
「覚えてませんか?お父上の訃報を聞いて急にメレク様がお倒れになったんです。心配したんですから!」
泣き疲れて目が腫れた顔も可愛いな。
可哀想=可愛い派ではない俺だが、それでも可愛いと感じる。
それにしても頭があまり良くない俺の夢にしては結構設定がしっかりしてるな。
つまりここからこのメイドさんと俺の二人暮らしが始まるわけだ。
「メレク様が目を覚ましたと四天王の皆さんに伝えて来ますね!」
「あ、ちょっと待ってーー!」
呼び止めてみたけどちょっと遅かった。既にメイドさんは走って外に出て行ってしまった。
部屋には俺一人。
ちょっと虚無感。……………スキップ機能ないの?
(スキップ、スキップ、スキップ!ダメか、夢ならなんとかなるかと思ったんだけど)
四天王かぁ、休憩時間にやってたゲームの情報か?ちょっとノイズだな。俺とメイドさんだけだと思ったのに。
取り敢えず夢の俺の分身を確認するか。キャラメイクは大事だ。それからのロールプレイが変わってくるからな。
モゾモゾと大きなベッドを降りた俺は近くにあった大きな備え付けの鏡の前に立つ。
そこで、俺はキャラメイクをミスったことに気がついた。
「おねショタは好みじゃないんだよなぁ。前にロールプレイして恥ずかしくて死にたくなったし」
そう、昔やった没入型VRでキャラの身体を幼児化させる魔法を喰らった俺はパーティーの女メンバーにオギャったのだ。
うん、思い出したくもないね。
録画してばら撒いた奴は海に撒いたから証拠はないはずだ。
現状の俺のキャラはこう。
・名前はメレク
・おそらく小学生から中学生あたりの男子
・クソガキっぽくはないが陽な者感
・赤混じりの黒髪、目が赤い、何故か耳がエルフっぽいetc……
典型的な厨二キャラメイクしてるなぁ。
取り敢えず、俺は人間ではないらしい。ただ、エルフにしては髪色とかが変だからまた違う種族なのだろう。
それに頭の横、耳の少し上あたりから小さい角も生えてる。
そうやって俺がキャラクリを確認していると部屋の扉をコンコン、と可愛らしく叩く音がした。
「いいよ」
俺がそう答えるとさっきのメイドさんが「失礼します」と言って入って来た。
四天王とやらは連れていないことを見るとプレイ範囲外のようだ。良かった良かった。ここで男でも出て来たら夢を見るのを強制シャットダウンするしかなかった所だ。
え?どうやってやるかって?夢から覚める方法なんて死ねば起きるだろ?
「もう起きて大丈夫なんですか?」
「問題ないよ、心配してくれてありがとう」
優しいスマイルを貴女に。
これで好感度が上がったはず。ここで新米なら、メイドさんの付きっきりの看病目当てに「うーん、もう少し寝てようかなぁ」なんて言うだろう。
だか、ここは夢でいつ覚めるかわからない以上、色々体験せねばなるまい!
現実ではメイドさんどころか女性との会話も仕事のみだからな、こう言う時に満喫しないと。
「それなら服装を整えましょう。うなされてましたから汗ばんでると思いますし」
「あぁありがとう」
そ、そんなご褒美いいんですか!?危ない危ない。ビックリしすぎて声が裏返りそうになったぞ。
現実の俺より背の小さい子が俺の身体を一生懸命拭いてるのはちょっと背徳感があってやばいな。
夢だからこそって奴だ。
背中を拭き終わった辺りで今度は服を着させられた。昔の貴族みたいなダサい奴じゃない、語彙が死んでるから表しにくいけど現代風貴族服みたいな。
乙女ゲーはやらないけどそこにいる男が着るような感じ。
一式着てもう一回鏡で見るとまぁ、貴族の子息感を感じる。ただ、真っ黒なのはどうなんだ?上から下まで真っ黒。色々装飾があるから黒子にはなってないけどキャラとしては服のセンスが無い。
………うん、そりゃそうだ。俺の夢だもん。
一通り落ち込んだ後、メイドさんの案内で何処かに案内される。廊下を歩く途中外を見たけど夜らしく灯りに照らされたこの建物はどうやら城らしい。
つまり、俺はここの城主というわけだ。うん、ハーレムルートもアリだったかもしれない。
だが、そんな考えはメイドさんが立ち止まって目の前にある扉を開いた瞬間に吹き飛んだ。
大きな広い部屋、両側の壁には紫色に光る炎が灯り、上座にはどう見ても玉座。
つまり王の間。
でも、煌びやかな装飾はあまりなく、どちらかというとゲームのラストダンジョンの魔王の間のようというかそのままというか。
広く長い部屋に置かれた玉座の前には四人の明らかに人間じゃない者たちが待っていた。
コイツらがメイドさんの言っていた四天王か。
俺は若干引きながら玉座へと座る。
メイドさんとのキャッキャウフフな夢から一転物凄いグロに変わった俺の心境はもう天国から地獄に落ちた感じだ。
「メレク様!御回復喜ばしい限りです!!」
うるさっ!
この人間にライオンの頭ががくっついたような奴、何処かで……
「ひぇっひぇひぇ、もう少しでよく効く薬ができたのになぁ」
おい、そこのローブ。お前確実に毒を盛る見た目してんな。それに明らかにデバフばら撒きます!って見た目からして呪術師だろ。
薬は何かの隠語か?
「☆♪→%€♪¥♪%2¥→¥→¥¥」
何言ってんのかわかんねぇ!!
なんかその何処かのマッドサイエンティストが作った生体ゴーレムみたいな奴分かる言語インプットしてから受注生産してくれよ。
どうやって四天王になったんだコイツ。
四天王とか言うんだからあと一人いるはずなんだけど……
俺の前には個性的な三人のみ。あと一人はどこだ?
俺が最後の一人を探していると耳にブゥゥンという不快な音が聞こえた。その音は次第に大きくなり俺の目の前に降り立った。
「私が最後ですか、それは申し訳ない。おや、メレク様?お機嫌が悪そうですな。この滋養強壮に効く薬草はいかが?」
「ッ!?だ、大丈夫だ。問題ない」
最悪だ。
思い出した。思い出してしまった。
頭から伸びる触角をみょんみょん。喋る度に口をカチカチ。俺を見る目は複眼で。色が黒でアレを連想させるこのキャラを俺は知っている。
まだVRが主流になる前、キャラグラフィックとゲーム性で話題となった『Brave or Diabolo』と言うVRゲームの四天王の一人だったキャラだ。
見た目から無理だと判断して辞めた奴は英断だった。これくらいじゃ叫ばないと痩せ我慢をしたプレイヤーを運営は地獄に落とした。
何をとち狂ったのか細部にまで虫としてのキャラグラフィックをこだわり、技のほとんどが虫で攻撃、眷属はハエ、芋虫、蚊、などなどまともなものが一つもない。
更には他の四天王の必殺技が大迫力のそこそこ良い感じの物なのにコイツだけGの大群でビッグウェーブをかまし、恐怖のデバフと常時微ダメージというコンボでジワジワいたぶる最悪の爺さんキャラ。
ネットで害虫、まともに狂ってる、Gさんなどと呼ばれる虫型魔族の王セクタ。それがコイツだ。
結果、良い意味でも悪い意味でも人気キャラとなったコイツは人気女キャラをあんな事やこんなことする二次創作の住人になった。
一番まともそうな会話してくる奴が一番まともじゃないキャラクリしてんのどうにかならんものか。
そしてセクタを見た事で寝ぼけていた思考がクリアになっていく。
(アレ?もしかしてこれ、夢、じゃない?メイドさんの体温も質感も息遣いもセクタの気持ち悪さもかなりリアル。
そもそも、俺が最後に覚えているのは………)
そこまで思考した俺は思い出した自分の最期に背中に嫌な汗がたまるのを感じながら、自分の置かれた状況を理解した。
急いで俺は異世界転生でお決まりのステータスを呼び出した。
メレク・アディシェス
種族:魔族
力:D
耐久:D
俊敏:D
魔力:D
幸運:A
称号:【魔王】【異世界転生者】
俺はどうやらゲームの魔王に異世界転生してしまったらしい。