隣の席の美少女から「私のストーカーになってください!」と頼まれた!?
「ねえねえ宍倉くん! 実は折り入ってお願いがあるんですけど!」
「え?」
とある放課後。
帰り支度をしていると、隣の席の根古田さんから、唐突に声を掛けられた。
根古田さんは、道端で捕まえたカエルを親に見せつける子どもみたいな、無邪気な笑顔を浮かべている。
嗚呼、経験上こういう時の根古田さんは、大抵ろくなことを言わない。
俺は若干身構えつつも、「何かな? 内容によるけど」と慎重に聞き返した。
すると――。
「はい! 宍倉くんには、私のストーカーになってもらいたいんです!」
「――!?」
そ……ッッ、そうきたかァ~~~ッッッ。
「えーと、俺が? なるの? 根古田さんのストーカーに?」
「はい! 宍倉くんが! なるんです! 私のストーカーに!」
まさかの「お前がママになるんだよ!」ならぬ、「お前がストーカーになるんだよ!」とは……。
さすが根古田さん!
おれたちにできない事を平然とやってのけるッ。
でもそこにシビれないし、あこがれないィ!
「一応確認しておくけど、ストーカーって頼んでなってもらうものじゃなくない?」
「でも! こちらから頼まないと誰も私のストーカーになってくれないんですもん! こんなこと頼めるの宍倉くんだけですし! どうかこの通り、一生のお願いです! 私のストーカーになってくださいッッ!!」
「……」
根古田さんはその場で土下座まで始めた。
えぇ……。
人類史上被害者側から土下座までされてストーカーになった男がいただろうか? いや、いない(反語)。
「とりあえず頭を上げてよ根古田さん」
そろそろクラスメイトたちの視線が痛いよ。
「じゃあ私のストーカーになってくれますか!?」
ガバリと顔を上げて、キラキラした笑顔を向けてくる根古田さん。
「……そもそも、何でそんなに俺にストーカーになってもらいたいんだい?」
「それは……。ホラ、私って可愛いじゃないですか?」
「あ……うん」
確かに根古田さんはラノベの表紙に載っててもおかしくないレベルの美少女だが、そういうこと自分で言っちゃうんだね……。
「それなのに私、全然モテないんですッ!!」
「……」
根古田さんは固く握った拳を床に叩きつけながら、血の涙を流した。
「せっかく美少女に生まれたんだから、私だってもっとモテたいんです! ストーカー被害に遭って、『やだどうしよう……。あの人、また家の前でジッとこっち見てる……』みたいなシチュエーションに酔ってみたいんですッ!!」
「……えぇ」
そんなんだからモテないのでは? ボブは訝しんだ。
「だからお願いです宍倉くんッ!! 私のストーカーになって、私に美少女ライフを満喫させてくださいッ!!」
「っ!?」
根古田さんに両手でギュッと手を握られながら、真っ直ぐな瞳を向けられる。
……やれやれ。
「わかったよ。俺なんかでよければ、なるよ、根古田さんのストーカーに」
つくづく俺も根古田さんに甘いな。
「ホントですか宍倉くん!? ヒャッホー! これで私もストーカー持ちだあああい!!」
何その彼氏持ちみたいな言い方?
「えへへー、ちゃんとストーキングしてますか、宍倉くん?」
「はいはい、ちゃんとストーキングしてますよ、根古田さん」
帰り道を歩く根古田さんを、三メートル後方から付いて行く俺。
さっきからかれこれ十回以上この確認をされている。
これじゃストーキングっていうよりは、犬の散歩だな。
「ふっふふっふふーん」
「……」
まあ、根古田さんが楽しそうなら、いいけどさ。
「家までストーキングしてくれてありがとうございました、宍倉くん!」
「いえいえ、どういたしまして」
「家までストーキングしてくれて」って、よく考えたら凄いパワーワードだな。
「じゃあ引き続き宍倉くんは、ここに立って私の部屋をストーキングしてくださいね?」
「え?」
この茶番、まだ続くの?
「二十分だけでいいんで! 『やだどうしよう……。あの人、また家の前でジッとこっち見てる……』を味わいたいんです!」
またもクソも、まだストーキング初日だけどね。
「あー、うん、まあ二十分ならいいよ」
「ありがとうございます!」
スキップしながら家の中に入って行く根古田さん。
……やれやれ。
「やっほー宍倉くーん! ストーキングしてますかー!」
「根古田さん、一応ご近所の目もあるから、あまりそういうこと大声では言わないでね」
二階の窓を豪快に開けながら、ブンブン手を振ってくる根古田さん。
あそこが根古田さんの部屋なのか。
「やだどうしよう……。あの人、また家の前でジッとこっち見てる……」
さっきまで仲良く話してたじゃないか。
傍から見たら完全に情緒不安定な人だな。
「くうぅ~、気持ちいい~。これが夢にまで見た、美少女ライフなんですねぇ!」
「……」
果たしてこれを美少女ライフと呼んでいいものかは甚だ疑問だけどね。
「そうだ宍倉くん! 明日って何か予定ありますか?」
「え? 明日?」
明日はただの土曜日だし、特にこれといった予定はない。
「いや、別にないよ」
「よし! じゃあ明日の午後一時に、駅前で待ち合わせしましょう!」
「は?」
何で?
「ストーカーは年中無休ですからね! 明日私買い物に行こうと思ってたんで、その様子をストーキングしてください!」
「明日も!?」
この茶番、明日以降も続けさせる気!?
しかも二人で出掛けるって、それはほぼデートでは……? ジョンは訝しんだ。
「ふっふふっふふーん。ああ、明日が楽しみだなー」
「……」
まあ、根古田さんのことだから、そこまで深く考えてるわけないか。
「こんにちは、宍倉くん!」
「こんにちは、根古田さん」
そして翌日の午後一時。
約束の時間ピッタリに、根古田さんは現れた。
今日の根古田さんは、ベレー帽にレースのブラウス。そして緑のフレアスカートにサンダルという、いかにも美少女然とした格好だった。
初めて根古田さんの私服見たけど、やっぱ見た目は可愛いなぁ。
「今日も一日、私の専属ストーカーとしてよろしくお願いしますね!」
「専属じゃないストーカーっているの?」
この性格さえ何とかなれば、いくらでもモテるだろうに。
「ああそうだ、宍倉くんにこれを渡しておきますね!」
「?」
根古田さんから手渡されたのは、高級そうなデジカメだった。
へ?
「な、何これ」
「お父さんから借りてきたんです。やっぱストーカーといえば、部屋の壁一面にストーキングしてる女の子の写真を貼ってるのが定番じゃないですか! だから宍倉くんもそれで私の写真を撮りまくって、部屋の壁を私で埋め尽くしてください!」
「えぇ……」
そんなの親に見られたらどうしてくれるんだい?
まあ、うちの両親も根古田さんに負けず劣らず天然だから、「最近は写真が趣味なのね」くらいの感想しか出てこなそうではあるけど。
「早速一枚撮ってください!」
根古田さんは満面の笑みを浮かべながら、ダブルピースを向けてくる。
やれやれ。
俺は無言でカメラを構える。
「可愛く撮ってくださいね!」
「はいはい」
心配しなくても、根古田さんはどう撮っても可愛いよ。
俺は愛しのストーキング相手のことを、カメラにパシャリと収めた。
普通ストーカーが貼ってる写真って大抵隠し撮りだから、こんなモロカメラ目線の写真、傍から見たら彼氏が撮ったとしか思われないだろうな。
まあ、俺と根古田さんは、あくまでビジネスストーカーな関係だけど(ビジネスストーカー?)。
「まずは服を見に行きたいんで、宍倉くんはしっかり私をストーキングしつつ、私の可愛い写真をいっぱい撮ってくださいね」
「はいはい、善処しますよ」
「えへへー」
こうしてこの日は一日、行く先々で根古田さんの可愛い姿をカメラに収めた。
何度もご年配の方に「若いっていいわねー」と生暖かい目を向けられたが、重ねて言うように俺たちはビジネスストーカーな関係なので、勘違いはしないでほしい――。
「はい、宍倉くん!」
「あ、ありがとう」
その帰り。
今日一日ストーキングしたお礼にと、根古田さんがクレープを奢ってくれた。
ストーキングで疲れた身体に、生クリームの甘みが沁みる。
ビジネスストーカーでさえこれだけ大変なんだから、ガチストーカーの方々の苦労はこの比じゃないんだろうな。
まあ、だからといってガチストーカーを肯定する気にはなれないが。
「今日はストーキングお疲れ様でした! 明日からもまた、よろしくお願いしますね!」
「はいはい」
まあ、ここまできたら乗り掛かった舟だ。
根古田さんが満足するまで、しばらくはこのビジネスストーカーを続けてみるのも悪くないかもしれない。
履歴書に書けるかもしれないしな(書けません)。
ストーキングに必要な技術を、ちょっと自分なりに習得してみるか。
こうして俺が根古田さんのビジネスストーカーになってから、早や一ヶ月が過ぎた――。
「えへへー、ちゃんとストーキングしてますか、宍倉くん?」
「はいはい、ちゃんとストーキングしてますよ、根古田さん」
今日も放課後の帰り道を歩く根古田さんを、カメラを構えつつ三メートル後方から付いて行く俺。
この一ヶ月で撮った写真の枚数は、優に千枚を超える。
俺の部屋の壁は、すっかり根古田さんの写真で埋め尽くされていた。
「おっ、ねえねえ君、超可愛いね~」
「「――!」」
その時だった。
一人のいかにもチャラそうなイケメンが、根古田さんに声を掛けてきた。
これは……。
「ヤベェ、オレマジ一目惚れしちったかも! ねえねえ、今からちょっとだけ二人でお茶しない? チーズケーキが美味い店知ってるんだよ、オレ!」
「え……、でも」
……よかったね、根古田さん。
やっとモテたじゃないか。
しかもそんなイケメンに。
――これでもう、俺のビジネスストーカーもお役御免かな。
「いいでしょ!? 絶対変なことはしないって約束するからさ! さぁ、行こうぜ!」
根古田さんの腕を掴んで、連れて行こうとするチャラ男。
「あ……、あの……」
「――!」
その時だった。
根古田さんが、縋るような目を俺に向けてきたのである。
――くっ。
この瞬間、俺の中の何かに火が付いた。
「やめろよ。嫌がってるだろ、彼女」
「「――!!」」
俺はチャラ男の腕を掴んだ。
「アァン? なんだァ? てめェ……」
「俺はこの子のストーカーだよ」
「――! ……宍倉くん」
「ハッ! マジかよ! ――だったら正義の味方のオレが、成敗してやんねーとなぁッ!」
「宍倉くんッ!」
チャラ男は間髪入れず右の拳を突き出してきた。
お前みたいな正義の味方がいるかよ。
「セイッ」
「ぷぎゃぼっ!?!?」
「宍倉くんッ???」
俺はチャラ男の突き出してきた右腕を掴み、そのまま一本背負いでチャラ男をコンクリートの地面に叩きつけた。
チャラ男は潰れたカエルみたいに、その場でぐったりして動かなくなった。
そっちが先に殴り掛かってきたんだから、これはあくまで正当防衛だからな。
「す、凄い……。宍倉くんってこんなに強かったんですね」
頬をほんのり赤らめながら、潤んだ瞳を向けてくる根古田さん。
「いや、やっぱストーカーにはこういう時ストーキング相手を守れるだけの力が必要だと思って、この一ヶ月自分なりに訓練してきただけだよ」
「一ヶ月でここまで強くなったんですか!?」
そうだけど?
一ヶ月もあれば、誰でもこれくらいにはなれるでしょ。
「……前から思ってたんですけど、宍倉くんって変わってますよね」
いやいや、根古田さんには言われたくないよ。
――さて、と、それはそれとして。
「根古田さん、実は大事な話があるんだけど」
「えっ!? は、はい、ななな、何でしょう……」
俺の雰囲気から言おうとしていることを察したのか、途端に耳まで真っ赤になって、これでもかと目を泳がせる根古田さん。
ふふ、根古田さんは本当に可愛いな。
「俺、やっと自分の本当の気持ちに気付いたよ。――俺は、根古田さんが好きだ」
「――! し、宍倉くん……」
根古田さんの大きくて宝石みたいな瞳が、水の膜で潤む。
「だからどうか、これからも俺を根古田さんの専属ストーカーにさせてほしい」
「……はい。嬉しいです。――私も、宍倉くんが好きですッ! これからも一生、私のことストーキングしてくださいッ!」
「――!」
根古田さんにギュウと抱きつかれた。
嗚呼、とてもいい匂いがする……。
好きな子のことを堂々とストーキングできるって、何て幸せなんだろう。
――因みにこれは後からわかったことだが、今まで根古田さんがモテなかったのは、誰もが俺と付き合っていると思っていたかららしい。
解せぬ。
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