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第3話「脚本家」

『どうして僕の部屋にーー』


突然、聞こえてきたジャックの声にハッとした。

振り向くとジャックが呆然と立っている。


「⁉︎」


集中してたからかなりおどろいた。


「ご、ごめんなさい。ボーとしていたら部屋を間違えちゃって」


咄嗟のあまり読んでいた原稿をうしろ手に隠してしまった。


「はは⋯⋯」


恥ずかしさのあまり笑顔を取り繕おうとしているのになんだかぎこちない。


私ってこんなに演技下手だっけ⋯⋯


「?」


なんだかジャックの表情が強張っている。


やっぱり部屋に勝手に入ってしまったこと怒っている?


「そ、そうだったんだね。へー」


ん? 動揺? ジャックがなぜ?


「ねぇフィニール、さっきからうしろに隠している紙。なぁに?」


「ひっ!」


読んじゃマズい物だった?


「まさか。書いてある内容は読んでないよね?」


こ、こわい。


やはりここは誤魔化さずに素直に⋯⋯


「は、はい! 読んじゃいました」


「え?」


その反応こわい!


と、とにかく何か言わなきゃ。


「いけないとは思っていたんですけど。読んでいたらすごく引き込まれて。時間を忘れて思わず夢中になってしまいました。

これを書いたのはもしかしてジャックなんですか⁉︎」


『ぎゃああーッ!』


突然、ジャックが大きな悲鳴をあげた。


一階から『なんだ今のは』と、戸惑う声が聞こえてくる。


ジャックは膝から崩れ落ちて、頭を掻きむしりながら床の上を転がりながら悶え出す。


「わあああああああ!」


「ジャック! ジャックは脚本家なんですか⁉︎」


「え?」


騒がしかったジャックがピタっと止まり顔を上げる。


「フィニールわかるのか? それが台本の原稿って」


「わかります。だって私、王都で女優やってましたから」


ジャックはハッとした表情をする。


「フィニールやっぱりそうか! 君はーー」


私は察したジャックの唇に人差し指を置いた。


「んッ⁉︎」


「しー」


するとジャックは顔を紅くしてそのまま静かになった。


「⋯⋯」


「それ以上は言わないで下さい」


「ご、ごめん⋯⋯」


なんだか恥ずかしそうにしているジャックのためにも無言のままだとこの場の空気がつらい。


何か言わなくちゃ。


そうだ!感想を述べてあげよう。


「ジャック。この台本すごくおもしろかったです」


「⁉︎」


ジャックはハッとすると再び顔を紅く染める。


「あ、ありがとう⋯⋯」


今度は照れくさそう。


嬉しいんだ。


よかった。


「こんなにたくさんいつから書いていらしたんですか?」


「⋯⋯子供のときからかな。いちおう⋯⋯」


「そうでしたか。ではジャックという名前は」


「ペンネームってやつさ」


「あの⋯⋯ジャックが書いた台本(ものがたり)、私に演じさせてくれませんか?」


「ーーえ? ほ、本当に?」


「はい」


ジャックの目に涙が滲む。


「あのフィーネが俺の本を⋯⋯うれしい⋯⋯すごくうれしい」


忙しい人。泣き出したと思ったら今度は子供のように無邪気に喜んでいる。


「ごめん。子供のようにはしゃいじゃって。今までいろんな劇団に自分の台本を持ち込んだけど、

1ページすらまともに読んでもらえなくて。門前払いだったからすごくうれしくて」


「ジャックは間違いなく私が求めていた最高の脚本家です」


「俺が最高の脚本家?」


「はい。間違いありません」


「ハハハ、なんだか信じられない」


「私には夢があるんです。最高の脚本家が書いた最高の台本で最高の舞台に立って最高の演技をすること。

私はこの原稿を読んで確信しました」


照れるジャックの手を握りしめ真剣な表情でジャックと向き合う。


「⋯⋯フィーネ。本気で言っているのか?」


「はい。私のために最高の台本を書いてください」


「俺が最高の台本を⋯⋯」


「ジャックが書いた勇者と魔王が戦う物語。そこに登場する魔王ゼーテ。

その正体は腹違いの弟に王位を簒奪された第一王子。私はこの魔王を演じたいんです」


「だけど魔王って、この登場人物はこの物語の主役じゃないし、それどころか主人公と敵対する悪役だ。どうして?」


「ひとりの役者としてこの役はどうしても自分で演じたいと思ったんです。ジャックの書いた魔王にはそれだけの魅力があります。

だからジャック、ぜひこの魔王ゼーテを主役にした物語を書いてください」


ジャックは私の頼みを噛み締めるように目を閉じて深呼吸する。


「そうか。ようやく認めてもらえるんだな。しかも演じるならフィーネなら脚本家冥利に尽きる。

わかった。書くよ。俺に書かせてくれ」


「ありがとうございます」


「しかしフィーネ、いったい君に何があった? 王都じゃ君は死んだことになっているし、

どうして君の乗っていた馬車が」


「⋯⋯」


「ごめん。余計な詮索だった」


私は首を横に振って、重い口を開いた。


「私、国王様に婚約破棄されたんです」


「⁉︎ 婚約破棄!」


「私がスラムで育ったと知ってそれで」


「スラム?」


「あなたもひきましたか? ジャック」


「い、いや⋯⋯しかしロード王がそれだけの理由で」


「私は国王の本質を見てしまったんです。民をないがしろにして己の利だけを追求する最低最悪の王。

彼が騙る正義。そして王国民が魅せられている偽りの正義を、私は打ち壊す魔王になりたい」


「フィーネ⋯⋯」


「とどのつまりは物語の中だけでもロード・ハイネス1世に私を振ったことを後悔させたいんです」


「なるほど。これは壮大な物語になりそうだね」


「ジャックまずは魔王ゼーテの人物表をください。

一晩読み込んでゼーテがどういう過去を生きて、どうのように育ち、何が魔王に至らせる

人格、思考を形成させたのか掴みたいんです」


「わかった。たしかこのあたりに⋯⋯」


余裕にしていたジャックは次第に焦り出して、積み上げていた本の束を次々とどかしはじめる。


「あれ?」


しまいには身体にあたって崩れる始末で⋯⋯


「あッ!ああ⋯⋯」


「ふふっ」


思わず笑い出してしまった。


「あった!」


それはプロット原稿の間に挟まっていたーー


「時間かかちゃってごめん」


ジャックは膝をつき、かしづくポーズで私に人物表を手渡した。


「ありがとう」


人物表を手に取ってすぐに私は机に向かった。


ひと晩かけて人物表を読み込む。


「第一王子15歳。学友だった初恋の女性の裏切りにあい、心に闇が生まれる。

そして17歳ーー」


第一王子の半生を繰り返し読みながら魔王に至る心境の変化を探す。


こうして私は魔王ゼーテの人物像を固めていった。


自分の中で魔王のイメージが出来上がると、次に準備するものは衣装だ。


「それでは行きましょうかジャック」


衣装を作るために、ジャックが馴染みにしているという防具屋にやってきた。


「フィニール、店主に聞いたんだけど飾ってあるこの防具、軽くて今、女性冒険者に人気があるんだって」


たしかに胸当て部分の鉄板の面積を少なくすることで軽量化をはかっている。

極め付けはヒラヒラがついた短いスカート⋯⋯


私がイメージする魔王の衣装ではない。


「真新しいものじゃなくてもっとこう戦いの痕がある年季が入ったものはないですか?」


「だとすると中古か⋯⋯たしかこっちの方に」


ジャックの後ろにくっついて進んで行くと、一際大きく武骨な銀色の防具が目に留まる。


「⁉︎ ジャックこれなんかどうかしら」


「たしかに年季が入ってて、胸当てには大きなモンスターの爪痕がある。

悪くないけど、大きすぎる。これを着ていたのは筋肉を相当鍛えた男だ」


「大丈夫です。自分で切り貼りして仕立て直しますから」


「フィーネは演者なのに衣装も作れるのか?」


「私がいた劇団だと衣装は演者が作るものでしたから」


「そうか。それじゃあ武器はこれなんてどうだ? 軽くていいと思うけど」


「剣?」


ジャックが手に取って見せてくれた武器は今までに見たことのない形をした剣だ。


「なんだか細くて針みたい⋯⋯」


「レイピアだよ。魔王なら大剣のイメージだけど、さすがにフィニールには重すぎるからね」


「うーん⋯⋯」


「ダメかな?」


「いいえ。気に入りました。この剣はいいアクセントになります」


「気に入ってもらえてよかった」


「次は肩に付ける紅いマントです。このお店になければ生地が買える店に行きましょう」


「ああ」


『おお久しぶりだな。店主』


そう言って小太りの中年男性が防具家に入ってきた。


首や耳には金のアクセサリー、指にはたくさんの指輪、見るからに商人だ。


劇団のパトロンをしていた商人たちのほとんどがあのような品のない格好をしていたからわかる。


「王都はどうだった? 儲かったかい」


「相変わらず、お前さんが作った剣は飛ぶように売れた」


「それならなぜ浮かない顔をしているんだ」


「王都滞在中に“フィーネ”が死んだ」


「新聞で読んだよ。悲しみはこんな田舎にも広まっている」


「彼女を推すためにフィーネが所属していた劇団に多額の金を入れて、支援していたんだが

その劇団も支配人だった奴が裏で奴隷商をやっていたらしくて、劇団の関係者全員、王国騎士団に捕まってしまったよ」


商人の中年男性の言葉に自分の耳を疑った。


「それは本当なのか?」


「ああ。おかげで劇団は閉鎖だ」


リナ、ロイーー


「その話、もっと詳しくーー」


商人に話かけようとする私をジャックが口を押さえて止める。


「しーっ、正体がバレる」


物音に反応した店主が私たちの方を見やる。


「どうした?」


「いや、なんだか客が騒がしいと思ってな」


ジャックは店主に向かって首を振りながらなんでもないことをアピールする。


「いや、気のせいのようだ」


「取り締まったのは秘書官のリノン・カシールス様だ」


「領主様の娘か」


「ああ。しばらく演劇が見れそうにない。残念だ。王都に行く楽しみがまたひとつ減ったよ」


そう言って肩を落とした商人の中年男性は店をあとにした。


「ジャック、そろそろ手をどけてください」


「ご、ごめん」


「劇団の方たちのことは謂れのない罪です」


「もちろんさ」


「ジャック、もうひとつ魔王ゼーテとしてやるべきことができました。

ロード王からこの手で演劇を取り戻します」


「もちろんだ。俺は絶対に強い魔王を書くよ」


「では、黒い染料を買いに行きましょうか」


「黒?」


***


サラさんから裁縫セットを借りられたのでこれから夜通しの作業だ。


ジャックが以前、着ていたという冒険者用の服を私の体型に合うようにカットするところからはじめる。


わかってはいたけど大きさ的にかなり詰めないと私の体型には合わない。


ハサミを入れては縫ってを繰り返して、その度に袖を通して大きさを確かめる。


時間はかかったけどようやくピッタリの大きさにできた。


今度は買ってきた防具から魔王のイメージに合うような部品を選んで取り外す。


この部品なんかも使いたいけど、重たいものはなるべく使わない。


そして買ってきた生地を縫い合わせながら装飾。


さらに傷んでいる部分を強調しつつ紅いマントが目立つように右肩に縫い付ける。


「ふーっ、これで衣装はなんとか」


お次はメイク。


買ってきた黒い染料を水に溶かして、櫛で髪に塗りつけるーー


乾いたら髪をうしろにひとつ縛り。


眉毛は細くして、目にはシャドウを入れてキリリとした表情に。


「?」


ふと気づけば窓から光が。


登ってくる太陽が朝を知らせてくれている。


“コンコン”


ドアを叩く音。


『フィニール俺だ!入るぞ』


「どうぞ」


「フィニール⁉︎」


ドアを開けたジャックは目と口を大きく開いて固まった。


私はそんなジャックにゆっくりと立ち上がりこう告げる。


「さぁ参ろうか。我が眷属よ」

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