第7話「ネキル」
ロード・ハイネス1世視点
俺は宣言通りグリラスク宰相が到着する前にヤツの城を陥落させた。
送り込んだスパイたちによって調略は成功。
城はほぼ無傷で手に入れた。
「なんという手際のよさだ⋯⋯」
そう言って地べたにしゃがみ込んでいるグリラスクを首から鷲掴みにして起き上がらせる。
「フィニール・ロイネルはどこだ!」
「フィニール⋯⋯し、知らん」
「とぼけるな! 貴様が10年前に連れ去ったフィニールだぞ!」
「なんのことだ!」
「いつまでしらをきるつもりだ。この城に拉致監禁していることはわかっているんだ!」
「ワタシじゃない。知らない」
「ならば選ぶんだ。貴様が“知らない”と吐くたびに指を切り落とされるか。
貴様の母親、妻、子供の首を刎ね飛ばされるか」
「よせッ!家族は関係ない!」
俺は家来の方に顔を向けて合図を送る。
『あなた!』
『父上!』
家来は縄で捕縛したグリラスクの母親、妻、息子、娘の4人を連行してくる。
「どうして⋯⋯」
「逃したつもりだろうが。俺には通用しない。俺の剣はどこに逃げ隠れしようが届く。
すでに側室とその子供の身柄も確保している。さぁ選べ」
「だから俺は本当にーー」
「娘の首から刎ねろ!」
「はッ」
家来は鞘から剣を引き抜き、6歳にも満たないグリラスクの娘の頸椎に剣を振り下ろす。
「やめてくれぇーッ!」
悲痛な表情でグリラスクが叫ぶ。
「よせ」
剣は首に当たるか当たらないかの寸前のところで止まる。
呼吸が乱れ焦燥に満ちるグリラスクの表情。
もうひと押しだな。
「次は止めない」
「わかった。話す、話すから家族だけは」
「いいか。ごまかせば家族の首がこの冷たい石畳の上に転がることになる」
「わかっている。10年前、細工を施した馬車をロイネル王家に提供したのはたしかにワタシだ。
決行の日、ロイネル王御一家が乗った馬車が崖から転落したのを確認してすぐに崖下に向かった。
確認できたのはロイネル王と王妃の遺体のみ。王女フィニール様の遺体は見当たらなかった」
「嘘をつくな! 貴様がこの城に拉致監禁したんだ。ロイネル王家の血縁者をそばに置いておけば共謀者たちの中で
自分がもっとも優位な立場になれる。出し抜いてやったと悦に浸っていた」
「ああそうだ。フィニールの死体が見つからなかったとき、彼女が生きていることを確信した。
もちろん頭にすぐよぎったさ。彼女を手に入れて俺の子を産ませれば、俺の子が王だと。
これで仲間を出し抜いてやることもできるとな! だが、血眼になってもフィニールを見つけることはできなかったんだ」
「嘘はないんだな?」
「ああ。嘘だったらお前のような傀儡子が王になれるわけがないんだ」
「わかった。貴様の話を信じよう」
落胆したーー
この男が話したことに嘘はないからだ。
だが、それと同時に安心している。
グリラスク宰相は10代にも満たない奴隷の少女を買っては地下牢に鎖で繋ぎ、鞭で体を叩いて痛ぶっては孕ませている
と、噂が絶えない男。
フィニールも同じ目に遭っているのではと危惧して半ば強引に攻め込んだが、肩透かしでホッとしている。
この男の顔を王宮で見るたびにフィニールを地下牢で陵辱しているんじゃないかと気が気ではなかった。
もう10年が経つ⋯⋯フィニール・ロイネルはいまどこにいる。
あれはまだ俺が“ネキル”と名乗っていた頃だ。
俺は隣国ハイガロス王国の第二王子として生まれ、8歳で同い年のフィニール・ロイネルと婚約させられた。
我が父の目的は簡単、ハイガロスとロイネルの同盟をより強固にするというもっともらしい大義で
俺をロイネル家に婿養子として送り込ませ、フィニールに代わって俺が王となってロイネル家を乗っとる算段だ。
そうすれば大規模な戦争をせずともロイネル王国をハイガロス王国の傘下に、そして兄が王位を継ぐ頃には
ロイネル王国を吸収してハイガロス帝国という強大な国家が誕生する。
俺がまず託された使命はフィニールを籠絡させ、王位を俺に譲らせること。
だが、彼女の天性の愛らしさに惹かれ籠絡されたのは俺の方だった。
「あなたがネキル?」
無邪気な笑顔で、俺の方に振り返った彼女はまさに女神にも思えた。
「今日からよろしくね私がフィニール・ロイネル」
「は、はい⋯⋯」
「ねぇ、ネキル。何して遊ぶ? 私のお人形さんで一緒に遊ばない?」
「⋯⋯」
意外だった。
俺はてっきりフィニールに敵視されているものだと思っていた。
ロイネル家もバカじゃないから父の企みはわかっているはず。
だからこの婚約は形ばかりで、フィニールも挨拶を済ませれば邪険に扱われるものだとばかり思っていた。
「フィニール様、ネキル様は男児ですよ。これより剣術の稽古をなさるのです」
「ええー!」
メイドに注意されたフィニールは残念そうな顔をした。
ひとりっ子のフィニールは俺が兄弟のように遊んでくれると思って、俺が来るのを
楽しみに待っていたらしい。
「いいですよ。フィニール様、一緒にお人形で遊びましょう」
「よろしいのですかネキル様?」
「はい。僕もよく人形遊びで妹の面倒を見ていますから」
「ネキル、ズルい! 私の方がお姉さんなんだから」
そう言ってフィニールを俺を抱きしめた。
マウントを取られた?
まさか、こいつ俺の目的を知った上で、どっちが立場が上なのか周りに強調を。
⁉︎ だとするとやられた!
「どうしたのネキル?」
「い、いや」
「怖い顔しないで。ここではニコッとだよ」
一瞬で持っていかれた。
彼女に俺の心が。
これがフィニール・ロイネルが持つ能力、“魅了”
「フィニール様、ネキル様に対して失礼ですよ」
「ネキルの方があとからこの家にやってきたんだから弟で合っているでしょ?」
「さっきも説明しましたがネキル様はフィニール様の夫になるお方なのです。兄弟ではありません」
「ええーッ⁉︎ 何それ!」
彼女には裏表がない。
俺は考えすぎていたようだ。
だが、周囲の人たちを虜にし、味方にする力は恐ろしくもあり、王になろうとする俺にとっては羨ましくもあった。
「フィニール。夫は王配としてフィニールが女王になったとき君を支える存在だよ。
だから僕はフィニールをずっとそばで支える」
このときの俺はフィニールとずっと一緒に居られるなら父や兄の思惑なんてどうでもいいとさえ思うようになっていた。
『約束だ』
俺の判断に、ハイガロス側と父に寝返っていたロイネル側の貴族たちが納得するわけがなかった。
むしろ俺のせいであのような惨劇をひき起こさせてしまった。
馬車が崖から転落し、ロイネル王と王妃、フィニールが死んだのはその半年後だった。
犯人はすぐにわかった。
我が父と兄、そしてロイネル側貴族のグリラスク・トロール、タイトス・デネイル、そしてグレイタム・カシールスの5人。
父と兄は考えるまでもなかったがロイネル側の3人はわかりやすすぎた。
遺体の見つからないフィニールの死を早々に判断し、俺をロイネル王国の後継者にまつりあげ、ハイガロス王政府内で爵位と官職まで賜っていた。
5人は俺のことを傀儡、傀儡子としてしか見ていないようだったが俺は違う。
この5人への復讐を果たすためピエロを演じた。
所詮、利害関係で結ばれた関係など崩すのは簡単だ。
8年後、グリラスクたちをそそのかし、父と兄へのクーデターを実行。
2人を捕縛し、処刑ーー
そして俺はロード・ハイネス1世と名をあらため、父と兄が実現できなかったハイガロス帝国を
ハイネス王国として実現した。
しばらくは父の側近たちによる反乱軍との小競り合いが続いたがそれを2年で鎮圧。
今度はタイトス・デネイルが反乱軍と通じていたという嫌疑で捕縛、処刑した。
そしてたった今、グリラスク・トロールを討伐した。
「直ちにグリラスクの首を落とし、槍の先端に突き刺して晒すように領内を練り歩け!」
「ハッ!」
「そんな全部話したじゃないか!どうして⁉︎」
「用が済んだからに決まっているだろうが」
「ぎゃああああッ!」
グリラスクの首は石畳の上を転がった。
あとはグレイタム・カシールスのみ。
この男は事件のあとすぐに父から摂政として俺に仕えることを命じられた。
ロイネル王国最大の兵力をようするカシールス家。
ハイガロス王国へのクーデターも反乱軍の鎮圧もこの男の軍事力があってこそ。
ロイネル家の暗殺を企てたのもすべてこの男。
娘がフィーネを始末する手口を聞いて確信した。
『グリラスク宰相のところにおもしろい馬車をつくる職人がいましてね。
私も1台用意してもらいましたの』
断罪と称してリノンはフィーネを殺すつもりだった。
グレイタム・カシールスは真っ先に犯人だと知りながら手を出せなかった難敵。
最強戦闘集団ライール辺境伯の軍にも数の上で勝る。
きっとこの男と真正面からやり合えば長い戦争になるだろう。
「どうかされましたか陛下」
「いや⋯⋯」
娘のリノンと結婚させて王位を乗っ取る計画。
我が父が俺にさせようとしたこと。
グレイタムは父の野心をも上回りハイガロス家とロイネル家の両方を滅ぼそうとしている。
いや、我が父の方がこの男の手のひらの上で踊らされていたのだな。
「陛下、あちらの広間で休まれますか?」
「その必要はない」
この男との激しい戦争は避けられまい。
「ご報告申し上げます!」
伝令兵が血相をかいてやってくる。
「フィニール・ロイネルなる人物が魔王を名乗り、わずか30分ほどでカシールス領を陥落させたとのこと」
「⁉︎ なんだとッ!」
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