第8話「王の剣」
魔王ゼーテを主人公にした演劇は今まで演劇というものを観たことがなかった一般の人たちの
間で評判となり、連日、大勢の観客が冒険者ギルドに集まるようになっていた。
最近はわざわざ王都から観に来たという観客もあらわれた。
「我は断罪する。困窮する民から金を巻き上げ、自らは私腹を肥やす悪徳官僚デルネロ・テトロスよ。
そのはちきれんばかりに膨らんだ腹から掻っ捌いてやる」
これで魔王ゼーテのストーリーも10幕目。
ストーリーの流れはこうだ。
不正を働く貴族や王宮官僚の企みによって一般の民たちの生活が苦しくなる。
民たちの苦しみを知った魔王は、貴族たちの悪事を民たちの前に晒して断罪する。
認めたくない貴族や官僚は魔王を倒せと家来たちを呼び出して悪あがきをする。
魔王は大勢を相手に剣一本でバッタバッタと倒し、悪を懲らしめるというもの。
決まって最後は貴族たちの不正を見過ごすロード・ハイネス1世を無能と断罪するのだ。
ストーリーの題材となる貴族と官僚とその不正はどれもハリー・カシールスから情報提供される。
実在の人物とその悪事をジャックが脚色して虚構にまとめる。
魔王ゼーテの評判は王都でも広がりつつあって、断罪された貴族たちが次々と失脚している。
1週間後の舞台に向けて、今日は夕食をとりながらジャック、ハリーの3人で台本会議を進める。
「はい。フィニールちゃん、サーロインステーキ」
「ありがとうサラさん」
「いっぱい食べてねフィニールちゃん」
ジャックが難しい顔をして口火をきる。
「今朝、王都から来た商人に聞いたんだけど、デルネロ・テトロスが失脚したらしい」
「まさか現実でも」
「我が魔王、それだけ王政府は国民の支持を気にしているということです」
「デルネロは政府が進める政策の要だ。これほどあっさり切るとは」
「我が魔王。ロード王に近い人物の情報を掴んで参りました。資料ですどうぞ」
「ありがとう」
『ぐわああああッ!やられたぁ』
Aランク冒険者のティグさんが叫びながらテーブルの上に倒れ込む。
「どうだいフィニールちゃん、俺の芝居は」
最近、冒険者の人たちが斬られ役でお芝居に参加してくれている。
お芝居を楽しんでくれるのはうれしいのだけど稽古をするたびに
テーブルや食器を破壊してしまうのでサラさんの怒りが収まらない。
「ちょっとまたティグさん! 今日という今日は許しません!」
「すまないサラちゃん」
「何度目よ!待ちなさーい」
「ねぇジャック思うの」
私は改まった。
「そろそろ展開がワンパターンじゃないかな」
「ッ⁉︎」
ジャックは雷に打たれたかのような顔をする。
「ワンパターン……」
「ショックを受けないでジャック。魔王ゼーテにもここで新しい展開が必要だと思うの」
体を揺さぶって魂が抜けかけたジャックを正気に戻す。
「やれるとしたら縦軸を動かすことだ」
「縦軸?」
「登場人物の設定に関連した事柄をネタにしてストーリーを構築するんだよ」
「人物表ね」
「どういうことだ?」
困惑するハリー。
「たとえばハリーは常用している馬にとても愛着があるとする」
「お、おう。マリーのことだな」
「そのマリーを愛用するきっかけとなった出来事がストーリーの展開に大きく影響するんだ」
「たまたま初恋だったマリー先生と同じ名前だったから気に入ったってことがロード王を倒すような大事になるってことだな」
「ま、まぁそんなところだ」
「ジャック、もう一度人物表を読み返しましょう」
「そうだな」
『だったら僕の話を聞いていただけないかな』
顔を隠すようにフードを目深に被った男性が声をかける。
「誰?」
「見かけない冒険者だ」
「だけど大きな剣を背負っているわよ」
「その剣についておもしろい話があるんだ」
フードの男性はベルトを外して、大きな剣をテーブルの上に置いた。
「僕はかつてロイネル王国に仕えていた魔導士。これはロイネル家に伝わる剣です」
ついに現れた父と母、そしてかつての私を知る人物が⋯⋯
第11幕開演ーー
「ハッハッハッ貴様がロイネル家の血をひく魔王だと! その証拠がどこにあるというのだ!」
サラさん悪役が板についてきたなぁ⋯⋯
「こしゃくな⋯⋯」
するとフードの男性が舞台の上に上がってくる。
「ようやく見つけることができました。フィニール様」
フードの男性は背負っていた剣を差し出し、ひざまづく。
「この剣には古くから伝わる言い伝えがございます」
「言い伝えだと?」
「この剣を鞘から引き抜くことができるのは王家の血が流れているものだけ。
あなたが本物のフィニール・ロイネル様ならこの剣を引き抜くことができるはずです」
差し出された剣の柄と鞘を握りしめて持ち上げる。
周囲は緊張に包まれ静寂が漂う。
聞こえてくるのは観客たちがゴクリと息を呑む音だけ。
「覚悟は決まった」
そっとまぶたを開けると握った柄に力を込めて横にひっぱる。
持ち上げたときに軽く感じていた剣が引き抜くとなると急に重く感じはじめた。
”カタカタ“という音がしばらく続く。
観客たちの意識の中にまさか”偽物“なのでは?という思いが芽生えはじめる。
”そのときだ“
鍔と鞘の間から碧色に輝く光が溢れはじめる。
そして鞘からいっきに引き抜いて碧色の刀身をあらわにした。
その瞬間、割れんばかりの歓声が湧き起こる。
「ほ、本物の魔王だとッ⁉︎ お、おのれ〜ぐわぁやられたー」
「さ、サラさん、段取り飛ばしてるよ。俺の台本通りに!」
閉幕ーー
片付けをしている最中、立ち去ろうとするフードの男性を私とジャックが呼び止める。
「待ってください」
「あなたはロード陛下ですよね」
ジャックの指摘にフードの男性が立ち止まる。
「貴様は?」
「ライール辺境伯が長男、ミカイル・ライールです。以前、王宮で一度」
「なるほど」
そう言って男性は目深に被っていたフードを外す。
「そうだ。俺がロード・ハイネス1世だ」
たしかにロード王だ。
あの日王宮で見たあの顔。
「まさかフィーネとフィニール・ロイネルが同一人物だったとは。
もっと早く気づくべきだった。すごく遠回りをした気分だ」
「ネキル、ネキルなんでしょ?」
「⁉︎ わかるのか?」
「思い出したの。こも街に来てようやく。8才以前の記憶が。
私、スラムの人たちに拾われてずっとそこで暮らしていたのよ。
スラムの人たちのことを見向きもしないあなたたちなら私を発見できなくて当然よね」
「王都で待っている。そこでケジメをつけよう」
そう言い残してロード王は私たちの目の前から去って行った。
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