第4話「脚本家が拾ったのは国民的人気女優でした」
ジャック視点です
子供の頃、家族とはじめて観に行った演劇に俺は夢中になった。
その日以来、俺は脚本家を志している。
舞台の上で演者がセリフと一緒に歌って踊り出す世界観。
演者のセリフから与えられる驚きや喜び、悲しみ、笑い、セリフだけでこうも俺の感情が動かされるのかと驚かされた。
気づいたときには手に汗を握っていた。
俺もこんな物語が書きたい。
俺は剣の習練をおざなりにして、机に向かいペンを手に取った。
用紙の上にペンを走らせるだけで新しい世界が広がっていくのが楽しくて仕方なかった。
どれくらい時が経ったか覚えていないが、俺がどうしようもなく広い世界の創造主になったんだと錯覚しはじめたころ、
”いつまで狭いに部屋に閉じこもっているんだ“と親父に殴られた。
その挙げ句”貴族の嫡男が物書きとは何事か“と、勘当された。
それからというもの冒険者ギルドに住み込みで働きながら有力な劇団に書いた台本を
持ち込んでは断れる日々。
芽が出ないまま数年が経過してしまった。
そんなある日、彼女はなぜか俺の部屋に居て、俺の書いた台本を熱心に読んでいた。
そして彼女は俺の書いた台本を”おもしろい“と言ってくれた。
俺が彼女の正体をつい口にしそうになったとき、彼女はそっと俺の唇の上に人差し指を置いた。
『しー』
「!」
ドキドキした。
脈が速くなった。
こんなに感情を動かされたのは演劇をはじめて観に行ったとき以来だ。
これが国民的女優“フィーネ”の魅力。
彼女とはじめて出会ったのは1週間以上前のこと。
“サラマンダー”の討伐を終えた俺たち5人組パーティーの一行は陽も落ちたためネネリの森で野宿することにした。
焚き火を囲み、討伐したサラマンダーの肉に齧り付きながら、サラマンダーとの死闘を振り返る。
サラマンダーは大型で超危険なモンスター。
商人たちの荷馬車の一団が襲われ死傷者が多数でたため、事務員の俺まで駆り出されて討伐に赴くことになった。
「オレの槍が見事にサラマンダーの眼を突いたから、あそこでガッツが大剣を振り下ろすことができた」
「それがトドメになったな」
「何を言っているのよ。ライルもガッツも。相手の皮膚が硬くてダメージが通らなかったから、あそこで私が雷撃魔法を喰らわせたんでしょ」
「マリーそうだっかな?」
緊迫からの開放感もあってか、この夜はそれぞれ自分たちの武勇を自慢し合いながら盛り上がっていた。
その時だったーー
”ドーン“
激しい衝撃音がネネリの森に響いた。
「なんだ⁉︎」
「ジャック! 崖の方角よ」
「ライル、ガッツ行けるか! ストノフ起きろ!」
「ん?」
俺たちが崖下に駆けつけると大破した馬車の残骸があった。
その残骸の下敷きになって意識を失っていたのが彼女だ。
現場は妙だった。
操っていた御者の姿もないどころか馬もいない。
彼女の身なりからして只者ではないことはわかる。
俺たちはそれから夜通しで森を抜けて冒険者ギルドに向かった。
それから間も無くのことだ。
王都で国民的人気女優”フィーネ“が亡くなったとの知らせがこの街まで広まったのは。
フィーネが亡くなったのは彼女を発見した崖と同じだった。
王国騎士団が馬車の残骸を発見したのは朝方。
俺たちと入れ違いになったようだ。
だから確信した。
俺たちが救出した女性は”フィーネ“だ。
だけど目覚めた彼女は自分のことを”フィニール・ロイネル“と名乗った。
”どういうことだ?“
何か事情があるのか?
いや、ただ記憶を失っているだけかもしれない。
だから俺は王国政府にフィーネが生きていることを伝えるため王都へ出向いた。
だけど王都は”フィーネの死“に対して異様な雰囲気に包まれていた。
広場では国王ロード・ハイネス1世が王国民に向けメッセージを発していた。
「王国民よ。我と一緒にこの悲しみを乗り越えよう」
最後の一言で聴衆が『うおおおお』歓声をあげて会場が一体となった。
とてもフィーネは生きているなんて言い出せる雰囲気じゃない。
『ハイネス』『ハイネス』『ハイネス』と響く歓声がロード王へのリスペクトを高めていくのに
恐怖を感じて俺は引き返した。
なぜなら生きているという知らせが必ずしも朗報とは限らないからだ。
少なくともあの国王にとっては。
それからしばらくして、俺の台本を読んで魔王を演じたいと言った”フィーネ“は
役をつくり込むため部屋に籠った。
そして約束の日。
「フィニール!俺だ。入るぞ」
彼女の部屋をノックし、ドアを開けると部屋からただならぬ黒いオーラを感じた。
そのオーラに身体が勝手に硬直する。
そして、眩く輝いていた金髪を黒く染め上げ、独特な鎧に身を包んだ彼女がそこに立っていた。
「魔王ーー」
思わず口をついて出てしまった。
『何を呆けてる』
重い、重い、彼女の一言の威圧に押しつぶされそうだ。
これが国民的人気女優フィーネの実力⋯⋯
『さぁ、参ろうか我が眷属よ』
俺の台本によるフィーネの初舞台の場所は冒険者ギルドの受付だ。
感想やブックマークそして☆ ☆ ☆ ☆ ☆で評価をしていただけると
本当に励みになります。
何卒よろしくお願いいたします。